146.トートセンクとセフィリアオンデス、思い出す
白い世界。
先に気がついたのは、トートセンクの方だった。
なぜなら、セフィリアオンデスは、自分の荷物の紛失をずっと嘆き喚いていたからだ。
トートセンクは眉根をしかめて少し飛び立ち、少し離れていたところに放置しっぱなしだった『青い石』を掴みあげた。じっと手のひらのそれを見つめた上、石に耳を近づけて確認する。
やはり、『声』が聞こえない。
トートセンクは再びセフィリアオンデスの元に舞い戻った。
「声が聞こえない」
端的に言って、セフィリアオンデスの目の前に石を差し出した。
「はぁ!?」
セフィリアオンデスは訝しげに石とトートセンクを見た。
だが、そういえば自分たちは、石から聞こえてくる声と会話中だったと、やっと思い出したようだ。
そういえばそうだった。
そもそも、この石を通して、ケルベディウロス、セフィリアオンデス、アト様、と順に話を聞いて、話をしていたのだ。
その途中で、ケンカみたいになっているうちにセフィリアオンデスが急に倒れ、トートセンクが助け、その結果トートセンクは『信頼の証』といって羽根をくれた。
その羽根をしまおうと思ったら、セフィリアオンデスが荷物を落とした事が確実になり、騒いで嘆いて今に至っていたわけなのだが。
そうだ。会話中だったのだ。
「どうすればまた『声』が聞こえるのだ」
と、トートセンクが尋ねる。
セフィリアオンデスもさすがに困って眉根を下げた。
「そういわれても私にも分かんないよね。バタバタしてたから、すっかり忘れてたよ。うーん、ちょっと見せて。それも鉱石だしさ、なんか分かることある・・・かも・・・。っていうか、あったら良いんだけど」
「頼む」
トートセンクはそういって、スっと石をセフィリアオンデスの差し出した手のひらに載せる。
セフィリアオンデスが、度肝を抜かれて目を見開いた。
コ、コイツの口から、素直な『頼む』だなんて言葉を聞くことになるなんて!!
セフィリアオンデスが目をまん丸にして、じぃと見つめているのを、トートセンクは不思議そうに、しかし眉をしかめた。
「なんだ、どうかしたのか」
「いや、トートセンク、なんか、素直。びっくりする」
さらりと真顔でトートセンクは答えた。
「当たり前だろう。信頼したのだ」
セフィリアオンデスは目をまんまるに見開いたまま、ゆっくりうなずいた。
「あぁ。そう」
トートセンクって、なんて素直なヤツだったんだろう。びっくりだ。
気を取り直し、セフィリアオンデスは、左手にトートセンクからの羽根を持ったまま、右手に乗せられた石を見つめて、石に声をかけてみることにした。
「おーい、起きてる? こんにちはー」
「・・・」
トートセンクが無言で眺めている。
「もしもーし。キミ、誰?」
「・・・」
「・・・ん? え、そうなの?」
「・・・」
「あ、そうなのか。そっかー」
「・・・・・・」
「分かった」
セフィリアオンデスは石から目線を外し、トートセンクを再び見上げた。
トートセンクは、妙な表情でセフィリアオンデスを見てたが、かろうじて
「・・・そうか」
と答えたのはトートセンクのセフィリアオンデスへの誠意である。
セフィリアオンデスは、再び石に目を向け、数度うんうん、と頷いて、
「あのさ、この子は、アト様の親が大事にしてる石なんだ。で、声が聞こえるのは、この子の力じゃないんだってさ。だからどうやって声を聞こえるようにしているか、この子にも分からないけど、また声と繋がる可能性も十分あると思う、ってさ」
「・・・そうか」
トートセンクはまじまじとセフィリアオンデスを見つめた。
ごく普通の行動のように、セフィリアオンデスは、モノと意思疎通を図るのだなと、感心した。
妙に心強く頼もしいと、思った。
「お前がいると、希望が湧く」
酷く唐突に、トートセンクの口から言葉が零れ落ちた。
セフィリアオンデスは驚いてさらに目をまん丸にしてトートセンクを見上げ、くしゃりと笑って答えた。
「ありがと、そーいってもらえると、来たかいがあるってモンだよ」
その笑顔と態度が実に愉快で楽しそうで、トートセンクもふと笑んだ。
先達の体が半壊して砂になってしまったというのに。
それは先ほどのことであるというのに。
それでも自分は笑えるのだ。
トートセンクは奇妙な思いになった。
あぁ、そうか。
トートセンクは気がついた。
長く先達が戻る事をじっと信じて待ってきた。
けれど一方で、『今』誰もいないと自分は知っていたのだ。
『今』。
ここに、自分の他に、会話できる者がいる。
・・・壊れた『昔』。
会話できる『今』。
「まぁ、また会話できると思うけど。だって途中で終わっちゃったし」
と、セフィリアオンデスがトートセンクに石を差し出す。
トートセンクはセフィリアオンデスから青い石を返して貰い、衣服の黒い帯の中に石をしまいこんだ。
「そうだな。注意を常に払う事にしよう」
「そうだね。・・・ところでさ、実はずっと気になってたんだけど。あの場所、トートセンク、どう思う? っていうか、知ってた?」
「何の話だ」
「いやだから、アンタ、人の話あんまり聞いて無いでしょ。そこ、そこ! なんかそこの大地おかしいんだけど。そこに入ったから私が倒れちゃったんだよ。アンタは大丈夫なワケ?」
トートセンクは無言で、セフィリアオンデスの指し示す場所にと飛んだ。
ふわり。
「いや、入れてないし」
妙に目を見開いて、セフィリアオンデスがコメントした。
「ていうか、もしかして、そこ、入れないの? トートセンク」
「・・・」
指示された方向に、もう一度動く。
「いや、入れてないよね?」
「そうなのか?」
訝しげにトートセンクが問い返す。
「え、分かってないの? はいってないじゃん。スルっとアンタが横に逃げてるんだけど。ずれてるっていうか、避けてるっていうか」
「そんなつもりは無い」
「・・・そう、だろうねぇ。じゃあ、やっぱソコ、変だね」
「・・・そうだな。だが、何より理解できないことがある」
「え? なにさ」
「自分では移動できているように感じるが」
「いや、めっちゃ、横にずれてるね」
「・・・お前が入ったら・・・」
「私がそこ行ったら倒れるんだって!」
「そうだな」




