014.声
オォゥ・・・
語りかけようとした。声がうまくでない。いや、聞こえているはずだ。
目の前、広がった青い光に向かって-自らもその交信に加わろうとして、声を発してみる。
ウォ・・・グゥグ・・・ウォ・・オゥ・・・ウォ・・・
<それにしても、『聖域』にそんな性質があったとはな>
どこかの誰かが会話している。
≪驚く事は無い。そもそも、神の世界を使わせていただいているだけなのだ。むこうに吸い寄せられる者がいてもおかしくは無い。だからこそ、『祭壇』は秘密に管理しないといけないのだ≫
<あなたのいう神の世界は分からないが、とにかく、我々の世界とはまた違う空間には違いないな>
〔昔、師に聞いたことがあります―。耐えられない者は、この世からあの世へといってしまうと。今回の女性も、よほど耐えられない事があったのでしょう・・・〕
嘆息が聞こえる。
ォ・・・ゥ・・・
耐えられない事があったのか。だから、人が消えてしまったというのか。
なんて・・・危険な道具だろう!
・・・!
ハッと、気づいた。
なぜ己の手元に、そんな道具があるのかを。
***
ある日、倒れた自分を覚えている。何故だか、自分なのに、倒れた自分の体を見ていた。それから慌てて水で顔を洗われて・・・その後は詳しく覚えていない。
病気だからと、この部屋で過ごすようにと、治療のための部屋に移された。皆にうつってしまうからと、扉越しに食事やおもちゃを貰った。世話係の人も扉越しで話をした。
ずいぶん長く部屋に居て、外に出たかった。
治っていないからダメだよ、と、神父さまに言われた。あなたに祝福を、と言っていつも帰っていった。
早く治って、外に出たい。
病気が治っても、誰も分かってくれないんじゃないかと思った。誰とも会わない日々。
ある日、珍しく食事以外のものが扉から入った。かじってみたが、食べ物でもなかったし、何かが入っている箱でもなさそうだった。
それを運んできた、女性が、細い声で言った。
「真ん中を、指で、弾いてみるように、との事です・・・」
指とはどれの事だっただろう。弾くとはどうする事だっただろう。
答えは無くて、しばらくその箱を持て余した。
何故だか、その箱が届いてから、食べ物が入らなくなった。空腹に耐えられず、箱を齧った。硬くて歯が立たない。
声をあげて、扉を叩いた。気付いてもらえないかもと、体当たりもした。力の続く限り。果てては、また戻った力の続く限り・・・。
ふと声が聞こえた。何かと思えば、あの箱が光っていた。床に転がっていた。耳を澄ませた。
天気が良かったとか、そちらはどうだ、というような会話だった。
箱が青く光っていた。眩しかった。目を細めた。
これは?
扉からコトンと音がきこえた。見ると、差し入れ口にパンと水が置いてあった。
「・・・あなたに祝福が・・・」
誰だったろう。どこかで聞いた声で・・・。
パンを食べて、もっとと叩いたが、返事は無かった。
箱がまた話している。箱を拾い上げた。
あぁこれはきっと、自分の話し相手にと、お父さんかお母さんが自分にくれたに違いない・・・。
パンと水はそれから毎日きちんと入ってきた。
ある時、キィと音がして、扉から二つの目が自分を覗いた。キィとすぐ閉じた。
「全く信じられん! まさか、」
怒っているようだった。
あれは・・・誰? お父さん? 何を怒っている? あぁ、まだ自分が治らないからだー・・・。
ごめんなさい。
早く治らないと。
毎日ずっと箱の声を聞いて過ごした。
自分の知らない、外の声。時々笑い声がする。それで幸せな気持ちになる。
なんて幸せな贈り物かと、気がついた。
どれほど経った頃か。部屋全体が水色に光っているのに気が付いた。柔らかい優しい色。あの箱からの光と同じ色。
自分は外に出れそうに無いけれど、まぁ、満足するしかない。なんて、少し嬉しくなって思った。
***
あれから、さらにどれほどの年月を過ごしただろう。
オ・・・
自分の過ごしてきた日々が、光速で蘇る。
この箱の事。
届かなくなった食事。
父と思われるあの眼と・・・怒りの言葉。
・・・この箱は。
オォオオ・・・・
ただの、会話を伝える道具ではなかった。
自分は・・・見捨てられたのだ。この箱によって、この世から、この部屋から、父母の元から、皆の元から・・・消しさろうとされたのだ!
体全てからしぼりだすように。怒りの声を上げる。
ヲォオヲオオオオオォオオオオオオオオォオオオウウウゥウ・・・!!!
***
深夜。眠っていたアトは、なぜだかパッチリと目が覚めてしまった。
もしかして色々あって興奮しているのだろうか。運命の日を迎えて石見の塔に行ったし、外からの商人も見たし、その商人は今、この居城に泊まっているし。
喉が渇いた、かも。けれど、このままもう一度寝てしまおうか。
と、ベッドの中でぼんやり考えていたら、何か気配を感じた。
耳を澄ませる。
アトは起きだして、そっと廊下への扉を開いた。開いた隙間から廊下を伺う。
何か、妙な感じがした。




