011.はじまり
「アトロス」
商人への説明をグィンに任せて、父がアトを呼んだ。
「はい」
「マチルダとメチルに、客室の用意をするように頼んでくれ。この方をお泊めする」
***
一方。ダロンは、建物の中の通路を通ってクリスティンの家に案内されていた。
知らない町で、一人、他人の家に泊まるなど考えられない。
けれど、クリスティンについて行くしかないようで・・・。正直他にどうしようも無い。
食堂の扉を出て左に進み、随分と歩いた端のところ。家の扉を開けてダロンを家に案内しながら、クリスティンが教えてくれる。
「パパとママは、そのうち帰ってくるよ。いつもより鈴が早かったから、たぶん、お客さんの仕上げがまだ終わってないと思うんだ」
「・・・お客さんの仕上げって?」
ダロンが尋ねると、クリスティンは嬉しそうに笑った。
「パパとママは、床屋さんなんだよ」
床屋というのは、聞いたことがある。美容院の事だ。
とはいえ実際見たことはない。そもそも、髪など父か母が切るものだ。
ここは裕福な町かもしれない。
家の中は、どこか少し古くさい感じがした。装飾の色使いや模様がそう思わせるのだろう。
壁には備え付けの棚がたくさんあって、たくさんの小さな置物が陳列されていた。
家や噴水、馬や人、城・・・よく出来ていた。小さいのに細部まで丁寧に掘り込まれて、色づけまでされていた。
これはすごい。
感心して見つめていたのが分かったのだろう、クリスティンがニコニコして「好きなの、あげるよ」と言った。
ダロンはびっくりした。思わず尋ねた。
「いいの?」
「うん」
とはいえ、貰っていいのかを迷った。
「あの、でも・・・。あの、これは、この町で売っているの?」
父が、ひとつなら土産を買っても良いと言っていた。売っているなら、自分で好きなのを買った方が良いかもしれない。
クリスティンは首を傾げた。
「売ってないよ? 飾るために作っただけだよ?」
この返答に驚いた。ダロンは確認してみた。
「もしかして、作ったのは、あなた?」
「うん。僕だよ」
妙にきょとんとした表情で、クリスティンが頷いた。それから思いついたように、ダロンに尋ねた。
「上にも、あるよ。僕の部屋。まだ色づけて無いのもあるよ。見たい?」
「え、う、うん」
クリスティンに案内されて、ハシゴを2つ登る。三階、窓がついている部屋に出た。
クリスティンは窓の外を覗き込んで、
「あ、やっぱり、ダロンのお父さんは居ないね」
広場の様子が見えるようだ。ダロンも覗き込ませてもらった。
確かに、父どころか、誰も居ない。その上、確かに町が白く白く見えにくくなっている。霧が出ている。
父の言葉を思い出した。
〝狂った老婆に操られた町だ。夜には町全体が霧に覆われるってのも気味が悪い。その霧にかかると死んだようになるって言う”
思い出して、ゾッとした。霧にかかると・・・。
「ね、ねぇ」
ダロンはすっかり女の子の口調に戻っていた。自覚は無い。
「うん」
「霧に触れると、死ぬの?」
「え? どうして?」
「死なないの?」
「濃霧の夜に出た事ないから、分からないよ。死なないんじゃないかなぁ」
「死なないの・・・」
「うーん、きっとね。・・・あっ!」
クリスティンの顔が突然輝いた。ダロンは驚いた。
「パパとママが帰ってきたよ!」
クリスティンは、ハシゴを降りて行った。
自分も続くべきだろう。
降りようとして、ふと部屋を見回したら、壁に作られた棚に、本当にたくさんの小さな置物があるのが目に留まった。
本当に、クリスティンが作っているのだ。信じられないぐらい器用だ。
一匹、他より薄いグレーで塗られたロバに心が惹かれた。色が薄くて女の子のロバに見えて可愛い。
ダロンは少し近寄った。
だから、気がついた。
色が薄いのは、ロバに塗られた塗料のせいではない。何かが、光っている? そのロバの後ろ―・・・。
何?
小さなロバの後ろ、自分の手のひらよりも小さな部分。
確かめようとして、ダロンはそっと手を伸ばし、人差し指で触れようとした。
***
クリスティンは、仕事から帰ってきた父母に抱きついて帰宅を喜んでいた。
「パパ! ママ! 今日、ダロンが泊まるけど、良いよね?」
と願い出る。普段から突拍子も無い息子の言動に慣れている両親は、慌てず事情を確認して、今日、町で話題の商人の子が、家に泊まる事になっている事に驚いて、それから楽しく笑った。
「良いわよ。クリスティンのお部屋を貸してあげるのね?」
「うん、良いよ」
「じゃあ、クリスティンはどこで寝る?」
と尋ねたのは父だ。
「えーと、じゃあ、台所かなぁ?」
「この子ったら!」
母が笑った。
「パパとママと一緒に寝るのよ」
「ちょっと狭いよ? パパ、大丈夫?」
父と母が笑う。
話がまとまった。
クリスティンが喜んでハシゴを2つまた登って自分の部屋に行くと・・・。
クリスティンは青ざめた。
- 聖域の門が開いてる・・! -
父母にさえ教えてはいけないと言われた、秘密のモノ。
クリスティンの部屋が青白い光で満ちている。
「ダロン!」
急いで部屋に登り切り、部屋の中を探す。ダロンがいない。




