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100.ケルベディウロスが対面している今

ケルベディウスは、教えてもいないのに自分の本当の名前を言い当てた幼い子に思わず漏らした。

“我輩は、お前の昔を知っている”


もっとも、『小さき世界』ではっきりとした体を持てないケルベディウスは、直接会話ができない。

メッセージを『BB』システムの画面に表示させた。その子は、しばしば『BB』に遊びにくる。


その子は首を傾げたし、ケルベディウロスも余計な事は言うまいと、思った。そのローヌ人たちは、はっきりとは何も覚えていないのだから。翼が無いだけで、顔立ち、声、背格好、性格、動き・・・良く知るエクエウそのままで生まれているのに。


ローヌの情報機関で活躍する番犬のような精霊、ケルベディウロスに、何の敵意も見せず、親しく屈託なく接してくるその子やローヌ人たちは、ケルベディウロスに、クォルツとエクエウがまだ穏やかに過ごしていた時代を思い出させた。

その昔は、キュオザロンと、そしてたまに自分とも、楽しげに会話をしたエクエウたち。


おい、サリシュ。

お前は、その大昔、背に翼を持つエクエウとして、『真なる世界』で暮らしていたのだ。リナッフと呼ばれていたよ。力あるエクエウ、イフエルの弟だったのだ。お前たちがあまりに傲慢で排他的になったために、我輩たちは戦う事になったのだがな。


おい、ウユ。

お前は、本当に酷かった。我輩たちへどれほど攻撃をしかけ、暴言を吐いたか。

お前は私の相手だった。ロットティーン。エクエウの二番手。ナナキーナの次に力ある者よ。

お前を殺したくてたまらなかった。本当の話だぞ。

まぁ昔の、大昔の、話だがな・・・。この『小さき世界』においては特に。

・・・遡る事、“神の代”の、出来事だ・・・。


敵の姿を目の当たりにしながら、ケルベディウロスは怒れなかった。憎めなかった。

対立は、もう随分と随分と、ケルベディウロスにとってさえ、昔の出来事に感じられた。


ケルベディウロスは、逆に、エクエウの生まれ変わりと思える者達を選んで、ローヌの情報機関『BB』に集めた。

それはケルベディウロスの郷愁だった。もう、彼・彼女たちは、何も覚えてはいないけれど。それでも、共に生きていた者達。


お前たちは、この短い生命サイクルの世界で、そのように生まれ・・・すぐに死んでいってしまうのか。

その生き方を選んだというのか? 戻る事を、諦めたというのか?


いや・・・お前たちは何も覚えていないのだ。ただ、じんわりとこの『小さき世界』に溶け込んでしまったのだ。そのために、この世界の生命サイクルに取り込まれてしまったのだ・・・。

ならばせめて短くても共に過ごそう。


それにしても、とケルベディロスは苦く笑う。覚えていないことで、共に過ごせるというのも、皮肉な話だ、と。

もし、彼・彼女たちが覚えていて、自分に再び憎悪の目を向け、暴言を吐いたなら、自分は『あの時』の情熱のままに、すぐさま彼らを殺しにかかったに違いない。・・・どんな手段を用いても。


戻りたい。己の場所に。『真なる世界』。己の体に。


戻れるだろうか。このようにエクエウたちが『小さき世界』の住人として生まれ出てきているような状態になっても。


我輩たちは、時間を止められたまま、ゆるやかに消えていってしまうのだろうか。


もう消えてしまった者もいるのだろうか。

どれだけの者が、どのように残っているのだろうか。

『真なる世界』で 止まったままの者もいるのだろうか。


キュオザロン。

一体どこに行っているのだ。我らが頭。司令塔。我輩に命じろ。我輩は、お前の真なる右腕。何をすれば良い、早く教えろ。


いや。待っていろ、助けてやる。

我輩がここにこうして残っている限り、力のある限り、戻す方法を探ってやる。


必ず何かが現れる。エクエウさえもがここに生まれるような変化が起こっているのだから。


***


そしてついに。


一人、小さき世界の子どもが。

『真なる世界』に赴く事ができるばかりか、『小さき世界』に帰る事ができるようになったと、知る。


エクエウだったローヌ人、サリシュの息子。

クォルツの影響を受ける土地、イシュデンの領主との間の子ども。


イシュデンという奇妙な土地に発生した奇妙な老婆が、宣託を下した。

“子は 世界を動かすであろう”


そして今。

まさにケルベディウロスの目の前に。


その子はケルベディウロスの本当の名前を口にした。その名はケルベディウロスに力を与えた。この空間においても、はっきりとした体を自分にもたらしたのだ。

ケルベディウロスは心底喜びに震えた。


ようやく、何もかもを、取り戻せる。そう思った。

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