010.濃霧の知らせ
一方、町の食堂で。
泣いてしまったダロンは、ここにいる人の注目を集めてしまっていた。
色んな人が声をかけてくる。料理人の人も、覗き込んで何かを話しかけてきてくれる。
けれど、そっとしておいて。目立ってはいけないー・・・。
やっと、クリスティンに「なんでもない、大丈夫」と言えたけれど、全く信じてもらえない。
どうして良いのか分からなくて「兄の料理の味に似ていて、懐かしかった」と伝えたら、みんな、涙の理由が分かってほっとしたようだ。
ただ、兄の事を口に出したため、ダロンは余計に泣けてきた。
もう嫌だ、とにかくもう帰りたい。今すぐ帰りたい。
色んな人がダロンの頭を撫でたり背中を撫でたり肩を叩いたりしてくれた。
ようやく、落ち着いてきた時。
ダロンは気がついた。テーブルの前の席、クリスティンが、テーブルに身を乗り出しまくって、ただただ、ジーっと、自分の瞳を覗き込んでいた。
まるで全てを見られたような気がした。
クリスティンが、じっと目を見つめたまま、右目からポロリと涙を落とした。と思うまもなく、左目からも涙を落とし、すぐに両目から涙を落とした。
泣いているようには見えないけれど、ポロポロと涙が落ちていた。
驚いた。まるで、自分の代わりに、泣いてくれているかのような錯覚を覚えた。
クリスティンは言った。
「僕は、大丈夫だよ」
言われた言葉になぜだか胸が震えて、また泣けた。
するとクリスティンは今度はにこりと笑った。
「泣きたいときには泣くのが子どもの仕事よって、よくママが言うよ」
泣きながら、ダロンはちょっと笑えた。少し、安堵した。
ダロンが落ち着いたのが分かったからだろうか。周りで、突然歌が始まった。
何事かと驚いたが、皆が陽気になって良かった。自分のせいで、空気が暗くなるのは耐えられない。
クリスティンも、楽しそうに歌ったり、体を揺らしたりしている。そのうち、椅子に立ち上がってピョンピョンはねだし、料理人さんに怒られて、反省したりしている。
ダロンはその様子に感心した。
こんなに、自分の感情をストレートに表しているなんて・・・。羨ましい。
急に、周りの歌を楽しんでいたクリスティンが、ダロンを見て動きを止めて、不思議そうに首をかしげた。
「ダロンは、いつ笑うの?」
「え?」
「口に、留め金がついてるよ。本当の留め金じゃないけど」
話がよく分からない。
クリスティンは、両手で頬杖をついて、真正面からダロンを見た。とはいえ、先ほどのような見透かされているような眼差しではない。
正直どう対処して良いか困る。
困っていると、また質問が来た。
「ダロンって、小さい置物、好き?」
「え、ええ」
「良かった!」
クリスティンはにっこり笑った。
どうしてそんな話に急になるのだろう。本気でさっぱり分からない。
ダロンがさすがに問いかけようかと思った時・・・。
シャララララ・・・シャララララ・・・・
歌が、パタッと止んだ。
一体何かと見ると、扉につけられたたくさんの鈴の束が上下して、音を出している。
食堂の皆が口々に会話を始め、かと思うと、料理人さんに挨拶して、去り出した。どうやら、帰る合図のようだ。
目の前のクリスティンに視線を戻すと、クリスティンは難しく考えたような顔をしていた。
「・・・あのね、ダロン。今日は、もう外には出れないよ。お父さんとは、明日合流しないといけなくなっちゃった」
「え?」
一体、何を言っているのか。この町の規則?
「濃霧が出たから、扉が閉まっちゃうんだ。もう外に出れないんだよ」
どういう事? 急激に不安が押し寄せる。
「たぶん、ダロンのお父さんは、イングス様に居城に泊めてもらうはずだよ。ダロンは、僕の家に泊まると良いよ。大丈夫、パパもママも分かってくれるよ」
ダロンは驚いて立ち上がった。クリスティンはそんなダロンを少し心配したように見ていた。
***
濃霧を知らせる笛が鳴ったのは、アトの父イングスと、その補佐役のグィンが、共にチラチラとアトの方を見ながら商人に話をして、アトからは見えないよう立ち位置を移動しながら、コインが入ったような袋を手渡していた時だった。
つまり、アトを旅に連れて行ってくれるよう頼んでいるのだと思う。
あぁ、僕は旅に出るらしい・・・。
アトが密やかにため息をついたのとほぼ同時ぐらいで、笛が鳴った。
物知り博士のオクロドウさんが鳴らす笛だ。
オクロドウさんは、いつも夜になると一番北西の部屋に居て、霧の様子を観察している。
目の前が真っ白で見えないぐらいの霧が夜に出る。時間は季節によって変わるが、日によっても前後する。真っ白な霧は、本当に視界を奪って危険なので、父が外出を禁じるようになった。
だから、濃霧が出た時に、オクロドウさんが笛を吹いて皆にそれを教えてくれる。
オクロドウさんが鳴らす笛は、とてもよく響き伝わり、町にも届く。
町の担当者はこの音を聞き取って、町の建物についている鈴を鳴らしあい、濃霧を町中に伝える。鈴が鳴ると、やはり担当者が外へ開く扉の鍵を全て閉める。建物の外に出れないようにするのだ。
町そのものは、扉の中に通路があるから、外に出れなくてもある程度行き来ができる。
建物の中の通路を通って、皆、自分の家に帰って、眠りにつく。外出を禁じる笛が、自然と、帰宅や就寝の合図にさえなっていた。
今、鳴った笛の音に、居城の鍵を閉めて回る係りのデルボが玄関ホールをズカズカつっきって、玄関の扉をガチャリと閉めた。
その行動に、商人がギョっと驚いた。




