トランペッター
僕はトランペッター。高らかに勇壮に、金色のトランペットを吹き鳴らす。
その音に、奮い立つは戦士たち。
僕はトランペッター。人々に戦いの始まりを告げる者。
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僕がまだ子ヤギのように小さかった時。
その頃の僕は、うまく声を出すことができなかった。一生懸命に喋っても、聞こえないと皆から怒られた。
何を言ってもわかってもらえないのが悲しくて、誰と話すのも嫌になった僕に、父さんがある日トランペットを買って来てくれた。
僕の父さんは街の工場で働いていた。そこは毎日、黒い煙をもくもく吐き出すところだから、それを毎日浴びている父さんも全身が真っ黒で、その手の上に乗っていた金色のトランペットが、よけいにまぶしく見えた。
金属の楽器は高いものだ。戸惑う僕と母さんに、父さんはにっこり笑って言った。
「中古でサビがひどいのを、安くもらえたんだよ。だいじょうぶ、父さんがすっかりきれいにしてあげた」
父さんは僕の手にトランペットを置き、僕の頭を優しくなでた。
「トランペットの音はお前の声のかわりだよ。たくさん練習してごらん」
この父さんのプレゼントが、僕にどれほどの勇気をくれたことか。
僕は何度も何度も頷いて、父さんの言う通り、それから毎日、街の外の草原でトランペットを練習した。
最初はマウスピースだけで、音が出るようになったら楽器に付けて、季節が変わってもずっと吹き続けた。
三つのピストンの押さえ方を変えてみたり、口をきゅっと強くしめたり、緩めたりして、高い音も低い音も出せるように、たくさんたくさん練習した。
そして自分で作ったでたらめな曲を、ある日、家の前で発表した。
道行く人が皆、僕の演奏に足を止めた。
僕が何を言ってるかわからないと、以前は怒って帰ってしまった人も、僕の声を確かに聴いてくれていた。それがただただ、嬉しかった。
そして気持ちよく吹き上げたあと、気づけば僕はたくさんの人に囲まれていた。
皆が笑顔で拍手をくれた。
よく練習したね、その曲はなに? と口々に僕に話しかけてきた。
それに応えた時、僕はかつてよりもずっと大きな声で、話せるようになっていた自分に気づけた。
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僕が子ヤギよりも大きくなった頃。
ある日、父さんに王様から手紙が届いた。
父さんが王様と知り合いなんだと思った僕は、父さんに「すごいね!」と言った。すると父さんは「そうだね」と寂しげに笑った。
母さんは泣いていた。
首をかしげる僕に、父さんは、街のほとんどの男たちがこれから兵士になって、隣の国との戦争に行くのだと教えてくれた。王様からの手紙には、そういうことが書いてあるのだと。
父さんは何一つごまかさず、幼い僕にも話してくれた。
もしかすると、もう二度と、僕と母さんに会えなくなるかもしれないということを。
全部聞いて、僕も泣いた。母さんと一緒に、父さんに縋りついて一晩中泣いた。
それから間もなくして、父さんたちが出発する日が来た。
行かないで、と縋りつく人は不思議と誰もいなくて、見送る人も見送られる人も、皆が泣きそうな顔で精一杯、笑っていた。
僕は笑うことまでできないかわりに、涙をこらえて、トランペットを吹いた。
父さんたちに、無事に帰って来てほしくて。ありったけの力と願いをこめて、思いきり鳴らした。
ぱーん、と響く音の振動のせいで、皆がせっかくこらえていた涙はこぼれてしまったけれど、吹き終わった後には拍手が起こり、父さんが僕を抱きしめてくれた。
「ありがとう。お前のトランペットはすごいね。体の底から勇気が湧いてくるよ」
そして僕の目を父さんはまっすぐ見つめて言った。
「きっと生きて帰ってくる。それまで、ここからお前のトランペットを、父さんたちに聞かせておくれ」
「うん」
僕とお互いに約束し、父さんは戦場へ行ってしまった。
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毎日、雨の日も風の日も、僕は草原でトランペットを吹き続けた。
父さんたちがどこで戦っているかわからなかったから、どこまでも届くように、毎日少しずつでも音を大きくしていった。
千里先にも届くように。万里先にも届くように。僕のトランペットで、父さんたちが生きて帰って来れるように。
そうして過ごしていたある日、家に兵士が二人やって来た。
父さんのかわりに工場で働くようになった母さんが黒い顔で迎えると、さっそく用件を告げられた。
彼らは、僕を迎えに来たらしい。
僕のトランペットが王宮にいる王様の耳に届いて、ぜひ兵士たちを鼓舞するために使いたいとなったのだそうだ。
まだ子供の僕を戦場に連れて行こうとする兵士たちに、母さんは必死に取りついた。
「夫だけでなく息子まで、死の国へ連れて行こうとなさるのですか!?」
僕は、この時に初めて知った。
一生懸命吹いたトランペットの音が、父さんたちのところにまでは届かなかったことを。
僕は父さんとの約束を守れなかった。父さんたちを死なせてしまった。
それがわかった時は、ひどく絶望したけれど、同時に頭の中に別れ際の父さんの言葉が蘇った。
『お前のトランペットはすごいね。体の底から勇気が湧いてくるよ』
僕は、僕のトランペットが皆を元気にすることを知っていた。もっと近くで吹けば、兵士は皆、死なずに帰って来れるはずだと思った。
父さんはもう、帰って来ないけれど。他の人たちだけは、せめて。
僕は兵士に縋りつく母さんを抱きしめて、決意したことを話した。
母さんは最後まで反対していたけれど、僕は兵士に連れられ、戦場に行った。
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城壁の上で、僕はトランペットを吹き鳴らす。
それを合図に門が開き、大勢の奮い立った戦士たちが敵の軍団へ洪水のように向かっていく。
僕のトランペットをかき消すほどの雄叫びが、銃撃の音が、耳をつんざき、僕はここでいつも怖くなって母さんのもとへ帰りたくなる。
それでもがんばって足を踏ん張り、お腹に力をこめてトランペットを吹き鳴らす。すると皆はいっそう激しく敵を攻め立てる。
僕のトランペットは突撃の合図。
戦いの終わりには、トランペットを口から離し、皆は鐘の音で砦に戻る。
今日もなんとか、生きて帰って来ると、気のいい兵士が僕の頭をなでてくれる。
「お前のトランペットのおかげで、力が出たよ」
父さんのように黒い顔をしている人たちは、皆、父さんのように優しい。故郷に残している自分たちの子供が懐かしいらしくて、年頃が同じ僕のことをよく構ってくれる。
敵の数が多くて気持ちが沈んだ夜は、僕に明るい曲を吹いてくれと言う。
僕のトランペットで皆、元気になる。
元気になって、明日、敵と殺し合う。
それが繰り返されるたび、僕はだんだん、自分がどうしてここにいるのか、よくわからなくなっていく。
その日、敵の数がとうとう砦を守る人よりずっとずっと多くなった。それまでも多かったけれど、今度は十倍くらいになっていると誰かが言っていた。
僕はもう無理だと思った。
だけど命令されて、その日もトランペットを吹いてしまった。
僕の合図で、皆が決死の突撃をかける。
僕は必死にトランペットを吹いた。どうか皆、死なないようにと願って。この願いが天まで届けと思って。
だけど僕の願いは、空に響いた爆音にかき消された。
雄牛のように大きな砲弾が城壁にぶつかり、振動で僕は後ろに転んで頭を打った。大切なトランペットだけは抱えて放さなかった。
砲弾が当たった壁が、がらがらと崩れていく。門を破るまでもなく、そこから敵の兵士たちがなだれ込んだ。その間も別の場所に砲弾が当たって、どんどん壁が崩れていく。
トランペットを抱きしめ、僕は必死に逃げた。
逃げているうちに、何人もの味方の兵士が倒れているのを見た。
その中に、よく僕の頭をなでてくれた人がいた。
僕は慌ててその人のところに駆け寄った。まだかすかに生きていたその人は、体の下半分が石壁の下敷きになっている。
大量の血が地面に染みて広がり、完全に足が潰れてしまっているのがわかる。
僕はその人の横に膝をついて、ようやく、自分が何をしてきたのかを知った。
「僕のせいですか?」
涙がこぼれて、その人の黒い顔の上に落ちる。
「僕がトランペットを吹いたから、皆、死んだんですね」
僕のトランペットは戦いが始まる合図。皆を勇敢な死へ追い立てる。
僕が、皆を殺した。
「違うよ」
涙が伝う頬を、優しくなでられた。
その人は掠れ声で僕に言う。
「お前のせいじゃない。お前のトランペットは、絶望の中で生きる力をくれた」
父さんにそっくりなその人は、最期に笑った。
「戦争は終わりだ。さあ、帰ろう」
頬からするりと落ちた手を、咄嗟に握る。
やがて敵の兵士に見つかるまで、僕は泣きながらずっと、そこにいた。
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穏やかな朝の光を浴びて、僕はトランペットを吹く。
あれから間もなくして戦争が終わり、一度は敵に捕まった僕も皆も、家に帰された。
僕のトランペットで、街の人々は目を覚ます。
徐々に起き出した彼らは、これから新たな戦いに身を投じる。訪れた平和の世で、家族のため、日々の生活という戦場へ向かう。
僕はトランペッター。高らかに勇壮に、金色のトランペットを吹き鳴らす。
その音に、奮い立つは戦士たち。
僕はトランペッター。今日も戦いの始まりを告げる。




