第九話「スキル」
「ハァッ!!」
ザンッ!と、肉を断つ感触が手に伝わってくる。この感触にも大分慣れてきた。
「お疲れ様です。段々と無駄な動きが減ってきましたね」
自分の中で感触を確かめていると、信司くんに話しかけられる。
最初のうちは吐きそうになりながら戦っていたが、ほんの数時間で慣れたものである。
「この魔物の動きは大体覚えたからね」
今ではこうやって軽口を叩く余裕すらあるのだから、慣れとは恐ろしいものだ。
僕と違い、信司くんは初めからこの状況に対応していた訳だが……。
「それでは、これ以上この階層にいても意味はないかもしれませんね……」
「うん。僕もそう思う」
そう言って、互いに次の階へと続く下り道へと視線を向ける。
この階層を抜ければ次は五階層になる。実に驚くべき順調さだ。
それもこれも、全ては信司くんの采配のおかげだった。
――――
一階層でストーンゴブリンを倒してから、僕たちは順調と言える速さで迷宮を下っていた。
なぜ、素人同然の僕が魔物相手にここまで善戦できているのか。それは、信司くんのアドバイスによるものが大きかった。
ストーンゴブリンを倒した後、僕は疑問に思った。
ストーンゴブリンを相手に僕が苦戦していた時、首を狙うように指示したのは信司くんだった。
……しかし、それはおかしな話しだ。信司くんがどうしてストーンゴブリンの弱点を知っているというのだ?彼は僕と同じで、昨日までただの高校生だったというのに。
そう、僕は彼に聞いた。
――あらかじめ情報収集をしていた。
そんな答えが返ってくると半ば予想していた僕は、次に彼が言った言葉に耳を疑う事になる。
「ゴブリンの弱点を看破したのは、スキル、≪赤点≫の効果です。『知恵の勇者』に備わっている初期スキルみたいで、先程はゴブリンの首に赤い点が沢山見えました」
「す、スキルって……?」
なんだそれは、この世界にはそんな物まで存在しているのか?
いや。それより、信司くんの言っていたレッドポイント……名前からして、相手の弱点を知る事ができるスキルだと予想できるが、これは恐ろしいスキルだ。
敵の弱点がわかるという事は、相手が初見の相手であろうとなかろうと関係なく、暗殺できてしまう。
先程のゴブリンとは違い、とても硬い敵や巨大な敵が出てくることが、この先ではあるかも知れない。だが、≪赤点≫があれば、そんな敵が相手でも上手くいけば一撃で無力化できる。
僕は、このスキルの恐ろしさに身震いした。もし、信司くんがこのスキルを使い、僕を見た場合、僕の身体のどこが赤くなるのだろうか。心臓か、それとも首か……。
「そんなに警戒しないでください。透さん相手にこのスキルを使う事なんてありえませんから」
「え?」
僕が、信司くん相手に警戒している?何を馬鹿な……。
そう思い、弁解しようと手を前に出そうとして――
「――ぁ」
自分の手が、無意識の内に心臓を守ろうと胸を抑えている事に気がついた。
「い、いや! これは……」
急いで弁解しなくては。
そう思ったが、何を言ってもただの言い訳にしか聞こえないだろう。
「ご、ごめん……」
何をやっているのだろうか、僕は。信司くんは命を救ってくれた恩人なのに、その彼を相手に警戒するなんて。
「あまり気にしないで下さい。この世界は日本とは違います。 むしろ、警戒し過ぎるくらいが丁度いいんですよ」
「でも、信司くん相手に警戒するなんて……僕が許せないよ」
僕がそういうと、信司くんは軽く驚いた顔をした後、いつもの優しそうな表情になる。
「……透さんは少し優し過ぎる気がします。それが貴方の美点なのですがね」
「そ、そうかな?僕なんかより、信司くんのほうが優しい人だと思うんだけど……」
信司くんの言葉に、つい首を傾げてしまう。
恩知らずな僕なんかより、ずっと信司くんのほうが優しい心を持っているのに……。
「さて、この話しは一旦終わりにして、次の話しに移りましょう」
「う、うん。 次の話しっていうのは?」
「さっき、スキル≪赤点≫の話しをしましたが、このスキルがあれば大抵の敵はどうにかなります。 なので、透さんは僕が言った魔物の部位を集中的に攻撃して下さい」
そこからは、初戦の戦いぶりが嘘だったかのように順調に進んで行った。
信司くんのアドバイスで、最初は避ける事に集中して敵の攻撃パターンを身体で覚える事にした。そして、完全に攻撃を見切れれば、後は信司くんの言った箇所を剣で斬りつけるだけだ。
本当にそれだけ。それだけで、魔物は簡単に地面に崩れ落ちていった。
――――
それからは、唯の作業だった。
ひたすら躱して、ひたすら覚えて、ひたすら斬る。そんな、作業。
そして、気がつけば四階層にまで到達していて、現在に至る。
「これが、スキルの力なのか……いや、それとも勇者の力なのかな?」
「確かに恐ろしいほどに強力なスキルですが、万能なわけではありません」
「そうなの?」
「はい」
なにか、制約でもあるのだろか。聞きたいけど、それは流石に失礼かな……。
「……出ませんね」
「え?」
唐突に呟かれた言葉。
かろうじて、信司くんのその言葉を耳に拾う事が出来た。
「出ないって、何が?」
「……忘れたのですか? 透さんのソウルウェポンですよ」
「あ……」
そういえば、そうだ。僕たちはなんの為にこんな危ない場所で戦っているんだ。
それは僕のソウルウェポンを出す為じゃないか!
「ご、ごめん。戦う事に精一杯で忘れてたよ……」
「気にしてませんよ。……それにしても、こんなに戦っても武器が出ないなんて、少し予想外でした」
「う、うん。確かに……僕の覚悟が足りないのかなぁ……?」
ソウルウェポンを出す為には強い意志が必要………と、言われているが、覚悟や強い意志など、意識して強くなる物なのだろうか……?
僕は、悩めば悩む程に、よくわからなくなっていた。
「とりあえず、五階層へと向かいましょう」
「うん」
ウジウジ悩んでても仕方がない。
とにかくソウルウェポンが出るまで戦い続けなくてはダメなのだから……。
そんな事を考えながら五階層へと続く階段を下りていく。
……この先に、未来を左右する試練が待っている事を、この時の僕はまだ分かっていなかった。
そろそろ物語が動く……はず。