第六話「謝罪」
騎士に連れられ、僕は自分が泊まる部屋まで案内された。
他の三人はまだ王様から色々と話を聞いているみたいで、僕だけは夕食の時間まで自分の部屋で待機する様に言われた。監禁でもされている気分だ。
……特にやる事もないなぁ。
部屋に備え付けられているベッドに横になる。
夕食に呼ばれるまでの間、仮眠でも取ることにしよう。
眼を瞑れば、疲れていたのか直ぐに眠りに誘われる。
僕は、この世界でやっていけるのだろうか……?
――――
コンコン
「ん……?」
扉を叩く音だ、もう夕食の時間か。
僕はベッドから降り、扉に向かう。
「トオル様、夕食の時間になりましたので、お迎えにあがりました」
「あ、はい。ありがとうございます」
扉を開けるとさっきの騎士とは違い、メイドが立っていた。
「それでは食堂へ案内します」
「はい」
僕は歩き出したメイドに着いて行く。お城の中はかなり広い造りになっているので、案内をして貰わないと確実に迷う自信がある。
それにしてもこのメイドさん、かなり無愛想だ。なんて言うか、言葉に棘があるような気がしてならない。嫌々僕を案内しているのだろうか。
重苦しい雰囲気に耐えながら五分程歩くと、ようやく食堂に辿り着いた。部屋に入ると、中はホールの様な造りになっている。というか、まんまホールだ。
食堂って言ってたから、学校にある学食みたいな物を想像していたけど……確かに本とかだと、お城の食堂ってこんな感じだよね。ある意味納得だ。
中をよく観察する。
結構人がいるな。人と話しながら立って食べている人もいるし、立食パーティーみたいな物なのかな?
テーブルの上には沢山の食べ物が並んでいるので、それを自分で選んで食べるバイキング形式みたいだ。
「僕、バイキングってあんまり得意じゃないんだよねー」
食べ物を選ぶのが下手くそなので、毎回偏った内容になってしまうのだ。
そんな事を思いながらテーブルに近づいた。
「……?」
なにやら、視線を感じる。それもかなりの量。
周りを見渡すと、このホールにいる人間のほぼ全員が僕の事を見ていた。
「な、なに?」
挙動不振になってキョロキョロと周りを見渡す。
さっきまで近くにいた筈の人々も、いつの間にか僕から距離を取り、遠巻きにこちらを見ている。
「ねぇ、あれって……」
「うん、例の……」
そんな声が、遠くから聞こえた。
そうすると、その声を皮切りに部屋中からヒソヒソと話し声が聞こえ出した。その視線は僕に固定されたまま……。
間違いなく僕の事を話している。
好意的な眼差し……とは、到底言えない。これはそういったモノとは正反対の部類だ。
恐らくこれは、嫌悪感。
「偽物……」
「臆病者……」
そんな呟きが耳に届く。
ああ、そうか。考えて見れば当たり前の事だった。僕は既に処刑されていてもおかしくない罪を犯した……という事になっている半分罪人の様なものだ。
召喚された癖に、武器を発現させる事ができなかった偽物の勇者とか、家に帰りたいと願った弱虫勇者とか。そういった噂は瞬く間に広がり、城の人間は疎か、街に住む一般人の耳まで届いている事だろう。
「……はぁ」
この視線も明日までのものだ。そう、自分に言い聞かせて料理を皿に取る。
素早く取って席に戻ろう。そんな思いで料理を取った為、いつも以上に内容が偏ってしまった。
きっと周りで僕を見ている人は、『料理もまともに装う事ができないダメ勇者』と更に僕の評価を下げている事だろう。
もう、半ばやけくそだった。評価なんて高くても、どうせ期待に応えられないし、むしろ低い方が気楽でいいよ。
無理やり自分を納得させて、席に着く。ようやく食べ物に有り付ける。
元の世界で食べた昼食を最後に、何も食べ物を口にしていなかった僕のお腹は空腹感で満たされていた。
「いただきます」
手を合わせて料理を口に運ぶ。
美味しい……筈だけど、周りから見られている緊張感から、味が全然わからない。
美味しくない……
家で、母親の作るご飯を食べていた頃は、こんな気持ちになる事なんてなかった。母親の料理を思い出し、涙が出そうになる。
こんな事になるんだったら、部屋に料理を運んで貰った方が良かったかな。今からでもそうしても貰おう……
そう思い、席を立とうとする。
「ここ、座ってもいいですか?」
しかし、それは一人の少年の声によって阻まれる。
声の聞こえた方を見ると、そこには優しそうな顔立ちで、しかし本当はとても頭の回転が速くて、そして僕なんかよりよっぽど思いやりのある勇者。
赤坂信司が僕の対面の席に座っていた。
「信司くん……?」
「あれ、ダメでしたか?」
僕の反応を拒絶と受け取ったのか、信司くんが席を立とうとする。
「い、いやいやいや!そんな事ないよ!」
僕は必死に否定する。
むしろここに居て欲しい。大歓迎だ。
「良かった。知り合いが一人もいなくて困っていたんですよ。ありがとうございます、透さん」
「い、いやぁ。こちらこそ」
何故かお礼まで言われてしまった。むしろ礼を言うのはこちらのほうなのに。
信司くんが僕と同じテーブルに座った事によって、負の視線は半分以下にまで減っていた。
「信司くん、さっきは時間がなくてゆっくり話せなかったけど、改めてお礼を言わせて」
そう言って、僕は信司くんに真剣な視線を向ける。
信司くんは僕の態度に少し驚いているようだった。
「さっきは助けてくれて、本当にありがとう。この恩はきっと、一生掛けても返せる物じゃないと思う。だけど、それでも僕は一生掛けて、信司くんに恩返しして行きたいと思ってる」
僕が今生きているのは、信司くんのお陰だ。なら、残りの命は全部信司くんの為に使おう。それが、僕にできる精一杯の恩返しだ。
「恩返しだなんて、ボクは当たり前の事をしただけですよ?」
その反応は、半ば予想していた。一生掛けて恩返しをする、なんて言っても信司くんが納得してくれる筈がない。
なので、僕は一つの提案をする事にした。
「なら信司くんが困った時、僕は君の頼みをなんでも聞くよ」
「え?」
もちろん、それだけで僕の恩返しは終わらない。だから、最初は『頼みを聞く』という一見簡単そうな事から始めていく。そうする事で、優しい彼は断ることができないと思ったのだ。
「君の手助けをする権利くらいは、僕にあると思うんだけど、どうかな?」
「う〜ん。透さんがそこまで言うなら、ボクとしても無下に断る事も出来ませんね」
よっし!
思惑通りに事が進んだぞ。信司くんの性格から、相手の好意を無下にはできないと予想していたが、まさしくその通りだった。
「それじゃ、困った事があったら何でも言ってね。僕にできる事はなんでもするからさ」
「はい。その時が来たらよろしくお願いします」
こうして少しずつ、恩を返していこう。
そう、改めて決意する。
――――
それからは他愛のない話しをしつつ食事を進めていた。
「透さんは、この世界に来る前は何をやっていたのですか?」
「僕?普通に学生だよ」
「そういえば、高校二年生でしたね」
「うん。信司くんと一緒だよ」
この世界に来る前の事や、学校の事など、色々と話した。僕は何処にでもいる普通の高校生で、普通の話しかできないけど、信司くんは僕の話を真面目に聞いてくれていた。
「信司くんは、どんな学校生活を送っていたの?」
「ボクはですねーー」
「あれ?信司じゃん。あと、透……ここにいたんだな」
その時、後ろから声がかかる。
この声は……
「はい。丁度夕食を食べていたところです。大貴さん達はこれからですか?」
「ああ。俺と正弘はこれから夕食だけど、相席良いか?」
信司くんがこちらを伺っている。一応僕に確認を取っているのだろう。
僕は頷いて返した。
「はい。大丈夫ですよ」
それを聞き、二人の男がそれぞれ僕と信司くんの隣に座る。
「こんばんは、信司と透くん。大貴が強引に入っていったけど、迷惑じゃなかったかい?」
「いえいえそんな、迷惑なんかじゃないですよ。正弘さん」
二人の男。大貴くんと、正弘さんだ。
僕の隣に正弘さんが、信司くんの隣に大貴くんが座る形となった。
「そう言って貰えると助かるよ……私は、君に謝らないといけない……そう、思っていたんだ」
「……え?」
そう言って、僕を正面から見つめる正弘さん。
突然どうしたのだろう。謝られる様な事なんてなかったと思うんだけど……。
「それは、俺も同じ気持ちだ……透」
正弘さんに続き大貴くんまでもが、僕に対し、申し訳なさそうな顔を向ける。僕は激しく混乱していた。
「い、いったいどうしたの、二人とも?謝られるような事なんて、僕にはないと思うんだけど……」
しかし、僕の言葉に対し正弘さんは静かに首を振る。
「君が王様に殴られ、理不尽な罪を着せられていた時、私はただ見ている事しか出来なかった。君を助ける事が出来る立場にいたのは、私たち勇者だけだったというのに……」
そう言って正弘さんは頭を下げる。歳上の男性に頭を下げられたのは、これが生まれて初めてだ。
「俺も、悪かったよ」
「大貴くん……」
大貴くんまで……
「武器を出せなかったお前に対して、俺は責めるかのように言葉を投げかけちまった。悪気はなかったんだ……だけど、無神経だったよな、すまなかった」
大貴くんは頭を下げる。きっと、彼なりに僕を助けようとしたんだろう。僕が王様に殴られている時も、助けようとしてくれていたに違いない。
しかし、彼が不器用な性格なのは短い付き合いだが、僕にもわかってきている。そんな彼が不器用ながらも僕を心配してくれていた……それを知ってしまったら、僕には彼を責めることはできない。
正弘さんも同様だ。彼は『誰かを守る』為にこの世界に召喚されたのだ。そんな彼が、殴られている僕を助ける事が出来なかったのだ。
きっと、とても後悔しているに違いない。その気持ちの重さは僕には計り知れないが、それでも彼を責める事はお門違いだろう。
「二人とも、顔を上げてください」
だから、僕は二人に伝えなくてはならない。
「あれは、僕の心が弱かった事が原因だから、二人は悪くないよ。それに、もし逆の立場だったら、きっと僕は怯えて何も出来なかっただろうし」
そうだ。きっと目の前で理不尽な暴力を受けている人がいても、僕は怯えて助ける事はできない。
僕は弱い人間だから。
「だから、僕に二人を責める権利はないよ。結果的に死刑にならなかったんだから、二人も気にしないで」
「……そっか。分かったぜ」
大貴くんが納得したような表情で、うなづいた。彼なりに、自分の中で折り合いを付けたのだろう。
「だが、もし次に同じ状況になったらとしたら、俺は絶対にお前を助ける!」
「……大貴くんらしいね」
力強く、大貴くんは宣言する。
彼はいつだって前向きだ。その前向きさは僕には無いもので、少し羨ましくもある。
「私も……次こそは、必ず……!」
横から強い意志の込もった声が届く。
正弘さんだ。彼も大貴くんと同じく次こそは……と、意気込んでいる。しかし、その重みはまるで違う。彼の場合大貴くんと違い、まさしく命懸けなのだ。人を守る事は、正弘さんにとって生きている意味なのだろう。
「次があれば……」
「え?」
小さな声。多分僕にしか聞こえてなかったと思う。
正面に座っている信司くんの口からボソリと聞こえてきた。気になったが、三人が話し始めてしまったので、僕は聞くタイミングを逃してしまった。
――――
「そういえば、お前ら見えてる?」
食事を終え、それからしばらく食後の雑談をしていたのだが、大貴くんの質問により、全員が彼に注目した。
「見えてるって、何が?」
「あちゃ、やっぱ透には見えてないのか」
当たり前の質問をしたつもりだったのだが。どうやらこの場では僕だけが見えていないらしい。
「ああ、私もずっと気になっていたよ」
「ボクにも見えてますね」
本当に何の話だろう。僕だけが話についていけてない。
そんな僕の表情に気付いたのだろう。信司くんが、詳しく説明してくれた。
「恐らく、ソウルウェポンが武器になった瞬間からだと思うのですが。 自分の視界の端にバーの様なものが見えるんです」
「バーの様なもの……?」
それってまさか……体力ゲージとか?
僕の頭の中には、格闘ゲームなどでよく見る、画面上方に表示される体力ゲージが想像された。
「はい。それも二本あります」
「二本?バーのところに何か書いてある?」
僕の予想は恐らく当たっていると思う。この世界には『魔法』がある。そう王様も言っていた。
なので、考えられるバーの一本は体力ゲージ。二本目は魔法力か、それに連なるもののバーだろう。
「えっと、小さくHP?……と書いてありますね。もう一本はEPです」
やっぱり。
おそらく、HPは体力のような物だろう。しかし、EPはよく分からない。よくあるMP……マジックポイントのようなものだろうか?
それにしたって、これではまるでゲームじゃないか。
「あ、本当だ。だけど、これはどういう意味なんだい?」
「HPはヒットポイント、EPはエネルギーポイントかな? つまり、俺たちの生命力と精神力を分かりやすいように数値化して示しているんだよ」
正弘さんの疑問に答えたのは、大貴くんだ。彼は元の世界でよくゲームでもプレイしていたのだろうか。他の二人より随分と詳しそうだ。
逆に、正弘さんと信司くんはあまりゲームをやった事がないのだろう。
「二人とも、俺が発見したのはそれだけじゃないぜ!」
そう分析していたら、大貴くんが自慢気に声を上げた。それを聞いて、僕は確信した。
うん。きっと彼はゲーマーだ。間違いない。そして、僕も彼と同類だった。僕には彼が何を発見したのか、この時点で分かってしまった。
仮に、ここが元の世界によくあるゲームシステムに即した世界であったとするなら、HPとEPバーの次にあるのは……
「聞いて驚け、俺が発見したのはー……なんと、『メニュー』画面だ!」
「「『メニュー』画面?」」
しっかりと溜めてから、大貴くんは言い放った。それに対して二人は疑問符を浮かべる。
僕は『メニュー』、もしくは『ステータス』のどちらかだろうと想像していたが……本格的にゲームみたいな話になってきた。
「うわっ!」
「これは……!」
唐突に声をあげたのは、正弘さんと信司くんの二人だ。一体どうしたのだろう。
「目の前に、なにか変なものが出てきたよ」
「これが……『メニュー』?」
二人は正面を見たまま困惑顔で呟いている。多分、さっき『メニュー』と口に出した事で『メニュー』が開いてしまったのだろう。
「ああ。それが『メニュー』だ。口に出して開くのもいいが、頭の中で念じて開く事もできるぞ」
大貴くんは慣れた様子で説明している。正直、少し羨ましい。僕だってゲームは好きな方だ。だから自分で『メニュー』画面を開いてみたい。
「それでよぉ、『メニュー』の中に、『ステータス』っていうのがあるだろ?」
「『ステータス』……ああ、あったよ」
「はい。ありますね」
おいてけぼりだ。
僕は黙って成り行きを見守ろう。
「これから、お互いに『ステータス』を教え合おうぜ!」
はぁ、暫く放置されそうだ……
そう思い、僕はゲンナリとした。
話が進みません(汗