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固有名詞が少ない世界の物語

短編・かれらの集い

作者: マガミ

「ま、流石にこれ、木ぐらいでかい根っこなんて誰も食べようなんて思いませんよね」

「確かに…、育つまでどの位なんだね?」

「枝分けでの移植と並行させた、魔法での初期促成で半年、ですかね」


「お代わり、かなり作ったんできっちり食ってってくださいよ皆さん?」

「「ゴチになります!」」

「それではライスをお皿に盛り次第、並んでくださいねー」


「お、おお、まさに、まさに…!」「うめぇ! そうだよ、これだよ!」

「な、なあ、揚げ物とかってあったり…? まじで!? 俺唐揚げ!」「私ソーセージ!」

「おお神よ! やはりこれはソウルフードでありました!」


 その日、この世界に新たな料理が一つ、加わった。


 これは、魔王と上級魔族達との大規模な戦いが、人族であれば父祖の代より以前のものとなり、魔族が去った大陸への入植と開発が大分進んだ頃のお話である。



 前世の記憶を持つ特別な連中、いわゆる所の「転生者」達は人族が台頭し始めた時代に誰かが作った、転生者や転移者の早期発見と相互互助を目的とした連絡会へ参加している。連絡会への招待は、ある程度の成長の後、念話のようなもので来る。参加を承諾すると特別な隔離領域への転移魔法が発動、概ねルーツが近い面々と顔合わせする事となる。


 強制では無いし、連絡会自体には強制力も無い。場合によっては敵対する組織や国の所属となる事もあるので、参加はしても顔を出さなくなる者もいる。

 が、人恋しいというかもう戻れない故郷の事を愚痴ったり思い出したり語り合う場として適当であったためか、不思議と今も存続していた。

 大抵は元の世界の国別、または住む地域によってグループが分かれる。連絡自体はその隔離領域内であればどこのだれでも可能だが、全く会話の共通点が無い者同士では集まる意味が薄い為だ。


 困り悩むのは、彼らが所属する組織や国の側近たちだ。年に数度、重要人物が人知れずいなくなるのだ。実際は特殊な転移魔法と結界魔法により隔離領域に移動しているだけだが、厳重な監視下に居てもいきなり居なくなるのはたまったものではない。身分などの柵が無いならちょっとした休暇といった理由でもいいが、貴族やそれ以上の立場の場合、混乱に拍車をかける事となる。

 今の所、人族とその友好種族に限られる連絡会だが、集まりに色々な種族が増えていった経緯もあり、やがてはかの魔族にも居るかもしれない転生者が参加するのかもしれない。


 それはさておき、今日も今日とて、以前の世界の事を忘れたくない面々が集まるいくつかの集いの一つで、日本をルーツとする連中が一同に会し、ほのかに照らされた隔離領域の床に、思い思いの恰好で寝転がっている。

 床は硬くもなくやわらかすぎる事も無いため、生理現象を除けば一定に保たれた空間においていつまでも寝転がっていれそうな弾力がある。脳裏で命じれば椅子や寝台程では無いが、腰掛けたり寝転がった際の枕にする程度の隆起をさせる事もできるので、好みの隆起をさせてそれぞれ寝転がったり座ったりしている。


「この間、娘が生まれたんですわ、やばいですよ、可愛いですよ、俺、はじめて幸せだって実感しちゃったっすよ」

「産後の肥立ちの善し悪しもあるでしょう、そっちの南の山村で作られてる薬湯がよく効くので仕入れてみては?」

「え、マジっすか。そっか、もう5児の母でしたもんね、ありがたいわー」


 そんなちょっとした幸せ報告とそのフォローの会話もあれば、


「あーもうやだやだ、戦力なんて実効戦力が確保できればあとは見せびらかしだけでいいっつーの、なんでこう血の気が多いんだよ」

「そっちもか。私の所は魔物駆逐の方が重要なんだが、少し動かすにも元老院の承認が必要で…」

「何だお前ら、一触即発ってのは嘘か?」

「商人共から金掴まされたブン屋がアオッてんのさ、今ぶつかる暇があったら、少しでも領地の安全確保と、生産と交易に力入れた方がマシだっつーのに」

「俺んとこ、粛清しとこうかなもう…どうするよ」

「めんどいから、表敬訪問行くわ」

「マジで? 国、やばくね?」

「不在でクーデター起きたら潰す」


 こんな物騒な会話もある。


「歓談中失礼、ちょっとした朗報を持ってきた」


 一人の男が、立ち上がって周辺の人々に語りかけた。


「ん? 朗報って何よ?」

「この空間では何も持ち込めず持ち出せないので今手元に無いのだが、ある香辛料となる植物を見つけた。我々のルーツのものとは似ても似つかなかったが」

「香辛料って…、胡椒とかはあるし、他のも大抵、代替品あるけど?」

「交易するなら確かに魅力的だが、今更、大きな旨味のある商材ってそんなに無いんじゃないかな?」


 古い大陸で老獪な商人が集まる商人組合の長まで上り詰めた男が、発言者に対して疑問を投げる。


「旨味、旨味か…、まあ確かに”旨味のある”食材にはなるかな。単体ではあまり美味くは無いがね」

「なんだよ、勿体つけんなよ」

「私が見つけたのは、ウコンの代替植物だ」


 男の発言に周囲は様々な反応をする。驚きに目を見張る者、ぽかんとして口をあけている者、何のことかさっぱり理解できていない者、様々だ。


「私が居を構える場所は新大陸だが、幸い古い大陸達との交易港も近い。出資さえ安定すれば半年もかからず量産できる。栽培難易度も高くないし、極端な環境で無い限り安定して育つ」

「まじか!? よーしパパ、奮発して平野買っちゃうぞ!」

「おうおうちょい待てや、うちも出資させろこのやろー!」


 ある程度、規模が大きくそれでいて自由に使える金のある面々の内、出資に価値があると即断した連中が喧々囂々と出資の事で声を上げる。


 一方、何のことかわからない面々は首を傾げた。


「え、ええ、なんでこんなに騒ぐの?」

「…判らないの? 好みはあるだろうけど、前世の私達の国の代表的な魔改造料理の材料よ」

「魔改造料理? ごめん、余計に意味がわからない」

「ウコンってのは和名、元の世界だとターメリック。独特の風味のある、黄色いスパイスね」

「「…あっ」」


 ようやく合点のいった表情になる。


「さて皆さん、私はこれにて失礼いたしますが、私の弟子と共に既に料理の方も完成させ、これまで何度も試食してそこそこ納得の行くものを完成させています」

「料理も完成済み!? 行けば食えるんだな!?」

「勿論。ただ米だけは適した土地ではないので、群島方面からの輸入品ですが」

「それなら直良し!」

「できればあの料理をもっと腕の良い人に完成させて貰いたいのと、起源を同じくする人達に幅広く食して貰いたいので、これも協力いただきたいのです」

「私の商会から料理人を派遣する! 覚えたら教室開くわね!」

「ええ、是非」


 男はそこではじめて、朗らかな笑みを見せた。


「そうそう、出資の為、訪ねて頂いた方には必ず振る舞わせて頂きますので、ご協力頂ければ幸いです。私の住処がある街はあまり広く無いので、最初は50人程度の少人数でお願いしますね、では」


 そう言って男は姿を消した。

 因みに、今の話を聞いた面々は十名程度。今連絡会へ所属している全ての転生者を集めても超える位だ。かの料理に色めき立つ起源を持つ面々を抽出すると30人も居ない。


「すげぇ、新しい発見なんて何十年ぶりだよ」


 ここ何年かは連絡会への参加者は減ることはあれど増えていない。やりとりされる情報も、日常の出来事とかつての記憶の事以外は勢力間の調整に必要なものばかりで、新発見やら何やらといった情報は齎されて居なかった。


 大抵の場合、数多く現れた先達が試行錯誤と工夫の末に色々な情報を世界に書き残しており、後輩たる今の連絡会の面子が新たな新発見や概念をもたらす事はほぼなかった。生まれ持った祝福による力技以外に、世界へ影響を及ぼせる分野が無かったのが現状である。唯一、開拓が進んでいない分野と言えば魔法だが、転生者は大抵、魔力量が多い、あるいは極端なため、応用力や汎用性に富んだ魔法の開発は苦手である。


「それよりも、だ。何故忘れてしまっていたのだろう、あれを」

「わからない。同輩や先達の中には料理人も居た筈だが…」

「多分、入手が余りにも特殊か、モノが変わりすぎてて加工でほぼ似た感じになるなんて思いもつかなかったか、そんな所じゃないかな」

「なあ、この件について連絡会中枢に流しておくがいいか?」

「ああ、奴のは神出鬼没の薬師だったからな、へそを曲げられないよう独占はしない」


 先ほど姿を消した男は、職業としては錬金術士なのだがその実、錬金術よりもフィールドワークによる素材採取や調査を主な目的としていた。錬金術はあくまでも、素材の研究のために必要な知識やノウハウの為のもので、一般には薬師としての方が有名である。


 神出鬼没というのは、魔法や祈祷で大抵の病魔を駆逐できるこの世界において、それらでは対処できない病気や症状に悩む人々の前にいきなり姿を表し、実験と称して薬と処方箋を置いていくといった事が原因だ。最初は胡散臭い、見るからに怪しいと門前払いを食らうことが多かったようだが、藁をもつかむ思いで処方箋通りに薬を使えば快癒に向かう事や、「実験という割には失敗しない」事で、信用を得ている。

 薬の成果については神殿などに寄付の形でレシピを提供する事で軋轢を和らげる年の入りようである。


「ここ数年、新大陸の再調査って回ってたけど、まさか薬じゃなくてあれの代わりを見つけてくるとはねぇ」

「”掲示板”に情報を書いた。数日以内に希望者で行くとして、行かない奴はいるか?」

「おいらはパス。元から苦手なんだわ」


 太いヌードルとツユにかけるあれは大丈夫なんだがなぁと少年が言うと、


「は? それなら俺が作れるぜ、小麦ならうちの領地のがある」

「まじで!? …って、うどんって広まってなくね?」

「すまん、立場上ずるずるっと食う食べ物って広められなくてな」

「う、そうか、てかそうなると俺、貴族の作るうどんを食う事になるな…」

「私も無理かなー。森妖精ってほんと偏食が種族の呪いって位で、香辛料はともかく肉や獣油類がダメでさ」

「残念ねぇ。よっしお姉さん、料理人と相談して材料全部べじたぼーな奴、作れるよう頑張るわ」

「ほんと!?」


 今ある面々だと、匂い自体が完全にダメという者は居なかった。結局、数日後に今いる面々に加え、あの料理と聞くなり集った奴らを加えて結構な大所帯で新大陸に上陸する事となった。



 古い大陸達の中の、ある王国では。


「王! 何故今、兵を砦まで引き揚げさせるなど!」

「ええい! くどいぞ、面子で腹は膨れんのだ! 貴族院のバカ共に言っておけ、不在の折、余を怒らせるような事あらば覚悟せよ、とな!」

『忙しい中すまんね、準備できたか?』


 突如、王の玉座の間に幻影魔法で現れた人物。今現在、この国と一触即発にあった国の代表者だ。この国の王にとっては、自国の者よりも気心の知れた仲である。


「な、貴様、成り上がり風情が無礼であるぞ!」

『あーうるさい、俺はダチと話してんの、邪魔すんない。こっちもさっき兵退いたぞー、迎えの飛空船が来るってから先に行って待ってるわー』

「感謝する。少々遅れると伝えておいてくれ」

『了解っと。んじゃ後でな』



 そして新大陸のいくつかある街を拠点とする探索者の二人も出発の準備を整えていた。方や野伏、方や戦士、起源の国は違えど、妙に趣味が合ったためコンビが長い。


 野伏の青年がかの話をした際、戦士の男は目を輝かせた。そしてその交易港近くの街にたどり着けば、その料理が食えると知って大げさに涙を流す。


 流石にオーバーリアクションのため野伏の青年はドン引きである。


「君ってさ起源の国ってあの国じゃなかった?」

「HAHAHAHA! ノープロブレム! 留学していた頃に食したあれは、バーガーやピザに並ぶ、いや超えるソウルフードの一つでーす!」

「…某妖精かいな」



「なんだこの集まりは!? 冗談の報告はほどほどにしておけ!?」


 新大陸にいくつかある勢力の中で、古い大陸達との玄関口となる交易港を要する国の諜報機関が所有する一室。そこにもたらされた情報を見るなり、長は部下を怒鳴りつけた。


「い、いえ、欺瞞用の冗談などではなく…」


 誇張を廃した、事実のみの情報だ。ただ、事実ではあっても信じるにはあまりにも悪い冗談にしか思えない面々が集っている。普通なら国賓待遇で出迎えなければならない古い大陸の王や王族や貴族や魔法学院の高名な研究者、高い名声を得ている探索者や新大陸では殆どみかけない古妖精族などなど、種族も所属もてんでバラバラである。


 変装はしているが、諜報機関が本気を出せば普通に暴露できるレベルではある。が、意図が見えないのは殊更不気味であった。


「本当に古い大陸達から、このような面々が集まっているというのか?」

「はい…、恐らくは皆、転生者かと思われるのですが、妙に偏ってるようにも…」

「何をしでかすつもりだ…、共通の敵への対策会? それとも新大陸への侵攻?」


 驚いたのは新大陸側の権力者達である。確信は無いが恐らくは転生者であろうとはあたりは付けているのだが、新大陸側で施政に関わる者で明確に転生者であると判明している者は居ない。

 また渡りをつけようにも、新大陸側でかつてあった転生者の奪い合いに端を発した紛争が今も尾を引き、転生者が新大陸の為政者側と関わりを持とうとしていない為だ。


「一体、何が起ころうとしているのだ…」



「ふんふふーん♪」

「楽しそうだねぇ、やっぱり料理人向きじゃないのかな?」


 新大陸の街、その外れにある大きめの屋敷。薬師とその弟子はこれから来るであろう客人たちの為に、結構な量の材料を手際よく下ごしらえしながら雑談をしている。


「だめですよぉ、家庭料理っていうならまあマシな部類かなって思えますけど、お客様に出してお金を取る、っていうのは抵抗があるんです」

「そんなものかな。先ほど全員、港に無事到着したそうだよ、今から向かうそうだ」

「一晩位、泊まってから来ればいいのに」

「みんないち早く食べたいのさ」

「確かに私も大好きになりましたけど…」


 師匠がここ半年、あの植物の栽培と量産化、それと何やら怪しげな調合にかかりきりになっていたのは数週間前までの話。


 弟子は、最初はこの料理を出してきた師匠の常識を疑った。人体実験の実験台なのか、ああ私よ、短い人生さようなら、などと思ったものである。

 見た目は、ライスに茶色いどろどろしたものをぶっかけた、そんな料理である。一度も食した事が無ければ、その独特な薫りも不気味なものになってしまう。

 が、匙で恐る恐るすくいとって口に含んだ途端、恐怖は新鮮な驚きと歓喜に塗り替えられた。


「そんなに食べたいものなんですか? 大陸わたってまで?」

「だって、カレーだもの」


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