カフェにて恋をくすぶらせましょう
好きです。
と言ったら、彼は驚くだろうか。
彼のことだから、にっこり笑って「私もです」とか言いそう。…うわ、本当に言いそう。想像しやす過ぎる。リアルすぎる。
あ〜あ、せめて、驚くくらいしてくれてもいいのに。
絶対に言わないけど。口に出すことは無いけど。口に出すことは無いから、想像でくらい、驚いてよ、悟史さん。
カランラン カラン
古いアメリカのカフェを連想させる木製のドアを開けると、
「いらっしゃい」
とカウンターから迎えてくれる声がする。
カウンターが10席程でテーブルが5席。ジャズが抑え目にかかっている、こじんまりしたカフェ。
最初に入る時は緊張したけど、今ではもう常連に分類されると思う。ここの、落ち着いた雰囲気が好きだ。
「今日はどうする?いつもの?」
少し低めのよく通る声が聞こえてきて、
「あ、はい。いつものと、今日はケーキありますか?」
「みっちゃん、タイミングがいいね。今日はなんと2種類。くるみとオレンジ。ちなみに僕のお勧めはくるみ。どうする?」
「わ、ラッキー。うーん、じゃあオレン…」
「みっちゃん、そこはくるみじゃないの?(笑)くるみ、今日は自信あるんだ。絶対おいしいから、食べてってよ。くるみ、好きでしょう?」
「…好きですよ。悟さんがそこまで言うなら、くるみにしようかな?」
だっておいしいよ?って呟きながら悟さんはカウンターの中に消えていった。
好きですよ、好きなんですよ、悟史さんが。
入って右側の1番奥のテーブル席。2人掛けだから、人の少ない時間帯にくる私は1人でここに座る。私の指定席。本を持ち込んで、1人、贅沢な時間を過ごす。
ここの席がカウンターから丁度見えにくい位置になる。そしてこちらからは彼の左側がよく見える。かれの横顔が、穏やかな笑顔が、…彼の左手が、よく見える。
私の指定席。彼を密かに目で追うことが許される、贅沢な席。左の薬指にはまる指輪が見えるから、言わないでいられる。
きっと、この恋心の出番は来ない。
でも、通じ合わなくても、この温かいような少し苦しいような、そんな気持ちを大切にしてもいいよね?あなたを困らせたい訳じゃないから、皆が呼ぶように悟さんって呼びかけてる。悟史さん、なんて特別には呼ばない。
そして自分の好きな食べ物はぼそりと呟いておく。きちんと覚えてて、あなたが聞いてくれるから。今日みたいに。
「好きですよ」の言葉に私だけ分かる気持ちものせて。
あなたが本当にこのカフェを大事にしてるのが、愛してるのが分かるから、だから私はよく言うの。
「私、このカフェが大好きなんです。このカフェと巡り会えて、本当に良かった。」
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