シークエンス3:世界の滅亡まで……ええ?
◆教室
茂が消えた事で騒ぎなるかと思いきや大してならなかった。
「そのうち帰って来るだろう。ヤツの性能なら何処行っても平気だろう」
と言うのは先生の談。
「茂の事だから二次大戦の最前線に行ってても帰って来るわよ」
と言うのは在処の談。
「茂って意外と適当な評価なのね……」
聖の声には少し同情が混じる。
「存外、信頼されているのかも知れんぞ?」
一限目が終わっても帰ってこない茂の心配をしているのはどうやらこの二人だけのようだ。
もっとも、この二人もある程度茂を信頼しているから冷静なのだが。
「ホント、何処消えちゃったんだろう?」
珍しく真顔で考え込んでいる聖。
「《歪曲》が暴発したのならいくらなんでも生きて帰っては来ないだろうな」
何気に恐い事を言っている晶。
「まあ、何とかなるだろう。今は正直、二限目の数量が心配だ。他クラスの噂だと抜き打ちテスト、何故か知らんが公民のテストが行われるらしいぞ」
「嘘、範囲何処?」
一転、そっちに食いつく聖。
「……そこまでは聞かなかったな」
「あー、駄目じゃん」
茂の話が終了。
チャイムがなり、授業が始まる。
数量の時間なのに本当に公民のテストがあったのは余談である。
◆タナルプの町
「……世界滅亡まで三十日ぃ!?は、は、ふぇーくしょい!」
茂は素っ頓狂な声を上げてからくしゃみをした。
くしゃみは二人の所為だが素っ頓狂な声の方は無理もない、説明によると
『賢者共の占い結果によると人類の滅亡は、エニヒス歴4000年らしい。質が悪い事に奴らの占いは当たるんだよ。
でだ、まあここまでは良くないが良いとしよう。その危機を救えるのが異世界の勇者らしい。
だがな、王の奴がどうゆうわけか勇者の召喚をケチりやがってな』
『おいおい、どんな統治者だよ。普通人民の安全が最優先だろ?』
『ええ、それはワタクシたちも考えたんですけどたかだか一領主ですし表立って悪口を言えば反逆者扱いになってしまいますし。
続きですけど今は猪の月の始まりですから。4000年まで後30日ってところですね』
説明終了。
「王様とやらは何で切り札をケチってたんだ?」
「無占論者だったらしい。占いを毛ほども信じちゃいないことで有名だった」
「『自分の国くらい自分で守れる!』と言ってはばからなかった人ですからね。戦うのは兵隊だけですが」
「つまり大口叩くだけ叩いて無責任にも死んだのか」
茂が身も蓋も無いまとめを口にする。
「ま、そんなところだ」
「そんなところです」
二人が同時に肯定する。
「で、勇者の召喚をしたのにあの爺さん、クライドさんだったか」
「ええ、そうですけど」
「何でまだなんか魔法陣、書いてるんだ?」
爺さんことクライドはまた何か森で図形を書いている。
休憩にこの町に来る時に『まだ用がある』と言って森に残ったのだ。
「ああ、あれは異世界の賢者の召喚だそうだ」
「ますますゲーム感覚だな。横にあるのは?」
「あっちは異世界の暇人を召喚するためのものだそうです」
「とことん異世界シリーズか。っつか暇人って何だ?」
ウォンス父子は首を捻って同時に
『さぁ?』
気の抜けた返事をした。
「考えてみれば何で暇人を召喚しなきゃいけないんだ」
「本当ですね。何で今まで疑問に思わなかったのかが疑問です」
茂は次に思った疑問を言ってみる事にした。
「なぁ、召喚の時に生け贄をケチらんかったか?」
アルドレムは真顔で
「いや?ケチったつもりは無いが。使ったのはデトループ山にしか生息しない珍しい虫を使ったんだが」
「どんなヤツだ?」
「そうですね。デトループバグと言えば黒く光沢があって足が速く滅多に飛ばない虫です」
「要するにゴキブリかよ。あっちじゃ台所にわんさかいるってのに」
「この国ではとても珍しい虫ですけど?」
なら地球上のゴキブリは一匹残らずこっちに全移動すべきだと思った茂だった。
「話を戻すが実際世界は滅亡寸前なんだ」
「なあ、なんで滅亡寸前なんだ?」
「魔王だ」
「……は?」
茂の頭は一瞬フリーズした。
「魔王が現れた」
続いて目眩がした。
「倒せと?」
「ああ」
「魔王を?」
「ああ」
茂は少し考えて
「何でだろう。今無性に家に帰りたい」
「いや、多分無理だな」
茂はそういえば帰り方を知らない事に気がついた。
「科学的に起こり得ない事象については過学でもどうにもならない……かよ」
異世界にぶっ飛んだ人なぞ聞いたこともない。
「何のRPGだよ」
一人で突っ込みを入れてみるが何が変わるわけでもない。
「RPG……?話は変わるがお前の職業ってなんだ?」
「少々特殊で多々難のある学生」
いつもと同じ解答をする茂。
「学生じゃあの戦闘能力はないだろ。勇者なのに魔法も使う。しかも詠唱も無しでだ」
「魔法じゃない過術だ。科学とかの延長線」
頭の中で《発光》の式を組む。ルシフェリンを作り発光させる。
「こんな風にな」
「科学と言うと木の枝擦るだけで火がでるって言う貴族の嗜好品か?」
マッチの事だろう。ジェスチャーしている。
「そんなかんじだ。そっちはなんなんだ。魔法なんざ俺にはさっぱりだ」
「そうですね。魔法は学問の一種です。ただしある程度先天的な能力が要ります」
アリネが説明を始める。
「魔力とかなんとか?」
「そうです。魔力って言うのは生命力の変換、と言っても死ぬような事は無いんですけどね。で、変換がいかに上手く出来るかが才能に左右されます。種類としては大きく《召喚》と《付加》と《作用》に分かれます」
「召喚は爺さんがやってるアレだ。大掛かりな仕掛けと魔力で世界に干渉して離れた物を呼び寄せたりする」
アルドレムは剣を取り出し
「付加は物に属性を貼り付ける。我が剣は、火の意思を纏う!」
アルドレムの剣が赤くなる。
「こんな風にな」
剣を振ると炎弾が飛び出た。
「作用は少量の魔力を消費して世界に干渉して何かしらの現象を起こします。例えば『火がでる』とか『傷が治る』とかですね
呪文は魔力に指向性を持たせる為のキーです。発生の箇所、使用用途はこれで決めます。
だから人によってその現象をイメージしやすい言葉が使われてます。言っちゃうと皆割と適当です」
「ふーんあんまり難しくは無いんだな。実行は出来そうも無いが」
「貴方のした事に比べればいくらか楽だと思いますけど」
「そうかな?まあいいか」
言うなり茂は寝ころんだ。
「何しているんですか?」
「寝る……用事が出来たら起こしてくれ」
茂は寝た。会話と睡眠との間が不明。
「とんでもない勇者だな」
寝息を立てている茂を見てアルドレムは苦笑する。
「ええ。でもこの人なら救ってくれるのではないかとも思いますよ」
アリネが言う。その声にはある程度の確信が入っていた。
「すこー」
「これでもか?」
無防備に寝ている茂を指差す。
「……多分」
声に若干確信が揺らいだ。
◆????
『砂漠に向かわせた者が帰って来ません』
蜥蜴男は冷や汗を流しながら目の前の主君に報告を続ける。
『人間どもにやられたのではないかという意見もでております』
「死んでんじゃないの?」
男の口調はえらい軽い。
「つーかさー吾にいちいち報告しにくるなら先に捜してやれよな。お前が行かなかったが為に死んでいたら後味悪いだろ」
『ですが――』
「あーもーいちいち煩いよ、オマエ。消されたいか?」
声は相変わらず酷く軽薄だが、冷たさが混じる。
『は、はい。探して参ります。魔王様の手を煩わせるところで――』
「いいからとっとと行け」
有無を言わせない逆らえない口調の命令。
蜥蜴男は血相変えて出て行った。
「さて、ニンゲン側も抵抗してきたか。ククク、残り三十日。勇者とやらは果たして吾を殺せる存在なのか、非常に楽しみだ」
魔王はニヤリと笑ってワインのグラスに口を付けた。
「げほっ、げほっ!何だコリャアルコールが入ってんのか?」
ラベルには低い指数が書いてある。
「……吾は酒が苦手だからジュースを入れておけと何度も申した筈なのに……!」
涙ぐんでいる。なかなか情けない魔王である。
◆タナルプの町
「大変だー!魔物が攻めて来たぞー!」
町の見張り兵が騒いでいる。
「あんだって?」
半分寝ぼけている茂が近くにいたアリネに聞く。
寝始めて大した時間が経っていない事は日の傾き具合から
「そう言えばこの世界は夜が無いんだったな」
「敵が来たそうです。あああ、寝直さないで起きてください!」
再び横になろうとした茂をアリネが制止する。
「アルドレムがいれば楽勝だろ?俺は実は睡眠時間が足りないから寝る」
「貴方が寝て既に六時間が経過していますよ。お父様は今例の森で召喚の儀式の手伝いに行ってて不在です!」
「つまり……」
茂は眠い頭を無理矢理起こして思考。
1・なんかの魔物が攻めてきた。
2・アルドレムは怪しい儀式のためにゴキブリを取りに行っていて不在。
3・つまり寝れない。
4・由々しき事態。
「……死刑だな」
ボソリと物騒な事を言う茂。
「はい?今なんと……?」
茂はアリネに向き直って
「討ってでる。この町に攻めてきている敵軍勢は?」
「リザードマンがざっと三百だそうです」
「何処の世界でも人材不足は深刻だな。倒されるだけの蜥蜴男を懲りずに投入するなんざ阿呆のやる事だ。
それじゃこの町に配備されている兵の数は?」
アリネが顔を曇らせる。
「実は……田舎なので三十人です。しかも皆魔物とはとても戦えません」
茂は固まった。
「嘘だろオイ」
「嘘のような本当の話ですよ。まさかこんな片田舎に攻めて来るなんてさっぱり考えていませんでしたから……ごめんなさい」
「いや、別にアンタが謝る事じゃないさ。まあいい取り敢えず兵士は町の人を逃がすのを頑張らせてくれ」
「あ、はい!」
アリネは駆けて行った。
窓から下を見るとアリネが兵士に何か言っているのが見える。
「やれやれ。一人対三百じゃ固体戦力差が多くても多勢に無勢だな。これは向こうの計算なんかね?」
茂はコートを羽織ると面倒そうに表に出た。