シークエンス15:洞窟の中心で『いらねぇ』と呟く
◆野営地より離れた洞窟
(これか?)
顎に手を当てながら唸る。
消え去った何者かの言った通りに洞窟を探して三十分。
見つけ出した洞窟に見える物体だ。
外見は山に穴があるように見えるのだが、とても近くに光が見える。
(……何で向こう側に光が見える。繋がってないというかそれ以前にこの洞窟の形状は下がる形じゃないか)
《探査》の結果と違う結果が出た為に若干混乱気味の晶。
「はぁ……」
溜め息一つ、面倒そうに入って行った。
◆野営地
「寒」
夜は冷えるらしい。夜ばかりだが。
聖の手が何かを求めさまよう。
「懐炉、湯たんぽ……」
ゴソゴソ――びし。
聖の指が茂の顔を叩いた。
「痛」
「……懐炉〜」ぎゅう。
茂に抱き付く。
その点だけ見れば多少そっとしておきたくなる。
「……!?」
茂がもがきだした。
「……ぐ、ぐえぇ……」
首だ。聖は完璧に首を掴んでいる。
聖の掴む力が強くなる。それに比例して段々と茂の顔色が悪くなる。
首が絞まる。
呼吸困難。
酸欠。
「だあぁぁ、やめ!」
首と手の間に手をねじ込んで聖の指を外す。
「……死ぬ」
聖を余所に転がして呟く。
睡眠を取ったことで体力が回復している。
「あん?」
聖以外の姿が見えない。
(どっかでヨロシクやってる……ってなこたぁ晶に限ってはねぇな)
コードのポケットに手を突っ込む。
「ん?」
ガザっという感触。メモだ。
『案内人が拉致られたから、取りに行ってくる』といった内容が書かれている。
(……どーしろと?)
ちょっと悩んでから、座った。
(行き先すら書いてないということは何もしなくていいということだ、多分。うん。そうに違いない)
◆洞窟内部
風通しがよく、乾燥した洞窟は珍しい筈。
(……洞窟自体珍しいな)
ゴツゴツした足場をさっさと進む晶。
(此処でいいんだろうな……?)
明るい方を目指して歩く。
数分の距離。グラウンドの様な場所に出た。
古いドームの様な建物。何故か照明がある。
「……闘技場?」
「ごめーとぅっ」
緩慢に振り向く。
そこにはフリルの塊が落ちていた。ドレスだ。
「先刻の輩とは違うな?」
「そーさ。あたしは“監手”。まあかんちゃんとでも呼んどくれ」
顔と手と足が出てくる。
「意外と普通だな。寧ろ可愛いに入るな」
“監手”は西洋の人形を人間にしたような感じだ。
「褒めてもなんも出ないよっ。ああ寒い」
手足が引っ込んだ。
「なんだ、寒がりか」
「そーだよっ。因みに君の探し物はあそこさっ」
目線の先には檻。中身は当然アリネ。
「イヤ、別に探してないが?」
「がーん、せっかく頑張って檻まで用意したのにっ! この行動力が仇となったかっ」
げしげしと地団太を踏んで、ふと止める。
「あら、なら何で来たのさ? まさか大事な人? 冷淡な言葉は愛情に対する裏返し――ああ〜、ろまんす?」
「イヤ、道案内がないとな。こっちは冒険家じゃないから、道が分からんだろ」
「照れるなしょーねんっ。おねーさんが愛を祝福してあげようじゃないかっ」
「……ロリなのにか?」
「なぬぅっ!? このあたしをロリ扱いとはっ」
「どっからどう見てもロリ以外の何でもないだろ?」
「むぅっ、しょーねんっ。キミは一体何歳だっ。年下だったら怒るぜっ」
「十六だが?」
「むっふっふ。あたしは二百ちゃう……ちぇう……しちゅー?」
「兆か?」
「そうっ、それだよっ。あたしは二百億兆歳なのさっ。さあ謝るのだっ!」
ふんぞり返る“監手”。
「そんな単位はない。小学生かオマエ。やっぱりロリだな」
「なっ!? ああいやちょっと間違えただけだからさっ。待った、今のナシ! のーてんっ! ……のーりょう? のーたりん?」
「ノーカン?」
「そうそれっ!」
「やかましわ。もうロリ子の年齢なんざどぉーでもいい。そうだ。コイツ捕まえて好事家に売ればかなりの儲けが」
「ちょっとすたぁぁーっぷ! ナニサラリとおっそろしい事考えてるのかなっ!? つーかロリ子ってあたしのこと!?」
「他に誰か居るか? 何にせよ捕まえるには弱らせるしかないな……よし、来い」
「うおぉ、負けるわけにゃいかなくなってきたよっ。マズいよホントっ、働け“痛壊”っ」
光に照らされ延びている“監手”の影。
それが更に延び、そして浮き上がった。
不定形なそれは徐々に形を取ると、ヒトガタにテレビの砂嵐を張り付けたような形になった。
「先手必勝」
晶は指に挟んだナイフを投擲する。
野球で言うところのアンダースロー。
下から上に浮き上がる感じで標的に向かったナイフは、頭部と思わしき箇所に突き刺さる。
「――ぐっ」
呻き声を洩らしたのは晶だ。
“痛壊”と呼ばれたヒトガタは、ナイフを引き抜くと
「やれ」
“監手”の声と共に急接近してきた。
目を抑えて晶は殴る。
ボディーブロー。
だがそれはフェイント。
迂闊に手を出すとナイフで刺される。
今のフェイントに引っ掛かれば余計なダメージを受けずにすむ。
そして“痛壊”はフェイントに引っ掛かってナイフを振り抜いた。
――フェイントに対するフェイント?
一瞬の逡巡。
「――はっ」
だが繰り出す。
狙い、顎。
打ち抜く。
「っ!」
直後、晶の脳が揺れた。
「クソっ!」
顎を殴られも平然としている“痛壊”の腹を蹴る。
飛んでいき、地面を転がる“痛壊”。
「――!」
内臓が揺れる。肩が痛む。
「……痛覚共有。意外と考えてるんだな」
「ひゅー。ピンポンピンポンだーいせーいかーい」
“監手”はちょっと驚いた表情で拍手した。
「種明かし前に気付くたぁやるねっ。人間にゃわからないとか思ってたのになっ」
「あんだけ避ける気配が無いのと、この意味不明な痛みがあれば、流石に分かる」立ち上がる。
「おっとまだ立てるのかいっ? 正直無駄だと思うけどねっ。キミと繋がっている“痛壊”を殺したりしたら、どうなるかわかってるよねっ?」
おそらくは死の痛みが襲うのだろう。
死なずとも気がふれるだろう。どっちにしても行動不能だ。
「みんなで来ると予想してたのにさっ。キミ一人で来たから、“痛壊”の本領発揮が出来なかったじゃないかっ」
もう勝った気でいる“監手”。
「この痛みは本物ではない。なら」
晶は二つ式を組むと一度に発動した。
“痛壊”へ向けて《爆鎖》が這い、絡み、吹き飛ばした。
「あははっ。さよーならっ」
煙幕が晴れて立っていたのは、二人。
「ウソ……」
「何がだ?」
は平然とそこに立っていた。
勿論苦痛の色は微塵も無い。
「いやだって普通死の激痛受けたら死ななきゃ」
ちょっと混乱気味の“監手”。
「死んでないな。種明かしをしてやろう。実は俺は死んでいる」嘘吐け。
「『動く屍』? キモイからって魔王さんが滅ぼしたって聞いたけどねっ。生き残りがいたよっ」信じた。
(ゲームには大感謝だな)
なんかのゲームでこんなやり方をした奴がいたと思う。
「で、次はお前と戦るのか?」
目の前にいる少女も魔族だろう。
「まさかっ。あたし本人は大したこと無いのさっ。“共壊”っ」
また“監手”の影が濃くなり、浮き上がり、人間の形を取る。今度は白い。
「舐めてんのか」
顔はへのへのもへじだった。
「絵心は無いのさっ。仕方無いでしょっ」
“共壊”が動いた。自らの左手を握っ『べぎゃ』た。
「………」
晶は自分の手首を見る。
右手首が力無く垂れ下がっている。
痛覚麻痺のおかげで痛みは感じないが、いちいち体の欠損を確認しなくてはならない。
「連動か」
式を組んで発動。
「そうさっ」
“共壊”が左手首から先を引き千切る。
共に千切れる晶の右手首。
「ち。心中なんざ御免だ」
晶が駆けた。
“共壊”を無視して“監手”へ。
「させないよっ。“共壊”」
距離的には“共壊”が割り込むのが早い。
晶は割り込んできた“共壊”を『右手』で殴る。
「へ?」
「どうした?」
言いながら晶は“共壊”の脚部を踏み砕く。
晶は一度転けてから立ち上がった。
「何というか、割と簡単に攻略できそうだな」
「嘘、結界回復魔法使えないのに」
晶を睨み付ける“監手”。
「……何で動けるかわかんないけど、こっちも手持ちが実は少ないから、これ以上の損害はキツいのさっ」
「を、降参か?」
“監手”は一度目を閉じて
「それはないよっ
――“狂緑”」開く。
“監手”の影が彼女の足下を中心に溢れる。
ドロドロとしたそれはあっという間に“監手”の影から離れた。
そして“監手”が影に沈んでいく。
「どっちが本体だったんだ?」
『……さあな』
野営地に来た声と一致した。
「ふん、まあいいさ。いくつか聞きたい事もあるしな」
『……敵に何か言うと思っているのか?』
「ま、お前は言いそうにないな。ロリ子なら勢いでしゃべったかもしれんが」
『……確かにな』
“狂緑”が体を揺らす。笑ったようだ。
「だから叩きのめしてから聞き出そうか」
『……返り討ちにしてやる』
◆再び野営地
茂は聖を担いで岩陰に居た。
「起きろー」
ピシピシ、頬を叩く。
寝息を立てている。起きる気配は無い。
チラリと野営地を見る。
「ああ、眠いのに……」
『ここに居た形跡があるな』
『だな。そう遠くには行ってない筈だ』
『ヲイヲイ、ナンだってそんなことがわかんだよ?』
『俺の動物的感がそう伝えているのさ!』
そこには蜥蜴男が二体。
しかも何か莫迦っぽい。
(頼むからどっか行けよ。感なんか当たるわきゃねーよ)
『さよか。お前の動物的感は当たるからなぁ』
『だろ? 絶対勇者はこの付近にいるぜ!』
(信じんなよ……)
『閃いた! 勇者はその岩の後ろに居るぜ!』
「やぁん……」うっかり女の子のような声が漏れた。
『変 な 声 だ な !』
「うっさい!」
覚悟を決めて飛び出す。
颯爽と飛び出した茂の背中には寝ている聖が居るわけで、
「感で見つけんな! もっと論理的に行動しやがれ!」
「朝ご飯から駆け付け三杯! 何、ブランデーのタバスコ味噌汁割?」
「止めとけ! 絶対不味い!」
謎の寝言を発した。
『まさかお前、その状態で戦る気なのか?』
「そうだ!」もう自棄。
(……油断大敵だ)
油断すればするほど、それだけ付け入る隙が大きくなる。
聖を背負っているこの状態は手が使えないだけではなく、バランスも危うい。
(先手必勝。殺……)
身体能力の跳ね上がった脚力で頭ぶち抜こうと体重を足にかけた刹那、
『待て! 何か企んでいるに違いない。この俺の野生的感が伝えるぜ!』妨害された。
完璧なタイミングで不意打ちの機会を逃したが
「ち……実行!」
踏み込む。
対象、頭。
軸足を軸に回し蹴り。『来た……来た来た来た来た来たぁ!』
蜥蜴男(感のほう)は叫ぶと、体を反らし膝を折って回避した。
「ま、だぁ!」
強引に軌道修正。
体を踏み抜く。
『イーッヤッハー!』
腕を基点に半回転。華麗に躱した。
「……うっそーん」
変な声が出た。
『俺たちをただの蜥蜴男と思ってもらっちゃ困るぜ! アウトローたぁ俺らのこった!』
『オマケに雑用さ』
片方は何だか疲れている。
「いや、わっけわからんし」
『ずがーん! これだからあったまかってえ人間は駄目だ!』
『俺にはお前の方が数段駄目な奴に見える』
『おまっ、どっちの味方だ!』
『うるさいな、カルシウムが足りんぞ』
『うるせー! あんなしょんべんと似たような液体が飲めっかよ』
『どっちかと言うと体液、血液だ。おい、そろそろ呆れられてるぞ』
『よっしゃ! 行くぜオイ!』
「……こいや漫才コンビ」
「すかー」
聖を背負ったまま茂が無気力に言った。
話がワンパターンになってきましたよ、精進します
そういえば、グロテスクの語源ってイタリア語の洞窟らしいですよ?