シークエンス14:闇鍋よりもなお闇である。いや、病みか!
◆?…魔王城
「報告に飽きた」
開口一番にそんなことを宣う魔王。
『はあ、確かに実は出番があっても書類をサボる描写以外に特に何をしているわけでもありませんし、退屈なのはわかりますが』
「そーそー魔王さんってば飽きっぽい奴ですからねぇ〜飽きっぽいと云えば――」
切れ目も無くしゃべり散らすのは銀青のテレス。
「『いや、オマエは口を開くな』。ってか本人を前によく飽きっぽい奴とか言えるな。吾は上司だぞ、敬え」
『敬えませんね』
「よく考えたらクライエルの定時報告も無いしな」減俸だなぁと言う魔王。
「力が有っても威厳が無いって大変っすね大変と云えばスナエムにいたクライエル散りましたよ散ったと云えば魔王さん堅物に給料出したんですかねツケの催促状がまた届いてましたよ」
「あー、給料かぁ――」
『払ってくださいよ――』
一瞬固まって
「『はぁぁぁぁ散ったああぁぁぁああ!?』」叫んだ。
部下の生死くらい知っとけよ。哀れクライエル、合掌。
「およ情報届いてねーですかね届いてないっつーとに掛けましてクライエルの魔力が途切れたの感じねーんですかお二方?」
二人は何かを探るように視線をさまよわせる。
「あ、マジだ」
『これは気付きませんでしたね……』
「まあ分かったのもうちの妹の方でしてオレは全く気付きませんでしたよいえー気付かないと云えば魔王さん書類をオレの山にさり気なく飛ばさないでくださいよ気付いてますってそれは」
目にも留まらない速さでテレスが書類束を戻す。さり気なく多く足されているのはプロの技だ。
『しかし、これは予想外ですね。まさか人間が魔族を倒すとは。神なる者に祝福されているとか?』
「神に祝福されているなら神官でもやってますねきっと勇者なんかよりよっぽど高収入な上に定収入ですしねー定収入と云えば先月の給料先々月より少なかったっすよ?」
「それに危険も無いし、何かと権利もあるからな
給料については知らん。多分、財政難とかそんな感じだ」
ゴリゴリとペンが走る。
「さて、次はどうすっかね」
『そうですね、クライエルが倒されたって事はあの町からどっちに向かったかって事を考えなければ……』
「スナエムから南西方角に直進でしょうねなんせ最短コースっすから最短コースってことでウチの部下に頑張ってもらいますよ」
紙コップのような物を耳に当てて
「おっす“監手”“狂緑”は大丈夫かな大丈夫だよな分かってるな行け」
電話のような物なのだろう。
一方的に要件を伝えると通信遮断。
「ウチんとこも人材が少ないから出したかねーんですけどまあしかたないでしょう人材少ないっていえばこの前食堂のおっちゃんが『金ねー!』とか叫んで怪しい材料入れてましたよこっちも不足っすかね?」
『……どっかの誰かのような物言いをするんですね』
「オレってばそのどっかの誰かの部下だからねどっかの誰かと云えば書類は処理していってくださいよ後処理面倒ですからね」
「くっ……!」
こっそり逃げようとする魔王に釘を刺す。
「上司に対するいたわりってもんはねぇのか、オマエ?」
「そーですねーオレは基本的にいたわりなんてもんは知りませんねいたわって貰った記憶もありませんし」
『そういえば私も無理難題押し付けられてもいたわって貰ったことは、無いですね。給料も入りませんし』
じーっと魔王に向けられる視線。
「だから多分財政難だ。ええい見るな! そんな目で吾を見るな! 書類なんか面倒だ! キエロ!『吾が腕より具現せしは不可視の砕刃』!」
ひゅお、と風を斬る音と共に書類束と机が粉微塵。いいのかおい。
「うおっと『オレの前になんか阻む壁とかそんなん』!」
『「我が目前に進行阻止の盾を」!』
二人掛かりで刃の進行を阻む。
板が割れるような音と共に術の効果が無くなる。
「やったぞ! 吾は書類に打ち勝った!」
『ああ、終わった書類まで……』
「ふん、全て無くならないと苦情が来るだろう。それはそれで面倒そうだからな」
「うわ見事に全部粉微塵にしょうがないなあまた持ってくるかな粉微塵と云えばこんな事もあろうかとコピーしといて良かったゼ」
『そうですねえ。ノルマが増えたのは痛いですが』
テレスも堅物もヤレヤレといった顔である。
「……なにぃいいぃい!?」
驚愕、絶叫。
「アリスでも持ってきますよどーせ釣りしてますでしょうし」
テレスはささっと出ていった。
どうせ三日は帰ってこない。
「逃げたな!」
『そりゃそうでしょう』
◆町より南西方向辺りのどっか
「眠い」
聖がぼそりと言った。
「突然なんだ?」
「眠いの」
ボーっと焦点の合わない目で目の前を見ている。本当に眠いみたいだ。
「あんだけ睡眠薬で寝たのにまだ寝足りないのかよ?」
呆れたように茂が言う。
「私は睡眠薬で寝た時間を睡眠時間とはミナサナイ……」どうしようもない。
右に揺れたり左に揺れたり前後にぶれたりしている聖。
「おい……」
一瞬叩き起こそうかどうしようか迷って、野営の準備を始めた。
「ライター?」
「ねぇよそんなもん」
うんうんと悩んだ末、
「よし、実験だ」
徐に晶が白衣と安全メガネを取り出して装着。
「一体どっから出した?」
「気にするな。お前のコートの内側みたいな感じだ、多分。さて、本日の実験は火を起こす作業だ。幾らか火が起こる式はあるが、それは副産物でしかない。何せそんな式を開発せんでもライターで事は足りるからな。さて、ここで一回火を起こす為に使う式をつくろうじゃないか」
『おー』
ぱちぱちぱちぱち。
「あの……」
アリネが何か言いかけるが、学者頭となった晶たちは止まらない。
「今回は時間が足りないから既存の式をいじって作ろう。今回用意したのはこれ」
砂地にカリカリと《熱動》の式を書き込む。
「コイツをいじくって作る。まあ、前々から暇な数学の時間とかに考えていたんだが」
式にいろいろ足したり消したりしている。
「火を起こす行程は火花をどうのして着火がどうだが、折角式があるんだ。利用しない手はない。物体の発火温度を使うんだ」
他の式も混ぜる。
「よし、完成だ。これでこの木材を」
柱の一部にだった木材だ。
「持ってきたのかよ」
「ああ、こんな事もあろうかとな。よし、使うぞ」
晶が自前の式を組み立てる。
揺らめく空間。
周りとの温度差から起こる現象だ。
瞬間
『あ』
木が無くなった。
「……ああ、温度計算を間違えた。すまん」
あまりに高い温度になると、発火を越えて蒸発する。
因みに人間は三千度くらいで蒸発してしまうらしい。
「あっぶねー。地道に《発火》と《消毒》じゃ駄目なのか?」
「なんかイヤなんだ。その急拵えさがなんとも言えない」
今し方作った晶の式も十分に急拵えだ。
「もう一度挑戦してみる」
「木材まだあんのかよ?」
「あと一つだ」
「失敗したらマズいんじゃないの〜?」
計算式がどうの間違いがああだするとここがズレるよ〜だのなんだの。
「あのー……?」
『あんだぁ?』
妙な威圧感。
討論番組とかでヒートアップしていった人間が、何故か最終的に唾散らしながら怒っている光景によく似ている。
「う……え、ええと、火が着けば良いんですよね?」
「ああ、そうだ。因みにここにはチャッカマンも火炎放射兵装も何もないぞ」
「チャッカマン。火炎放射兵装……?」
慣れない単語を暫し考えてから
「いえ、そうじゃなくて……『我が腕に、焔の意志を』!」
炎が蛇のようにアリネの腕で踊る。
アリネがじ、と木材を見据えると炎は木材へ飛んで行き、火がついた。
『おー』ぱちぱちぱちぱち。
「最初から言えば良かったのに」
「ええと、皆さんワタシを無視するので……」
『………』
三人共黙った。
「いやあ、鍋は美味いねぇ〜」
「まったくだ。鍋は日本の伝統料理」
「どんな世界でも通用するな」
「……ええええ」
どこから取り出したか不明の鍋に、これまたどこからとってきたのか不明な食材を放り込んで出来上がった鍋。
「ちょっと不安だった肉もいい味たな。どこでも通じる味だ」
どう見ても鳥・豚・牛・鯨・羊のどれでもなさそうな(なんと緑だ! しかも見かけは不味そうだ!)怪しい肉をつついて茂が言う。
「野菜も美味しいしね〜。叫ばれた時はどうしようかと思ったよ」眠いんじゃなかったのかオマエ? つか腹壊すぞお前ら。というか野菜なのかそれ?
「あのー、このお鍋とかは一体どこで……?」
妙に使い込まれた鍋を見てアリネが聞く。
「鍋は町の民家から拝借した。返す気は無い」
晶は鍋の出自を堂々と言い
「鮮度がいい肉は近場で狩るに限るだろう? 何の肉かは聞くな」
茂が狩った獲物を思い出しながら、思い出して若干嫌そうな顔をしながら言った
「近くに生えてた大根みたいなの引っこ抜いてきたの。叫ぶし、よく見ると人みたいな顔してて吃驚しちゃった」
ししせっつだーんとか歌いながら指で刃の軌跡をなぞりながら聖が言って
『はっきり言ってかなり怪しかった、反省はしてない!』よ〜」
声を揃えて言い切った。此処まで言われるとかえって清々しい。
「……へぇ。大丈夫ですかそれ?」
今まで自分が食べていたモノが急に怖くなったのか、アリネの箸(のようなもの)が止まる。
「大丈夫じゃね?」
まったく気にもしない三人。どんどん中身が減っていく。
「ごちそうさま」
鍋が空っぽになった。食いきりやがったあの鍋を!
「ん、眠かったんじゃなかったのか、オマエ?」
「あれ、そだっけ?」
眠い→じゃあ野営→と、くれば飯だろう。鍋だ→材料とったど〜(この辺で眠かったことを忘れる)→よっしゃ調理→今に至る。
「片付けないんですか?」
「どうせ使い捨てにする予定だったし」
「これを持ち歩く気にならんし」
「つまり邪魔だから捨てていく〜」
堂々とポイ捨て。自然環境に一片のいたわりのない勇者一行。だめだこりゃ。
「さて、取り敢えず寝るか。体力の回復は重要だ」
「まあ待て。一人は見張りで起きておかねば――寝やがった」
茂はコートにくるまって寝ていた。はえーよ。
「こっちも寝てます」
聖も寝ていた。
「やれやれ、何でコイツらは寝るのが早いんだ」
聖を茂の横に転がして晶がぼやく。
「疲れてらしたのでは?」
「確かに今日は過術乱発していたからな」
「……カジュツは使うと疲労するのですか?」
「何故それを聞く?」
「いえ、ただの好奇心です」
「……結論からいくとそうだな。どんな行動にも、何らかの消費があるだろう? 過術の実行には体力がいる。それだけの話だ」
「使い過ぎると……どうなるんですか?」
「ぶっ倒れる。何でそんなに――」
晶は、アリネの後ろに何かを見た。
「後ろっ!」
「え?」
後ろを振り返る前に、アリネはそれに呑み込まれた。
「ちっ」
『……何もするな。この娘は殺しはしない』
晶が式を組もうとすると、静止の声。
「何なんだオマエ――」
『……アノ洞窟にて待つ』
何かはそれだけ言い残すと、消失した。
勿論その跡にアリネはいない。
「……眞理緒の姫レベルで拉致られる姫だ」
溜め息一つ、二人を起こそうとする。
「何か知らんが貴族令嬢が拉致られたぞ、起きろ」
体を揺する、ゆさゆさ。
「く〜」
「かー」
頬を叩く、ぴしぴし。
「ん〜」
「ごー」
……蹴り飛ばす。ごす、げし。
「後五時間! ……すぴ〜」
「起こすんじゃねーよ! ……くかー」
共に寝言である。
「……やれやれ、あの洞窟ってどこだよ」
適当に書き置きをすると、晶は体をほぐした。
「居ないと進めないなんて、何て不便なんだ」
愚痴りながら洞窟へ向かう。
「………」
誤字とかあったら教えていただけると嬉しいです