シークエンス11:要は殴って黙らせる
◆スナエムの町:パート・晶
(リーチが違い過ぎると此処まで不利になるもんか)
片腕の攻撃が両腕に切り替わった事で攻め倦ねていた晶は躱しながら思考する。
相手は痛みを感じないらしく、斬りつけようが踏み潰そうがお構いなしに晶を殺しに掛かる。
与えた傷は瞬時に再生・完治し此方に疲労が溜まるばかり。
此方からのダメージは皆無、しかし向こうからの攻撃は一撃一撃が必殺である。
幾ら術で運動能力を上げようと、耐久力が上がる訳ではない。
出血多量による失血死並びに体細胞分裂のし過ぎによる栄養失調を狙うものの、血(と思わしき体液)は十リットルは出ているし、幾ら斬ろうと顔色や運動能力が低下している様子は無い。
(おい、魔王も出てないのにこれは反則と違うか!?)
出鱈目。
異常。
改造ツールでも使えばこうなるのかもしれない。
懐に潜り込もうにも無数の関節から成る腕に阻害される。
狙撃しようにもその暇は与えられない。
何度も腕が掠る度に血が出る。
顔が白い。失血死しそうなのは晶の方だ。
走りながら複雑な式は組めないのは仕方ないが、晶はふと思い出してポケットを探った。
(えーと、クソ!動きながらじゃ上手く出せん!)
若干の焦りが混じる。
ふと一瞬腕から目が離れる。
衝撃。
内臓に傷か!?
圧迫された腹。
込み上げる吐き気。
回転と暗転しかける意識。
暗転しきる前に地面に叩きつけられて半分覚醒する。
「――げぼ」
血と半々ぐらいの吐瀉物。文字通りの血反吐。
揺らぐ意識を無理矢理保つ。
ほぼ反射で追撃の腕を躱す。
しばらくすると体中の痛みが退いていく。
脳内麻薬が大量分泌した為に痛覚刺激に対する反応が低下。
ポケットから目当ての物を引っ張り出した。
頁をめくると凍る化け物の両腕。
《凍結》である。
凍った両腕を叩き割る。再生する前にまた凍らせる。
晶が取り出した物は手帳。無論、魔導書等の類ではない。
記載されているのは術式の原型。
XやYに数字を代入して完成させる事が可能な代物。
ある意味晶の最終兵器。
テストでは使えないがこういった非常事態には使えるからいつも持ち歩いているらしい。
(腕使えなきゃ恐かねー)
ふらふらと歩み寄ると化け物の体を壊す式を組む。
(っ。あー、纏まんねー)
頭の中がぐるぐると回り思考が纏まらない。
仕方無くあんちょこに目を落とす。
(爆破、いんやそりゃあんまり効果無いな)
氷った体に爆発はさほど効かない、訳では全くない。単に頭が働いていないだけだ。
んー、と言いながら頁を捲る。
(これで良いか)
《音断》を組む。衝撃波が刃となり氷のオブジェを塵にしていく。何が勢い良く飛んで行くかは不明。
(だー、疲れた。今度こそ本当に裏方に徹すんべ)
痛みが徐々に回復していくのが分かる。
ショック死する前に《探査》にて内臓の破損状況を確認。
(うわ死ぬ二歩手前)
損傷箇所を《再生》で復活させようとするが
(栄養不足、か。仕方無い。どっかから失敬するか)
手近にあった民家に殴り込み。
呆気取られて硬直している少女の側頭部に一撃食らわして、沈黙させる。
(形式的に言っとくかな)
「すまん」
動く人のいなくなった部屋。他家の台所からあるだけの食料を食べていく。
食った端から再生のエネルギーにしていく。
(うぇ。気持ち悪)
挫傷した臓器が何とも言えない治り方をしていく。
痛みは無いが感覚はある手術を体験している様な感じ。体内が掻き回される。
(強姦された女はこんな気分か?された事は無いから不明だがな)
腑を弄くられている感じが退いていき粗方復活。だが血が足りない。
(センサーでも仕掛けといて暫く寝るか)
またしても何処からか判らないが、センサーらしき物を取り出した。
一体何処に入れていたのやら。
(It is industrial secrets)
さいですか。
寝ると云うより意識を失うと表現した方がしっくり来そうな早業。
実際、血が足りなすぎて気を失っただけかもしれないが。
◆スナエムの町:パート・茂
「つー訳で潜入完了だ」
次の目標である屋敷には人が居た。
それ同等に人外も居た。
ただの人間だけならまだしも、先程のような人外と殺りあうのは非常にマズイと茂は考えた。
だからこうして天井裏でこそこそしているのである。
(此処はどうだ?)
下の様子を知るために《探査》を組む。
(倉庫、か?見張りは人間が二……)
部屋の様子を探っていく。
すると見覚えのある物を発見した。
「俺のコート……!」
はっとして口を噤むも既に遅し。
「誰だ!」
(やっべ!)
余り大きい声ではなかった為、
(気付くなよー……)
そう思ったが、
「天井からしたぞ!」
一発でバレた。
(……ま、別に焦らないけどな)
天井を外して飛び降りる。
丁度目の前に居た衛兵らしき町民にスマッシュ(アッパーとフックの中間)を食らわした。
《強化》によって威力が上がった拳が相手の意識を刈り取る。
「お前勇者の――!」
言い終わる前に鳩尾に肘を叩き込む。
呼吸が困難になった町民がもがく。
茂は町民の意識を飛ばす為に頭を蹴り飛ばした。沈黙する。
(うっし終わり)
コートを確認。装備は一つも取られていない。
(有り得ねー。プロなら棄てる。まあ棄てるに棄てれなかったのかもな)
何はともあれこのコートが有れば幾らか状況は楽になる。
外から人の集まる音が聞こえる。
突撃、殺す、挽き肉等の言葉が際立って叫ばれる。
(ははぁ、恐怖心理ねぇ)
光の屈折率を変える《変率光》を使い窓からチラリと外を見る。
茂みに隠れる人やら何やらで埋まっている。
窓から逃げたら下の軍団が袋叩きにするつもりなのだろう。
(つまり――)
コートから箒を取り出してぎゃあぎゃあ喧しい方に向けて走り出す。
「よし、ぶっ殺……うわ!?」
「よう。殺されに出てきてやったぜ」
手近な一人を蹴り倒す。
(アイン、ツヴァイ、ドライ。やっぱ少ねー)
横を見ると剣を振り上げた男の姿。
「んの野郎!」
剣を振り下ろしてくる。西洋風の刀身で諸刃である。
茂は箒を斜に構える。
「それごと叩き斬ってやる!」
当然その箒がタダの箒な訳がない。
金属音と音がして刀身が滑る。
「何!?」
「もうちょい台詞捻ろよ」
箒の頭で喉を突く。
気道を潰されて呼吸困難に陥った男を蹴飛ばして意識を飛ばす。
茂の持っているこの箒。見た目はただの竹箒だが、その素材は超硬合金に余分なコーティングをした代物である。
半端な武具では傷一つつかない。
加えてくだらないギミック搭載である。
残る一人も箒でねじ伏せる。
(うし、次は……)
「げ」
それは獣、例えるのなら狼に似ていた。
目が六つあり、四肢の他に横腹から長い強靭な腕が生えている異形の狼だったが。
「ガァァァァ!」
疾走(え、早)。
目が追い付かない(もう目の前かよ!?)。
襲い掛かるは前足(違う、フェイント――!!!)。
「――おおお!」
下がって前足を躱す。直後衝撃。
「ぐぅ……!」
軋と骨が折れそうになる。
腹の手だ。以上な速さの爪撃。
箒が無事でも腕が無事でない。
(く、そ。だが一本)
「貰っとくぜ!」
箒と拮抗している腕に仕込み刀を振る。
(刈た!)
手応え、無し。
「は?」
思わず抜けた声が出る。
思い切り振ってしまった為、動けない。
「やべ――!」
腹部に衝撃。
「――っ!!」
腸がはみ出る(マズい!)。
飛びかける意識を腹部の激痛が阻害する。
零れた腸を手で押し戻して抑える様に手を当てて《再生》を使う。
(痛ぅ。避けたっつーことはアイツは再生しないと見て良いな。つかすんなよ?)
茂は箒を仕舞うとハンマーを取り出した。
「来い、スクラップにしてやんぜ!」
箒以上にギミック満載ミラクルハンマー。
ハンマーの反対はピックになっており、刺さると非常によろしくない事になる。
恐ろしいのはピックの部位は極めて通電性の高い金属で出来ており、ボタン一つでスタンガンにもなる。
護身用なんぞで使用出来る甘さの電気量ではない。
最悪殺すことも可能な高出力。
と、此処まで言っといて最初は使わない。理由は当たらないから。
相手はすばしっこく、そこまで大きくはない。当たる確率なんてたかが知れている。
三対の脚で翻弄しようとする獣をハンマーの柄の尻に仕込んである鎖分銅で捕獲しようとする。
逃げ、先を回り、裏を掻き、騙しを入れる。
茂の鎖が狼を捉えて引き寄せる。
宙を舞う狼は腕を振り上げ、茂はそれをピックで迎撃。
「ギャウ!」
人が死ぬ程の電気量を流され、生きている。痺れただけ。
「マジかよ。まあいいか、アバヨ!」
ハンマー最大の攻撃力を誇るギミックを使う。
フルスイング。
頭に直撃。
飛び散る脳漿。
完・殺!
打撃の瞬間に内蔵されていた空気の圧力でヘッドの部分が音速を超える速度で押し出される。
あら不思議。あまり力のない女性でも金剛石くらい砕けるのだ。
ルール不必要の殺し合いならではのアイテム。
異常な威力に販売停止になるまでにそうかからなかった一品。
茂はこういった怪しいもののコレクターでもある。
飛び出したヘッドを床に叩き付けて元に戻して再び空気を込める。
弾のようなものに圧縮されており、それを交換する事で一瞬で再装填が可能。
単発式なのが難点。
(さて)
狼(?)を見ると事切れているように見える。
(まあ念には念をいれておくか)
両脇の腕を仕込み刀で切り落として本体を掴む。
「オイ、起きろ」
蹴倒した男を箒でつつく。
「うーん……あ!おまっ」
「騒ぐな。首が胴体と離婚する羽目になる」
仕込み刀を喉元に突き付けて腕を踏み、頭を足で抑える。
「答えろ。魔族のヤローは何処だ」
「は!言うことに欠いてそれか!誰がしゃべ……うぐっ!?」
男から呻き声が発せられる。
茂が踏んでいない方の腕を突き刺したのだ。
「答えろ。こうなったら手段は選ばねー。答えないなら言う気になるまで拷問紛いの真似事で体から聞き出してやる」
刺した刀身をぐりぐり回す。
「うぐ、あ、が!ああああああ!!!」
男の口から悲鳴が洩れる。
「答える気になったか?」
刀を腕から引き抜きながら茂は再度問う。
「こう成りたいなら話は別だが」
先程殺した魔犬を突き付ける。
「ひっ。だ、誰、があ!」
ちょっとは揺さぶれたが決定打にはならなかったようだ。
(参ったねー、どうも)
実のところ、茂含む三人は拷問は好きではない。
では殺人は好きなのかと聞かれると“ノー”な訳だが。
やられている男もかなりの苦痛だが、やっている茂も多少苦痛な訳だ。
(早く吐いてくれ……お、そうだ)
「吐かないならアンタの家族を更に惨たらしく殺してやる」
こうすれば吐くだろう、そう思った。
「ひ……きょう……もの……!」
案の定、かなり揺れた。
「吐け」
言外に次は殺るぞ、と込める。
実際この男の家族なぞ知るわけも無いが、突然の事と魔犬の件でパニックにでもなっているのだろう。
「クソ!こっから出て右手側、少し豪邸の地下だ!」
「ご苦労。寝てりゃすぐ済むさ」
「家族には――」
蹴り
昏倒。
最初からする気が無い事柄について念押しされても無駄なので黙らせる。
(結局どいつとも合流してないな。や、居なくても大丈夫、だよな?)
次の問題はこの家に集まっている民間人だ。
「やれやれ……」
◆スナエムの町:パート聖
爆音やら怒声が聞こえなくなった辺りで聖は行動を開始した。
いや、せざるを得なかった。
「ぎひひ、まずはスカートから――べふ!」
寄ってきた男の股間に《強化》を使った蹴りを叩き込む。
「変態」
容赦なく蹴る。
殴る。
武器は無いからひたすら素手。
この男は聖の体が目的で来たのだろう。
見かけだけなら可憐な少女の聖にはあまり珍しくはない。
その都度過剰防衛気味の攻撃で撃退しているのだ。
勿論相手が複数の時もある。
だからこんな男一人に負ける道理は無いのだ。
「この女、強ぇ……」
「ふ、勝った」
背中を踏みつけながら勝利宣言。ビューティフル。
さっと部屋を見回すと、ドアから出る。
犬が居た。
「を、わんこだ」
茂と殺り合った犬と同種だ。
「グルルルルル……」
低い唸り声を上げる。
すぐに飛びかかれる体勢なのだが、じりじりと後退している。
「なによ、そんなに恐がるコトないじゃない」
対する聖はすたすたと寄る。
「グルル――ガァ!!!」
その躯が跳ねた。
疾駆する狼は腹の腕を使って聖を薙ぐ。
聖はそれをぶん殴って軌道変更。無理矢理ずらす。
そして眉間に一撃。
「キャウン!」
犬みたいな声で倒れ伏す狼。
(まあ、犬も狼もあんまり変わらないけどね)
「見張りってだりぃよな」
「そうだよな。いつもは何にもしなくて良いんだもんな」
足音と談笑が聞こえる。
「まあ二時間程度だし適当にやってれば……」
「適当にやるのは感心しないわねー。杜撰な管理だとアタシは逃げるわよ?」
ビクリと硬直する。
「はぁい♪」
聖は軽く笑って腰を落とす。左手を前に右手を腰に構えた構え。
「脱走だと!?」
「そっのとーりー。アタシは今とっても機嫌が良いから、楽に沈めてあげよー」
聖の昔頃の喋り方。意識して喋らないとこうなるらしい。
聖が駆け出す。
「おっと……さてさて、行くよー?」
まず一人の鳩尾に肘を入れて顎を強打。
顎を殴られると梃子の原理で脳が揺さぶられて、苦痛に関係無く意識が飛ぶ。
崩れ落ちた男を踏みつけてもう一人へ接近。
「何もしなきゃ楽だよ」
左側頭部に蹴りを入れ、倒れた男の顎を蹴る。
「がぁ……」
沈黙した。
「さぁって、次行ってみよー」
聖が建物を出ると、不良っぽいにーちゃんどもがタムロっていた。
(どんなトコにもこういう人って居るんだねぇ)
「オイ、そこの女」
無視して通過しようとすると一人が声を掛けてきた。
「私の事?」
「ソォだよ。他に誰がいんだよ?」
「さあ?見えちゃいけないモノが見えてたりとか」
明後日の方角を見る聖。
「なぁ、コイツってナニヤってもいい奴じゃね?」
「ソォだろうぜ」
にじり寄ってくる不良っぽい男。
(またこんな奴ら……)
「抵抗してもいいんだぜぇ?」
ひひひと笑う。
「んじゃ遠慮なく」
にじり寄ってきていた男の顎目掛けて蹴り上げる。失神したみたいだ。
「あ゛?女に負けたのかよ。ダセェー」
リーダー(?)の少年が周りに指示を飛ばす。
「囲んじまえ」
統率力はあるのか、指示一つで皆が得物を持って聖を取り囲む。
剣、鎚、斧といろいろあるが
(さっすが異世界。銃とかは無いねー)
「怖さに声も出ねえのかよ!?」
ナイフを構えていた少年が叫ぶ。
高圧的に怒鳴られると、萎縮して動けなくなる人間が多い。強気な人間でもだ。
見知らぬ土地に加えて武器持ちの男達に囲まれているこの状態ならビクつかない人間は更に少なくなるだろう。
その少数のうちに聖は入っているのだからへとも思わない。
「うーん怖い怖い。怖すぎちゃって」
すっと手を伸ばしてナイフ男の腕を掴む。
「この腕、駄目にしちゃいそう」
そして捻った。
そこに技はなく
それに躊躇はなく。
そしてそれに加減はなかった。
「うぐあぁ!?」
こきという軽い音と共に腕、正確な箇所は肘の関節が外れた。
力が入らなくなった事によってナイフが落ちる。
「あああ……!」
腕を抱えてうずくまる男。
「だいじょぶだいじょぶ。外れただけだから戻るよ」
男の側頭部に蹴りを入れる。
ギャグ漫画も驚きな感じで切り揉み回転して吹っ飛ぶ。
「やったなアマァ!」
「先にやったのはそっち」
間合いを詰めてくる男達。
(ま、しょうがないよね)
聖はポケットから適当に物をばら撒いた。
男達が更に寄ってきたとき、地面が軽く爆ぜた。
「うわ!?」
「何だ!?」
ただの癇癪玉である。
一瞬のパニック。それでも充分な隙。
先程気絶させた男からナイフを奪って走る。
「とう♪」
持ったナイフを一閃、二閃、三閃。アキレス腱を切断。
後は適当に体を投げる。
そこらかしこに突っ込んだ男は気絶した者と気絶してない者といるが、どちらにしても腱を断たれているためもう動けない。
「後はアンタだけだね。このまま通してくれれば楽なんだけど?」
「は、そんな事あるかよ。『我が躯は精霊の加護を受けん』」
ちょっと発光するリーダー格。
「さっきの動きが最高速ならコレでもイイんだがなァ……ま、念には念を入れるか」
男が変わっていく。
『さて、オマエは強いみたいだからな。楽しみだ』
獣の様になった男が口を開く。
案外、まともといえる声だ。
「げ、戦闘狂?」
『行くぞ――!!!』