シークエンス9:二重人格ってどーよ?(中編)
ちょろっと、本当にちょろっとだけ残酷な描写があるかもしれません……
◆スナエムの町
茂が有り得ない動きで室内を疾駆する。
地すれすれを壁を天井を走り抜ける。
滅茶苦茶に武器を振り回す男に肉薄して手を伸ばす。
「げ、あ」
骨が折れ、皮が無理矢理千切られる厭な音がしてまた一人崩れ落ちる。
首が捻り切られている。言うまでもなく死んでいる。
「ここまでやって退かないんだね。正直、感心するよ」
茂のこの反則的なまでの異常な力は脳のセーブの解放云々ではなく当然過学の副産物。
質量をそのままに筋肉中のミオシン等の量を異常値にする式《解増》。
準禁止指定式。限られた人間が特殊状況下でしか使ってはいけない色々と制約のある式。
当然いろんな副作用も在る訳だがこの際それは置いておく。
突っ込んで、足を前に押し込む様に蹴る。所謂ヤクザ蹴り。 目視出来なかった上に直感を持っても回避しきれなかった蹴りは男の胸板に吸い込まれて
「え?」
重要な臓器である心臓の大半を削り飛ばして後ろに貫通した。
背中から足が生えている男は何があったのか分からない顔をしている。
止まっている物は止まり続けようとするという慣性の法則。
そのため男は吹き飛ばされる事無く足に貫かれたのだ。
茂はその不安定な体勢で回し蹴りをするように回転するともう一人の方に飛ばした。
壁際で出方を伺っていた男は回避。受け止められなかった男は壁に叩き付けられる。
ただでさえ重傷な男から止めのように骨が折れる音が響く。
振り抜いた足から血が尾を引いて落ちる。
男はカトラスのような曲刀をその足に振り下ろした。
茂は水平にしていた足を降ろそうとする。
「――っ!」
降ろし終わる前に男のカトラスは足を斬り裂いた。
茂が魔手を振り抜く。
その当たれば体が持って行かれそうな速さの拳に男は間一髪己の得物で防いだ。
代償としてカトラスは命中箇所から綺麗にへし折れていた。
「痛たた……よくやるね」
右足と右手に切り傷を受けた茂が箇所を抑える。
相手も人間だ。チマチマ削ればやれる!
男がそう思って死んだ仲間の持ち物を拾った時だった。目の前で茂の傷がすぐさま治ったのは。
「莫迦な。一音節も発せずの魔法行使だと……?」
「だから魔法じゃ無いってば」
血管やら細かい神経やらが癒着した事を確認してから再度向き合う。
同時に距離は零になり、男の頭に茂の右手が迫る。
男はまた武器を盾にしようと左に構えようとして――右からの衝撃で宙を舞った。
「――っ―――!!?」
何が起こったのか分からない表情の男は回転する視界に左足を降ろしてから腕を伸ばしている茂の姿を見た。
右手をフェイントに使って引き戻してからの左蹴りを一瞬でしたという出鱈目な動き。
腕は的確に男の首を掴み
「お前は死に神か……?」
男が引きつった顔で尋ね
「死に『神』なんて恐れ多い。ただの人間だよ」
解答の後、握り潰した。
「やれやれ、まだいるんだよな」
死体を避けて窓から顔を出す。
(こっからじゃどこか分からないな――痛っ)
体中が軋む感覚。無茶な動かし方をしたから筋繊維が千切れたのだ。
幾ら強化しようと体は体。無理な運動をすれば過負荷が掛かる。
その痛みも過学の前には無意味なものである。
(《再生》……完治)
因みに痛みは消さないのかと言うのは勿論ノーだ。
痛みを消すのは最終手段である。
機械の身体でも無ければ出血多量に気付かずに死ぬからだ。
「さて」
頭の中に最低限の幾つかの式を組んでおく。
「行きますか」
◆酒場
昼間からでも賑やかな酒場と言うのはどうかと思うが、ここの町の人間は働かなくても生きていけるのだから当然娯楽は酒と女(或いは男)になるのだろう。
「おじゃましまーす」
賑やかな雰囲気を欠片も無くぶち壊した。
「先日はどぎつい一発どーも」
水を打ったように静になる酒場。
「お前……どうやって?」
「どうやってって、何が?」
笑いながらしれっと言う茂。
「どうしたのかな?まるで僕が生きていたら不自然だって言いたそうな目だけど」
実に楽しそうに笑う茂。
「不自然なんだよ」
「そーなの?」
「そうなんだよ、だからなぁ……」
茂の後ろに居た男が酒瓶を振り上げる。
「死んでくれ!」
声と共に酒瓶が茂の脳天目掛けて振り下ろされる。
「嫌だ」
半歩横にずれて避けると裏拳を顔面に入れた。
「ぐぎ」
ギャグ漫画のように吹っ飛ぶ男。
実際は顔面が陥没するという厭な状態になっているのだが気にしている暇は無い。
「何しやがった!?」
「ぶん殴った。以上」
激昂した男が手にした椅子で殴りかかって来た。
「うわ、痛そー」
緊張感無さそうに笑いながら迫る椅子を真正面から迎撃する。
椅子を叩き壊した拳は勢いそのままに男をねじ伏せる。
「呆気ない」
共に一撃でノックアウトされた男はぴくりとも動かない。
「そうだ。この町に居る魔族の居所を教えてくれないかな?」
にこやかではあるが恐怖が込み上げるような笑み。
問いでは無く、脅迫。
「誰が言うものですか!」
顔面を潰された男の知り合いだか妻だか恋人だかが茂を向いて叫ぶ。
「そう、しょうがない。こっちもそっちもいろいろ都合があるからね。吐かないならせめて邪魔はしないでね」
これ以上ここじゃ情報集めはできないな、と言いながら酒場を出て行こうとする。
「待ちなさいよ」
茂が振り向くと凄い形相の女性。
「アンタは人を殺しかけておいて何も言わずに出て行く気なの?」
「何で何か言わなきゃならないの?」
「なん……!」
「あんた等は殴って更に殺しかけた僕には何も言わない、あまつさえもう一度殺そうとしたくせに。ただ殴った僕には物凄い非難だ」
「それはアンタが殺しに来たから……」
「本気でそれを言ってるなら面白いカンチガイで笑えるね。最初に仕掛けたのは僕じゃない。あんた達だ。加えて、僕がどの時点で『君等を殺しに来た』と言ったのかな?」
確かに彼はスナエム来たときも『この付近に魔物が出て困ってませんか?』と聞いただけだ。
「………」
「だんまり決め込むのは勝手だけどね。もっかいだけ言うけどくれぐれも邪魔はしないで」
「イヤよ。アンタは人に知らせてきなさい」
女性が指示を飛ばすと指名された男は扉から出ようとする。
「援軍は面倒だな。悪いんだけど――」
言い終わる前に伸ばした腕に目掛けて矢が飛んできた。
視線を向けるとボウガンを構えている女性の姿。
「――交渉決裂?」
腕を引いた為、男は扉から駆けて行った。
「これで生きては帰れないでしょ?」
「……邪魔しないでって言わなかったっけ?」
茂の視線に険が混じる。
「ええ、言ったわ」
「なら理解して。脳に欠陥が在る訳じゃ無いでしょ」
「だからそれは聞ける願いじゃないの」
各々が何処に持っていたのか手に得物を持って取り囲む。
「最終警告。邪魔をするな」
険から敵視に変わる視線。
「何回も言うようだけど――」
女性が何か言う前に
「障害物だね。排除するよ」
泥沼状態の問答にけりが着いた。
手近にいた男の槍を持って引き寄せる。
「え?」
否、殺した。
槍を引く挙動が速過ぎたのか手の皮が捲れている。
そして柄尻が突き刺さった胸。
「まず二人」
男の胸部から血が吹いたと同時に何かが壁に刺さる音が聞こえた。
茂が抜いた槍を違う女に向けて投げたのだ。
「サリー……?」
サリーと呼ばれた女性は顔に槍が抜けて行った後が在った。
槍には脳漿がこべり付いている。
そして思い出したように倒れた。
「アンタはぁ!」
「何回も言うようだけど先に仕掛けたのはそっち。僕は忠告したし、戦場で油断するとすぐに死んじゃうよ」
(と、言っても流石に戦場を見たのは液晶越しだけど)
飛んできたボウガンの矢を回避して近くにあったテーブルをぶん投げた。
「ぎ」
テーブルとボウガンを持った女性の後ろの壁に挟まれてサンドイッチになる男。
ぐちゃりと肉が潰れる音。
「三」
「何よ、アンタは……?」
近くにあった酒瓶を投げた。
弾丸のような速さで飛んでいった酒瓶は他の女性の頭を削り飛ばす。
「四。ある時間で静止している『僕』の精神、かな?――五」
短刀を構えて走ってきた男をカウンターに投げ飛ばす。
軽く七十キロはあろう男の体は水平に飛び、頭から突っ込んだ。
潰れたミカンのように派手に体液が飛び散る。
女性がボウガンを乱射するが、全く当たらない。
「う、おおぉぉお!」
雄叫びを上げて男がロングソードで斬りかかる。
茂は振り降ろされる前に男の腕の関節を決めて
「良く研がれた剣だね」
奪ったロングソードで男の延髄を串刺しにした。
「六」
崩れ落ちる男。
「さて、最後に……うっ!」
突如茂が何故か苦しみだし体がぐらついた。
その隙をついた女性がボウガンを発射するが
「なんてね」
ただのふりだった。
一瞬にして難無く体勢を立て直した茂は矢を回避すると女性に向かって一直線に走る。
「この」
「其処の男は生きてるか?」
茂が女性の後ろを指す。
「え?」
矢を装填する手が一瞬止まった。
もちろん男は生きていない。
「隙だらけ」
その一瞬の隙を狙ってボウガンを蹴り壊した。
「アンタは勇者なんでしょ。こんな事してホントに勇者なの!?」
茂の前から痛烈な叫び声。
最後に残った女性が上目に睨んでいる。
「こんな事って?」
「決まってるじゃない!町の人を殺して!何が正義よ!」
「僕は別に正義を振り翳しちゃいないよ。正義?そんなものは人の価値観一つで変わるものだよ」
女性はパクパクと閉口している。二の句が告げれ無い様子。
「分かったかい?それじゃあサヨナラだ」
「……最後に一つだけ」
「何かな?」
「前に来た勇者達とアンタは違う。何?」
「自分が生きるのを最優先にした勇者の皮を被った犯罪者。飾り立てはしないよ」
一呼吸置いて
「だから僕はアナタを殺す。自分の身が可愛いからね。『正義』なんて言葉で身は固めない。だから僕は敢えての『悪』を名乗ろう」
そう言って、茂は女性の頭を蹴り砕いた。
脳が床に散らばり眼球が宙に舞う。
(人殺しは慣れたら終わりだけど慣れなすぎても終わりだよね。中間くらいの神経で良かった)
表の通りが騒がしい。
(……そうか、援軍か)
町人を呼びに行った男を思い出した。
(まだ何人も殺すのか。此方が狂うのが先か、あちらが全滅するのが先か)
「ま、僕が壊れても『 』がいるから問題ないか」
薄く笑って茂は表に出た。
◆閑話休題
話は変わるがすっかり忘れられているこの人達。
「Zzz……」
聖は未だに寝ていた。
「Zzz……止めて、取り上げないで!」
声を張り上げたがどうせ寝言だろう。
「シャフシュッツ・ゲヴェア……」
シャフシュッツ・ゲヴェアとはドイツ語で『狙撃銃』の事。
主にG3SG1ライフルの事を指す、らしい。
まあ彼女が持っているかは謎だが。
「Zzz」
睡眠薬を飲まされたからって幾ら何でも寝過ぎだと思われる。
居眠り風景なんぞ見ていてもあまり楽しく無いかもしれないから、次。
晶は縄抜けしていた。
(首以外の関節を外せて良かった)
何処で覚えてくるのかこの少年には特技が多い。
(さて、楽になったし寝直すか)
椅子から離れて床に転がる晶。危機感とか無いのかコイツ等は。
(………)
晶は扉の方に向かっていき
(材質の構成……解析完了《変質》。これで良いか?)
木製の扉と壁を魔法石に変えた。
分子構成を変えて別物に変える《変質》。《変形》の応用である。
誰に向けて『これで良いか』なんて言ったかは気にしない。
そしてやはり床に転がる晶。
「………」
死んだように寝ている。早寝まで特技か。
それぞれ閉じ込められて(約一名が脱走し、約一名が自ら引き籠もって)いる場所は全く違う場所。
結託して逃げ出すのを防ぐ為か、それとも楽しみの為かは分からないがバラバラに配置したと云うことはつまり、見張りに人員を裂くわけである。
それが致命的とは言わないがミスである。
戦力を分散させた為に一斉攻撃が出来なかった。
まあ出来てたところで殺せたかは不明だが。
他にも寝ている間に殺さなかったのもあるがそれはこれまでの経験上仕方無い事かもしれない。
とにかく、彼等に逃げ道は無かった。
話数一桁で終わると思ってたんですけどね(汗)