第2P 黒い生き物の正体
その頃、客間では、サクが必死に対応していた。依頼人は学生らしい。サクは緊張しながらも、しっかりと用件を聞こうとする。「え、え〜と、まず、自己紹介しようか。私は、山下咲。んで、上司が月中鈴。サクとレイでいいよ!それで、あなたは…?」
サクが少女をうながすと、少女はおもむろに口を開いた。
「…田口…田口蘭…。」
無愛想な依頼人だ。サクは、瞬時にひいたが気を取り直して尋ねる。こういう仕事では、基本中の基本だ。
「え、えと、ランちゃんは一体どんな用で…」
「魔法って、得体の知れないモノでも排除出来る…?」
突然の質問に、サクは多少ビクつきながらも答える。
「え?う、うん、まあね。」
「なら、私の部屋に現れる、得体の知れない生き物を倒して…!!」
話しながら、ランは泣き出した。よほど怖かったのだろう。サクは内心慌てるが、気を取り直してまた尋ねた。
「お、落ち着いてランちゃんっ。その黒い生き物ってのは、いつ頃現れるの?」
ランは泣きじゃくりながら答える。
「…たっ、確か、2時頃だったと思う…」
「夜中の?」
サクの確認に、ランは頷く。その後、申し訳無さそうに言った。
「…でっ、でもっ、なんかインチキ臭いね…」
「あ、やっぱり?」
いつも言われることなので慣れている。説明するしかないか…。
「…え〜とね、まず説明しようか…
「ヒヒッ、話だけじゃナ。実演してやろうか?めんどくせェけどさ。」
サクが説明しようとすると、着替えたレイが割り込んできた。すかさず、レイの前に手を出す。
「あ、こっちが上司のレイね。」
レイはそんなことには気にもせず、ランに向き直る。
「…机がジャマだナ…。サク。」
「?うん。」
指示通りに机をどかし始める。机をどかしながらレイに聞いた。
「で、でもさ、実演たって今は…」
「うるせェ、黙ってろ。」
サクの言葉を遮り、ランに言う。
「オメエ、燃えて無くなってもいいモノ、持ってるか?」
ランは涙を拭いながら、ポケットから紙切れを取り出した。
「…これでいい?」
レイは頷き、本を取り出した。本の表紙には、魔法陣が描かれている。魔本だ。魔法使いが必ず持っている本。本を開き、呪文を唱えた。
「フレイム!」
唱えると同時に、火の玉が現れ、紙切れを燃やした。ランは唖然とする。レイが本を閉じながら言う。
「ホラよ。コイツが魔法だ。…1つ聞くが、オメーの家はどこだ?」
ランはためらいながらも答えた。
「…この町の…10番地…」
…この日の夕方―。レイとサクは、ランの家の前に立っていた。サクがヒソヒソ声で言う。
「ここだね…ランちゃんの家。」
レイは無言でチャイムを鳴らそうとした。が、サクが
「ちょっと待って。」
と言って止める。
「れ、レイ、あのさっ、本当にランちゃんの部屋で待ち伏せするの?」
サクの問いにレイは、面倒くさそうに答える。
「当たり前だろ。それとも何か?オメー一人で行くか?」
サクは右手を左右に振り、否定する。
「いっ、いや、それはちょっと…だってホラ、ランちゃんにケガでも負わせたりしたら…」
サクの言葉に、レイは訝しげな顔をする。サクはビクッとした。
「ふーん、サク、オメー誰に向かって意見してんだ?」
言葉につまりながらも、しっかりと答える。また怒られるのはイヤだからだ。
「…魔法使いレイ…」
「ケッ、カスが。」
ここで説明しておくが、魔法使いには五つの階級がある。階級が高い方から言うと、"魔法使い、魔法官、準魔法官、魔法書記官、準魔法書記官"となる。その五つの階級にあてると、レイは魔法使い、サクは魔法書記官となる。…話を戻そう。
「…ムダ話はいい。」
レイは言いながら、チャイムのボタンを押す。少しすると、ランが現れた。ホッとしたような顔をしている。当たり前か。今日で得体の知れない生き物とおさらばできるのだから。
「あ、あのっ、レイさんにサクさんよね?どうぞ入って。」
二人は言われるがまま、中に入る。
中は、レイとサクの家より広かった。
だが、どこか寂しいような感じがした。二人はランの部屋に案内してもらい、黒い生物を待ち伏せする。ランには悪いが、別の部屋に行ってもらうことにした。もちろん、サクの案だ。レイは正直、どちらでも良かった。サクがあまりにも言うので、仕方なくこうなってしまったのである。二人が待ち伏せを始めてから、数時間が過ぎた。
「今、何時だ。」
レイが眠そうな声で言う。サクは時計に目をやり、キッパリと言った。
「二時五分。おかしいね。続けて二時に出たって言ってたのに。」
また、アクビをする声が聞こえた。サクは苦笑し、溜め息をつく。
「…妙だ。」
突然、一人言のようにレイが言った。サクは、レイの言葉に耳を傾ける。
「時間に関係なく出てくるヤツらなのに…。さっさとランを襲えばいいのにしない。…わからん…。」
レイは言い終わると、眠ってしまった。サクはまた溜め息をつき、呟く。
「しょうがないなぁ、私が見張っとくからね…」
どれくらいたったのだろう。サクは揺さぶられて目が覚めた。寝ぼけまなこで顔を上げる。レイが閉じそうな目でこちらを見ていた。
「何…?」
と言って起き上がると、レイが前を指差す。
「オイ…これはどーいうコトだ?」
「!」
前を見ると、黒くて丸い生き物がいた。サクは慌てて立ち上がる。
「し、しまった、寝ちゃってた…。でもあれって…」
レイも立ち上がり、黒い生き物を睨みつけた。
「そうだ。コイツはティクモ。古代に存在したと言われる生き物だ。」
言いながら、本を開く。その時、ティクモがカパッと口を開けた。サクは?を浮かべる。ティクモの口から炎が吐き出された。慌てて交わそうとするが、もう遅い。
「あ…!わああ!!」
サクが叫び声を上げた。とっさに、手で頭をかばう。と、その時、どこからかレイの声がした。
「アホめ。面倒を増やすナ。"ストーン・シールド"!」
レイの声と共に、ドーム型の盾が現れる。ティクモの炎をアッサリ防御し、消えた。気がつくと、レイが隣にいた。ティクモがオロオロしている隙に仕留めるらしい。ティクモが何もしてこないのを見計らって呪文を唱えた。
「ウォーター+!」
水の玉が出現し、ティクモに撃沈した。ティクモが消滅する。サクはホッと胸をなで下ろす。
「……ふう…。これで一件落着だね…。」
レイは歩きながら、サクを見る。
「フン、一つ聞くが、オメーはなんでココに来たんだ?」
「え?そ、それは…」
言葉につまったサクを残し、レイは言ってしまう。レイの背中を追いかけながら、思った。
(あ…そういえば、ランちゃんに何も伝えてないや…)
サクはクルリと向きをかえ、紙に何か書き出した。
『ランちゃんへ。
約束通り、黒い生き物を倒したよ!もう現れないがら安心してね。レイ&サクより。』
「できたっ!」
小さく呟いて、書いた紙を机の上においた。そして、ランの部屋を後にする。
玄関から出ると、レイが立っていた。ムスッとしている。
「…遅かったじゃねェか。もう用はねェな?」
レイの言葉に小さく頷く。依頼人に二度会ってはいけない…。レイのルールの一つ。簡単に言うと、もうランと会ってはいけない…。サクは沈んだ気持ちのまま、歩き出した。
数日後。ドアがノックされている。だが、誰もでない。ノックしている相手が分かるから。ランはここのところ、毎日来ている。
「あっ、もうこんな時間!遅刻しちゃう!」
と、呟いて、走り去ってしまう。大抵の場合。サクはサクでホッとしていた。
(ランちゃん、元気そう…)
そう思って暖かく見守ることにしたのである。だが、この日に限っていつもと違う所があった。ドアの後ろに、何かヒラヒラした物がついている。サクは不思議に思い、ドアを開け、そのヒラヒラした物を見た。それには、こう書かれていた。
『レイさん&サクさんへ。
先日はありがとう!!あなたたちのおかげで、充実した日々を過ごしています。本当にありがとうございました。
田口蘭より。』
サクはその手紙を見て微笑んだ。本当に良かった。ランちゃんの力になれて。と、その時、サクの頭にある疑問が浮かんだ。変装して会ってはだめだろうか…?だめでもともと。サクは実行しようとした。いつもとは違うワンピースを着て、長い髪を縛る。よし、行こう!ドアを開けようとした時、ふいに声がかかった。
「どこに行く気だ?このアホタレめ…!」
レイだ。レイしかいない。サクは焦りながら言う。
「ち、ちょっとランちゃんに挨拶を。おっかしいな〜、レイは魔法使ったら三日は起きないのにな〜。」
「ああん?」
サクの言葉に気にした風もなく、レイはマンガ本をひろげる。
「なっなにさぁ〜、変装すれば一度くらい会ってもいいでしょぉ?」
読みかけたマンガから顔を上げ、レイは嫌みたっぷりに言う。
「バーカ、オメーの変装なんざ、丸分かりだってーの。」
レイの言葉に、サクはガックリと肩を落とす。また、新たな一日が始まる。どうか、平和な一日でありますように…。