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GAME -2010-   作者: 転寝猫
9/12

12月24日 22:30

「すず!!!」

嬉しそうな文の声が向こうから聞こえてきて、思わず安堵のため息をついて。

俺は、すずと顔を見合わせた。

「随分」

「…なあに?」

「いや…さっき、あんなに躊躇してた割には、派手に名乗ったもんだなと思ってさ」

「……………」

わざとらしくため息をついて、額に手をやったすずは。

恨めしそうに俺を見て…低い声でぼやいた。

「あんたが首突っ込んできた時点で…もう、穏やかにやることは諦めてるわよ」

「てめえら!!!」

堂々たる態度で名乗りを上げたすずだったが、襲いかかる男達に怯んだらしく、すばやく俺の背後に隠れる。

ナイフを煌かせて襲いかかる男の姿が、不意に目の前に現れ。

睦月!という鋭いすずの叫び声より速く、反射的に体が動いた。

伸びた竹刀は、男の喉元を的確に捉え。

蛙が潰れるような声を出して…男は白目を剥いてその場に倒れる。

そこで。

すかさず喫茶店スペースに踏み込んで、相手の数を確認する。

今倒れたので、二人。

そして、縛られているひ弱そうな男を除いて…いち、にい、さん………

と。

向こう側に、文の姿が見えた。

長い睫毛に縁どられた黒い瞳には、大粒の涙が浮かんでいて。

そして。

深い青が基調の、チェックのワンピース。

『かわいい』って褒めたら、すごーく嬉しそうに笑ってたっけ。

その胸元と裾が乱れ…白い魅惑的な肌が顕になっているのが………目に入った瞬間。

「睦月!!!」

すずの悲鳴が遠くから聞こえた時には、すでに。

文のそばで痛そうに後頭部を摩っていた男は…竹刀で喉元を突かれ、脳天をかち割られて、泡を吹いて意識を失っていた。

が。

このまま気絶なんて…甘い。

タートルネックセーターの襟をぐい、と掴むと。

男は血の気の引いた白い顔で、血走った目をして俺を見た。

がつん、と鈍い音を立て、頭突きが顔面にきまり。

どす黒い血が、男の鼻から気持ち良い位の勢いで吹き出した。

歯も折れるか欠けるかしたらしく、男は血だらけの口で、たすけて…と囁くが。

そんな願い、聞いてやる筈はなく。

硬そうな木質の床に、男の後頭部を叩きつけたところで…俺の腕にしがみついたすずの、懇願するような悲鳴が、部屋に響いた。

「睦月やめて!それ以上やったらこいつ…こいつ死んじゃうよぉ!」

「睦月」

文の声が…思考の停止した頭に、優しく響く。

「文………」

「私なら…大丈夫だから」

『困った子ね』とでも言いたげな、文の笑顔に。

すうっと…頭に上った血がひいていくのが分かった。

が。

いつの間にか、息を吹き返した男が…もがきながら逃げようとしている気配を感じ。

咄嗟に、俺は男の首を竹刀を握ってない左手で掴み、再び床に押し付ける。

「く…る………し…」

「言え。お前…文に何をした」

「お…れ………は………なに………も」

「そっ…そうだそうだ!そいつは…何もしてねえぞ!!!」

「その女だって…だいじょうぶって、言ってたじゃねえか!?」

震えて身動きが取れなくなっていた男達が、上ずった声で口々に言う。

仲間を助けよう、なんて…美しいねぇ。

じろりと睨むと、男達は…すぐさま腰を抜かして倒れてしまった。

再び罪深き男と向きあうと、怒りを通り越して、何だか…笑いがこみ上げてくる。

「あのさぁ、何もしてなくてさぁ、どーして!?縛られてる女の子の服が、あんな風にはだけたりとかするもんかなぁ」

「そ…れ………は」

その時。

「…このっ」

男達の一人が、恐怖心に打ち勝って俺にしがみついてきた。

「睦月!?」

一年前のあの日と同じように、目深に被っていたフードが…はらりと取れ。

「………あーーーっ!お前っ!!!」

勇気ある男は、俺の顔を指さして、裏返った声で叫ぶ。

「てっ…テレビで観たことあるぞ!?お前あの………」

『見たことないけど、本物の人殺しみたいな目』と…役者仲間に言われる目で、じっとそいつを見据えると、彼は声を詰まらせ…へたりこんだ。

マスターの男に引き続き、文の拘束を解いていたすずが…何故か呆れ顔でため息をつく。

「そうだと…何か、問題?」

「いっ…え………なに…も」

「で、さっきの話の続きだけど」

床で目を白黒させていた男に、ぐっと顔を近づける。

「ねぇ…どう思う?どうしてそんなことが起こるんだろ?」

「ひっ………すっ…すいませ」

「へえーーー!やーっぱり謝るようなことしたんだ!俺の文が、あんな風に泣かなきゃいけないようなこと」

「だっ…から…まだ」

「『まだ』って何!?なあ…『まだ』って何なんだって聞いてんだろーがこの」

「睦月?」

男の首を締めていた俺の手を、文の白い華奢な手がぎゅっと掴んだ。

「………文」

「私がもし…何かされてたら………何?」

パーフェクトな角度で小首を傾げ、不思議そうに尋ねる文。

「…何…って」

「だって…何?何?って言うからなんだか…気になって」

文が………???

そんなこと…想像しただけで。

「とりあえず」

怒りに任せて床に叩きつけると、男は今度こそ完全に失神してしまった。

「こいつらは半殺しなんかじゃ足りない…殺すね、確実に」

ひいっ…という悲鳴が遠くから聞こえるが、そんなことはどうでもいい。

それより。

「文は………」

「嫌いになる?私のこと」

「そんな訳ないだろ!?何言ってるんだよ!?」

ぎゅうっと心臓を掴まれるような感覚にとらわれ…暖房の切れた喫茶店で、俺は冷たくなっている彼女の体を、力いっぱい抱きしめた。

「文のことは…俺が、一生かけて慰めてあげる」

「………睦月」

「文が…あいつらにされたこと、二度と思い出せなくなるくらい…俺、何回でも」

「あんたそら逆効果だろーが!!!」

怖い顔をしたすずが、すかさず怒鳴る。

「………そうかなあ」

「当たり前でしょ馬鹿!お姉ちゃんもお姉ちゃんよ!何もされてないんなら、そんな仮定持ち出すこと自体不謹慎でしょうが常識的に考えて!!!」

「…ごめんなさい」

本気で反省したように俯いて、しばらく黙り込んだ後。

文は顔を上げて、にっこり微笑んだ。

「ありがとう睦月。ちょっとびっくりしたけど…嬉しかった」

「文………」

ほっとして、彼女の頬にそっと触れる。

柔らかい感触に緊張の糸がふっ…と切れ、不意に強ばっていた体の力が抜けた。

その時だった。

「ってめえ!!!」

ガチャリ、という鈍い音。

それは、まだ無傷だった男達のうちの一人が、この隙を狙って構えたピストル。

銃口は俺に向けられ、今にも弾が発射されようとしている。

だが。

「させるか!!!」

男が慣れないピストルの引き金を引くより、すずのモデルガンから、プラスチックの弾が吐き出される方が…ずっと速かった。

「うがっ………!」

弾は、男の手首、腕、肩、首に見事ヒットし。

男はピストルを落とし、痛そうにうずくまる。

そこで。

間髪入れず、竹刀で男の首を鋭く撃つと…彼はそのまま、床に倒れた。

そして。

「う…うわああああ!!!」

残る一人は、腰を抜かして後ずさる…が。

ゴン!と、すずがモデルガンでその後頭部を強打し。

白目を向いた男は、ふらり…とその場に崩れ落ちた。

にっ、とシニカルに笑うすずとハイタッチを交わす。

「やるじゃん」

「当たり前でしょ!?私はただの女子高生じゃないのっ」

文に助け起こされて、マスターと呼ばれた男が、目を丸くして俺達を見つめる。

「き…きみたち」

「あ…どーも初めまして!俺、文の『彼氏』の、風群睦月っていいます!」

「…こんな…警察も動いてるっていうのに…こんなこと」

「あ、それなら大丈夫!ほらっ」

黒い革手袋をした手を、彼の目の前に広げて見せる。

「………これは」

目を丸くする男をシカトし、俺は同じくぽかんと見ている文に笑いかけた。

「ね!?これで指紋も付かないでしょ!?後は竹刀とモデルガンもここに置いてけば」

そこまで言って、床でノビてる男達に視線を向ける。

「警察はきっと、こいつらの仲間割れってことで片付けてくれるさ!文もそう証言してくれるだろ?」

「………ええ」

「後はこいつらが目を覚ましたところで、もいっちょ脅して口裏合わせさせれば完璧!」

「…安い刑事モノの見すぎだろ、常考」

「No,No!しゅ・つ・え・んっ」

「…てゆーか、モデルガン置いてけってどういうこと!?聞いてないわよそんなの!」

噛み付くすずを、まあまあ…と宥めにかかるが。

「まあまあじゃないっつの!ここに置いてったら、警察に取られちゃうじゃん!せっかく『あの時』のモデルガンに良く似た奴見つけて、僅かなお小遣せっせと貯めて買ったのよ!?」

「でも、銃がないのに弾だけ落ちてたら変だろ?…モデルガンだったら、俺がまた新しいの買ってあげるから」

「『どうだ明るくなつたろう』の成金かあんたは!?いいか兄ちゃん、何でも金で解決出来ると思ったら大間違いなんだよ!」

『高層マンションだかリゾートホテルだかの建設に反対する地元のおっちゃん』の口調で、意味不明なことを喚くすずに、かわいくないなぁとため息をつく。

「せっかくうまくいってたのに、ここまで来てなんで急に駄々こねるのさ?」

「かわいくなくって結構よ!!!ああ…なんで私、こんな馬鹿の口車に乗っちゃったんだろ。ただでさえ表は大騒ぎだっていうのに、こんな大暴れして…今この瞬間、けーさつがなだれ込んで来たりなんかしようもんなら」

そこまで言って両手で顔を覆い、いやいやをするように首を振り。

俺の胸倉を掴んで、すずは涙目で怒鳴った。

「お姉ちゃんが捕まった上に私までここにいるって知ったら、ママきっと気絶しちゃう!それに、あんたのせいでマスコミだって大騒ぎよ!?それだけじゃなくて!『こーむしっこーぼーがい』で即逮捕だわ私達!あんたわかる!?『こーむしっこーぼーがい』って漢字で書ける!?」

…ぎくっ。

「うるさいなぁ!…ずっと思ってたんだけど、すずってさぁそういうとこあるよね!?」

「そういうとこってどういうとこよ!?お馬鹿のあんたよりマシでしょ!?」

「…あーもう、万事丸く収まるって時にこんな」

「………睦月?」

俺達の低レベルな罵り合いに呆れたのか、文が低い声で俺の名を呼ぶ。

…たく、せっかくカッコ良く助けに来たっていうのに、すずのせいで台無しじゃないか。

けどまあ…文も無事だったことだし、いいか。

小さく深呼吸して、大分気を取り直した俺は、笑顔で文の方を見て。


………凍りついた。

「万事…丸くおさまる………か。残念だった…な」

低い声で呟いて、ナイフを文に突きつけている男。

俺と同様、目を丸くして硬直していたすずが…低い声で言う。

「…何やってんのよ、あんた」

「うっ…うるさいうるさいうるさい!!!お前らのせいで全部台なしだ」

こめかみに青筋を立てた男は、ぐっと文を傍に引き寄せる。

「動くな!…動くなよ、この子がどうなってもいいのか!?」

文は………

厳しい表情で、じっと俺を見つめていて。

『無茶しないで』って…言ってるみたいだった。

「よし!…いいぞ、そこでそうやってじっとしてろ。俺が向こうへ行くまで…な」

男はナイフを煌かせながら、さっき俺達がこじ開けた裏口へと向かう。

無論…文を拘束したまま。

やがて。

走り去る…バイクの音。

それに伴って、店の周囲も少し慌ただしくなってきた。

「…睦月」

すずが、悲痛な声で俺を呼ぶ。

俺は………

咄嗟に傍に転がっていた男の胸倉を掴んで、激しく揺さぶり、怒鳴る。

「どういうことなんだ!?これは!?」

「そ…れは………」

「あいつは何なんだ!?どこへ向かった!?答えろ!!!」

「睦月、もう止そう!?今度こそ警察に踏み込まれちゃう」

ぐいっと腕を掴むすずに、思わず声を荒らげてしまう。

「離せ!このままじゃ文が」

「あんたも私も、こんな所で捕まるわけにはいかないでしょ!?」

「…けどっ」

「だーいじょうぶだって」

不安で堪らないのは、俺と一緒か…それ以上だろうに。

俺を安心させるためか、すずはわざとらしくブイサインをして見せた。

健気な笑顔に胸が痛くなり、どうにか正気に戻って…尋ねる。

「大丈夫って………一体何が」

「外にも…いるでしょ?」

彼女はぴっ、と人差し指を立て、俺の鼻先に突き出す。

「外にも………って」

…はっとして。

その表情に、ほっとしたように笑うすず。

「そ!もう一人の『ゲーム』の『プレイヤー』が…ねっ」

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