12月24日 22:00
ぽーんぽーんと、柱時計が時間を告げ。
ぎょっとした様子で振り返り、小さく舌打ちをした男達は…何事もなかったかのようにまた、私とマスターに鋭い視線を向けた。
はぁ…どうしよう。
ママ、大丈夫かな。
それに…すずも。
あの子、うっかり仁くんや睦月に連絡しちゃったりしてないかしら。
でも…分かっちゃうのは時間の問題か。
…みんな、心配してるだろうな。
「心細そうだなぁ、姉ちゃん」
はっとして顔を上げると、強盗団の一人の淀んだ瞳が、すぐ目の前にあった。
びっくりして後ずさるが…手足を粘着テープで固定されているので、あまり意味がなく。
黒い皮手袋をした大きな手が、顎の付け根辺りに触れ。
ぞぞぞ…っと、鳥肌が立った。
「な?怖いだろ、可哀相になぁ」
タバコ臭い息がかかり。
私は震える声で、その男に尋ねる。
「そ…う…思うなら…解放してくださっても…いいんじゃ…ないです…か?」
すると、彼は突如お腹を抱えて笑い出し、他の四人の仲間の方を見る。
「おい聞いたか!?解放して『くださる』だってよ!」
「案外、どっかのお嬢なんじゃね?あんな景品交換所襲うより、この姉ちゃん人質に身代金要求したほうが、大金入ってくるんじゃねーの!?」
そうだなあ、と天井を仰いで呟き。
さっきの男は下品な笑いを浮かべて、再び…私を見た。
「それに………この姉ちゃん、よーく見ると可愛い顔してんじゃねーか」
背中に氷でも入れられたみたいに…悪寒が走る。
「マジかよ!?おめー本当屑だなぁ!」
「いいんじゃねーの!?悲鳴の一つも聞こえたほうが、外の馬鹿共もマジになんだろ」
「…ち…ちょ…っと」
「待て!!!」
マスターの悲鳴が上がる。
「頼む!その子には手を出さないでくれ!」
「…ああ!?」
「その子は何も関係ないじゃないか!頼むから…」
男達から、どっと嘲笑が沸き起こる。
「『その子には』かよ!?」
「馬鹿じゃねえのこいつ!」
「てめーも俺たちとは無関係なんじゃねーの!?意味わかんねーんだけど」
「そんなこと…そんなこと今はどうでもいいじゃないか!?頼む…彼女は解放してやってくれないか!?」
「…マスター」
「何だてめぇ」
ドスのきいた低い声で言って、別の一人がマスターに近づく。
「んだよ…このガキに気でもあんのか?」
「そうじゃない!そうじゃないけど…人質は俺一人で十分だろう!?ほんの僅かだが蓄えもある!奥の金庫に通帳と印鑑なら入ってる」
マスターの言葉に、顔を見合わせる男達。
私達から一番遠くにいた一人が確認のためか、店の奥へと入って行った。
「マスター駄目です!だってあれは」
悲壮な顔で俯くマスターに、慌てて声をかけるが。
私の想いも虚しく…あったぞ、という男の声が、奥から聞こえてきた。
「どうだ?」
「ああ、こんな店にしては、そこそこの額かな」
あれは…お父さんの保険金なのに。
お店が苦しくて、大分目減りしたらしいけど…大切なお金であることには変わりない。
「どうだ?これで嘘じゃないって分かっただろ。頼むから文ちゃんは」
「ほーお、『あやちゃん』ていうのか、姉ちゃん」
目の前にいた男を…じっと睨む。
………許せない。
「何だ?怖い顔しちゃって…かわいい顔が台なしだぜ?」
「あれはマスターの大事なお金なんです。手を出さないで」
「そうか。じゃあ姉ちゃんは、ここから逃げられなくてもいいってぇのか」
「どうせ…最初から、逃してくれる気なんてないんでしょ」
吐き捨てるように呟いた私を見ていた男達から、笑い声が上がる。
「文ちゃん!」
かっとなった私を制するように、マスターの慌てた声が聞こえてきたが。
何も出来ない自分が、悔しくて情けなくて…私は声を更に張り上げた。
「こんなことして…あなた達、恥ずかしいとは思わないんですか!?」
気分を害したらしい男は、ちっ…と舌打ちをして。
不意に私に覆いかぶさるようにして、耳元で囁いた。
「じゃあ…ご期待通り、『恥ずかしい』こと…してやろうじゃねえか」
「えっ…ちょっと」
「文ちゃん!…お前らやめろ!!!やめてくれ!!!」
「…さっきから、うだうだうるせーんだよ!!!」
一人がマスターの顎を、思い切り蹴りあげる。
「ぐぁっ………」
「マスター!?」
「っと、他人の心配してる場合か?姉ちゃん」
男の指が首筋に触れ…再びぞーっと鳥肌が立つ。
「やっ…やめて!離して!!!」
「ほーら大人しくしろって」
「嫌!!!」
マスターの力無い悲鳴と、男達の笑い声。
そして。
じたばたともがく私の体を押さえ付けた男の手が、シャツワンピースの裾に延びた。
…その時だった。
ガシャン!!!と、窓ガラスの割れる音がして。
私に覆いかぶさっていた男に…何かがぶつかる、鈍い音がした。
「…何だ!?」
動揺する男達のうち、一番遠くにいた男が突如…呻き声を上げて、その場に崩れ落ちる。
「なっ…どうした!?」
「何なんだよ一体!?」
「………何だてめーら!?」
マスターの傍にいた男が…店の奥に向かって叫ぶ。
慌てて男から逃げるように起き上がり、マスターと顔を見合わせた私の耳に。
聞こえてきたのは…
「知らざぁ言って聞かせやしょう」
聞き慣れた…元気な声。
目を丸くする男達に向かい、モデルガンを肩に担いでポーズをとると。
声の主は、威勢良く叫んだ。
「不知火すず、見参!!!」