12月24日 21:00
「おかえりなさい、仁。今日は遅かったのねぇ」
母さんの呑気な声が、リビングから響く。
「ごはんは?」
「まだ。でも、あんま腹減ってないかな」
「ひょっとして…女の子とデート?」
「…半分合ってるけど、半分は全っ然違う」
うっとおしいなぁと思いつつ、俺は冷蔵庫からスポーツドリンクのペットボトルを出して、母さんの向かいの椅子に座った。
母さんと話すなんて、面倒臭くて仕方がない…と思うんだけど。
『ひかりがいなくなって…お母さんも寂しいと思うな』
不知火先輩にそんなことを言われたのは、ついこないだのこと。
『ウンディーネだって…ほら、あんなに家族のこと大事に思ってたでしょ?ひかりもきっと…仁くんがお母さんと仲良くしてあげなきゃ、心配になっちゃうと思うんだ』
不知火先輩に言われると…正直弱い。それに、姉ちゃんとウンディーネの名前を出されては、従わざるをえない、と言っていいだろう。
話し相手になってやろう…と思い立ったものの、これと言って話すこともないので、とりあえず母さんの観ていたテレビに視線を移す。
流れているのは緊急のニュース番組。深刻そうな顔をしたアナウンサーが、何やら勿体振った調子で解説していた。
「なんかあったの?」
「そうなのよー、最近、ほんと物騒でこわいわよねぇ」
…何がだよ。
母さんはずっとテレビの前にいたんだろうし、その事故だか事件だかのこと、良く分かってんだろうけど…そんな感想述べられても、俺には何だかさっぱりだ。
思わず…小さくため息を漏らす。
女って奴は何でこう…何でもかんでも自分視点で語るんだろう。
不知火なんかはもう、その典型中の典型と言える。
突然の思いつきで、しょっちゅう連れ回される身にもなって欲しい。揚句の果てに、『付き合ってるの?』なんて周囲に聞かれた日には…たまったもんじゃない。
…今日だって。
『あーあ何か嫌なもの見ちゃったわ。懐かしくて美しい思い出が汚されちゃったっていうか…やっぱ、水月なんか連れてくるんじゃなかった』
…だもんな。
本当…あいつが不知火先輩の妹だなんて、顔が似てなきゃまず信じない。
『では、再び現場を呼んでみましょう』
尖った声につられて、また画面に目を向けると。
そこには…
見たことのある建物が映っていた。
硬直する俺に、眉をしかめた母さんが尋ねる。
「あのお店、確か文ちゃんの教会のすぐ傍よね?」
「…そうだっけ」
「今日はミサとかできっと人も多いんでしょうね…クリスマスイブに強盗なんて、犯人は一体何考えてるのかしら」
「強盗!?あの…今にも潰れそうなボロい喫茶店に!?」
思わず叫んでしまった俺を不思議そうに見て…母さんは蓄えた知識を、大真面目な顔で披露してくれた。
事の発端は、近所のパチンコ店の景品交換所を狙った強盗事件だった。
機転の利く店員の素早い通報ですぐにパトカーが現場に到着し、事件はすぐに解決するかに思われたが。
なんと犯人は…小さな路地を挟んだ目の前の、古びた喫茶店に逃げ込んだのである。
「お店のご主人とアルバイトの子が中にいて、人質に取られちゃってるらしいわ。膠着状態になってから、もう一時間は経つかしら」
俺達が店を出てそんなに経たない間に…そんなことが。
「もうっ…クリスマスイブだっていうのに、なんでこんな暗いニュースばっかりなのかしらね!?」
我が事のように憤慨する母さんに、からからに渇いた声で、そうだね…と答える。
ペットボトルを握る手が震え…気づかれないようにするのは、一苦労だった。
『今から帰る』という父さんからの電話で、母さんが台所に立った隙に…テレビのリモコンを、素早く手元に引き寄せる。
ボタンを押すたびにパッパッと切り替わる画面の中の光景は、角度は違えど全て同じ。
景品交換所?
そんなもの…あったっけ。
けど、確かに…喫茶店に向かう途中にパチンコ屋はあった。
タバコの匂いが自動ドアから流れてきて、嫌そうに眉をしかめた不知火を思い出す。
報道の内容によると、人質の性別も年齢も分かっていない様子。なにせ若い女の子だし…警察も情報が漏れないよう、必死になっているのだろう。
そこまで考えて…なんだか、ものすごく不愉快になってきた。
そして。
あいつらの顔を思い出して…思わず頭を抱えてしまう。
「なんか、違う意味でそれぞれ…厄介そうだな」
と。
携帯が鳴り響き、着信ボタンを押すと…鼓膜が破れそうな金切り声が、耳に飛び込んで来た。
『水月!!!ねえ、テレビ観てる!?』
「ああ…観てるよ」
母さんに聞かれてはまずいので、ひとまず自分の部屋に戻り。
俺くらいは冷静でいなきゃ、と…大きく深呼吸した。