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GAME -2010-   作者: 転寝猫
5/12

12月24日 20:30

お疲れ様でしたー!と、なるだけ爽やかに挨拶して、俺は慌てて控え室に向かった。

「おーいKEI!待てよぉ」

歳の近い役者仲間の声に、振り返るのも欝陶しかったが…一応付き合いというものがあるので、返事をして振り向く。

「何だよ?」

「いや、何をそんなに急いで…ってかお前、何怖え顔してんだ?」

…しまった。

『昔』の癖か、こういう風に言われてしまうことが時々ある。

『KEIの殺陣は、今時のアイドルとは思えないくらいリアルだ』

って、演出家に言われたことがあるけど…そりゃ、経験があるんだから当たり前のことで。

ソフトにソフトに…と心掛けているのだが、こんな風に気が急いてる時はつい…それが頭から抜けてしまうのだ。

「…そう?」

「いやだって…見ろよ、こんな鳥肌立っちまって」

「そんな、大袈裟だなぁ………で、何?」

少し涙目になった彼が言うには…これから仲間内で飲みに行くのだとか何とか。

「…行かね」

「何でだよ!お前、最近付き合い悪過ぎだぞ!?」

「仕方ねーよ、睦月は俺らより彼女のほうが大事なんだからさ。なあ睦月!?」

少し離れた所で、他の友達の冷やかす声が聞こえたが。

まあ………その通りなので仕方がない。

「文ちゃん、今日はバイト休みなのか?」

気遣うように尋ねるのは、高校の同級生で俳優仲間の太一。

何でも、文の友達があいつの大ファンなんだそうだ。

けど………さすがに長い付き合いの太一に『サインくれ』とは、口が裂けても言えない。

『ごめんね、無理言っちゃって』

叱られた子供みたいにしょんぼりした、あの日の文を思い出す。

『私も睦月のこと、みんなに話してないし…急にサインなんか持ってっても、のり多分びっくりしちゃうと思うし…変なことお願いして本当ごめん。忘れて…ね?』

忘れて…なんて、言われてもなぁ。

それ以来、太一に会うたび文の言葉がリフレインして…正直すごく参っている。

…っと、こんなことしてる場合じゃなかった。

「いや、バイトなんだけどさ、終わったら会おうって約束したんだ。ほら、何たって…今日はイヴだしね」

明日は文の誕生日。

昨夜のラジオでは、『ずっと仕事で会えない』なんて言ってみたけど…日頃の行いがいいせいか、明日はちょうどオフなので、二人きりでゆっくり過ごせたらいいな…なんて。

別の仲間が俺の顔をじっと見つめ、呆れたようにため息をつく。

何?と尋ねると、彼は突然人差し指をぴっと伸ばして、俺の鼻先に突き付けた。

「顔!にやけてんぞ!?」

「えっ………そうかしら?」

頬に手をやる俺に、キモいんだよお前は!とそいつは更に怒鳴る。

「彼女出来てからこっち、お前変だぞ?急にニヤニヤしてみたり、ぶつぶつ独り言言ってみたり、付き合いも悪くなったし…」

「…んなこと言われても、仕方ないだろ?俺は文が一番なんだから」

「にしたって、そんな風に何でも最優先することはないだろ?」

困り顔の太一が、ため息まじりに言う。

「そのうち、文ちゃんに『重い』って言われちまうぞ?」

「そっ…そんなこと文が言う訳ないじゃん!…急に変なこと言うなよ、びっくりするだろ!?」

そうかなぁと首を捻る太一や、ぽかんとしている仲間達を尻目に、大急ぎで帰り支度をしながら…考える。

あんなはっきり言ってケシカラン格好(しかも信じられないくらい可愛い)、他の男の目に触れるなんて…一秒たりとも耐えられない。

『もういつもの服に着替えたから』って言ってたけど…口では何とでも言えるし。

文は変に空気読もうとする所があるからなぁ…俺はライダーズジャケットを羽織りながら、思わずため息をつく。

うーんと遠い昔から、ほんの一年前まで…隠し事とか、例えちっちゃな嘘だって…つく子じゃなかったのに。

『良い子でいなきゃとか、そんなこともう、思わなくていいんだよ』

と…言うには言った。

少なくとも俺の前では、わがままも沢山言ってくれていいって、そう…思ってたし。

でも…なぁ。

バイト始めた時も、マスターがそんな若い男だなんて、文は一切言ってくれなくて。

…だって、『小さい頃パパと行ってた喫茶店』なんて言われたら、父親くらいの歳のおっさん…いや、下手すりゃじーさんが経営してると思うじゃないか。

だから、『仕事仕事ってお姉ちゃんのこと放置して、マスターに取られちゃっても知らないからね』ってすずに言われた時は…心底びっくりした。

すずは『あんたみたいな馬鹿、お姉ちゃんには釣り合わない』とかなんとか言いながら、結局のところ応援してくれてるみたいで、偵察みたいなことも引き受けてくれるので、最近すごく助かっている。

「睦月、何ぼーっとしてるの!?」

ぎょっとして見ると、楽屋の入り口に怖い顔で立っていたのは、マネージャーの白鳥さん。

また…お小言かな。

去年の年末、生のラジオで文のことを話した俺を烈火の如く怒鳴りつけた白鳥さんは、ベテランの役者さんも頭が上がらない、恐怖の敏腕マネージャーだ。

服装とか挨拶とか、デビューから今日まで…彼女にシゴかれ続けて今の俺がある、と言っても過言ではない。彼女の言うことに間違いはないし、仕事も速くて頼りになる…のだが。

文のこととなると…白鳥さんは特にうるさい。

曰く、『コブ付きだなんて思われて人気が落ちたら困るし、彼女にも迷惑がかかるでしょ?』とか何とか。

そうは言いつつも、礼儀正しくて真面目な文に、白鳥さんの態度も段々軟化してきたのだが…俺に言い足りないことは山程あるらしく、呼び止められて長々とお小言を聞かされることは日常茶飯事なのだ。

「えっ…と…白鳥さん。俺今日はちょっと予定があるんで、お説教ならまた今度…」

バッグを掴んで入り口をすり抜けようとした俺の襟首をぐい、と掴み。

待ちなさい、と…彼女は低い声で耳打ちする。

「ちょっと、こっちへいらっしゃい」

「…いや、その…だからね、俺…文と会う約束してて」

「その…文ちゃんのことよ」

…ほら来た。

重い溜息をついた俺の腕をぐいと引っ張って、楽屋から仲間達を追い出して、ドアをバタンと閉めると…白鳥さんは今までに見たことがないくらい怖い顔で、じっとこっちを睨んだ。

「…何?」

「睦月、あなた………彼女、近所の喫茶店でアルバイトしてるって…言ってたわよね?」

「………だから?」

強ばった彼女の顔は、若干青ざめてさえ見える。

一体…何なんだろう?

「別に、文だって大学生なんだからバイトくらいするよ。いかがわしいバイトやってるわけじゃないんだし、そんなことくらいで白鳥さんにあれこれ言われる筋合は…」

「そんなことを言ってるんじゃないの!」

部屋が震えるかと思うくらいの甲高い怒鳴り声に、思わずぎゅっと目を瞑る。

そして…うっすら片目を開けると。

彼女は楽屋の隅にあるテレビに、つかつかと近づいていた。

不意にこちらを振り返り、急に声を潜め。

「いい?あんまり大きな声、出しちゃ駄目よ」

彼女は、綺麗なピンクベージュに塗られた爪で、テレビのスイッチを素早く押した。

流れてきたのは、どこかの局のニュース速報。

何か事件でも起こったのか、緊急生放送中らしい。

『こちら現場です』

緊迫したレポーターの声。

そして。

レポーターの肩越しに映った光景に。

俺は…目を疑った。

「………あれ…まさか」

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