12月24日 19:30
君には想像出来るだろうか?
その時の…私の驚きぶりが。
高校生の頃の姉は、押しも押されぬ優等生であった。
今だって、名のある…というより、知らぬ人などいないであろう、一流大学の医学生なのである。所謂『医者の卵』というやつだ。
大学生のモラル低下が問題視される昨今だが、まさかそれが…我が姉にまで及ぶとは。
「何やってんのよお姉ちゃん!!??」
レトロな喫茶店は、リースや大きなツリーで賑やかに飾りつけられ、店内を流れるクリスマスソングが、クリスマスムードを更に盛り上げているのだ………が。
白いふわふわのファーで縁取りされた真っ赤なミニスカートの、サンタコスプレ姿のお姉ちゃんは…その中でも、異彩を放っていた。
「あっ………すずも仁くんも…来てくれたん…だ」
顔を赤らめ動揺するお姉ちゃんには…あろうことか、白い猫耳までついているのである。
いや…待て。
赤くなるということは、自分の格好が恥ずべきもの…という、一応の認識はあるのだろう。
となれば、余計に。
「嘆かわしい」
私は感無量の思いと共に…その言葉を吐き出した。
「ち…違うの!いつもはこういうんじゃなくて…ね?今日はクリスマスイヴだし、特別に…きっと、ちっちゃい子とかも喜ぶ…でしょ?」
大きな衿を縁取る白いファーをふわふわさせながら、しどろもどろ弁解する姉に、『萌え』がないといえば嘘になろう。
思えば、約一年前に『脱メガネ』を図った、我が姉だ。
『メガネ萌え』に代わる、新しい一面が発見出来てよかったではないか。
………いや。
私はそもそも…超優等生のお姉ちゃんに『姉萌え』など、求めてはいないのである。
「馬鹿じゃないの!?」
お馴染みの私の叫びに、猫耳がぴくっ…と震える。
「そういうの喜ぶのは子供じゃなくて、大きいお友達でしょーが!だいたいそんなもん、一体どこで見つけて来たのよ!?」
「これは…そのぉ」
それは、昨日の夕方のこと。
近所のスナックのママ(うちのママよりずーっと年上の)が、ホームセンターのバラエティ雑貨売り場で見つけたというそれをひらひらさせながら、嬉しそうに宣ったのだという。
『ねえ、これ文ちゃんにぴったりだと思わない!?明日はイヴなんだし、着てみてよねぇ~絶対似合うわよぉ』
で。
人の良い姉は逆らえず、この有様…ということらしい。
「そのおばちゃんさぁ、お姉ちゃんのことマスターの彼女か何かと勘違いしてんじゃないの!?」
この喫茶店は、亡くなったパパがまだ元気だった頃からある、思い出の場所。
敬虔なクリスチャンだったパパは、教会での日曜礼拝の後、決まって私達をここへ連れてきてくれた。お姉ちゃんと三人で、夏はアイスクリーム食べたり、冬はホットチョコレート飲んだりして…すごく嬉しくて楽しくて、私は日曜日が大好きだった。
当時お店を切り盛りしていた、ひげづらのマスターはもう亡くなっており、今はアラサーの一人息子が後を継いでいる。
景気はあまり、芳しくない。
当時は数人のウェイトレスさんが忙しそうに働いていたが、今はアルバイトのお姉ちゃん一人。お姉ちゃんが休みの日は、マスター一人で店を切り盛りしているらしい。それも特に難しいことではなく…つまり、お客があまり来ないのだ。
かてきょを始め、探せばわりの良いバイトなんて星の数だろうに、お姉ちゃんはどうしてもここで働きたかったのだという。
確かに、ウェイトレスとファーストフード店員は、女の子が憧れるアルバイトナンバーワンと言ってもまぁ、過言ではないだろう。
けど、だからといって…こんな安い時給のおんぼろ喫茶店でアルバイトをしたがる物好きなんて、まあ、お姉ちゃんくらいのものだ。
そんなことも手伝って。
『文ちゃんって、年上がタイプだったんだねぇ』
とかなんとか、近所の人に最近ちょいちょいカマをかけられる…なんてことは、可哀相なので睦月には教えないことにしている。
私の問い掛けにきょとんと不思議そうな目をした猫耳サンタは、そんなことないわよ…と反論する。
「『マスターのコーヒーも益々美味しくなるんじゃない?』って言ってたけど」
「それはひゃっぱー勘違いしてるでしょ!?常識的に考えて!」
気の弱そうなマスターは、お客のいない年季の入ったカウンターの裏で、小さくなってコーヒー豆を挽いている。
JKの怒鳴り声くらいであんなにびくびくするなんて、元珍走団が聞いて呆れる…と呟いてテーブル席のソファーに座ると、今度は水月が不思議そうな目をして聞き返してきた。
「何だ?それ」
………ムカついたので、ぞく、と一般的な単語だけ返す。
と。
族、ねぇ…と、彼は神妙な顔で繰り返した。
せっかく来てくれたんだし、私のおごりだから…というお姉ちゃんのお言葉に甘え、私はチョコレートパフェ、水月はホットココアを注文する。
「たく…有り得ないわよね?そう思うでしょ!?って言ってもね、お姉ちゃんいっつもコスプレしてるわけじゃないのよ?」
「そう…なんだろうけど」
散々ぶーたれていたくせに、ここに来てからの水月は借りてきたように大人しくて…今も、何だか居心地が悪そうにもじもじしている。
そもそも水月は、うちのお姉ちゃんのこと、ちょっと気にしてるような節があるのだが。
いくらお姉ちゃんの手前とはいえ、何だか変だなぁと思いつつ、クリスマス風に星型のクッキーでデコレートされた、美味しそうなパフェと向きあう。
「ねぇどう思う?あんな格好さぁ」
「お前…あんまりそんなこと、大声で言うなよ」
顔を赤らめてココアを啜る水月。
「何で?」
「…何ででも!だよ」
「えー???だってさぁ、あんなのまるで」
「だから、AVみたいとか………」
『言うな』とでも…言いかけたのだろうが。
最後まで言い切る前に水月は、しまった…という顔をして俯いた。
……………ほーう。
暖房で暖まった体が、一気に冷えていく感覚。
へぇ、そぉ。
最初にお姉ちゃん見た時から様子がおかしかったのは、そーゆーこと。
「なっ………何だよ?」
どうやら長い沈黙に耐えきれなくなったらしく、耳まで真っ赤にした水月は、開き直ったように口を開いた。
「何か…言いたいことがあれば言やいいだろ!?」
ムキになりおって…ガキなんだから。
てか。
ガキのくせに、エロビなんて観んなよ。
いや。
エロビ観てる分際で、かわい子ぶってホットココアなんか飲んでんじゃねーよ。
………ああ。
本当に世の中、何もかもが…
「嘆かわしい!」