12月25日 1:00
「ねえねえ、準備出来たー?」
寝室のドアを少し開けて私の姿を確認し、満足そうに頷いて…すずは、リビングに向かって得意げに声を張り上げた。
「ではでは皆様お待ちかね、今日の真打ち登場でーっす!」
じゃーん、と目の前のドアが開け放たれ。
睦月と仁くんの視線が、真っ赤な衣装に注がれて。
私は思わず…体を縮めて俯く。
「ほらぁお姉ちゃん!サンタさんが恥ずかしがってちゃ駄目じゃなーい」
「だって…」
もじもじする私とぽかんとする睦月が面白くて仕方がないらしく、すずは私達を交互に見ながら笑っている。
「睦月、どーよ?ミニスカサンタ文の感想はっ」
「…すっごくいいと思う」
「えっ………本当?」
うん、と真面目な顔で頷いた睦月は、私の肩を抱いて…すず達にくるりと背を向けた。
「サンタさんっていうからには、プレゼントとか…あるのかな?」
「あっ…ごめんなさい、実は…うちに置いてきちゃってて」
あのごたごたで、結局一度も家に帰れず…用意していたプレゼントは、部屋の引き出しにしまったままだった。
だって…せっかくのクリスマスイブだし、今夜会えるなら、バイト終わって一度家に帰って、プレゼント持って、ちゃんとおめかしして、って…思ってたんだもの。
………あんなことになっちゃったけど。
気まずい気持ちでますます小さくなる私に、睦月は大丈夫…と、優しく微笑んでくれる。
「俺…文がいてくれれば、他には何もいらないから」
「えっ………?」
熱い瞳で見つめられ…くらっと目眩がして。
「こらあお姉ちゃん!健全なサンタさんが、そんな誘惑に負けちゃ駄目!」
すずのいつもの元気な怒鳴り声で、はっと我に返り…私は慌てて、寝室へ誘う睦月の腕から逃げ出した。
「ったく…いいとこだったのに」
不満そうに口を尖らせる睦月に、仁くんが不機嫌そうな声で言う。
「なぁにがいいとこだよ…ばーか」
「…何だよ。文句あんのか?」
「あー大ありだよ!テレビじゃ猫かぶって、澄ましてカッコつけてるくせして!そんなヤラシイ手つきで先輩に触るな、このスケベ野郎!!!」
「まあまあ…今日はクリスマスなんだから、みんな仲良くしよ!仲良く!」
すずは楽しそうに二人の背中をバシンと叩き、にやりと笑って…仁くんに耳打ちした。
「で?水月。不健全なミニスカサンタさんは、この後…仲良く何してくれるのかな?」
と。
言葉に詰まり、真っ赤になった仁くんは。
俯いて…大声で怒鳴った。
「………んなこと、言うか馬鹿!!!」
………???
「おー?仁、何だよそれ」
睦月が意味ありげな笑みを浮かべ、仁くんの脇腹を突付く。
「っせえなぁ!お前は黙ってろ!」
「なんだよ、教えてくれたっていいじゃない。ねえねえ」
「やめろ離せ!聞くなって言ってんだろ!?」
「なーんだ!俺のこと、さんざんエロアイドル呼ばわりしといてさぁ。仁だって、人のこと言えないじゃん!」
「…あーーーもう!不知火!?」
「えー何ぃ?私なーんもわかんなーい」
「お前が妙なこと言い出すからいけないんだろ!こら待て!!!」
思考停止に陥った私なんかそっちのけで、三人はとても楽しそうだ。
なんか…よくわかんないけど。
いつもの平和な光景に、全身の力が抜けて…私は大きく息を吐き、ソファーに沈み込む。
警察は若干首を捻りながらも…一応、睦月の作ったシナリオを信じてくれたらしい。
何といっても…犯人達が口を揃えて『間違いない!』って、力強く主張しているのだ。
まあいいか…って顔をして…警察官のおじさんは、『何か思い出したことがあったら連絡しなさい』と電話番号のメモを手渡してくれた。
『ありがとう』
警察に連行されるマスターは…とても清々しい笑顔だった。
『文ちゃんのおかげで、俺…やっと、自分で歩いていける気がするよ』
『あの子が帰ってくるまで、『ロザリオ』は私がしっかり守っていくわ』
泣きはらした目で…マスターのお母さんは、そう約束してくれた。
すかさずお手伝いを申し出た私に、警察の人達は目を丸くしていて。
『文ちゃんは…ほんと、相変わらずね』
やっぱり泣きはらした目をしたママが…笑って言った。
…ママ。
もう、寝てるかな。
沢山心配かけちゃって…可哀想なことしちゃった。
「お姉ちゃん、大丈夫?疲れちゃった?」
いつの間にか隣に座っていたすずが、私の耳元で心配そうに尋ねる。
「んーん、平気。ねえすず…」
私って親不孝者かな、と訊くと…何で?と聞き返された。
「あんなに心配かけたのに、こんな風に遊んでて…パパ、怒ってると思う?」
「んーーー………」
腕組みして…一思案した後。
すずはにっこり笑って、私の手をぎゅっと握った。
「大丈夫!パパきっと喜んでるよ!」
「…喜んでる?」
「うん!『夜遊びするなんて、文も大人になったなぁ』って。ママだってきっとそうだし」
「…そうかな」
「そうそう、だから気にしない気にしない!今日はみんなで馬鹿騒ぎするとして、明日は母娘水入らずで過ごせばいいじゃない」
「………そうだね」
その時。
すずの携帯が、賑やかな音楽を奏でる。
慌ててボタンを押し、真剣な顔でメールを確認するすずに…こわごわ、尋ねてみる。
「…誰から?」
「後輩」
「………男の子?」
「んー、まあそうだけど…何?そんなんじゃないわよ?」
急に不機嫌そうな顔になって、すずは携帯のディスプレイをこちらに向けた。
『珍種のモンスターげとしました!INしてます?』
………???
「『げと』って何?」
一瞬言葉に詰まり…すずは、ちょっとだけ顔を赤らめる。
「………ゲットのこと」
「じゃあ、『IN』は?」
「ログインしてるかってこと。もお、誤解解けたならいいでしょ!?」
「………うん。ごめん」
すずの好きなゲームのこと、教えて欲しかっただけなのに、なんか…怒らせちゃった。
すずのゲーム好きは、相変わらずだし。
仁くんもきっと、明日からは野球一色の日々に戻るのだろう。
明日はお休みらしいけど…睦月も年末まで、スケジュールはぎっしりだって言ってたし。
私も、また…『ロザリオ』のバイト、頑張らなきゃ。
「ねえ、すず?」
「もう、だから何よ?」
「すずの言ったとおり、こんな風に一年に一回、四人で集まるのって…いいね」
呑気だなぁとため息をつきながらも…すずは頷いて、私に同意してくれる。
「来年も、こんな風に集まろうね」
「…睦月怒るよ?」
「そうかしら」
「そらそーだ。イブは恋人と二人きりで過ごすもんでしょ?常識的に考えて」
「んー…でも」
クリスマスは私達四人にとって、特別なイベントだから。
「やっぱり…みんなで過ごしたいな、私」
すずは髪を掻き上げ、大人ぶってため息をつく。
「そーね。まぁ…彼氏が出来るまでなら、付き合ってあげてもいいけど」
「本当?」
嬉しくなって声のトーンが上がってしまう私を見て、呆れたように笑い。
すずは、まだ何やらじゃれ合っている睦月と仁くんに、やれやれ…という視線を向けた。
「ともあれ、来年は…もうちょっと平穏なクリスマスを過ごしたいけどね」