花嫁は、生花のブーケを持たない。
「はい、これを君に」
婚約者のキロアン様が、大きい花束を差し出した。
私は手を伸ばすことなく、曖昧に笑った。
すると、キロアン様はグッと花束を近づけて、にっこり笑った。
その花からは、匂いがしなかった。
「大丈夫。これもいつも通り、造花だから。スズリンでも触れられるよ」
「まあ…!ありがとうございます、キロアン様」
私はそっと手を伸ばして、ぎこちなく受け取った。
触れる時に一瞬緊張したけれど、キロアン様が大丈夫と言ってくれたから、その腕に抱えることができた。
自分の腕にある黄色い花が枯れていかないのを見て、ほっと息をついた。
「ほらね、大丈夫でしょう?」
「はい」
「黄色がスズリンに似合うと思ったんだ」
「嬉しいです、ありがとうございます」
眩しい笑顔のキロアン様こそ、黄色が似合う人だった。
私はどういうわけか、生花に触れるとその場で急激に枯らしてしまう異能の持ち主だった。
遥か昔の神々しかいなかった時代の1人の女神が、戦の終わらないことを嘆いて、土地の全てを枯らしたという逸話があるため、その女神の加護ではないかと神殿では言われた。
女神の加護ということで、この能力のことを誰かに咎められたことなどないけれど、嬉しいものではなかった。
私だって花に触れてみたかったし、花冠を作ってみたかった。
花は眺めて楽しむものかもしれないが、触らないのと触れられないのでは、全然違うものだから。
そんななか、キロアン様と婚約をした際にも花束をもらった。
私が受け取れずにいると、キロアン様は首を傾げた。
「花はお嫌いでしたか?」
「いいえ、とても、好きです…。ですが、触ることができないのです」
「そうなのですか?」
「触ると、枯らしてしまうのです」
自分の性質を話すと、キロアン様は目を丸くして、それからまた花束を差し出した。
「では、スズリン嬢さえよければ受け取ってください」
「え、でも…」
「これはあなたのために持ってきたものですから、どのようになっても問題ありません」
キロアン様のまっすぐな目に、その時ばかりは「受け取ってもいいかも」と心を動かされて、私は受け取っていた。
案の定、みるみる茶色く萎びていく花を見て、キロアン様は眩しい笑みを浮かべた。
「本当だ!女神の加護をこの目ではじめて見ましたよ!」
枯れていく花をただの現象として見ているキロアン様に、私の方がびっくりしてしまった。
ありのままを見て、ありのままに受け取る居心地のよさを感じて、心が軽くなるようだった。
この人と婚約できてよかったと思った瞬間だった。
その日以降、キロアン様は「花は好きなんだよね?」と再度私に確認してから、本物に見える造花をたくさん探してくれるようになった。
次に渡された花は、本物に近くて、触るのが怖いくらいだった。
それでも受け取っても枯れない花を見て、ますます心は軽くなるばかりだった。
「やっぱり、スズリンには花が似合うよ」
そう言って隣に立ってくれるキロアン様がいてくれるだけで、十分だった。
私は花を見てがっかりすることも、悲しくなることも、なくなっていった。
結婚式用のヴェールに、自分の手で花を縫い付けたものを、キロアン様に見せた。
これも、キロアン様が見つけてきてくれた造花だ。
白いヴェールに負けないほどの白い小さな花が、とても可愛らしい。
「見事なものだねえ」
「ええ、キロアン様のおかげでとても豪勢なんです」
「スズリンに似合うだろうと持ってきたものが役に立っているようでよかった」
「これで、私も他の花嫁みたいになれます」
「早くヴェールを纏うスズリンが見たいよ」
「私も結婚式楽しみです」
私が笑うとキロアン様も笑って、私の髪を一房取って撫でたのだった。
「綺麗だ、スズリン…!女神様より美しいのではないか!?」
「ふふふ、言い過ぎですよキロアン様」
「そんなことあるものか。やっと君と結婚できる、嬉しいな」
結婚式の日、キロアン様は真っ白な装いに包まれていて、美しかった。
花嫁である私の方が霞んでしまいそうなほど綺麗だったけど、それに負けないくらいたくさん褒めてくれた。
例のヴェールを被ると、頭から背中から床にまで白い花が咲いているようだった。
私自身が咲かせることのできた、はじめての花だった。
「君と結婚できる幸運に感謝を」
キロアン様は、私の手を取って指先にキスを落とした。
「まだ、お式前ですよ?」
「他の人に誓う前に、まずはスズリンに」
「私も、花を枯らしたところを楽しそうに見てくださった時から、ずっとお慕いしております」
私はキロアン様の手を握り返して、ヴェールの上からそっと唇を寄せた。
「キロアン様と結婚できる喜びに感謝を」
私の言葉と笑みに、キロアン様はしっかりと頷いた。
その時、花嫁が抱える大きな花束が運ばれてきた。
芳醇な花の香りが、ふわっと舞った。
「えっ…」
「これって、生花だな…?」
私たちは顔を見合わせて、すぐに係の者に確認した。
「どうやら伝達にすれ違いがあったようで、申し訳ありません…!」
「いえいえ、いいんですよ。大事なお式に造花を使う方など滅多にいないでしょうし」
「ですが、今から他のものをご用意するのも難しくて…」
「では、花束はなしにしましょうか。参列者の方々には驚かれてしまうかもしれませんが」
「いいや、この花は持って行こう」
キロアン様がキッパリそう言うので、思わず顔を見上げた。
「でも、私、持てませんよ…?」
「何も持ち手は1人だけではないさ」
「え…?」
私は首を傾げたけれど、キロアン様は楽しそうに笑うだけだった。
「あれ、見て」
「まあ、花婿が花を持っているわよ」
「片手に大きな花束、もう片手に花嫁。まさに両手に花というやつかしらねぇ」
いや、まさか私もこうなるとは…。
キロアン様があまりにも堂々と入場していくので、参列者からはくすくす笑う声しか聞こえなかった。
大きな花束が新郎を隠してしまうようで、すっかり私だけ目立つ。
むうう、これはこれでちょっと恥ずかしいかも…。
でも、花がダメにならなくてよかった。
キロアン様の向こうから花のいい香りが届いて、自然と顔が綻ぶ。
花は触れられないのに、嫌いになれなかった。
キロアン様を通じて見る花は、大好きになった。
「キロアン様、今日からもよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ。よろしくね、僕の花嫁」
花嫁である私は、花束を持たなかった。
だけれど、私の手の中にはもっと大事な彼の手がある。
花婿の抱えた花束は、今まで見た中で一番綺麗だった。
了
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