ゲームフェイズ1:『14』節制2
そうして、バカは四郎と話すことになった。
四郎は最初の警戒はどこへやら、嬉しそうにバカと話してくれる。バカはそれがまた嬉しくて、さっきから羽がぱたぱたしっぱなしである!
「ああくそ、こういう羽、懐かしいなあ……。いや、ちょっと待て。お前、羽、デカいな……?」
「うん!職場でも一二を争うデカさだって褒めてもらってるんだ!」
バカは、羽を褒められて嬉しい!職場でも先輩達に『お前の羽はでっかいなあ!』と褒めてもらえるバカであるが、誰に何度褒められたって、嬉しいのだ!
「これならさぞ、速く飛べるだろ。ついでに真っ白で夏の雲みてえで、いい羽じゃねえか」
「うん……その、ふわふわで、なんか女の子みたいだなあ、って思ってて、ちょっと恥ずかしかったんだけど……最近は、俺、自分の羽、結構好きなんだ!」
バカは胸を張る。自分の羽には自信がある!
何せ……デカい!羽がデカくて、それを動かす筋肉もあるから、速く長く飛べる!気流を捕まえるのも、もうちょっと練習すれば抜群に上手になる素質がある羽だ!
そして……ふかふかだ!真夏の青空にぽふんと浮かぶ雲が如きバカの羽だが、これは非常に触り心地が良いものなので……海斗の昼寝のブランケットになることもあれば、ミナやビーナス、たまなんかが触って、『ふわふわ……』とにこにこ笑顔になることもある!なのでバカは、自分の羽が好きになった!
「えへへ……四郎のおっさんの羽かっこいいな!そっかー、四郎のおっさんも、天使だったんだなあ!」
バカは、褒めてもらった分はお返ししたいので四郎の羽も褒める。すると四郎は、ちょっと笑って……ぱた、と羽を動かした。
「ああ。ま、『元』だけどな。……ほら。羽見りゃ、分かるだろ。片っぽ、ねえんだよ」
ただ……四郎の羽は、片っぽしかないのだ。
上半身の服が爆散した今、四郎の背中と羽の様子がよく見える。
四郎の羽は、綺麗な濃いグレーだ。曇り空の夜のような色合いで、とてもかっこいい。バカとしては、『俺もこういう色がよかったなあ』と思わないでもない。
だが……その羽は、片方だけだ。四郎は、右側の羽を失ってしまっているらしい。
「こいつはな、爆発事故でやっちまったんだ」
そうして四郎は、話してくれる。……右側の羽があったであろう位置の筋肉を、もり、と動かしながら。
「……俺は元々、天使警察の特別警備隊に所属してたんだ。知ってるか?」
「知ってる!知ってるよぉ!警察……特別警備隊……すっげえ!エリートじゃん!すっげえ!」
そしてバカは大興奮である。
それはそうだ。何せ、『天使警察の特別警備隊所属』となると……超かっこよくて超強い、超エリートの集団なのである!当然、みんなの尊敬と憧れの対象だ!
バカは目をキラキラさせて、『すげえ!握手して!』と手を差し出した。四郎は照れくさそうに、しかし固く握手してくれた!バカは天にも昇る気持ちである!
「特別警備隊の仕事は知ってるか?」
「うん!知ってる!凶悪犯罪とか起きた時に、パワーで犯人を捕まえに行く仕事だ!」
「まあ、そうだな。特別警備隊の天使は、犯罪鎮圧のために武力を有する天使達だ。普通の天使警察じゃどうにもできねえような凶悪犯罪が起きちまった時に武力制圧するのが『天使警察特別警備隊』だ」
バカの言葉に頷きながら、四郎は詳しく説明してくれる。バカは相変わらず、『ほわあ……!』と感嘆のため息を吐きつつ、目をキラキラ輝かせて話を聞いている!
「……あの日、俺達は、悪魔による犯罪をとっちめに行った」
だが、四郎の表情が苦いものになる。
「詳しい説明はしねえ。知らねえほうがいいこともある。少なくとも、胸糞悪ぃ話なんでな。……ま、人間を食い物にする悪魔の、犯罪組織の拠点を叩き潰しに行く任務だったんだ」
四郎はそう言うと、ぱた、と片翼を動かした。その翼の力のない動きに、悔しさが滲んで見えた。
「だが……そこで、仕掛けられてた爆弾をどうにかしなきゃいけなくてな。幸い、俺の異能は『凍結武装』だ。俺が押さえ込むのが一番マシだろ、ってことで……ま、無事、犠牲者ゼロを達成したって訳だ。その時、羽が片っぽ、どうにもならなくなっちまったんだが」
バカは、『そんなあ……』と、悲しい気持ちで四郎の羽を見つめた。……だって、こんなにもかっこいい羽だ。これが両方揃って、空を飛び回っているところを見てみたかった。
……だが今、四郎の背には、引き攣れたように傷痕が残っている。『痛かっただろうなあ……今も、痛いのかなあ……』と、バカはなんだかたまらない気持ちになってきて、ますますしょんぼりしてしまう。
四郎は、そんなバカに気付くと、『お前がそんな顔しなくてもいいだろ』と苦笑して、バカの肩をぺち、と叩いた。……その四郎の優しさが、ますます悲しい。
「……それで、その、退役、しちゃったのか?」
「いや、まあ……理由の1つはそれなんだがな。いや、なんでもな、羽は、治そうと思えば治せたらしい。職場への復帰もリハビリ次第で十分に可能だろうとも言われてた。だが……まあ、『丁度良かった』んでな。そのまま、天使を退役することにしたんだ」
「へ?」
が、四郎が何やら照れくさそうな顔でもじもじしているので、バカは『?』マークを頭の上にいっぱい浮かべつつ、首を傾げて……。
「その……人間の女に、惚れちまったんだ」
「……わああー!」
四郎がもじもじとそう言ったのを聞いて、バカもそわそわしながら目を輝かせた!
こういう話にはそわそわしてしまうバカだが……こういう話、嫌いではないのだ!わああー!
「天使が人間と結婚するんだったら、その、天使を退役しなきゃいけねえだろ?それは知ってっか?」
「うん!知ってる!先輩に教えてもらったこと、ある!」
バカは、職場の先輩の姿を思い出す。その先輩は、『人間の彼女と結婚するためには俺が人間になるか、彼女が天使になるかしかないから……相談の結果、彼女が天使になりました!』とにっこにこであった。先輩の隣で、薄桃色の羽をぱたぱたさせる彼女さんも、にっこにこであった!
「じゃあそういうことだ。まあ……その、それで、俺は天使としての力を返納して、片っぽ羽があるだけの人間として生活することになった。で、惚れた女にもなんとか振り向いてもらえたんでな……その、結婚した」
四郎の話を聞いて、バカは『四郎の奥さん、どんな人かなあ……』とちょっとにこにこした。きっと、さぞかし素敵な人なのであろう!
……だが。
「で……10年前、嫁が殺された」
そう、四郎が零したから、バカは何も言えなくなってしまった。
幸せがみるみるしぼんでいくような、そんな気持ちだった。バカは、そんな気持ちで四郎を見つめる。
……四郎も、苦しそうな顔をしていた。とても、とても。
「とある人間が、悪魔に願った結果だったそうだ。……悪魔はそいつの願いを叶えて、俺の嫁を殺して、そして、俺の娘達を奪っていった」
「え……」
「……娘が居たんだよ。2人。何より、大切な……」
四郎はそう言うと、しばらく黙っていた。バカも、何も言えなかった。
……だが、そうしている内に、四郎は一つため息を吐いて、話を再開した。
「もし俺が天使としての力を持ったままだったなら、嫁と……嫁が駄目でも、娘は助けられたかもしれねえ。そう思うと、どうにもやりきれねえ」
「そんな……」
そんなことないよ、とバカは言いかけて、止めた。どう言ったって、空しいだけだ。
「だが……人間の身なら、復讐はできる」
……代わりに、ただ、四郎を見つめる。四郎は、ぎらり、と氷のように輝く目で虚空を睨んでいた。
「人間なら、悪魔に警戒されずに近づくことができる。『悪魔のデスゲーム』にだって潜入できるし、何より、悪魔へ接近するのが容易だ。天使法の縛りもねえ」
「俺、バカだからあんまし法律、分かんねえんだよなぁ……」
「あー……まあ、あるだろ。ほら、天使は天使も悪魔も殺しちゃいけねえ。無論、天使法で裁く場合は別だが」
「あ!それは知ってる!」
バカは『親方に習った!』と喜んだ。知っている話が出ると、安心する!……が、これは、『人は人を殺しちゃいけません!』レベルの話なのである!とても簡単なやつだ!
「が、人間が悪魔を殺すことは禁じられてねえ。そもそも、人間は天使と悪魔の法に縛られねえからな」
「それは知らなかったぁ!そうなのぉ!?」
「ああ。法の穴、って奴だな。まあ……人間が悪魔を殺すことなんざ、そもそも不可能に近いんだから当然だがよ」
四郎は『へっ』と笑ってみせた。バカは、『法の穴……やっぱり、法でもボーリング作業で穴開けたり、逆に埋めたりすることあんのかぁ……』と慄いた。バカ!
そうして、四郎は眉間に深く深く皺を寄せて、ため息を吐いた。
「……俺は、悪魔を殺してえ。俺の妻を殺して、娘を攫ったクソ野郎を、絶対にこの手で殺すと決めた。そのために……かつての同僚に頼んで、情報を仕入れてもらってな」
「情報……?」
「ああ。俺の妻を殺し、娘を奪った悪魔がこのデスゲームを開催してる、ってことだ」
バカは、『そんな情報、調べられるのかぁ!』とびっくりした。が、よくよく考えてみると、バカの方はバカの方で、『駒井燕が居るデスゲーム』の存在を調べられたのだから、まあ、天使ネットワークにかかればこういうものなのだろう。バカはバカなのでよく分からないが……。
「で、ここからが本題だが……」
そして、四郎はそんな前置きをする。バカは、『今までのだって本題だったよなあ!?』とびっくりした!
だが。
「このデスゲーム。どうやら、悪魔の昇格試験らしいぜ」
……そんなのを聞いてしまっては、目ン玉が飛び散るほど驚くしかないのである!




