ゲームフェイズ2:『20』審判
「じゃ、海斗!壊すぞ!」
「ああ。やってくれ」
ということで、バカはまず、海斗の腕輪を破壊した。何故なら、海斗の腕輪があると、合計が『21』になっちゃうからである!
さっき五右衛門の腕輪をやった時と同様に、『バキイ!』とやって、見事、海斗の腕輪は千切れた。海斗は、『もう慣れたが、ふと我に返ると何故素手で金属を引き千切れるのか、意味が分からないよな……』などとぼやいていたがバカは腕輪に勝った喜びで元気なだけである。
「ええーと、じゃあ、私と七香さんと樺島さんの腕輪で、合計『20』、それに腕輪無しの海斗さんも含めて4人でGO、ってことですよね?いいんですよね?」
「ああ。……僕1人留守番、というのも、その、意味がないし。何か、アクシデントが起こらないとも言えないし……できるかぎり、樺島と行動を共にしておくべきだと考えた」
海斗はそう言って、ちら、とバカのことを見た。バカは、『海斗と一緒だと嬉しい!安心!』とにっこにこである。……それを見た海斗は、『まあ、それでいい』とちょっとため息を吐いた。
バカはバカなので海斗の意図するところ全ては分からないが……海斗はちょっと不安なんだろうな、ということは分かったので、海斗の背をぺちぺち叩いて、『よろしくな、相棒!』とにこにこしておいた。……海斗はバカにつられてちょっと笑って、『ああ、よろしく、相棒』と言ってくれた!
そうして、バカ達はエレベーターで『20』のアルカナルームへと向かう。
……『なんも無い部屋』であるはずのそこへ向かうバカ達は、全員、緊張していた。
『20』のアルカナルームが本当に今回も『なんも無い部屋』であったならば、こんなに攻略に時間がかかる訳がないのだ。だから確実に、『何か』があった。そういうことになる。
それは、アルカナルーム自体に変化があったのかもしれないし、或いは……デュオと四郎とむつとヤエの4人の間で、何か、トラブルがあったのかもしれない。
バカは、『どうか無事でいてくれよ』と思いながら、エレベーターがのんびりと下降していく間、ずっと、準備体操をして備えておくのだった。
……準備体操は、途中で『エレベーターが止まったらどうする!』と海斗に怒られて中止となったが!
エレベーターが到着し、バカ達は『20』と書かれた扉の前に集合していた。
「じゃあ……開けるぞ」
バカが先頭、そのすぐ後ろに七香、そしてタヌキと海斗、という布陣で、そっとドアを開ける。
……すると。
「……へ?」
思わず、バカは素っ頓狂な声を上げた。
だって……あまりにも、目の前の光景が、不思議すぎて。
部屋の中には、桜の木があった。八重桜だ。大きな大きな、八重桜の木。……『なんも無い部屋』であったはずのそこに、八重桜が、生えている。
そして……その木の途中に、絡め取られるようにして、四郎の姿があった。
だが、四郎はもう、息が無いようだった。……木に絞め上げられて、そのまま死んだのだろう。
……ここまでなら、分かる。『ああ、ヤエが異能で、四郎を殺しちゃったんだ』と、分かる。
それから、デュオが倒れて動かないのも、バカには慣れっこだ。アレは『無敵時間』だ。多分、デュオは何かに巻き込まれそうになって、咄嗟に『無敵時間』を使ったのだろう。それも、分かる。
だが……四郎には鋭い切り傷があって……そして。
「……五右衛門?なんで……ここに?」
……茫然と座り込むヤエの傍ら、片腕を肩まですっかり凍り付かせた五右衛門が、倒れていた。
「樺島さん達、来てくれたんだ……」
そこへ、むつが駆け寄ってくる。むつもまた、随分と焦燥しきった表情であった。
「むつさん。一体、何があったんだ?」
「そんなの、分かんないよ。分かんない、けど……」
むつは混乱したように言葉を詰まらせ、しかし、自らを落ち着かせて、話し始めてくれた。
「……急に、五右衛門さんが現れたの。何も無いところから、急に」
「えーと、順を追って説明するね。……あの、最初、この部屋、何も無かったんだ。ただ、カードだけ落ちてて……そこで、四郎さんが『誰がカードを取るか』って話、始めて……」
バカは、『ああ、喧嘩になるやつだ……』と、なんとも悲しい気分になってきた。こういう時、上手くやる方法があったらよかったのに!
「それで、デュオさんと、ちょっと口論に、なってた。詳しくは覚えてないけど……そこで、四郎さんが、ヤエちゃんに矛先を向け始めて……」
「……またか」
海斗が苦い顔で呟く。バカも、『四郎のおっさん、ヤエが悪魔だなんて思わないでくれたらよかったのに……』としょんぼりした。
「でも、ヤエちゃんも反論してて……それでしばらく、言い争いみたいに、なってたんだけど……そこに、五右衛門さんが出てきたんだ」
「五右衛門がぁ……?」
「あ、うん、そうだよね。そういう顔に、なっちゃうよね……。でも、見ての通り。本当に、五右衛門さんが何も無いところから急に出てきちゃったから、こうなってるんだけど……」
むつは、ほとほと困り果てたような顔で、少し離れたところの五右衛門を、ちら、と見た。
……五右衛門の傍らでは、ヤエが泣いている。五右衛門自身は、もう、息が随分細っていて……もう長くないんだろう、と、思われた。
「四郎さんは?ヤエさんがやったのか」
海斗が質問すると、むつは『うん』と頷いて、表情を曇らせた。
「……四郎さんが、突然出てきた五右衛門さんに驚いて、異能を使ってた。……氷を生み出す異能、だった」
むつはちょっと苦い顔でそう言うと、ふ、と息を吐いて、ちょっと呼吸を整えて……それから、また話し始めた。
「その異能は五右衛門さん、払ってたんだけど……四郎さん、『お前が悪魔か』って言って……戦い始めちゃって」
バカは、『あああ……』と嘆いた。タヌキも同じように嘆いている。どうして四郎は戦い始めちゃうのだろうか!
「五右衛門さんも、自分が出てきちゃったのにびっくりしてるみたいだった。でも、すぐ四郎さんに応戦し始めて……少しの間、2人で戦ってたんだけど。でも、四郎さんが飛ばした大きな氷柱が、私とヤエちゃんの方に、飛んできちゃって……そうしたら、デュオさんが、庇って、くれて……それで、デュオさんが……」
バカは、『あっ、多分デュオは死んでないぞ!あれ、無敵になってるだけだぞ!』と思ったが、海斗が『黙っていろ』とバカの脇腹をつついたので、黙っていることにした!
「それで……っ、デュオさん、動かなくて、でも、私もヤエちゃんも、無事、で……無事、だったんだけど、五右衛門さんが、私達のこと、心配、してくれて……でも、そのせいで……腕、凍らされ、ちゃって……」
「あっ、あっ、ゆっくりでいいですよ、むつさん……無理せず、ゆっくりで……」
むつは、喋るのが辛そうだった。泣きそうになりながらも、それでも泣かずに説明を続けるむつの足元で、タヌキが一生懸命むつを励ましている。バカもむつの肩をぽふぽふやって、ちょっと励ました。七香は、むつの手をとって、きゅ、と握った。
……そうして励まされて、少し元気を取り戻したむつは、また話し始めてくれる。
「……四郎さんが、五右衛門さんに、とどめ、さそうと、して。そしたら……ヤエちゃんが……四郎さんの目の前に飛び出して、組み付いて……それで、あの桜の木、生やした、んだと思う……」
むつの目が、部屋の真ん中に大きく聳える八重桜の木へ向く。
……そこに半ば取り込まれるようになってしまっている四郎を見るに、ヤエの異能は、とんでもなく強力だったのだろうと思われる。そうでもなければ、生きている、逃げることだってできるはずの人間を取り込んで伸びる桜など生み出しようがない。
「……それで、桜の木から、ヤエちゃんだけ、出てきた。四郎さんはもう、ああで……デュオさんも、もう、動かない、みたいで……そうしてたら、樺島さん達が来た、みたいなかんじ……」
「そ、っかぁ……」
むつは『これで自分の責任は果たせた』とばかり、ずるり、とその場に座り込んでしまった。その肩を七香がそっと抱き寄せ、膝の上にはタヌキが『お疲れ様でした、むつさん……』と気づかわしげに陣取る。
……そうしてむつが俯いてじっとしている中、七香が、ちら、とバカと海斗を見て小さく頷いた。『むつさんは私達が見ています』ということだろうと思われた。
なのでバカと海斗は、ありがたくヤエと五右衛門の元へと向かい……。
「ごめんなさい」
……そこでは、ヤエが泣きながら、五右衛門に謝っていた。
「私の、両親……あなたに、酷いこと、たくさん、言い、ましたよね?……雑賀、さん」
五右衛門は……『雑賀さん』と呼ばれていて、そして、もうすっかり、弱っていた。細く浅い呼吸が、ひゅ、と喉を鳴らしている。……腕と一緒に、内臓もやられてしまったのだろう。人間は、内臓が凍ってしまっても生きていられるほど頑丈ではない。
だがそれでも、五右衛門は無理をして笑みを作ってみせて、言葉を発していた。
「……酷いことなんて、言われなかったわ。言われて、当然のことは、そりゃ当然、言われた、けど」
「違う!当然じゃない!」
ヤエが叫んで、五右衛門の笑みが引っ込む。
……ヤエがこんなに大きな声を上げるのを、バカは、初めて見た。ヤエがこんなに、泣いているのも。
「……いいじゃないですか。私、気にしてない。脚なんて、無くたって、多分、生きてける、って、思うし……長距離の記録なんて、元々、欲しくなかったし。だから、何も……何も、気にしてない、から……あの人達が言ってたことなんて、全部、嘘で……」
きゅ、とヤエは唇を引き結んで、それから、ぽつぽつ、と、涙と一緒に言葉を零す。
「……何か間違ったら、ずっと、そのままなんですか?」
「え?」
「やり直せないんですか?」
五右衛門は、ヤエの濡れた目を見つめて、それから、ちょっと苦笑した。何か言おうと、その口が動きかける。
だが。
「私も、やり直せないんですか」
……ヤエが先にそう言ってしまったから、五右衛門は凍り付いたように、何も言えなくなる。
「……そんなこと」
「ない、ですよね。前向きに、生きろ、って、何か、やりたいこととか、新しく、見つけて……って、私だけじゃ、なくて、雑賀さん、も、同じはずで……」
ヤエは泣きながら怒っている、五右衛門に怒っているし……多分、それ以上に、五右衛門でもヤエでもない何かに……理不尽、とか、運命、とか、そういうもの全部に、怒っている。
「……私、どうしたらよかったんですか。被害者でいるの、嫌だし、あなたを加害者にしちゃったのも、嫌、なのに。なんで、こういうの、上手くいかないんだろう……!」
上手くまとまらない言葉をぼろぼろ零して、ヤエが泣いている。
五右衛門はそんなヤエを見上げていて……それで、ふ、と笑った。
「……次は、髪だけじゃなくて、ね」
五右衛門の手が伸ばされて、ヤエの頬をつついた。
「メイクも、やってみても、いい?」
ヤエが五右衛門の手を握って頷いた時にはもう、五右衛門の目は閉じていた。
バカは只、『どうして、取り返しのつかないことってあるんだろう』と、そればかり思っていた。
「……ごめんなさい」
もう動かない五右衛門の手を胸に抱くようにして、ヤエが蹲る。
「ごめんなさい。私なんか、轢いちゃったから、五右衛門さん、こんな……」
バカと海斗はそっと、ヤエに近付いて……しかし、何も、掛ける言葉が見つからない。ヤエに言葉を掛けてやれた人は、もう居ないのだ。
だからせめて何か、と、バカはヤエの隣にそっと腰を下ろした。海斗も、ちょっと遠慮がちに、ヤエの隣に座って、そして、ヤエにちょっと、手を伸ばして……。
「……こうなる前に、話せてたら……五右衛門さんが、私のこと轢いちゃった人だって、分かってて、それで、話せてたら……私……もっと……なんか、できたんじゃ、ないか、って……」
……海斗は、ヤエに伸ばしかけた手を、そっと、引っ込めた。
「もう、遅いのに。やり直せない、のに、そんなの、思ったって、もう、しょうがない、のに……」
結局、バカも海斗も、何も言えないし何もできないまま、ただ、ヤエの隣に座っているだけだった。
……どうしようもないことばかり、頭の中をぐるぐるしている。ヤエもきっと、そうだ。海斗も……海斗にしては珍しいが、やっぱり、そうなのだろう。
上手く、いかないものである。
そうして、ヤエより先に、むつが立ち直った。むつは『ヤエちゃん』とヤエを呼びながらやってきて……そして、バカと海斗がそっと場所を譲るとそこへ収まって、きゅ、と、ヤエの手を握って、そのまま2人、くっつき合っていた。
……お役御免となったバカと海斗は、一旦部屋を出てエレベーターの前、2人揃ってため息を吐く。
「……上手く、いかないものだな」
海斗もバカと同じように考えていたらしい。バカはこくんと頷いて、それから、海斗の背中をぽふんと叩いた。すると、海斗もバカの背中を、ぽふぽふ、と叩き返してくれた。……なのでバカは、ちょっとだけ、元気が出た。
「四郎さんについては、まあ、対策が必要だな。それで……五右衛門さんが急にこの部屋に現れた、というのは、まあ、後でデュオの考察を聞こう。多分ここは、『脱落者が復活して現れる部屋』なんだとは思うが……」
それから、海斗がそう、『今後の話』をしてくれるのを、バカは頷きながら聞く。
未来の話は、よいものだ。ちょっと、前向きになれる。やる気も出てくる。
……特に、この部屋で起きたことは、あまりにも唐突だった。考えなきゃいけないことは沢山あるし、バカは、『次』に向けて、色々と整理して、色々と覚えておかなければならないのだ。落ち込んでいる場合では、ないのだ。
「まあ、具体的な対策は、デュオが起きてからにしよう。全く……まあ、生き残ってくれているのだから、ありがたいが」
海斗は色々と考えて、考えたことをちょこちょこと口に出してくれる。バカはそれに頷きつつ、『次』に向けてのやる気を徐々に燃え上がらせていくのだ。
「それで……ヤエさんと五右衛門さんについて、なんだが」
それから、海斗はそう切り出して……切り出したのに、視線を床に落として、それきり、言葉が出てこない。
「……あの、な、樺島。その……」
海斗は何か、迷うように言い淀んでいたが……ちら、と、ヤエの方を見る。
……ヤエはまだ、泣いている。むつに手を握られながらも、ずっと、泣いている。
海斗は、泣いているヤエを見て、ぎゅ、と拳を握りしめて……そして。
「『次』、ヤエさんと話す役割は、五右衛門さんがやるべきだと思う。僕じゃ、なくて」
……海斗は何かを決心したのではなく、何かを諦めたんだなあ、と、樺島は思った。




