ゲームフェイズ1:『11』正義
「わあ……わあ……でっかい天秤だぁ……」
「前回のデスゲームでは、天秤の部屋は……ああ、風呂になった部屋だったな……」
バカにとっては『海斗と初めてちゃんと喋った部屋!』なのだが、海斗にとっては『このバカによって風呂にされてしまった哀れな部屋』なのである。ちょっとギャップがあるのを感じて、バカはちょっぴり寂しく思った。
「あれ?でも、剣あるなあ」
が、バカは尚も部屋の中を見回して……首を傾げた。
目の前には、巨大な天秤と巨大な剣を持つ、男性の像が立っている。前回はこれが女神像だったから、やっぱり色々と違うものである。
「前回の天秤は、『両方の天秤皿にプレイヤーが乗って、互いの天秤皿を沈めようとする』んだったか。だが今回は、違いそうだな。うーん……」
海斗もまた、しげしげと像を見上げて、こて、と首を傾げる。……頭のいい海斗がこういう風に首を傾げて、こういう風に悩むのは珍しい光景なので……バカはなんだかちょっと珍しいものを見たような気分である。野生のクレーン車の砂浴び風景を見つけた時くらい嬉しい!
なんとなく嬉しくなったバカは、元気に像の周りを駆け回る。説明文くらい落ちてねえかなあ、と。
……が、説明文らしいものは全く見当たらない。なんと!このゲーム、説明が無いらしい!説明があっても理解できないバカだが、説明が無かったらもっと困るバカである!困った!困った!
「うーん……カード、無いかなあ……んっ!?」
説明が無いならせめてカードを、と思って壁と天井を這い回っていたバカであったが、天井から見下ろした先で……カードらしいものを見つけた。
「海斗ぉー!天秤の上!カードあるぅー!」
そう。どうやら、像が持つ大きな天秤皿の上に、カードがあるようなのだ!
「そうか!でかしたぞ、樺島!」
最早、バカが壁や天井を這い回るくらいなら全く驚かない海斗は、とりあえずバカを褒めてくれたのでバカはにこにこ顔である。他の人だったらまず『なんで壁を這い回れるの?』というところから始まるのだろうが、ここをスキップできるというのはやはり、元々友達であるということの強みであろう。
ということで、バカは早速、天秤皿に手が届く場所にまでやってきた。裁判所の傍聴席のようになっているここは、ちょっと高くなっていて、すぐ目の前に像の天秤が見えているのである。
「カード、とっていいか!?」
「ちょ、ちょっとまて樺島!」
が、早速動こうとしたバカを、海斗が止める。バカは『そうだった、あんまり急いてはことを味噌汁、ってやつだ!』と思いとどまった。無論、バカが思い描こうとしていたのは『味噌汁』ではない。『仕損じる』である。でもしょうがない。バカはバカなのだ。
「天秤の皿の上には、カード以外に何かあるか!?」
「うん?……うん。えーとな、カードが載ってる方はカードだけなんだけどぉ……反対側には、なんか、骨……?頭蓋骨ぅ……?ある……」
「……思いの外、物騒だな……」
海斗が嫌そうな顔をするのを見て、バカも大いに頷いた。骨っていうのは、物騒である。どうせなら、別のものにしておいてほしい。肉まんとか。
……と、そんな思いで、バカが、天秤皿の上の頭蓋骨を、ちょこ、とつついた、その瞬間。
「……うおわっ!?」
ズバッ、と、バカのすぐ横に、像が持つ巨大な剣が振り抜かれた。
慌てて飛び退くと、像はまた、剣を元の位置に戻す。……天秤に近づきすぎなければ大丈夫、ということだろうか。それとも、天秤の上のものに触れちゃいけないということだろうか。
よく分からなかったので、バカは早速、『俺は天秤に近付かない!』のポーズになって、ちょっと遠巻きに像を眺めることにする。……海斗はこの光景を、『あの速度でくる剣を避けられるのか……』という感心半分、『あのポーズは何だ……?』という呆れ半分で見守った。
「あー……樺島。こっちに来い。なんとなく分かったから」
「分かったのぉ!?海斗やっぱりすげえなあ!」
そしてバカは、海斗に呼ばれてスタコラと海斗の元へ戻る。その間もポーズは『近付かない!』のポーズなので、奇妙な踊りを踊っているかのような有様なのだが、海斗は最早、何も言わないことに決めたらしい。優しい。
「まず、この部屋は恐らく『正義』の部屋だろう」
「せいぎ?」
「タロットカードの『正義』は、剣と天秤を持つ男性が描かれたカードだからな」
成程、確かに海斗の言う通り、天秤皿の上にあったカードは、『剣と天秤を持った男性の絵のカード』だった。バカは『海斗ってやっぱりすげえなあ』と頷いた。
「……それで、まあ、『天秤』だからな。『つり合わせろ』ということなんだろうが……あー、カード以外にあったものが、『頭蓋骨』なんだろう?」
「うん……。物騒だよなあ?なんか、よくないよなあ、そういうの……」
どうせ頭関係なら、骨じゃなくてヘルメットにしてほしいものである。バカにとって『安全第一』と書かれたヘルメットは、安心と安全の象徴なので、多分、ヘルメットが天秤に載っていたら、落ち着く。
「……これはあくまでも、僕の予想だが……あの天秤は、『人の首の重さ』でつり合いがとれているんだろう。そして現状、『つり合っている』訳だ。……そこからカードを取ったらどうなる?」
「……どうなるんだろ」
「……恐らく、あの像は天秤の上からカードが減った分、人の首を取ろうとしてくるだろうな」
「ええええええ!?こっわ!めっちゃこっわ!」
バカは慄いた。カードを取ったら代わりに首を入れなければならない、なんて、あんまりである!
「ということで……うーん、恐らく、この部屋のどこかに『首』の代わりになるものがある、んだと思う。それを、カードをすり替えれば、なんとか……」
「探しものかぁ!よし!それなら俺もできるぞ!」
海斗がぶつぶつと呟きながら考えをまとめている横で、バカは『探し物なら得意!』と、早速、壁に張り付いた。このまま天井までいくつもりで。
……だが。
「……いや、違うな」
海斗はそう言うと……ちら、と天秤の方を見る。
ここからなら、天秤皿の上が見える。
……カードが載っている側の反対側の皿には、頭蓋骨が
「カードを拾うと同時に、もう片方の天秤から頭蓋骨を落とす。それでどうだ?」
「じゃあ、樺島!僕が合図したら一気に動けよ!?いいな!?」
「わ、分かったぁ!」
……そうして、バカと海斗は、天秤皿の前で、顔を見合わせている。
カードの方に海斗。頭蓋骨の方にバカが立つ。これで、海斗がカードを取るのと同時に、バカが頭蓋骨を落とせばよい、という訳だが……。
「ああ、そうだ。今後、このデスゲーム中、全てにおいて言えることだが……」
海斗が、ふと、話し始めた。
「樺島。何があっても、お前は生き残れ。たとえ、僕を見捨てることがあったとしても、お前だけは生き残らないと駄目だ」
「……え?」
「僕だけが生き残っても、『やり直し』はできない。だから……」
「え、えええ……」
海斗が始めた話に、バカは『そんなこと言われても……』と、おろおろするしかない。
バカはバカなので、難しいことは分からない。だがそれでもバカなりに、『俺がやり直しできなくなるのが一番まずい』ということは、なんとなく分かっている。いるのだが……いるので……。
「……うん。分かった。任せろ、海斗!」
……分かっていてもなんとなく割り切れない気持ちをしまって、バカは、海斗に笑いかけた。
海斗は『よし』と頷いてくれた。その顔を見て、バカはちょっとだけ、ほっとする。
……多分、海斗だって割り切れないものはあるのだ。海斗は、ちょっと強張った、そういう顔をしていた。
でも、海斗は『これが正しい』と、分かっている。そのために、『いざとなったら僕を見捨てろ』と、言えるのだ。
バカは、そういう海斗を、かっこいいなあ、と思う。かっこいい相棒に相応しい相棒であれるように、自分ももっと頑張らねば!と、決意を新たにするバカなのであった。
……そして。
「いくぞ……3、2、1、GO!」
海斗の合図と共に、海斗自身が動く。その海斗の動きを見ながらバカは動いて……海斗がカードを拾い上げるのと同時に、頭蓋骨を弾き飛ばし……。
めぎゃん。
……弾き飛ばそうとした頭蓋骨が、その場で粉砕されてしまったのだった。
敗因は、気合を入れ過ぎたことである!
「ああああああ!粉砕しちゃったああああああ!」
「なんだと!?このバカ!ああああああ!」
「うわあああ剣来る剣来る剣うわああああああああ!」
……そうして、『なんか重さ変わりましたけど!?天秤揺れまくってますけど!?』とばかり、像が動き出す。バカは、横に飛んで海斗を攫うようにしながら逃げ、そこに海斗を下ろしたら、自分に向かって振り抜かれた剣をじっと見つめて……。
「でえええりゃあああああああああ!」
ぱしっ、と。
……巨大な剣の刃を、両手で挟んで受け止めた!
「うおりゃああああああああ!」
更に、バカは両手で挟んだ剣の刃をねじるようにして動かす。すると、像の手から、剣が離れた。
「うわああああああああああ!」
そのままバカは、奪い取った剣を構え直して……振り抜く。
大上段から、一直線に。像の、脳天に向かって。
「……成程な。僕はまだまだ甘いらしい。デスゲームは、こう、か……」
「海斗無事でよかったぁあああ!よかったあぁああああ!怖かったぁあああ!」
……そうして、バカが力任せにぶん回した巨大な剣によって、正義の像は真っ二つに叩き切られ、後にはぴーぴー泣くバカと、どこか悟りを開いたような海斗が取り残されたのだった!
「……あのな、樺島。僕は、『いざとなったら僕を見捨ててでもお前自身の安全を確保しろ』と言ったばかりだったが?」
そうして2人とも無事に生き残り、カードも取得できたところで……お説教が始まる!
「そんなこと言ったってぇえ!無理だよぉ!俺、バカだもん!咄嗟に動いちゃうもん!」
「ああ、そうだな……お前はそういう奴だったな……」
海斗はお説教一発目から、頭を抱えてしまった。それはそうである。バカは死んでも治らない、というのは本当なのである!
「……心配だ」
「ごめん……」
遠い目をする海斗と、しょんぼりするバカは、そのまま3分ほど休憩することにした。
……何やら、とても疲れた気分だったので……。
「……さて。そろそろ、戻ろう。七香さん以外も戻ってきているかもしれないし……四郎さんとタヌキも心配だし……」
「あっ!海斗ぉー!この剣、持ってってもいいかぁ!?駄目かなぁ!?」
「……持っていってもいいが、ちゃんと管理するんだぞ」
「分かったぁー!やったー!でっかい剣!かっこいい!」
そうして、バカは像から奪い取ってしまった巨大な剣を担いで、スタコラと海斗を追いかけていく。
2人で個室に入り……そこで、『この巨大な剣、個室に入れるのでギリギリだが、本当に持っていくのか』『持っていく!』とやり取りをしつつ、『大広間』のボタンを押す。
「……さて。これで僕らのアルカナルーム攻略は一旦打ち止めかもしれないな。まあ、お前が1人で10番の部屋を攻略するというのなら、止めないが……僕は現状、1人で1番を攻略しに行く気は無いのでね」
「あ、そっかぁ……俺達、次になんかやろうと思ったら、1人ずつになるか、別の人入れるかしなきゃいけねえのかぁ……」
バカは、『大変だぁ』とぽんやり思いつつ、『俺、1人で10番行こうかなあ、どうしよっかなあ』と考えつつ、首を傾げていたのだが……。
「まあ、待っていることになったとしても、退屈はしないだろう」
……海斗は、そう言って笑った。
「今回は、僕の『リプレイ』が役に立ちそうだからな」




