ゲームフェイズ1:『9』隠者2
「なん、で……って、うーん……」
早速、ヤエは悩み始めてしまった。『願い』すらはっきりしていないのだから、そのあたりも言葉にするのが難しいのかもしれない。
「……その、僕の憶測になるんだが」
そんなヤエを見て、海斗はちょっと迷いながらも、話す。
「ヤエさんの動機は、積極的なものじゃなくて、消極的なものだったんじゃないかと、思う。どうだろう」
「消極的な……」
バカにはよく分からないが、ヤエには何か、思い当たるものがあったらしい。小さく頷いている。だが、そこから新たに言葉を紡ぎ出すことは、まだできないらしい。
……海斗はまたちょっと迷って、それから、口を開いた。
「……ちょっと、僕の話をさせてほしい。その、何かの参考になるかもしれないし、そうでなかったとしても、まあ……こういうバカな奴が居るんだ、と笑ってもらえるかもしれない」
「僕は『小説の賞を取りたい』という願いを叶えるために、デスゲームに参加したことがある」
「え?」
海斗が話し始めると、ヤエは早速、びっくりした顔をしてしまった。それはそうである!普通の人は、悪魔のデスゲームなんかに何度も参加しない!
「ああ……その、僕と樺島は、2回目なんだ。『悪魔のデスゲーム』に参加するのは」
「そう……だったん、ですか」
ヤエは『そんな人、居るんだ……』とでもいうかのような顔で、ぽかん、とバカと海斗とを見ている。バカは、『そんな人、居るんだよぉ』とにっこりした。
「まあ、それで僕の『前回』の話なんだが……その、実際、『小説の賞を取りたい』という願いは、特に叶えなかったんだ。全員で生きて脱出することを優先したから。それに……まあ、叶える必要が無い望みだと、分かったから」
海斗は、ちら、とバカを見て、ちょっと恥ずかしそうに笑った。なので、バカも、にへ、と笑っておいた。
「結局のところ、デスゲームが終わって、気づいたんだが……どうやら僕は、『デスゲームに参加してでも小説の賞を取りたかった』というわけではなかったらしい。ただ……」
海斗は、ちょっと目を伏せて、それから、ちょっと笑って……何でもないことのように、言った。
「……ただ、死んでしまってもいいな、と、思っただけにすぎなかった。自分が何を望んでいるのかも、よく分からないまま」
海斗がそう言うと、ヤエは、何か……暗闇の中で光を見つけたような顔をした。ヤエの口が小さく、『私も』と、動いた。……海斗はそれを見て、ちょっと目を見開いて、それから、苦笑した。
……ヤエが海斗を見て、『仲間が居る』ことを知ったのは喜ばしいことで……同時に、ちょっと悲しいことだ。『死んでしまってもいいな』と思うことなんて、無い方がいいのだろうから。
「……恥ずかしい話なんだが、僕のところは家族仲がそんなに良くない。いや、悪くはない、とは思うんだが……何でも気兼ねなく話せる間柄じゃ、ないみたいでね。だが、幸か不幸か、その、僕は勉強だけは人並み以上にはできてしまったから……親の期待が、どうにも息苦しかった」
海斗が苦笑しながら、『さて、どう話したものか……』と少し考えていると。
「うちも」
ヤエは、今度こそちゃんと、声を出していた。
「……うちも、同じ、かんじで……その」
それから、ヤエはちょっと困って、『どう話したものか……』というような顔をした。海斗とちょっと似ている。
……だが、海斗よりも喋るのが得意じゃないらしいヤエの言葉は、出てくるまでに時間がかかる。勿論、バカも海斗も、それで構わない。のんびり、ヤエの言葉を待っていると……。
「……私、心臓が変なんです。すごい、強いらしくて」
……ヤエは、そう、話し始めてくれた。
「心臓が?」
「はい。あと、肺も。……普通の人より強いって、お医者さんで、言われました。だから、他の人が倍以上努力しないと出せないような記録、いくらでも出せる、って……」
バカは、『ああ、そういう人いるんだよなあ……』とうんうん頷いた。尚、バカの先輩がそのタイプである。心肺が滅茶苦茶に強いらしいその先輩は、バカ達が息切れしていても全く息切れせず、爽やかに笑って『ずどどどどどど』と走り去っていくタイプである。
「……生まれつきの長距離走者だ、って……そういう才能だ、って、言われました」
……だがヤエは、その『生まれつきの長距離の才能』を、あまり嬉しく思っていないのかもしれない。そういう顔をしているように見えた。
「そうか……。まあ、生まれ持ったものがあるのは、羨ましくもあるが……いや」
海斗も、バカと同じように思ったらしい。ヤエの顔を見て、ちょっと口を噤んで……そして。
「……疎ましいことも、あるよな」
……海斗の言葉に、ヤエは、こくん、と頷いた。
「その……僕は生憎、君のように何かに才能があるわけじゃない。勉強は多少できる方だが、それだけだ。それだって、僕の上位互換は幾らでも居る。ただ……会社経営をしている父の元に生まれてしまってね。おかげで僕は、生まれた時から社長の座を継ぐことが決まっている。ある種、『持って生まれたもの』だな」
海斗は苦笑して、それから、ふ、とため息を吐いた。
「……息苦しいんだ。周囲の期待も、それにうまく嵌まることができない自分も。息苦しい」
ヤエは黙って、こくん、とまた頷く。
……そうして、ヤエは、小さく口を開いた。
「頑張らなきゃ、いけないのかな。向いていることを、向いてるから、頑張らなきゃ、いけないのかな、って……ずっと、思ってて……」
「うん」
「……私、脚が駄目になった時、もう頑張らなくていいんだな、って、なんか、そればっかり、思ってて」
「……うん」
海斗が静かに聞いていると、ヤエの言葉は少しずつ、加速していく。今までずっと出せなかったものが、段々、するすると出てくるようになっていくようだった。
「心臓が強くても、他の人より、苦しくなくても、でも、苦しいのは、苦しいし。記録、出たって、苦しいのは、変わんないし……走ってる時、ずっと、一人だし……なんか、なんでこんなことしてるんだろ、って、いっつも、思ってて……」
ヤエの気持ちは、多分、ずっとそこにあったのだろう。それを出すことができないから、言葉にしていなかっただけで。
「だから、多分私……長距離、嫌い、なんです」
……きっとヤエにとってはとんでもなく大変な一言を、ヤエはようやく、口に出した。
「嫌い、なのか。走るの」
「……はい」
バカがそっと聞くと、ヤエははっきりと頷いた。改めて、自分の意思を確かめるかのように。
「となると……その、もう走れないことが辛いわけじゃ、ないんだな」
「はい。……あ、その、不便、とか、そういうのは、思うんだけど……うーん……」
海斗の問いには、ちょっと考えて、それからヤエはまた、頑張って言葉を積み上げていく。
「別に、長距離は、どうでもいい。けど……親も友達も先生も、皆、私の記録とか、長距離のこととかばっか、気にするから。それは、嫌だった、と思います」
そうしてヤエは、苦い顔でそう言った。
「皆、私は長距離が好きなんだって、それが当たり前だって思ってて、部活のこととか、大会のこととか、スポーツ推薦のこととか、気にしてるの。私、気にしてないのに。『修学旅行どうしよう』とか、『スカートもう履けないじゃん』って、そっち、気にしてるだけなのに……ほんと、なんなの、ってかんじで……」
ヤエの言葉には苛立ちが滲んでいた。
今まで大人しく、物静かで、喋ることも少なかったヤエの感情的な言葉を聞いて、バカは、『ああ、ヤエだっていっぱい、思うこと、あるよなあ』と、思う。
……そして、今、ヤエが感情を出せていることを、嬉しく思う。ヤエが辛いこと自体は嬉しくないが。だが、抱え込んでいるよりは、言葉にできた方がいいだろうから。
「スポーツ用の義足とか、要らないし。もう、走るのも、体重制限も、やりたくないし。……でも、スポーツ推薦で大学、行くつもりだったから、今更、どうしていいのかも、わかんなくて……」
そうして、ヤエは俯いた。声が震えて、滲んで、バカまで泣きそうになってくる。
「……ほんとに、息苦しい。毎日毎日、ずっと長距離走らされてるかんじ。バカみたい。もう、脚、無いのに」
……バカがポッケからハンカチのマシなやつを出してヤエにそっと渡すと、ヤエは黙って受け取って、目元をハンカチに埋めて、じっと蹲っていた。
バカは、ぽふ、ぽふ、とヤエの背中を優しく叩いていた。しばらく、ずっと、そうしていた。
「……頑張らなくても、いいんじゃないか」
そうしてバカがヤエをぽふぽふやっていると、海斗がふと、口を開いた。
「その……僕は、人にアドバイスできるような立場でもないが。だが、気持ちは分かる……いや、その、そう言うのも不誠実だろうか……」
海斗が迷うように視線と言葉の端っこを彷徨わせていると、ヤエが、ふるふる、と首を横に振った。きっと、『不誠実じゃないよ』と。
それを見て海斗はちょっと笑うと、よいしょ、と座る姿勢を少し崩して、また喋り出す。
「実はな、僕は……その、最近、やっと父と母に、言えたんだ。『息苦しい』ってことを」
「えっ、そうなのか!」
これにはヤエより先に、バカがびっくりした!……海斗がどういう環境に居て、どういうことを思っているのかを一番聞いて来たのは、間違いなくこのバカ、樺島剛なのである。そんなバカであるので、海斗のこの発表には『おめでとう!』としか言うことがない!
「上手く伝わったかはさておき……2人とも、驚いてたよ。今まで僕が、ずっとそう思っていただなんて、知らなかったらしい。それどころか、僕が泣きごとを言うことすら、知らなかった。……案外、知らないものなんだよな。他人が何を思っているかなんて」
バカは、うんうん、と大いに頷いた。……バカはバカなのでアレだが、まあ、他の人が何を思っているのか、分からないことばかりである。
だからこそ、分かるように頑張らなきゃなあ、と、思っている。
「父も母も、人の上に立つのが得意な人達だからな。それが苦手な人間が居るってことを知らなかったんだろう。ましてや、その人が得意なものを嫌っているケースなんて、外から見ていたら想像がつかないだろう、とも思う。君のケースのように」
ヤエが、バカのハンカチから顔を上げて、海斗を見つめた。それに、海斗はちょっと気まずげに笑い返す。
「だから……まあ、その、君も、話してみても、いいんじゃないか。面倒だろうし、勇気が要るだろうが……」
「……はい」
こく、と頷いたヤエの背中を、『がんばれ!』と、ぽふぽふやって、バカはにこにこした。
海斗が両親と何か喋れたというのならば、ヤエだってきっと、できるだろう。……できなかったとしても、バカや海斗が話を聞くことはできるだろう。
だからきっと、これからちょっと、何かがいい方向に動くんじゃないかな、と、バカは思うのだ。
「なあ。ヤエさんは、趣味はあるか」
そうしてヤエが顔を上げたところで、海斗はヤエにそう、問いかけた。
「趣味……?」
「ああ、そうだ。……僕は、向いてはいないが趣味はあってね。小説が好きなんだ。読むのも、書くのも」
ヤエは、『小説……書く、んですか』と呟いて、ぽかん、としていた。バカはそんなヤエを見て、分かる分かる、と頷いた。小説を書ける人が居るなんて、バカとしてはびっくりなのである!
……小説を書ける人が居るからこの世に小説があるのだが、そこらへんはイマイチ実感が持てていないバカなのだ。何せ、バカなので。
「だが、書いて食っていける程でもないから、そっちは諦めてる。諦めてるが……続けては、いる。趣味だから」
海斗が小説を書き続けていることを、バカは知っている。……バカは、海斗が書いたちゃんとした小説を……バカ向けじゃないやつを、読ませてもらったことがあるのだ。
それは難しくて、バカには全部理解することはできなかったが……なんとなく、静かな海のような印象を受けた。寄せては返す波を、遠い水平線を、深い青を、なんとなくイメージしたのだ。……それだけ海斗に伝えたら、海斗は『そうか』と、とても嬉しそうに笑っていた。バカはそれをはっきりと覚えている。
「まあ、僕はこれからも、こうやってなんとか生きていくつもりだ。向いていない経営の勉強をしながら、趣味の小説を書いて……それでもなんとか、生きていかなきゃいけない。……生きていてもいいかな、と、最近、思うようになった」
「最近まで思ってなかったのぉ!?」
「ああ樺島、ちょっと離れろ。お前は黙ってろ。今はその話はどうでもいいだろ……」
が、バカとしては中々聞き捨てならないことを聞いた気がして、バカは海斗に飛びついた!生きていてもらわなきゃ困る!困る!
……と、バカと海斗が『海斗ぉおお!』『離れろこのバカ』とやっているのを見たヤエが……くす、と笑った。
「……あの、樺島さんが居るから、ですか?」
「……まあ、それもあるかもしれない」
海斗は、なんとももにょもにょした顔でそう言って、今度こそ、バカを『ぺいっ』と引き剥がした。
「と、とにかく……何か、趣味があれば人は生きていけるものだ。と、僕は思う。進路は、まあ、なるようになるさ。やりたくないことをやらなきゃいけないこともあるだろうし、やりたいことができないことだってあると思う。思うが……趣味は、自由だ。何を好きでいるかは、自由だから」
海斗が言葉を締めくくると、ヤエはまたちょっと俯いて、何か考えている様子だった。
「私、は……」
……そうして、ヤエは、小さな声でぽつんと言った。
「やっぱり……陸上、好きだったのかも、しれません」
バカと海斗が、うんうん、と頷いて聞いていると、ヤエはまた考えて、ちょっと首を傾げた。
「……ううん。やっぱ分かんない。他にやったこと、ほとんど何も無いから……何が好きなのか、よく、分かんない……」
バカは、『ああー、分かる分かる!一個しか作業したことないと、その作業が向いてるのかどうか分かんねえよなあ!』とにこにこ頷いた。身に覚えがものすごくあるバカなのである。
「なら、色々試してみてもいいんじゃないか」
海斗がそう言うのを聞いて、バカも『その通り!』と頷く。やっぱり人生、トライアンドエラーである。エラーばっかり起こしているバカが言うのだから間違いない。
「まあ、折角、脚が無くなったことだし……あ、いや、その、そういう言い方は、不謹慎だったよな。すまない。謝罪する」
……が、うっかり海斗がそんなことを言ったものだから、バカも海斗も、『あわわわわわわ』となって……しかし。
「ううん。いい。その、大丈夫です」
ヤエは首を横に振って、陽だまりみたいな笑みを浮かべていた。
「……本当は、そう言ってもらいたかったの、かも。……ちょっと、嬉しかった、です」
「そ、そうか……うん、なら、よかった」
海斗は『そうか、まあ、そういうこともあるよな……』と苦笑しながら、笑い返した。バカも、にっこにこの満面の笑みであった!
「さて……じゃあ、そろそろ戻るか。よし」
そうして海斗が立ち上がって、ヤエも頑張って立ち上がる。……バカは『俺の肩、掴んでいいぞ!』と喜んでヤエの支えになった。
「……帰り道も、慎重にいかないといけないのか。いや、光源を持っていけば往路よりはマシか……?」
が、立ち上がった海斗がなんともげんなりした顔なので……ここで、バカの出番である!
「あ、帰り道は任せろ!どこが出口かは俺、覚えてっから!じゃ、海斗も運ぶぞ!」
ということで、バカはヤエを小脇に抱え、海斗も小脇に抱えた。……小脇に抱えられたヤエは、『へ?』と困惑していたが……海斗は、慣れたものである。
「待て樺島。あのな、僕は、お前が何をしようとしているのかなんとなく想像はつくが……」
海斗は、深々とため息を吐いて、言った。
「……何をするつもりなのか、ちゃんと宣言してから跳べ」




