ゲームフェイズ1:『17』星2
「霧……は、出なかった、な……?」
「そう、よ、ねえ……?『霧は晴れる』って言われたって……無いもんはしょうがないじゃない……?」
海斗と五右衛門が石板の前で唸っている。バカはおろおろしている!
「ええー……『願いを映す泉』だって言うんだったら、その、何か映らないとおかしいですよね?ですよね?」
「うん……」
タヌキとバカも困ってしまっている。だが……一番困惑しているのは、多分、ヤエだろう。
「……何も、無かった、です、よね……?」
……ヤエは、『願いが何も無かった』ことに、困惑している様子だった。
「え、えっとぉ……ヤエちゃん、確認なんだけどぉ……」
そんなヤエに、五右衛門が戸惑いつつもそっと話しかける。ヤエは少し、緊張した面持ちだったが、こくん、と頷いた。
「ヤエちゃん……さっき、脱出できなくてもいい、って、言ってたじゃない?それってつまり、『叶えたい願いが無い』ということ……なの、かしら?」
ヤエは五右衛門の問いに、ちょっと考えている様子だった。だが……やがて、ヤエはこくんと頷いた。
「多分、そう、なんだと思い、ます」
ヤエがそう言うものだから、五右衛門は『ほ、本当にぃ……?』と、ちょっと途方に暮れたような顔になってしまった。
「脚を治したくは、ないの……?或いは、治療費が欲しい、とか……」
「あ……」
……そして続いた五右衛門の問いに、ヤエは、ちょっと、怯んだ。怯んだように、見えた。
何かを怖がったような、そんな反応だったから、バカは『おや?』と思った。……すると。
「……分からない、です」
……ヤエは顔を伏せて、じっとしている。……話しては、くれなさそうだ。
「そ、そう……ごめんなさい、話したくないこと、聞いちゃった、わよね……?」
「いえ……」
五右衛門は、非常にぎこちない。ヤエも、非常にぎこちない。
なので、見ているバカと海斗とタヌキもまた、ぎこちない!全員、とってもとっても、ぎこちないのであった!
ぎこちなさすぎて『ぎこぎこ……』と音がしそうなくらいな空気の中、タヌキが『ささ!一旦戻りましょ!じゃなきゃ、発表フェイズとやらに入ってエレベーターが止まっちゃいますよ!』と提案してくれたため、全員、やっと動き出した。
……が、全員乗り込んだエレベーターが動き出して、大広間に到着するまでの間も、非常に、非常に……ぎこちなかった!ああ、ぎこぎこ!
「あ、デュオ達、まだ戻ってない……」
大広間に戻ったバカ達は、大広間を一通り見回して、『まだだった……』としょんぼりした。つまり、このぎこちない空気は続投であろう。
「あー……アタシ、ちょっとあっちの方、見てくるわ。よく考えたら、まだこの大広間、そんなに見てないし……」
……が、流石にこの空気に耐え切れなくなったらしい五右衛門が、ぎこちなく笑って、去っていった。……この大広間、特に何も無いのだが、まあ、ちょっと歩き回るくらいのことはできる広さである。バカは五右衛門を見送りつつ、『俺もお散歩しようかなあ……』とちょっと思った。
「あ、えーと、私は……」
……そして、タヌキは。
「ヤエさん!どうぞ!撫でていいですよ!」
……タヌキは、もふーん!と、その場にひっくり返ってお腹を見せた!
「私!心は成人男性ですが!ボディはタヌキ!ふわふわの、いい毛並みですので!毎日ちゃんとお風呂入って、コンディショナーで整えている毛並みをご堪能ください!」
タヌキの、この献身的な姿勢にバカは『ああ、タヌキって、本当にいい奴だぁ……』と、心の底から尊敬の念を送った。タヌキは、すごい。ぶれない。
タヌキは『あっ!でも床だとちょっと撫でにくいですよね!じゃあ個室のベッドつかいましょ!アレ、ソファ代わりに丁度いいですよ!さあさあ!どうぞどうぞ!』と、ヤエを誘って適当な個室に入っていった。
ああ、タヌキって、すごい!
……そうして、ヤエはベッドに腰かけ、傍らで寝っ転がったタヌキを、もふ、もふ、と撫でることになった。
タヌキは『どうですこの毛並み!』と誇らしげであったし、ヤエは段々元気が出てきたらしく、『いい毛並み』と、ちょっと笑うようになった。ああ、タヌキってすごい!
「……タヌキ、すごいな。自分の役割というか、持っている武器を、完璧に把握している……」
「うん……タヌキ、すげえよな……七香も元気にしちゃうし、ヤエも元気にしちゃうし……」
そんなすごいタヌキと、ちょっとずつ元気が出てきたらしいヤエの様子を見て、海斗とバカは『すごい』『すごい』とひそひそ話すことになる。
ヤエとタヌキを遠巻きに眺めていると、2人は何やらちょっと話しているようであった。とはいえ、タヌキがひたすら喋って、ヤエがちょっと頷いたり、ごく短く返事をしたりしているだけのようには見えるが。それでも、ヤエの気が紛れるのなら、よいことである。
「……ヤエちゃん、どお?」
そんなヤエの様子が気になったのか、お散歩していた五右衛門が、そーっ、と戻ってきた。
「あ、ヤエ、タヌキ撫でてちょっと元気になったみたいだぞ!」
「そお……よかったわ」
バカが報告すると、五右衛門は個室の中のヤエを遠巻きに眺めて、ひっそりとため息を吐いた。
……五右衛門としては、ヤエに対して思うところが色々とあるのだろう。だが、結局のところは『ヤエを助けたい』と思っているようなので……今、ヤエがちょっと元気になったのを見て、ちょっと安心しているようである。
「アタシったら……もうちょっと、器用にお喋りできれば、いいんだけど」
五右衛門はそう言って、今度ははっきりと、ため息を吐いた。
「……駄目ね。なんか、ヤエちゃん相手だと、緊張しちゃって。あのね、アタシ、ホントはもうちょっと、口が回る方なのよぉ?一応、客商売だし?トークが楽しいってことでリピート頂いてることもあるし?」
ちょっとおどけてみせて、五右衛門はそんなことを言うが、またすぐに、しゅん、としてしまう。
「だってのに、本当に、大事にしなきゃいけない人の前だと、こう、だなんて……」
「そういうこと、あるよなぁ……。本番だけうまくいかないこと、いっぱい、いっぱいあるよなあ……」
バカも、ちょっと自分のことを思い返してみる。バカはバカで、最近だと……資格試験に落ちている!スカウト天使資格を取ろうと思ったのに!失敗しているのである!海斗にも、散々、勉強に付き合ってもらったというのに!あんまりである!
……と、思い出して、五右衛門よりも更にしょんぼりしてしまったバカであったが、その横で、やっぱり五右衛門もしょんぼりしているのである。
「……加害者の分際で何か言うだなんて、っても、思う、んだけどね。何か、何かしたくて……」
バカは、そんな五右衛門の顔をちら、と見て、そこで初めて、五右衛門がお化粧していることに気づいた。同時に、多分、目の下の隈を隠しているのだろうなあ、ということも、なんとなく分かった。
「あの、そういうの、あんまり気にしなくていいと思うぞ……」
「……そうかしら」
五右衛門は疲れた笑みをちょっと浮かべていた。……多分、『それは違うでしょ』と思っている。そういう顔だ。
その気持ちはバカにも分かる。『ミスをしても気持ちを切り替えていけ』というのは、中々どうして難しい。ましてや、そのミスで明確に割を食った人が居て、その人が辛い思いをしているのが分かっているなら……自分が気持ちを切り替えるのが本当にいいことなのかも、よく分からなくなる。
相手のために何か埋め合わせをしたくても、自分にはなにをどうやっても埋め合わせできないということは、往々にして、よくある。取り返しのつかないことなんてこの世になければいいのだが、残念ながら、そうもいかないのだ。
「……俺は、そう思うよ。でも、ヤエがどう思ってるかは、分かんねえもんな……」
「……そうね。アタシも、分からないわ。ヤエちゃんが、どう思ってるのか……何をしたら、ヤエちゃんの助けになるのかすら……」
今のバカにできることは、五右衛門に寄り添っていることだけである。『もっと何かしたいけれど、何をしたら五右衛門の助けになるのか分かんねえもんなあ』と、しょんぼりするバカなのだった。
そのまま、ちょっと沈黙していたバカと五右衛門だったが……ふと、五右衛門が零す。
「ヤエちゃんを脱出させたい、と思っていたけれど……それを望んでない、のよね。彼女」
……それは、バカも気になっているところである。大いに、気になっているところである!
「だよなあ?あと、脚、治したい訳でもない、んだよ、なあ……?」
何せ、ヤエには明確に、『これを願えばいいのでは?』という、バカからのアドバイスがあったのだ。
そもそも、どうもヤエはこのデスゲームで『脚を元に戻す』と願う発想すらも無かったようだから……やっぱりちょっと、不思議なのである。
脚を戻したいのでもなければ、一体、何故、デスゲームに参加したのだろうか。
「あの、ヤエって、陸上部だったんだろ?……だから、その、脚、戻したいんじゃないかな、って、思ったんだけどさあ……」
「……そうよねえ」
五右衛門は、バカの言葉に大いに頷いた。
「アタシも、そう思ったのよ。ついでに……まあ、ヤエちゃんの脚を戻せたなら、償いって意味でも丁度いいと思ったのよねえ……」
……どうも、五右衛門はそういうつもりでこのデスゲームに来たらしい。
そういうことなら、納得がいく。五右衛門は、『ヤエを助けたい』から、このデスゲームに来たのだろう。或いは、『ヤエの脚を治す』とか、『自動車事故を無かったことにする』とか、そういう願いを叶えるつもりだったのかもしれない。
以前、宝物がいっぱいの部屋から金インゴットを沢山持ち出していたのも、ヤエの脚の賠償金の足しにするつもりだったのかもしれない。まあ、つまり……五右衛門は、そのためにここへ来たのだろう。
「ヤエちゃん、どうしたら幸せかしら。アタシ、何ができるのかしら……」
が、五右衛門はさておき、問題はヤエである。バカは、『うーん……』と唸りつつ、頭の上に儚く『?』マークをほやほや浮かべることになってしまう。
……何か、できることがあってほしい。取り返しがつかないことだって、別の形で埋め合わせられるなら、それに越したことはない。何もできず、何でも埋め合わせられない、というのは、あまりにも、辛い。それは、バカにもなんとなく分かる。
「でも、ヤエ、何も願いが無いんだろ?どうしよ……」
だが、先程の部屋の光景を思い出してみても、バカは頭を抱えるしかない。何せ、ヤエの願いを映した結果、『何も無い!』ということになってしまったのだから!
あそこで何も出てこなかった以上、ヤエには『願い』が無い、ということになるのだろう。何も望んでいない人に、してあげられることはあんまりにも少ないのだ……。
だが。
「……ヤエさんは何も望んでいない、のではなく、何を望んでいるのか自分でもよく分からないだけ、なんじゃないか?」
今まで黙って何か考えていた海斗が、ふと、そんなことを言った。
「え?それって……」
「その、よくあることだろう。思い全てを言葉にできるものではないし、そもそも自分で何を思っているのかも考えられないことだってあるし……」
海斗がなんとも気まずそうに話すのを、バカも五右衛門も、ぽかん、としながら見ていた。
……そして。
「……僕が、少し話してみようか」
海斗がそんな提案をしたものだから、バカも五右衛門も、いよいよ目を丸くするしかない。
「いや、その……」
海斗は海斗で、『出過ぎた真似をしている気がする』とか、『そもそも僕が適任かも分からないが……』とか、なんだかもにょもにょ言いながら……でも、ちら、とバカの目を見てから、ちょっと笑って、言った。
「僕は……『本当に叶えたい願いがはっきりしていないのにデスゲームに参加してしまった人間』の気持ちなら、多少、分かるから」




