ゲームフェイズ1:大広間3
「えっ……ええっ!?なんで!?七香、アルカナルーム入らないのか!?」
「ええ」
「カードを集めることは諦めている、ということだろうか……?」
「そう受け取って頂いて結構です」
バカも海斗も、七香に問いかけるが七香は涼しい顔でさらさら答えるばかりである。バカは、『こういうの何て言うんだっけ!?暖簾にタックル!?』と混乱していた!
「あ、あの……七香さん、本当に、いいんですか……?」
「ええ。……このゲームフェイズは様子を見ます」
タヌキが七香の足元にそっと近づいていっても、七香は表情一つ動かさない。
……ならば、仕方がない。バカ達は3人で、チーム分けをすることになったのであった。
「さて……となると、実質2択だな。樺島が1人になるか、タヌキが1人になるかのどちらかだ。……僕が1人になる分け方だと、樺島とタヌキで合計は『13』。そして13番のアルカナルームは、既に五右衛門さんとヤエさんが入っているからな」
バカは、『そういえばそうだった』と思いつつ、『だとすると……』と考えて……。
「あの、でしたら私が1人になります」
……そして、バカより先に、タヌキが結論を出した。
「私と海斗さんが組むことになると、1+3で合計は『4』です。四郎さんが1人で入れる部屋を潰してしまうことになりますので……それは不義理かなあ、と……」
「……そうだな。まあ、『4』の部屋は、四郎さんが1人で入るか、僕とタヌキが2人で入るかのどちらかしかない部屋だ。後に回しても問題無いか」
どうやら、タヌキは四郎に遠慮する形にするらしい。バカは、『四郎はいい奴だし、タヌキもいい奴!』とにっこりした。
だが、にこにこばかりもしていられない。何せ……タヌキは、1人でアルカナルームに入ろうとしているのだ。
「だ、大丈夫か?タヌキ、1人でも……」
バカが心配して、おろおろ、とタヌキに声を掛けると……タヌキは、しゃん、と胸を張った。
「はい!大丈夫です!……どのみち、いつかはやらねばならないことだと思っておりましたので!」
タヌキはそう言って、尻尾をぴこん、と揺らした。健気なことである。
「それに、七香さんはお一人でも大丈夫だったんですよね?なら、私にだってきっとできるはずです!」
タヌキは更にそう続けて、相変わらずのんびりしている様子の七香の方を、ちら、と見た。……七香も、ちら、とこちらを見たが、特に何も言わず、またのんびりし始めたので何を考えているのかはよく分からないが……。
「あっ、それから、私も一応、四郎さんの真似っこをしてみようと思うんですよ。5分待って、どなたかが戻ってきたら、一緒に組みませんか!と誘ってみます!
「そうか……分かった。そういうことなら、僕と樺島は2人で11番に入ってくる」
……結局、こうしてタヌキは1人で残ることになり、バカと海斗は2人で『11』のアルカナルームへ向かうことになったのだった。
「えーと、11番に繋がってるエレベーターはどれだ……?」
ということで、早速、バカは『えーと、11番はどこだっけ』と考える。
……今回のゲーム、覚えることが多すぎるのだ。なのでバカは最早、覚えることは諦めつつあるが……『何番の個室が何番のアルカナルームに繋がるエレベーターなのか』も、分からないと一々確認しなければならないので大変なのである。
「……むつさんの個室か、五右衛門さんの個室だな。なら、またむつさんの個室を借りるか……」
「えっ!?海斗、もうどこに何が繋がってんのか覚えたのか!?」
が、一方の海斗は個室を確認せずとも、目的のアルカナルームに繋がる個室がどれか、分かるらしい!バカは『やっぱり海斗、頭いいなあ!』と目を輝かせた!
「覚えたわけじゃない。法則を理解しただけだ」
「法則ぅ?」
海斗は謙遜しているようだったが、バカからしてみれば『法則を理解した』も十分にすごい。『法則』ってなんだかかっこいい!とバカは余計に目を輝かせるばかりである。
「ああ。……どうも、このゲーム、『セフィロト』をモチーフにしているらしいからな」
……が、バカは、唐突に出てきた謎の単語を聞いて、首を傾げる。
せふぃろと、って、何だろうか、と……。
海斗は、そんな様子のバカを見て『ああ、知らないか。なら、アルカナルームで説明する』と、バカを連れてむつの個室に戻り、そしてエレベーターで『11』の部屋へと向かう。
……そして、個室のドアが閉まり、エレベーターとして作動し始めたところで……。
「樺島。このドアの内側に描いてある模様、見たか?」
「え?うん。なんか描いてあるよなあ」
……個室のドアの内側。そこにある模様は、バカも最初に確認している。
10の丸が、22の直線で繋がっている。そんなかんじの……縦長の六角形を思わせる形の、そういう模様だ。
「これが、『セフィロト』。生命の樹、とも訳されることのあるモチーフだ」
「せふぃろと……」
海斗に説明してもらって、バカは首を傾げる。やっぱり、バカには聞いたことのない単語なのだ。
「……樺島。お前、『セフィロト』は知らないらしいな……。色々な物語に引用されることの多いモチーフなんだが」
「ごめん……わかんない……」
残念ながら、バカはエヴァは見たことないし、メガテンやったことも無いのだ。だからセフィロトと言われても全くピンとこないのである。
「……まあ、これだ。この、ドアの内側の図。これがセフィロトの図だと思ってくれ。10の丸は『セフィラ』を示す。そして、10セフィラ同士を繋ぐ線が22本だ」
「10のセフィラ……22の線……?」
バカは、改めてそれを聞いて……『なんか聞いたことある数字だぞ……?』と思う。そんなバカを見て、海斗は少し笑った。
「そういうことだ。恐らく、僕ら参加者は10人で、それぞれ『セフィラ』を示す。そして、22のアルカナルームが、それぞれを繋いでいる、という訳だ」
それから海斗は、『セフィラ』について説明してくれた。
1番のセフィラは、『ケテル』。王冠を意味する。
2番のセフィラは、『コクマー』。知恵を意味する。
3番のセフィラは、『ビナー』。理解を意味する。
4番のセフィラは、『ケセド』。慈悲を意味する。
5番のセフィラは、『ゲブラー』。峻厳を意味する。
6番のセフィラは、『ティファレト』。美を意味する。
7番のセフィラは、『ネツァク』。勝利を意味する。
8番のセフィラは、『ホド』。栄光を意味する。
9番のセフィラは、『イェソド』。基礎を意味する。
10番のセフィラは、『マルクト』。王国を意味する。
それら10のセフィラを繋ぐ線22本には、それぞれ、大アルカナ……タロットカードでお馴染みのアレが、割り当てられているらしい。
が、海斗は『すまないが、流石に記憶が……。大アルカナ全ての番号と内容を一致させられる自信はない……』とのことだった。バカはそもそも1つも分からないので、『気にするなよぉ!』と海斗の背を叩いて元気づけた。海斗はなんかちょっと複雑そうな顔をしていた!
「で、『セフィロト』が、10のセフィラと22の大アルカナ……つまり、僕らの『10の参加者』と、『22のアルカナルーム』で構成されていることは分かったな?」
「うん!それは分かった!」
バカはバカなので、『で、何番が何なんだったっけ……?』というところは、右から頭に入って既に左から退出済みなのだが、ひとまず、『10人で22のアルカナルームを攻略する!』というところと、『それがセフィロトってやつと似てる!』というところは理解したし、覚えた。
「それで……そのセフィロトには、『隠された11番目のセフィラ』が存在すると言われている」
「へ?」
「11番目のセフィラは、『ダァト』。知識を意味する、隠されたセフィラだ。位置は……ここ。コクマーとビナーの間であり、ケテルとティファレトの間だな」
海斗は、ドアの内側の一点を指し示す。
……確かに、そこにもう1つ丸があるとなんかちょうどいいかんじだなあ、とバカは思う。
だが……ここにもう1つ丸がある、ということは……大変なことなのではないだろうか!
「つまり……個室がもう1つあって、0番の人が居る、んじゃないかと思った、んだが……」
「つ、つまり……前回の木星さんみたいに、ってことぉ!?」
「まあ、そういうこと、か……うん」
……もしかしたら!今回のゲームにも、『本当はもう1人居る』のかもしれないのだ!
バカ、びっくり!
そんな話をしている間にもエレベーターは目的の場所に到着したのだが、バカと海斗はもうちょっとお喋りしておく。
……何せ、2人きりでお喋りしていられる時間は、貴重なのだ。やっと得られたこの時間で、ちゃんと情報共有しておかなければならないのだ。
「……それから、気になる点が2つある。1つは、『0』のアルカナルームだ」
「あ!俺もそれ気になってる!あれ、どういうことだ!?どうやったら、足し算して0になるんだ!?」
そう。バカもコレは気になっていた。
今回のゲーム……最初から、『どう足掻いても入れない部屋』が生じてしまっている。それが、『0』のアルカナルームだ。
ルール説明では、『22のアルカナルームを攻略する』とあったが、『0』のアルカナルームがある以上、実質、攻略できる部屋は『21のアルカナルーム』だけなのである!
「……可能性としては、『何か条件を満たすと腕輪の数字がマイナスになる』ということが1つ考えられる。そしてもしその場合は……『腕輪の持ち主が死んだら』か、と考えた」
「死ん……」
バカは、ちょっと背筋がひんやりするような感覚を味わいながら、『ああ、俺が何も考えてない間にも、海斗は色々、いっぱい考えてるんだよなあ』と、ちょっぴり申し訳なく思った。
「だが、それは……少し、考えにくい、と、思う。その、例えば、初手で半数が死ぬようなことがあったとしたら、それ以降、ほとんどのアルカナルームが攻略不可能になるから、ゲームが成立しなくなる」
海斗はそう言いつつ、少し考えて、『そうだよな』と頷いた。……そして。
「……僕の予想では、『死者の腕輪は外して自由に使えるようになる』といったところだな。まあ、これは実際、どうなのか分からないし、分からないままでいてもらえたら、それが一番いいんだが……」
「そっかぁ……。あれ?じゃあ『0』のアルカナルームは?」
「さっきの話に繋がる。……恐らく、『0』の腕輪が存在するんだろうな」
「成程な!さっき言ってた『ダァト』か!」
ようやく、話が繋がってきた。バカは、『なんか俺、賢くなった気がする!』と、ちょっぴり嬉しくなってきた。尚、別に賢くなってはいない。
「まあ、そういう訳だ。……『本来は』なのか、『これから出てくる』のかは分からないが……『もう1人』居る可能性は、考えておいた方がいい」
「分かった!考えとく!」
バカは、『もし、隠れたまんま出てこられなくなってる人が居たら大変だもんなあ!』と、大いに頷いた。
……もし、隠れている『ダァト』の人が木星さんみたいな人だったら、その時はまた、バットにしてやる気でいるのだが……。
「もう1つ気になっているのは……『駒井燕』のことだな」
「あ!うん!俺も忘れてないぞ!」
それから、ひとまずエレベーターを出つつ、バカと海斗は尚も話す。
そう。バカはすっかり忘れかけていたが、今回のバカの目的は『駒井燕の救助』なのである!
……そして、その『駒井燕』は……。
「……孔雀、だよな?」
「俺もそう思う……!」
きっと、孔雀が『駒井燕』だ。だって、あの目がなんとなく、たまにそっくりなのだ!
バカも海斗も頷き合って、にこ、と笑った。……お互いに、同じことを思っているようでよかった!と、バカは大いに安心した!
「となると、むつさんの存在が気にかかる。友達が居る、という話は、事前には聞けていなかったから……」
「でも、孔雀もむつが友達だって言ってたしなあ……。まあ、むつも助けりゃいい話だよな!あと、タヌキと、四郎のおっさんも助けてえし、となると、タヌキの体がデュオだからデュオも助けて……あと、ヤエも一緒に拍手してくれたからヤエも……あれ?もう全員助けた方が早くねえか?」
「そうだな。お前は絶対にそうなると思っていたさ……」
バカが『やっぱり全員で脱出できた方がいいよなあ』と思っていると、海斗は少しばかり嬉しそうな顔で、それでも『やれやれ』なんて言いながらため息を吐いてみせた。
「……全員、助けたいんだな?」
「うん!」
バカも改めて、宣言する。
まだ、全員のことをちゃんと知った訳ではない。今のところ、たぬきがいい奴で、四郎がいい奴で、むつとヤエがバカと一緒にぱちぱち拍手をしてくれるいい奴だ、ということくらいしか分からない!
……でもよくよく思い返してみると、五右衛門も取り残されそうだったヤエと七香に声を掛けていたからきっといい奴である。デュオと七香については、まだ分からないことだらけだが……もしかしたら、いい奴なのかもしれない。
だから、全員助けたい。バカが目指すのは、『全員の生還』なのだ。
「なら、この後を覚悟しておいた方がいい。きっとこの後は、カードの奪い合い……殺し合いになるだろうから」
「えええええええええええ!?」
だが、続いた海斗の言葉に、バカは悲鳴を上げる。殺し合いだなんて、そんな酷いことはしたくないのだが!
「このゲーム、普通にやっていたら『1人が7枚以上のカードを独占する』なんてことにはならないんだ。大抵の部屋は、2人以上……下手すると、3人か4人居ないと、入れないんだから」
「そっかぁ……順番こにカードとってったら、独り占めはできねえよなあ」
「そうだ。だから、どうせどこかではカードを『奪う』必要が出てくる」
バカは、ふんふんと頷きながら『成程なあ!』と納得した。
……22枚のカードを10人で分けっこしたら、1人あたりは2枚ちょいである。『ちょい』を作る訳にはいかないことを考えても、まあ、『7枚』には到底及ばない、ということは、バカの頭脳でも十分に理解できた。
「……七香さんがアルカナルームへの挑戦を止めているのも、そういう理由だろう。どうせ殺し合い、奪い合いになるのだから、と思っているのだと思う」
「そ、そんなぁ……」
バカは、七香のことを思い出す。
表情を変えず、上品な微笑みを湛えていた七香であるが……そんなことを思っていたのだとしたら、バカとしては、只々困惑するしかない!
「……ということがあるので、次のアルカナルームで手に入れたカードは、お前に預けるからな」
「ん?」
が、そんなバカも、『おや?』と首を傾げることになる。海斗の言っていることの意味が、よく分からなかったので。
……すると。
「その……僕がカードを1枚も持っていなければ、僕が襲われる心配は無いだろう。そしてお前なら……まあ、襲われても大丈夫だろうから……」
海斗が、そう、歯切れ悪く言った。
実に、気まずそうに。『気を悪くされないだろうか』と、ちょっぴり心配そうな顔で。
「……がんばる!」
なのでバカは、大いに張り切った!
バカがカードを一手に引き受ければ、狙われるのはバカ1人である!であるからして、バカは頑張る!頑張るのだ!
バカは、自分にも役割があることを大いに喜んだ。それはそれはもう、『頑張るぞ!』の勢いだけで羽が生えてきかねないほどに!』
「……お前が10番なら、対応するセフィラは『マルクト』だが……その、『マルクト』は、『ケテル』の最後の剣だと言われている」
「へ?」
更に、海斗はそう言って……ちょっとぎこちなく、不慣れな様子で……にや、と笑った。
「……頼りにしてるからな。相棒……」
「……うん!相棒!うわー!相棒!相棒!うわあー!」
そうしてバカは大いに浮かれた。それはもう、うっきうきである。『かっこいい!』と大喜びのバカは、もう、過去最高に浮かれポンチなのである!最早、羽なんて無くても空が飛べるほどに!
そうして、バカがようやく落ち着いて、海斗も『不慣れなことはするもんじゃないな……』と照れ終わったあたりで。
「さ、さて。そろそろ入るか。……もう1つ、気になることが無いわけじゃないんだが、そっちはもう少し後にする」
「ええええええ!?なんでぇ!?」
「まだ確証が持てないからだ。ついでに言うと、今の段階でお前に言っても、一切、お前の役に立たない」
「そっかぁ!じゃあいいやぁ!」
バカはバカだという自覚のあるバカなので、こういう時はスッパリ諦める。
「じゃ、行くぞー!」
スッパリとしたバカは、早速、『11』のドアを開けて……。
「……天秤!」
バカはびっくりした!……バカと海斗が初めて沢山お喋りした時にも天秤があったが、今回も天秤らしい!




