開始前:ケテルの部屋1
「あー……それなら、『アンナ・カレーニナ』じゃないか?」
さて。
ということで、バカは海斗の個室へ七香を運び込み、そして海斗に、『海斗ぉお!餡子でカレー、みたいな本のタイトル、なんだっけぇえええ!』といきなり尋ねたところ、海斗はバカと、バカが抱えてきた七香を見て『ああ、少なくともこれは3周目以降だろうな……』とぼやき、そして、答えを導き出してくれたのである!バカ語検定1級!
「あんな……あっ!それだぁあ!やっぱ海斗はすげえなあ!」
「ああ、うん、トルストイの名作だ。お前には難しすぎるかもしれないが、僕は嫌いじゃない。……で、トルストイはさておき、こちらの女性は?」
「うん!七香!えーと、本名は小百合、だったと思う!陽にはそう呼ばれてた!」
「ま、待て。陽?陽が居るのか?おかしいだろう、それは。彼は居ないはずじゃ……?」
……そうして、七香のみならず海斗をも混乱の渦に叩き込んだバカは、すっく、と立ち上がり、元気に個室を出ていくのだ。
「じゃ、陽とタヌキも連れてくるー!」
「た、タヌキ!?タヌキって……なんだ!?まさか本物のタヌキが居るのか!?デスゲームに!?おい樺島ぁ!」
海斗は只々、混乱して叫んでいた。七香はそれを見て、『ああ、この人は事情が分かって居るのかと思ったらそうでもないのね……』みたいな顔をして、ちょっと遠い目をしていた!
そうして、バカは右の脇にデュオ、左の脇にタヌキを抱えて海斗の個室へ戻ってきた。ただいま!
「わああああ、あああああ、わ、私、美味しくないですよ!タヌキって美味しくないんですってばぁ!食べないで!食べないで!」
が、突然拉致されたタヌキは、可哀そうに、すっかり怯えてしまっていた。『ああ、私、この筋肉ムキムキの人にタヌキ鍋にされちゃうんだぁ……』とぶるぶるしている!かわいそう!
「タヌキが!喋っているだと!?これはどういうことだ!?おい樺島ぁ!そもそもどこからこのタヌキを連れてきたんだ!?近くに動物園でもあるのか!?」
「あれ?小百合さんも居る……?それに、君……これ、どういう状況だ……?」
……そして海斗もデュオも、当然ながら混乱している。
ああ……大混乱である!バカは、『とりあえず皆集めてみたけど、これ、やっぱり俺が色々説明しないとダメなやつかぁ!』とようやく理解した!
頭がいい人だって、集めただけでは混乱するだけなのだ!
「あの、そういうわけで、七香とデュオは元々知り合いだろ?で、デュオの体ってタヌキのものだろ?でも、タヌキは元々七香と知り合いらしくてぇ……」
「ああ、うん、分かった。分かったよ樺島君……うん……」
「え、えーと?つ、つまり、私、元々、人間の体だった頃にこちらのお嬢さんとお知り合いだったんですか?」
「……彰さん、が、タヌキ……?」
……そうして、デュオとタヌキと七香には、一応、説明ができた。と、思われる。多分。尚、自信は無い。
無いが……ここに居る人達は全員、バカよりも頭がいい!なので、バカが話したバカ語は概ね海斗が翻訳してくれて、それをデュオが噛み砕いたり、タヌキが突っ込みを入れたり、七香が絶句したりしながらなんとか、一応全員が説明を理解してくれたのであった!
「で、君は『時を遡ることができる』っていうことか……。成程ね、そういうことなら、『海斗』がここに居て、しかもかなり違う性格をしている、っていうのも納得がいくかな……」
「……そちらでの『僕』はかなり、その、酷い奴だったんだろうな。ああ、まあ、そうだろうとも……」
そして、デュオと海斗の関係についても、両者共に納得がいったところ、であるらしい。バカは『よかった!』と喜んだ。
……だが、一旦、前提となる話をひたすら繰り広げたところで……残念ながら、それだけだ。
バカの話を聞いた上で、それでも彼らが『協力する』という道を選んでくれるかは、全く別の問題なのである。
「あの、七香ぁ……」
……特に。何の利害も一致しない七香にとっては、ここで『協力する』という選択をする理由が無いのである。
「七香、協力してくれるか……?俺、デュオも七香もタヌキも、他の皆も、誰も死なないまんま、このゲームを解体したいんだよぉ……」
ということで、バカはストレートにお願いしてしまうことにした。こういう時はもう、真っ直ぐやるに限る。特に、バカのようなタイプならば猶更だ。策を弄すのではなく、ただ、真っ直ぐタックルしていく方が強い!
……すると。
「……ひとまず、『やり直し』については信じます」
「ほんとかぁ!?よかったぁ!」
「そうでなかったなら、あなたは私の情報をどうやってか、何から何まで全て調べ上げた人、ということになりますから。……悪魔の力でもない限り、不可能だわ」
なんと、七香は一旦、バカの『やり直し』を信じてくれたらしい!バカは、『ここ信じてもらえたら後は早いよなあ!』とにっこにこである!
「それに……」
「『アンナ・カレーニナ』か。……思い入れが?」
「……そうね」
海斗が『アンナ・カレーニナ』の話を出すと、七香は、ちらり、とタヌキを見て……そして。
「アッ!?思い出しました!思い出しましたぁ!」
タヌキは、ぴょこん!と跳ねた!……どうやら、『思い入れ』があるのは、こっちも、であるらしい。
「あのっ、あのっ、七香さん……でよろしいんですかね!?」
七香は、『七香ではないが……そもそも何故、この名前なのだろう……』という顔だったが、それに構わず、タヌキはぴょんぴょこ跳ねながら、嬉しそうに喋る。
「あなたさては、私の後にレッスン入ってた方では!?よくメンデルスゾーン弾いてらっしゃった!」
タヌキがそう言うと、七香は『本当に、そうなのね……』と、何やら……微かに、ほやり、と。薔薇の蕾が綻びかけたような、そんな笑みを浮かべたのである!
「あのっあのっ、私、洞田貫彰と申します!発表会にも一回だけ出たことあるんですけれども!その時はドビュッシーの『喜びの島』を弾いたんですけれども!覚えてませんか!?それで私、ほら、あなたが待合室で『アンナ・カレーニナ』をお読みになってる時に、お声がけしたことが!」
「ええ。覚えています。……私、その前にあなたに、お庭の薔薇のお話をしましたけれど」
「エッ!?それは覚えてないです!すみません!薔薇を褒めて頂くこと、いっぱいあったのでぇ!」
タヌキはあいかわらずであった。が、それはそれで、よかったのだろう。七香は『そう……』といいつつ、それでも、タヌキに興味は持っている様子なのである。
「えーと、薔薇でお声がけいただいた、ってことは……どんな薔薇だったか、覚えてらっしゃいます?」
「あっ!それなら俺が分かる!丸っこいバラ!なんか、ピンクでちっちゃなまんまるのがいっぱい咲いてる奴だろ!?あのな!それ、『13』の部屋の中にあったぞ!皆で見に行こうな!」
「……『13』の部屋というのが何のことなのか分からないけれど、確かに、私があなたに声を掛けた時に咲いていたのは、丸い形が特徴的な、小さなピンクのバラだったわ」
「ああー!ローブ・リッターですねぇ!わかりますわかります!私、あの品種大好きなんですぅ!」
……バカを挟みつつ、七香とタヌキの話は続いていく。タヌキは綺麗な薔薇やピアノの曲の話、それから、何か、本の話もしていた。
2人が、『確か、トルストイがお好きなんですよね?』『ええ。……暗い女だと思われる?』『いえいえとんでもない!いいじゃないですかロシア文学!あの曇り空みたいなかんじ、私も好きですよ!』などと話すのを、海斗は『わかる』とうんうん頷いていたし、デュオも、『まあ、わからないでもない』と頷いていた。
……バカだけ蚊帳の外である!ロシア文学って、何ぃ!?
ということで。
「……あー、じゃあ、小百合さんとタヌキにはちょっと親睦を深めておいてもらって……えーと、こっちはこっちで、ゲームの情報共有をしてもいいかな」
「おう!任せろ!えーとな、えーとな、今回は五右衛門をターゲットにするんだ!仲間にする!」
「えーと、五右衛門……もしかしてその人、腕輪が『5』の人かな?」
「そうだろうな。僕は樺島がループすることを前提に事を進めただろうから、番号が分かりやすいような偽名を求めたはずだ。『七香』さんもその類だろう」
バカは、『海斗って頭いいんだなあ!』とつくづく感心しながら、デュオと海斗が何やら色々話すのを聞き、何か聞かれたら答え、そうやってなんとか、情報共有を進めていき……そして。
「あのな、前回は、七香とタヌキと仲良くなろうとしたら、四郎と五右衛門とむつとヤエと、仲良くなれなかったんだ……」
「……まあ、チームができて対立してしまった、ということだな?」
「うん……。四郎のおっさんが、『悪魔』を探してるんだけどぉ……結局、誰が悪魔なのかわかんなくってぇ……そしたら、俺か七香が悪魔じゃないかって思ったみたいでぇ……戦うことになっちゃってぇ……」
バカはバカで、ようやく本題まで説明することができたのであった!よかった!
「……じゃあ、『今回』は、とにかく五右衛門さんとヤエさんの情報を手に入れて、四郎さんを説得するための手掛かりを探す、っていうかんじかな」
「そう!それぇ!」
バカは『よかった!』とにこにこの満面の笑みでうんうん頷いた。タヌキは『なんかよく分かりませんがよかったですねえ!』と朗らかに拍手してくれた。タヌキはやっぱり、いい奴!
そして、海斗はそんな状況で、ちょっと考え込んで……ふと、首を傾げた。
「……樺島。お前から見て、その、四郎さん、という人と、五右衛門、という人に、どういう利害の一致があった?」
「りがいのいっち……?あ、大丈夫だぞ。意味、わかるぞ」
バカはバカだが、海斗といっぱいお喋りする中で『利害の一致』ぐらいは分かるようになってきた、成長するバカなのだ!
「えっとな、利害の一致……あんまり、なかったんじゃないかなあ……。五右衛門が悪魔をやっつけたいかどうか、俺、聞いた事ねえし……」
考えたバカは、結局、そう答える。
……四郎のみならず、五右衛門も最後、襲い掛かってきた。あの理由を考えると、どうにも……どうにも、答えが出そうにないのである。
五右衛門は、ヤエのことを大事にしているように見える。むつのことも、割と気にかけているようだったが……。
「……もしかしたら五右衛門、お金がほしいのかも……」
結局、バカはそれを思い出す。お宝がいっぱいの部屋に入った時、五右衛門は金のインゴットを沢山拾いながら、ちょっと困った顔で笑っていたが……あれは、それだけお金が必要だ、ということなのでは、ないだろうか。
「お金!?お金が欲しくない人間って逆に居ますか!?」
「……お金の為に人を殺せる人間、となると少ないんじゃないかしら」
タヌキが愕然としているが、まあ、バカも七香に賛成である。『お金が欲しい人は多いが、お金の為に人を殺す人は滅多に居ない』。そういうものだと思う。
「そうか……。余程何か、金銭的に困っている、のか……?」
海斗は悩んでいるが、多分、海斗は『金銭的に困ったことがない』人である。それは海斗本人も分かっているらしく、『僕が考えるのは不誠実か……』などと言いながら、ちょっと落ち込んでしまった。バカは、『大丈夫だよぉ、俺だって、考えたって何も分かんねえよぉ……』と励ました。
……すると。
「……彼の問題がもし、『お金』しかないんだったら、まあ、懐柔する手はありそうだね。まあ、試してみる価値はある、かな」
デュオが、にや、と笑っていた。
そして。
「ほら、俺、『たま』の情報を金で買えるように、それ相応に稼いでるから」
何やら、デュオは大層男前なことを言い出したのである!




