ゲームフェイズ2:大広間5
四郎が啖呵を切ったその直後、四郎が動き出し、そして、七香も動いていた。
四郎が床に手を突くと、そこから一気に、床が凍り付いていく。更に、バキバキと音を立てて、床から鋭く氷柱が立ち上がる。
氷柱は七香を刺し貫かんと幾本も伸びていき……だが。
七香が腕を一振りすると、それら氷柱が数本、ばきん、と砕けた。七香へ今まさに襲い掛かろうとしていた氷柱も、粉々に砕け散る。
……七香の異能だ。見えない手が、氷柱を薙ぎ払っているのだ。砕けて散った氷がきらきらと、光を反射して宙を舞う。その様子を、バカはどこか現実味の無いままに見つめていた。
「むつちゃん!こっち!」
そんな四郎と七香のバトルから逃れるように、五右衛門とむつが避難する。バカはそれを見て、ちょっとだけほっとした。
四郎と七香が戦い始めてしまったが、五右衛門とむつは参戦する気が無いのだろう。だったら、大丈夫だ。
……だが、その間も変わらず、四郎と七香は戦い続けている。
四郎はやはり、氷を生み出す異能を持っているらしい。床から氷柱をバキバキと突き立たせ、更に、天井からは氷柱を落とす。手の中に生み出した氷の刃を七香に向かって投げつけることも、する。
対する七香は、強かった。
とにかく、七香の異能は強いのだ。七香の内に秘めた感情がそのまま動いているかのような……そんな、荒々しく力強く、そして冷たいかんじがする。
だが、不慣れにも見えた。
……そう。四郎は、戦うことに慣れている。一方で、七香は、慣れていない。
バカはそれを見て理解して……迷いながらも、四郎と七香の間に割って入ることにした。
「くそっやっぱり来やがったか!」
「そりゃそうだろぉ!」
バカの足元に、バキバキと音を立てて氷柱が生えてくる。バカはそれを蹴って破壊して、四郎へと迫った。
「喧嘩してる奴が居たらぁ!間に!入るだろぉ!」
……そして。
四郎が、全力で氷の壁を作ったのであろうところへ、バカはタックルをかました。
バキバキバキイ!と、凄まじい音を立てながら、バカは氷の壁を突き破り……。
「確保ォーッ!」
……四郎を床に押し倒し、そのまま押さえつけることに成功したのであった!
だが、押さえつけても動くのが四郎である。
「悪魔、め……!死ねェ!」
四郎は吠えると、自分を押さえつけているバカを……自分ごと、凍り付かせ始めた。
「ええっ!?ちべたい!」
バカは、『ちべたい!ちべたい!寒い!』と慌てるが、バカの手足は四郎と共に凍り付いてしまった!
「四郎のおっさぁん!寒くねえのかよぉ!?」
更に、バカは『これ、四郎のおっさんの方が寒いんじゃないかあ!?』と気づいた。……だが、四郎は床ごと、そしてバカごと凍りゆきながら、にや、と笑うのだ。
「……テメエはここで……俺と死ね!」
……ばき、と音がする。
凍り付いて動けないままのバカの真上、天井に……巨大な氷柱が、できていた。
バカは、思い出す。最初の周で、七香が今のバカと同じように、氷柱を突き付けられていた。そしてあの時の七香は……肩から先を、氷柱に圧し潰されていたのだったか。
……だが、バカの手足はすっかり冷え切り、そして凍り付いて、床と四郎にくっついたまま動かない。だから、バカは氷柱を満足に避けることはおろか、迎撃することもできないのである。
唯一、頭はなんとか動きそうだ。だから、頭突きすることは、できる、のだが……頭突きだけで、バカは氷柱を完璧に逸らすことが、できるだろうか。
或いは、全力で体を逸らせば、なんとか、氷柱をギリギリで避けることはできるかもしれないが……それでは、駄目だ。自分の体の下には、四郎が居る。
避けることはできない。頭突きじゃ不確か。そして……バカは、ここで死ぬわけにはいかない!だって、海斗と約束したから!
だからバカの行動は、一つだ。
「筋肉は!発熱する!うおおおおおおおおお!」
……バカは、ぷるぷるぷるぷるぷる!と振動し始めた。
筋肉が多いと体温が高い。バカはバカだが、それは知っている。何故なら、最近は寒いので、海斗が『お前はあったかそうだな……筋肉が多いからか……』と教えてくれたからである!
バカは真冬でも薄手の長袖シャツにジーパン一枚、それにマフラーさえあれば元気にテケテケ走り回れるが、海斗はその10倍ぐらい着込んでいる。そこで、色々と教えてくれたのである!
そういう訳で、バカは『筋肉発熱ゥ!』と意気込んで……振動した。およそ人間にはありえない速度になった振動は、『ぶぼぼぼぼぼぼ』とバイブレーションするバカを生み出した。
……とはいえ、筋肉が急激に発熱したからといって、その熱で融かせる氷など、微々たるものなのであった。
が。
……筋肉の発熱は別として、バカが振動することによって、様々な運動が発生することになる。
例えば、バカの凍り付いた手足については、摩擦が起こる。
バカの手や足を床に留めつけている氷と、バカの手足が、凄まじい速度で『ぶぶぶぶぶぶ』と振動したならば、その間に生じた微細な隙間で手足と氷がぶつかり続けることになり……そこには当然、摩擦熱が発生するのである。
また、バカが高周波で振動を始め、『ぶぶぶぶぶ』が『びびびびびび』『みみみみみみ』『みゅいいいいいいん』『ぴきぃいいいいいぃい』といった音に変化する頃には、また別の問題が発生することになる。
それが……共振である。
特定の物質に、特定の周波数で振動を与えた場合……ざっくりアッサリ説明すると、物質が『ばきい!』ってなることがあるのである。バカはそれを先輩に教わったことがあったのだが……そこらへんは、忘れた!バカだから!
ということで、バカは全身をバイブレーションさせた結果、バカを拘束していた氷、そして氷がくっついていた先である床が、『ばきい!』となったのである。
……尚、バカは知らないことではあるが……この技術は一応、キューティーラブリーエンジェル建設内では解体技術の1つとして重宝されている。
つまり、キューティーラブリーエンジェル建設内にも、こういう高周波振動をする先輩達がウヨウヨ居るのである。彼らは振動して鈴虫とお喋りしたりもする。キモいと言ってはいけない。
「うおおおおおおおおおおおお!」
さて。
こうしてバカの手足は自由になってしまった。
四郎も、落ちてきた氷柱も、まさかバカがこうして自由の身になってしまうとは想定していなかっただろう。だが、バカは雄叫びを上げ、勢いづくと……。
「フンッ!」
降ってきた氷柱を、がし、と受け止め……。
「でぇえりゃあああああ!」
……ぶん投げたのだった!
がしょーん、と、氷柱が大破する音が響く。ぱらぱらと氷の欠片が降り注ぐ音も、それから少し、聞こえていた。
「よっしゃああああああ!ツララに勝ったぁあー!」
四郎は、バカの下で唖然としていた。が、バカはそれも気にせず、『ぼぼぼぼぼぼぼ』と勝利のバイブレーション音を奏でていた。
……と、一頻り、振動した後で。
「あっ!四郎のおっさん、怪我無いかぁ!?」
元気に、そう聞いたのであった。……底抜けに明るいバカだから!
……だが、四郎の無事を確認するより先に、七香が動いていた。
氷柱の1本が見えない手に折り取られて、四郎の喉に付きつけられる。
「……さて」
七香が、じろ、と四郎を睨んだ。
「言い遺すことがあれば、どうぞ」
えっ!とバカはびっくりした。折角、自分も四郎も助かったというのに……七香は、四郎を殺してしまうつもりだろうか、と。
……今度こそは、七香に誰も殺させずに済むのではないか、と思ったのに!
「……くそっ!」
四郎は異能を使って七香を巻き込もうとしたが……それより先に、七香の見えない手が、四郎の胸部を圧迫する。ごふ、と、四郎が血を吐いた。そして、そんな状態では、異能を上手に使えないらしい。四郎の手の中で、氷が生まれて、そして、ぽと、と落ちて、床を転がって……それだけだった。
「お前が……悪魔、か……」
胸を圧し潰されんとしながら、四郎がそう、七香を睨む。
「いいえ」
だが七香は、冷たい目で首を横に振るばかりである。そうだ。七香は、悪魔ではない。悪魔では、ないのだ。……しかしそれが四郎に伝わったかどうかは、分からない。
「お前が……を……」
何か呟いた四郎の目が、ぎらり、と狂気に輝く。だが七香は黙ったまま、いよいよ、四郎にとどめを刺さんとして……。
「七香さぁん!危ないです!」
唐突に、タヌキの声が聞こえた。
七香の後ろにずっと隠れていたタヌキは、そこで、ぽん、と跳ねて……そして。
「……え」
七香が振り向いた時には、タヌキの腹が裂けていた。
それは、七香の背後から迫っていた五右衛門の手によって。
五右衛門の手は、今、ギラリと銀色に輝いて、血に塗れた……鋭い刃となっていた。




