ゲームフェイズ2:『12』吊るされた男2
「……タヌキ。今の話の流れで、分からなかったのか?」
「え?何が……?」
デュオが呆れている一方、タヌキはぽかん、としている。そして、七香は……。
「……そう。あなただったのね」
ほんの少し、表情を綻ばせていた。
「私が初めて会った『洞田貫彰』は……まだ、あなただったのね」
流石に、バカがバカでも分かる。
多分……七香は、タヌキの体をデュオが貰う前に、『洞田貫彰』と会っているのである!
「……私、このデスゲームの外で、あなたとお話ししたことがあるみたいね」
「えええええええええええ!?いつぅ!?」
ようやくその事実に気づいたらしいタヌキが、『えええええええ!?』と尻尾を膨らませて驚いている。バカにも尻尾があったら、同じようになっていた可能性が高い。バカだって、この急展開にびっくりしているのだから!
「5年前よ。丁度、この薔薇が咲き誇っていて……あなたがお手入れをしていたから、『綺麗ですね』と」
「ええええええええええええ!?薔薇を褒めてくれる人、いっぱい居たんで全然覚えてないですぅ!ごめんなさぁい!」
タヌキが、『ヒエエエエエエエ!』と慄く横で、七香は細く長く、ため息を吐き出した。
「……時々、お話していたのだけれど」
「えええ……あー……あ、確かに、私のレッスンの後に黒髪ロングのお嬢様っぽい人がレッスン入ってた気が……え?あれ、七香さんだったんです……?嘘ぉ……世間って狭いですね……?」
タヌキは幾分落ち着いた様子で、しかしまだ『ひええ……』とやっている。七香はそんなタヌキを見て、呆れたような顔をしていた。
「……あなた、さっき唐突にドビュッシーの『喜びの島』を歌い出したけれど」
「あ、はい。お気に入りの曲ですので!」
「私がレッスンに少し早く到着してしまうと、時々、『喜びの島』が聞こえていたわ。あれは、あなたの演奏だったのね」
「そう……かもしれません!でも分かりません!私のだったのかなあ!?」
タヌキが『私以外にもドビュッシー弾いてた人、居なかったとは言えない……!』と悩んでいるのを見て、七香はタヌキの首のあたりを撫で始めた。……タヌキは撫でられている内に、考えることを止めたらしい。『わあー!いい気持ち!』ととろとろタヌキになっている。
「……あ、そうだ」
が、そんなタヌキは、もぞもぞ、と七香の手の下から抜け出して、ちら、とバカの方を見てから『いや、この作業は樺島さんには荷が重い!』とよく分からないことを言って……デュオの前に進み出た。
「すみませーん、デュオさん。ちょっと、私に巻き付きっぱなしのお花、外してくれませんかねえ」
「あ、うん。……成程ね。樺島君にはこの作業は脆すぎるかも。あははは……」
バカは『俺には脆すぎる仕事……?』と首を傾げていたが、確かに、薔薇の蔓は頑張って解くよりも、引き千切った方が早いバカである。そういうことである。
そうして、デュオは持ち前の器用さでスルスルと薔薇の蔓を外していった。
「はい、できた」
「ありがとうございます!ええと、じゃあ……僭越ながら……」
デュオが外した薔薇の蔓は、タヌキの胴体の太さに合わせた円形になっている。まるで、リースのようだ。
「七香さん!どうぞ!」
そしてタヌキは、その薔薇のリースを七香に、ぽんぽこぽん、と差し出したのであった。
「……え?」
「お花はその良さを分かってくれる人の手に渡るべきですので!どうぞ!あ、『ローブ・リッター』は棘が少なくて柔らかい品種ですから、そのまま持っても多分大丈夫ですよ!少なくとも私には刺さりませんでしたし!」
「え……?」
七香は、戸惑っていた。明るくポンポコしているタヌキとは対照的に、只々困惑していた。
「……もしかして、七香さん、この薔薇、お好きでは、なかった……?」
そして、戸惑う七香を見て、タヌキも徐々に戸惑い始める。『まさか、この可愛いまんまるローズをお嫌いな人が存在する……?』とタヌキはなんだか心配そうになってきて……。
「い、いえ……好き、よ……?」
「あっ、ほんとですか!よかったー!じゃあどうぞどうぞ」
……タヌキのあまりの図々しさと圧倒的な善意の塊に、七香は圧倒されていた。あの七香が、押されているのである!
結局、丸い小さなピンクのバラがぽふぽふと沢山咲いている、可愛らしいリースは七香の手に渡った。七香はなんとも不思議そうに、そのリースに視線を落としているのであった。
「あー……ところでタヌキ。一つ、謝らなきゃいけないことが……」
……というところで、デュオが『そういえば』とばかり、切り出す。
「えっ!?なんですか!?こわい!こわい!」
タヌキは『なんか怖い話!?』と身構えたが……。
「君、元の体に戻ったら、社長なんだ。俺が、起業しちゃったから……」
「……えええええええええええ!?」
……タヌキは衝撃のあまり、最早色々と頭から吹っ飛んだ様子で絶叫した!
「えっ!?社長!?社長ぅう!?なんで!?アッ!?そもそも、なんの!?なんの会社です!?」
「IT関係だね」
「IT!?全く!まっっったく!私、知らないですよぉ!?そんな分野ぁ!」
タヌキは『うわああああああ!』と全身の毛を逆立てて怯え……そして。
「私は!私はどうしたらいいんですか!?元の体に戻ったとて!戻ったとて、ですよ!?経営なんてやったことないですよ!?というかよく私の体でそんなことできましたね!?エッ!?どうやって!?」
「あ、うん。元々の俺が起業したところの情報を持っている状態で起業したわけだから……その、全くばれることなくインサイダー取引し放題なんだよね……。だから、資金とかは割となんとかなっちゃって……あははは……」
「ええええええええええ!?こっわぁ!こっわぁああ!もう嫌です!私、ずっとタヌキでいる!タヌキでいるぅう!ああああん!デュオさんの人でなしぃいい!」
「ごめん……」
タヌキはそのままひっくり返って、じたばたじたばた、と暴れはじめた。その様子を、七香はぽかんとして見つめていたが……。
「七香さん!もうこの人はやめときましょう!ね!碌な人じゃないですよこの人ぉ!もっといい人いますってぇ!ほらぁ!一周回って樺島さんとか海斗さんとかどうですかぁあ!?」
「いい人!?うん!そうだぞ!海斗はすっごいいい奴だぞ!あっ、海斗もタヌキと一緒で、社長になるかもしれない人だぞ!七香!海斗はいい奴だぞ!」
「樺島君。勝手に勧めて、後で海斗君に怒られない……?」
……本気で嘆くタヌキと、本気で『海斗はいい奴だぞ!』としか考えていないために海斗を勧めてしまうバカと、それらを聞いて苦笑するデュオ。そんな3人を見て、七香は……。
「……ふふ」
ちょっぴり苦笑い気味ではあったが……笑った。それこそ、花が綻んだように。
それからバカ達は、大広間に戻ることにした。
帰りのエレベーターの中は、行きとは違って賑やかだった。『私、もし体が戻って、そして病気も治ったとしてもですよ?こう、いきなり社長をやる羽目になるくらいなら……やっぱりタヌキボディで居た方がいいですかね?』『ああ、まあ、俺がサポートするよ……』などと会話があったからである。
タヌキは本気で『ひええええええ』とやっていたし、デュオは『ごめん』と言いつつちょっと面白がっていた。
そして七香は……そんなタヌキとデュオの会話を聞いて、時々『それなら父の会社が得意分野よ』だとか、『タヌキさん、簿記くらいはやっておいたほうがよろしいのではないかしら』だとか言いつつ……また時々、薔薇のリースを見つめて、なんとなく嬉しそうにしていた。
なのでバカは、大いににっこりした!七香が笑顔になってくれて、本当に、よかった!
……何故、笑顔なのかはよく分かっていないバカであったが!
そう!バカには……バカには、恋の話は難しすぎるのであった!
そうしてバカ達が大広間に戻ると、まだ、誰も戻ってきていなかった。バカは、『海斗、大丈夫かなあ……』と、ちょっと心配である。
「あ、そうだ。ところで樺島君」
「ん?」
と、そこへ、デュオが話しかけてきた。なのでバカは首を傾げてデュオを見つめる。
「さっきの発表の事なんだけれど……」
「おう。何だ?なんかあったか?」
バカは、『発表、何かあったっけ?』と首を傾げている、のだが……。
「君、『10』だって、あそこで分かっちゃったよね」
「……あっ!?」
……そこでようやく、バカは気づいた!
自分、そういや嘘を吐いていたんだった!と!
「え、えええ……誰にもなんも言われなかったけどぉ……」
「……まあ、君をあそこで暴れさせたくは、無かっただろうし」
デュオがそう言うのを聞いて、バカは『俺、暴れないよぉ……』としょんぼりした。だが、暴れる時にはちゃんと暴れられるのがバカであるので、あんまり信用は無い!
「それに、話を聞くんだったら、君が居ないところで聞いた方がいいだろうし」
……が、デュオがそう言うので、バカは頭の上に『?』マークを浮かべて首を傾げる。バカが居ないところでバカについて聞く、とは……つまり。
「まあ、そういう訳で……海斗君は、『人質』になってると思うよ」
……つまり、海斗が今、危ない。そういうことなのである。
「……海斗」
「ああ、落ち着いて、樺島君。大丈夫だ。殺されはしないと思う。だって海斗君が居なくなったら、誰も『1』のアルカナルームに入れなくなるんだから。海斗君も、それを分かった上で応じてると思うよ」
動きかけたバカを、デュオがそっと掴んで止める。
「え、えええ……俺、何も、気づいてなかったのに……」
「うん、まあ、そうだろうとは思ってたよ。あははは……」
バカは、ショックを受けてその場にしゃがみこんだ。
……海斗が自ら危ない目に遭おうとしているのに、バカはそれに気づかなかった。
これでは相棒失格である。……唇を噛んで、バカは泣きそうになるのを堪えた。
「……大丈夫だよ。海斗君なら、上手くやるだろうから」
「……うん」
デュオが背中をぽふぽふやって、励ましてくれる。バカはそれを背中に感じながら、『海斗がやってくれるのとはやっぱりちょっと違うんだなあ』などと思う。
「だから、樺島君。海斗君がどんな状況で出てきても大丈夫なように……落ち着いて、行動しよう」
「へ……?」
が、どうやら落ち込んでも居られないらしい。デュオはちょっと難しい顔でそう言って、それから少し、悩み始めた。
「あー、海斗君がどんな風に問い詰められて、どんな風に説明したかは分からないけれど……」
バカは縋るような気持ちでデュオを見つめて……。
……しかし。
その時には非情にも、エレベーターが動いていたのだ。
彼らが帰ってくる。
時間は、無い。




