ゲームフェイズ2:『12』吊るされた男1
気まずいエレベーターも、無事に『12』の部屋の前に到着する。
「じゃ、じゃあ開けるぞー!」
「え、ええ!いきましょ!いきましょ!」
重い沈黙が満ちていたエレベーター内の空気を忘れんとばかりに殊更元気にドアへ向かっていく。
……向かっていってから、バカとタヌキは揃って、ちらっ、とデュオと七香の方を振り返った。デュオは苦笑しながら『どうぞ』と促してくれたので、改めて、ドアを開けて……。
「……なんも無い部屋だぁ」
「なんも無い部屋ですねえ」
……入った先は、なんも無い部屋であった!
とはいえ、以前入ったことのある『マジでなんもない部屋』……確か、『20』だったはずのそこよりは、なんかある部屋ではある。
「天井から色々ぶらさがってますねえ。暖簾でしょうか?」
天井からは、色とりどりのリボンや紐、ロープや玉すだれなどがぶら下がって、ふよ、と揺れている。ちょっとお洒落な気がする。バカは『こういうインテリアもあるのかもしれない』とちょっと賢くなった気分で頷いた。
「ここは……ええと、気を付けた方がいいと思うよ」
が、そんなバカに、デュオが後ろから声を掛けてくる。
「大アルカナの『12』は、『吊るされた男』だから……」
「え?」
……そうして、デュオの言葉が、バカの耳に届くや否や。
「うわっ!?」
しゅる、と、バカの頭上の縄が伸びてきて、バカの足首に巻き付いた。
「うわわわわわ!?」
そしてそのまま縄は天井へ戻っていき、バカはそれに引きずられて、天井から逆さ吊りになってしまったのだが……。
「よいしょぉ!」
……吊られて1秒で、縄を『ブチィ!』と引き千切り、自由の身になったバカなのであった。
「ああーん!樺島さーん!助けてー!助けてぇー!」
「待ってろタヌキ!すぐ助けてやるからな!」
……そして、バカはタヌキの胴体にぐりぐりと巻き付いていた植物の蔓を、『すぱんっ!』と手刀で断ち切って、タヌキを助けてやった。
尚、タヌキの胴体には蔓が巻き付いたままであり、挙句、そこにはお花が咲いているため、タヌキは非常にファンシーな見た目になってしまった。まあ、仕方がない。
「あー……樺島君、俺も頼める?」
「おう!」
更に続いて、デュオの両手首を縛っていた革ベルトを『ブチィ!』と引き千切って、デュオのことも救出した。
「で、七香は……」
「無事ですよ」
……そして、七香は七香で、自分に巻きつこうとしていた赤いリボンを引き千切ったらしい。恐らく、異能を使ったのだろう。バカは、『七香、つええな!』と笑ってみせた。七香はなんとも複雑そうな顔をしていた!
それからバカ達は少し探索して、包帯で吊るされていたカードを見つけて、それをもぎ取った。これにてカードゲットである!
「おおー、怪我したらこれを使えるんですね。親切!」
「親切、かな……?」
タヌキの感想にデュオが首を傾げているが、バカは『まあ、無いよりはあった方が、親切!』と頷いた!
「……それ、使わなくてもよろしいの?」
「へ?」
そこへ声を掛けてきたのは、七香である。七香は、タヌキをじっと見つめて、す、と指をさす。
「その花。薔薇でしょう。棘があるのでは?」
そう。タヌキの胴体に巻き付いている植物の蔓……お花まで咲いているそれは、薔薇なのであった!
「えっ!?薔薇!?私、今、薔薇くっつけてるんですか!?」
「……そうね」
七香は、『気づいていなかったのか』とばかり、何とも言えない顔をしている。だが仕方がない。タヌキは自分の背中は見えないのである!
「どういう薔薇ですか!?かわいいやつ!?かわいいやつ!?」
「……そうね。とても、綺麗」
七香は、タヌキの背中の薔薇を、つん、と指先でつついて……少しだけ、笑った。
「私が初めて彰さんに会った時に咲いていた品種ね」
七香がデュオのことを見つめるも、デュオは、『ええと……』と、気まずげに視線を彷徨わせている。それを見て、七香は『でしょうね』と伏し目がちに笑った。
「私、初めてあなたを見た時から、あなたが気になっていたの。勿論、初めて見た時のそれは、きっと、恋じゃなかったのだろうけれど……」
「ああ、お見合いの……」
「いいえ。その前」
七香は、くす、と笑った。デュオは、『その前……?』と考えている様子だったが……。
「もう、5年ほど前になるかしら。……覚えてない?」
「……え?5年、前?」
……デュオの表情が、固まった。だが七香は喋り続ける。
「ええ。……ピアノの先生のお家のお庭の、あなたが手入れしていた薔薇、とても綺麗だったわ。……ああ、あの時からきっと、あなたはもう、私を騙すためにああしていたのね。だってあなた、ピアノにも、お花にも、興味は無いのでしょう?」
七香の言葉は、まるで七香自身を傷つける刃のようだった。だが、七香の言葉は止まらない。
「興味の無いピアノのお教室で興味の無い花の世話をして、私と一言二言話していたのは、私の興味を引くためだったのね。……とても効果的だったわ。まさか、その人の写真が釣書にあるなんて……とても、印象的だったから……」
七香が俯く。俯いて、じっと唇を噛んで、何か言おうとしているような、何も言うまいとしているような、そんな表情で、視線を床に落として……。
「……あっ!見えたー!うわー!やったー!かわいい!これ、『ローブ・リッター』ですねーっ!?」
そこで、タヌキが嬉しそうに声を上げた。
……タヌキは、一生懸命に体を捩って、自分の胴体に巻き付いた薔薇を見ることに成功したらしい。
「見てください、この、特徴的なまんまるのお花が鈴なりに咲いている様子!そしてこの、品のいいピンク色!ああ、どうしてこう、かわいいんでしょうかねえ!私、この品種大好き!」
タヌキはそれはそれは嬉しそうに、自分の背中あたりに咲いている花を見せてくる。なのでバカは、『お、おう!かわいい!かわいいぞ!』と褒めておいた。バカはバカだが、花の美しさは分かるのだ。あと、七香の話がぶった切られたこともなんか……分かる!
「ああー、いい。とてもいい……。挿し木で持って帰りたいくらいですねえ……。まあ、植える場所、他所の家にしか無いですけども……あ、しかもそのお家、既にローブ・リッターは植わってるんですけど……二株目……植えちゃ、駄目ですかね……」
「他人の家に植えるのか……?」
「あ、はい。懇意にしてるピアノ講師の方がいらっしゃいましてぇ……そのお方のお庭のお手入れ、してたんですよぉ……」
……タヌキはうっとりと薔薇を見つめているが、そろそろ姿勢が無理な姿勢になってきたのか、『あああ背中が攣っちゃう!攣っちゃう!』とじたばたし始めた。
そして……。
「……タヌキさん」
七香が、一周回って感情が全て消えてしまった、というような顔で、じっ、とタヌキを見つめていた。
「あなた、ピアノを弾かれるの?」
「あ、はい。そうなんですよ。まあ、タヌキボディになっちゃってからは弾いてませんけどもぉ……」
そして、タヌキは特に何にも気づいていない様子で、『ピアノ……』と、小さな手をもそもそ動かした。多分、エアピアノなのだろう。タヌキボディなので分かりにくいが。
「私、ピアノはずっと趣味でして。でも残念ながら貧乏人だったのでぇ……あっ、でも、お花好きでもありましてね!なので、個人経営のピアノ教室のお庭の薔薇のお世話やって、レッスン代にしてもらってたんですよー!」
タヌキはそう言うと、七香の前で誇らしげに胸を張った。
「なんでも、ご主人が植えた薔薇だったらしいんですけど、ご主人を早くに亡くされて。お手入れ方法も分からないし、ピアノ講師じゃ万一にも手を怪我するようなことがあっちゃいけないから薔薇のお世話はちょっと難しいし、でも、折角の薔薇だから抜くのもちょっと……ということで!丁度そこに、私が居て!」
そんな話をして、タヌキはそれはそれは嬉しそうに、ぴょこ、と跳ねた。
「いやー、本当に綺麗だったんですよぉ!手塩にかけた、かわいい子達ですから!特に、この『ローブ・リッター』っていう、まんまるなお花が鈴なりにたくさん咲く蔓薔薇が!めいっぱいフェンスに誘引してあげたら、零れんばかりのこのまんまるな可愛い花でいっぱいになって!それが私、大好きでぇ!」
……そんなタヌキを、全員が、黙って見つめていた。
バカすら、黙って見つめていた。だって……だって……理解が追い付かなかったので!
「……え?なんですか?皆さん、なんだってそんな顔を?そんなにおかしなことじゃないですよね?飲食店でランチタイムの忙しい時だけウェイターやって、その分、賄いの美味しいごはんを頂いて食費浮かせるとか、するじゃないですか……?え?ご存じない?」
デュオが小さく『ピアノのレッスン代として、薔薇の手入れをする、タヌキ……?』と呟いたが、それ以外、誰も何も喋らない。バカは理解が追い付かないあまり喋らないのだが、デュオと七香はそれぞれ、何かを理解した上で、喋れないのであった!
「……タヌキさん」
やがて、硬直状態が解けた七香が、眉間に少しばかり皺を寄せながら、タヌキに尋ねた。
「……あなたが習っていたピアノの先生、お名前は何と仰るの?」
「翠さんです!」
タヌキの答えを聞いた七香は、衝撃を受けたように目を見開き……。
「……あなたのお好きな曲は、何かしら」
「えーっ!?すぐには決められませんよう!……あっ、でもでも、やっぱりドビュッシーの喜びの島、大好きです!華やかでキラキラで、いいですよねえー!あっ、あと、王道ですがショパンのエチュードの3番です!別れの曲!よく弾いてましたねえ……」
タヌキの答えを聞いて、七香はじっと、何か、考え込む。
そして。
「……タヌキさん。あなた、翠先生のお家で、毎週、土曜日の午後3時くらいにレッスンを受けて、その後、午後4時くらいには、お庭のお手入れをしていたんじゃなくって……?」
そう、尋ねると。
「あ、はい。レッスンが午後3時からだったので、それで毎回、レッスン後にお庭の手入れを……え?なんでご存じなんですか?」
朗らかに……のほほんと、特に何も考えていない様子のタヌキが、ぽて、と首を傾げた。




