ゲームフェイズ1:『6』恋人
「光」
たまは、こっちを見て、ぱっ、と笑顔になると、とててて、と駆け寄ってきた。膝丈の白いワンピースの裾がひらりと翻って、なんとも可愛らしい。バカは、『たまって、白い服も似合うんだなあ』とぼんやり思った。なんとなく、たまは黒っぽいイメージなのだ。
「……つぐみ?」
そして光……デュオの方も、たまを見つめて、ぽかん、とする。そんなデュオを見上げて、たまは変わらず、にこにこと嬉しそうにしているのだ。大変かわいい。
……そんなたまを見て、デュオは……。
「……つぐみ。次に取ろうとしてる資格は何?」
「え?」
デュオは、唐突にそんな質問をしたのだった。
「アマチュア無線」
「そっか。じゃあ、好きな色は?」
「黒曜石の、ちょっと薄くなってるところの色」
たまとデュオのやり取りを聞いて、バカは『ほええ……?』と首を傾げるしかない。頭のいい人同士の会話っていうのは、かくも不思議なものなのだろうか。
デュオも、折角たまに会えたのだから、もうちょっと恋人らしい会話をすればいいのに、とバカは思うのだが……。
「成程ね。なら、俺が嫌いな食べ物は?片っ端から、全部挙げてみて?」
デュオは目を細めて、そんなことを言う。
これについてはバカもちょっとは分かる。陽は紫蘇とセロリが嫌いなのだ!
が、勿論、恋人であるたまは、よりたくさんの食べ物を挙げることができるのである。
「紫蘇、セロリ、パクチー……東南アジア系の甘酸っぱ辛い食べ物、それからマシュマロ」
案の定、バカの知らない食べ物が挙げられて、バカは『やっぱりすげえなあ』と感心する。
……だが。
「……ふーん。俺の記憶を参照してるのか。ってことは、幻とか、そういう類かな、これは」
……デュオはそう言って、冷たい目でたまを見下ろしていた。
「樺島君。これ、幻か何かだ。タックルしちゃっていいよ」
「えええっ!?」
バカは慄いた!まさか……まさか、デュオが、自らの恋人にタックルするよう言ってくるとは!バカの理解は追い付かない!
「でゅ、デュオさん!?どういうことです!?これ、どういうことです!?」
そして、タヌキの理解も追い付いていない!バカは、『俺だけじゃなかった!タヌキも分かってなかった!』とちょっぴり安心した。安心している場合ではない。
「……種明かしは後でいいかな。今は……彼女の姿を、これ以上、見ていたくない」
……そう。安心している場合ではないのだ。
だって、デュオが、あまりにも……あまりにも、辛そうだから。
ふい、と背けられたデュオの顔に浮かぶ後悔と、怒りと……何より、寂しさが、バカにもひしひしと感じ取れたから。だからバカは……目の前で不安そうにしているたまに、タックルを仕掛けなければならないのである。
「……わ、分かった……タックル、タックル、かぁ……」
とはいえ、いきなり、この状態からタックルに持ち込めるほど、バカの思い切りはよろしくない。バカの中にだって、迷いはあるし、良識もあるのだ。友達にタックルかますのは、流石に嫌なのだが……。
「……その、たま……じゃ、ないんだよな?」
だが、デュオ曰く、これはたまではない、のだそうだ。だからバカは馬鹿正直にそう、聞いたのだが……。
「……あなた、誰?」
たまは、目を眇めてバカを見つめ、冷たい声でそう、言った。
……そうしてバカはようやく、さっきのデュオの言葉の意味を知る。
『俺の記憶を参照している』と、デュオは言っていた。バカには『さんしょう』というのが何か分からないのだが……だが、『目の前のたまはデュオの記憶から生まれた偽物なのだろう』ということは、察せられた。
だから、目の前のたまはバカのことを知らない。目の前のたまは……デュオの記憶にあるたまだ。樺島剛と出会わなかった、デスゲームで死んでしまった、たまなのだ。
「樺島君。早く。タックルが無理そうなら、捕まえて放り投げてくれてもいいから。早く……俺の気が、おかしくなる前に」
……デュオが歯を食いしばって顔を背けているのを見て、バカは、こく、と頷いた。
「あの……たま、じゃ、ないのか……ええと、ええと……その、ごめんな」
たまじゃないのに、どこまでもはっきりとたまに似ているそれを見下ろして、バカは少しだけ、怯んで……。
「……エイヤッ!」
「わ」
ひょい、と、たまもどきを抱き上げた!
「よいせっ!よいせっ!よいせっ!」
「や、やめて、どこに運ぶの」
そしてそのまま、どどどどどどど、と走って、たまもどきを連れていく!少なくとも、デュオの目に入らず、耳にも届かないくらい遠くまで……部屋の端っこの方まで、バカは走っていった。
……が、部屋の端っこが、いつまでたってもやってこない。となると、この部屋はアホみてえに広い部屋ということであろうか。バカは訝しみつつ……しかし、振り返ってもデュオ達が見えないので、『よし、ここでいいだろ』と納得し……そして。
「でえええええい!」
ぶん、と。
……たまもどきを、投げ飛ばしたのであった!
バカが本気で投げ飛ばしたことによって、たまもどきは消えた。消えたのだ。見えないところまで飛んでいって……その後は、知らない。
だが、ひとまずバカはこれで自分の役割を果たしたと言えるだろう。胸の内にちょっと苦いものが残るような、そんな気分だが……これでよかったのだ。
「デュオぉおおおお!投げてきたぁああああああ!」
ということで、バカはまた、どどどどどどど、と元来た道を走って、デュオ達の元へと戻るのであった!
「デュオぉおおおお!」
「あ、樺島君、お疲れ様。ありがとう。助かったよ」
戻ると、デュオがちょっと疲れた顔で、それでも笑って労ってくれた。なのでバカは、『こういうのは俺の仕事!』と、元気に胸を張った。
「……ええとね、さっき、タヌキと海斗君には話したんだけど……さっきの彼女。俺の、恋人の姿をしていたんだけど、本物の恋人は今、魂を奪われて意識が無い状態なんだよね」
バカは大いに頷いた。『デュオにとってのたま』は、デスゲームで死んでしまったのだ。それは、知っている。
「それが、10年前になるんだけど」
「ええええええええええええええ!?」
「……気持ちは分かるけど、今はそれは置いておくよ。ええと、まあ……俺、その10年の間に初めて、『東南アジア系の甘くて酸っぱくて辛いタイプの料理』を食べたんだよね。それが苦手だって気づいたのも、彼女を失ってからだ」
バカは『10年!?10年!?』とびっくりしているのだが、デュオは苦笑している。デュオとしては、そこはスルーする所存であるらしい。バカは、『後で海斗に聞こ!』と強く思った……。
「彼女が知るはずの無い嫌いな食べ物を、彼女が言い当てた。まあつまり、そういうことだろうな、と思って」
「わかんねえ……」
そして、デュオの種明かしの方は全く分からない。全く分からないのだが、まあ、とりあえず、『さっきのたまは偽物だった!ヨシ!』ということだけは分かったので、バカは『まあよかった!』と笑顔になるのだった!
……と、いうことで。
「それはお辛かったですね、デュオさん……」
「まあ……実は、こういうのは今回が初めてじゃないんだ。2回目と3回目のデスゲームでも同じようなことをやられてね……。だから、まあ、慣れっこではあるよ」
「ひええ……」
タヌキは、すっかりデュオに同情している。バカとしても、『俺が辛かったんだから、デュオはもっと辛かったよなあ……』と思うし、海斗も悲痛な面持ちであった。
だが……。
「さて……じゃあ、カードを探そうか」
デュオがそう言って、バカ達は思い出した。
……この部屋は、まだ終わらないのである。
更に……。
「あのぅ……皆さん。ここのおねーちゃん達、すっごく、かわいくないですか……?」
「……そうだな」
タヌキと海斗は、何とも言えない顔で、白い服の女性達を見ている。……バカも、彼女らを見てみるが……成程、すっごく、かわいい。
バカは、『あっ!あの子、ちょっとミナに似てる気がする!』とか、『海斗と一緒に見た映画の女優さんに似てるなあ』とか、色々思いつつ、彼女らを眺める、のだが……。
……そんな女性らの群れから、すっ、と1人、やってきた。
さらりと長い黒髪が印象的な、涼やかな目元の女性である。その女性は、タヌキの前にそっと膝をつくと、微笑んで、タヌキを抱き上げんと手を伸ばす。
「わぁあ……」
タヌキは、ふら、とその女性の腕の中へ行ってしまいそうになっていたが、そこをすかさず、ひょい、とデュオに持ち上げられてしまった。
「……あの、タヌキ?大丈夫かな?」
デュオがタヌキの顔を覗き込むと、タヌキは『あああ……』と何とも言えない声を漏らし……そして。
「……成程。よーく、よーくわかりました。わかっちゃいましたよ」
さながら、名探偵か何かのように、タヌキは……言ったのである。
「……この部屋、好みのおねーちゃんがめっちゃ出てくる部屋、ですね……?」
勿体ぶった割に、なんかちょっとカッコ悪い。バカは、『流石はタヌキだ!』と、謎の感動を味わっていた!
「すごいですよ。なんか、見た限り私の好みのおねーちゃんばっかりです。お上品で、黒髪ロングで、ちょっとミステリアスで、影があって……あっ、あの子もかわいいー!ショートで活発なタイプの子も可愛いですよねえ!」
「……全然タイプが違うが」
「エッ!?好みってそういうものでは!?」
「……この部屋に女性が多いのって、タヌキのせいかもしれないね。あははは……」
……デュオが1人でこの部屋に入っていたら、ここに居たのはたまもどき1人だけだったのかもしれない。バカは、なんとなくかっこいいなあ、と思う。
一方のタヌキは、『囲まれたい!でも悪魔の罠!いや、でももういっそ罠でもいい気がしてきた!』などと言って、デュオの腕の中でじたばたしている。バカは、なんとなくかっこ悪いなあ、と思う!
「……まあ、『6』のアルカナは、『恋人』。誘惑に打ち勝つ、という意味を持つ訳だから……『好みの人が出てくる』っていう部屋、なのかも。まあ……俺は『誘惑』に勝ったから、皆、頑張ってね」
「ええええええええええ!?この部屋、何をどうやったらクリアなんですかぁ!?」
「少し探索してみよう。リンゴの木があることだし……いや、『誘惑』で『リンゴ』というと、嫌な予感しかしないが……」
結局のところ、この部屋のことはイマイチ分からない。バカは『探すのなら得意!』ということで、意気揚々とリンゴの木の方へ向かっていく。
……すると。
「あっ、なんか書いてあるぞ!」
バカは早速、リンゴの木の根元に石板を見つけてしまった。
『1つの林檎を誘惑者と分け合って食べたなら、誘惑者は恋人となる。楽園からは永遠に出られず、永遠の愛が約束される。1つの林檎を1人で食べきったなら、その者は誘惑に打ち勝った者。誘惑に打ち勝った者にはカードが与えられる。』
……と、石板の文章を読んだバカは……ぱっ、と笑顔になって、そわそわと海斗に尋ねた。
「つまり、ここのリンゴ、全部食っていいってことか!?」
海斗は、暫し、考えていた。考えていたが……やがて、諦めたように遠い目をして、頷いた。
「腹を壊さない程度にしておけよ。あと、食べ残すなよ。特に、ここの女性達に食べさしを与えるなよ。恋人にされるぞ」
「よくわかんないけどわかったぁ!よっしゃー!食うぞー!
バカは大喜びで、林檎の木へ飛びついた。
……ある種、誘惑に打ち勝てていない者なのであった!




