ゲームフェイズ1:『13』死神2
「騙、して……」
七香は、ただ、デュオを見つめている。だが……デュオが七香に向ける目は、冷たさこそ無いものの、温かくも、ない。
「……吐いていた嘘は、体のことだけじゃない。人格だって、嘘の内だった」
デュオはそう言って、ふ、と視線を床に落とす。
「あなたに好きだと教えたものは、大体はどうでもいいものだよ。悪いけど、俺、ピアノは弾けないし、クラシックを好んで聞く人間でもない。花の名前は知識として知っているだけで……好きだから覚えたわけじゃない。食べ物もそう。俺、西瓜は特段好きじゃない。嫌いでもないけれどね」
どんどんと告げられていく真実に、七香はただ、地面がばらばらになってしまったような、そんな顔をしている。
「出身地も嘘だ。俺、海の傍に住んでいたことは無いよ。学歴もこの体……『洞田貫彰』のものを詐称しただけ。あなたに話して聞かせたことがある思い出話のほとんどは、ただの作り話だった」
ひゅ、と七香が息を呑む。呑んで、唇を引き結んで、そして……。
「あなたが知る『洞田貫彰』は、存在しない人だったんだ」
……デュオがそう言うのを、七香はただ、じっと黙って、聞いている。
七香が、じっと考えている。……こういう時、頭が良かったら何か気の利いたことを言えたのかもしれない。だが、バカにはそれができない。
そう。バカは、こういう時にどうすればよいものやら、全く分からないのだ。
デュオ……宇佐美光には幸せであってほしいし、タヌキにも幸せであってほしい。そして、七香だって、そうだ。どうか幸せであれ、と思う。
特に、前回の終わりの、あの時の七香の、悲しみと幸福の綯交ぜになった顔を見てしまったから。だから……七香も幸せであれ、と、思う。思うのだが……。
「……あのさあ、俺、バカだから全然、わかんなくてさあ……」
バカは、バカなのだ。どうしようもなく、バカなのである。それが悔しくて、なんだか泣きそうになりながら、バカは尋ねる。
「七香は……どうしたら、幸せになれるんだ……?」
「……えっ」
わからないから、聞くしかない。聞くしかないのだ。本当だったら、自分自身で考えて、答えが出せたらそれが一番いい。そんなことは分かっている。分かっているのに、それができないから……本人に直接聞くしか、ないのだ。
「……幸せ、に?」
七香は只々、戸惑った様子であった。バカの発言はあまりにも唐突だったのだろう。
「そんなの……」
七香は何か言おうとして……しかし、何かに気づいたように、それをひっこめた。
まるで、『何が自分にとって幸せなことか』が、分からなくなってしまったような……そんな風に見えた。
……実際、そうだったのかもしれない。七香は、色々と、衝撃的なことを聞いてしまって……何もかも嘘で、存在しなかったものを愛していて……そういう諸々を受け止めきれなくて、嵐の海を漂う小舟のようになってしまった。
「私……」
七香は、今まで見たことが無いような、不安と空虚さが滲んだ顔をしていた。
「私、何を、望んだら、いいのかしら……」
……七香は今、自分の願いを見失ってしまったのだ。
……これで、よかったのだろう、とバカは思う。
デュオは、居ない人なのだ。デュオは本当は『宇佐美光』で、陽だから……だから、七香の傍にいる『洞田貫彰』ではいられないのだ。七香が恋した『洞田貫彰』は、存在しない人だったのだ。だから、七香は、これでいい、のだと思う。
だが……それでも、バカの胸の奥に、じわじわと焦燥のようなものがある。
なんとかしたい、と思う。何か、七香の為にできることを探したい。
折角なら、彼女にも幸せでいてほしいから。
「うん……。その、多分、七香は美味いものいっぱい食べたら元気が出てくるタイプじゃない、よな……?」
バカは、最後の方はもうすっかりしょぼしょぼと尻すぼみになりつつ、そう言ってみて、『やっぱり違うよなあ』と縮こまる。
バカは、いっぱい食べて風呂に入っていっぱい寝たら、幸せになって翌朝目が覚めるタイプのバカだ。だが、それは自分が単純故であることを自覚してはいる。
七香も、デュオも……そんなに単純じゃないのだ。そして、彼らの前にある問題もまた、単純じゃないのだ。
だからこそ、バカは、どうしていいのか分からない。分からないが……。
「……あの、七香さん」
そこへ、タヌキがそっと……それでいて、強い決意を秘めた凛々しさを伴って、やってきた。
「七香さんは……ふわふわを撫でると、ちょこっとは幸せになれるタイプですか!?ですよね!?そうに違いありませんよね!?」
「……え?」
七香は困惑していた。だが、タヌキの決意は、固かった。
「どうぞ!」
タヌキは……七香の目の前でひっくり返って、ふわふわのお腹を見せたのであった!
……そうして。
七香は、皆に見守られる中、もそ、ふわ、と、タヌキのお腹を撫でていた。
……最初こそ、七香は『下手な同情は止めて』と冷たい目をしていた。だが、タヌキはその上を行ったのだ。
タヌキは『いえ!ちょっと考えをまとめるまでの間、手を動かすというのはアリなのではないかと思いますよ!そして、それだったらちょっとぬくぬくでふわふわな私を撫でて頂くのが丁度いいと思いますよ!いかがですか!』と言いくるめ始めたのである!
タヌキの舌先三寸、いいんだか悪いんだかよく分からないセールストークに、七香はなんとも言えない顔をしていた。だが、タヌキが七香の手に短い手足で飛びついて、その手をお腹に抱え込むようにしてしまって、『さあ!どうぞ!』とやり始めてしまったので……。
……そうして、七香はタヌキのお腹をひたすらゆるゆる、撫で続けている。タヌキは大人しく撫でられ続けている。
そして全員が沈黙している。
バカも、体育座りしたまま七香とタヌキを見守っている。海斗も、なんだか居心地悪そうに、でも、掛ける言葉を何も見つけられずに座っている。
……そして。
「1つ、聞かせて」
七香が、タヌキのお腹を撫でながら、そう零した。
「体の話をしたいなら、タヌキさんとあなたの2人だけでよかったはず」
ふさ、とタヌキのお腹がもうひと撫でされて……そこで、七香の手は止まった。
七香の目が、デュオへ向けられる。
「私を呼んだのは、何故?」
「それは……」
デュオは、少し言い淀んだ。だが、答えないわけにはいかない。
「……都合が良いようだけれど、あなたに諦めてもらうためだ。ええと……俺が嫌われれば、手っ取り早いから」
結局、デュオはそう答えた。少し投げやりな言い方なのは多分、嫌われようとしているからなんだろうな、とバカはなんとなく思う。
「諦めさせる必要も、無かったのでは?……私を殺せば済む話だもの」
「それは……」
が、ここまで切り込まれると、流石のデュオもたじろいだ。
……そして。
「……俺に残った善性がこれっぽっちだったっていうだけかな」
デュオはそう言って、ふ、と七香から目を逸らした。そして、七香はそれを見て……。
「善性があったというのなら、夢見たままに殺してくれたらよかったのに」
そう言って、ふ、と笑った。
……その笑顔を見て、バカは、『ああ、七香は諦めたんだなあ』と、ぼんやり思った。
「あなたの正体なんてどうでもいい。あなたが私を愛してくれているのであれば。……でも、そうじゃないのでしょう?」
七香が、小さくてもどこか通る声で、そう、デュオに尋ねる。ゆるゆると持ち上がった視線がデュオに向けられて、それが、なんとも暗く虚ろだ。
「……そうだね。二重の意味で、そうだ」
デュオは小さく頷いて、答える。七香の視線をまっすぐ受け止めながら。
「愛していなかったし、そもそも、俺は『洞田貫彰』じゃ、なかった。……もう、気づかれていたように、思うけれど」
……デュオの言葉を聞いて、七香は、ふ、と笑った。
「そうね……あなたが私に興味が無いことくらい、分かっていたわ。ずっと。ずっと……私の片思いだった。『存在しない』人への、片思い」
そうして笑った七香は、幾分、すっきりした顔をしていた。
……バカはこういう顔をする人を、前にも見たことがある。……前回のデスゲームでは、ミナも、こんな顔をしていた。もしかしたら、ビーナスや、ヒバナも。
『願いを諦めた人』というのは、えてして、こういう顔をするものなのかもしれない。寂しくて、悲しくて、でも、重荷を下ろしたような、そんな顔だ。
そうしてバカ達は、部屋を出た。
七香はまだ何か、色々と考えている様子だったから、バカは『もう少し休んでからじゃなくていいのか』と聞いたのだが、七香が部屋を出たがった。『ここに居たくないの。あなた達の視線が無いところで、一人になりたくて』ということで、七香の意思は固かったのである。
上るエレベーターの中、デュオはどうしていいものやら困っていたし、タヌキは『デュオさん、なんか、こう、酷い人ですね……』と何とも言えない目をしていたし、海斗は只々気まずそうだったし……何かと、気まずい。とにかく、気まずい。
バカは大いにそわそわしながら、大広間へと戻るのだった……。
バカ達が大広間に戻ると、丁度、もう1つ個室が動いているのが見えた。……そして。
「あ、よかったぁー。アタシ達、最後じゃなかったわね」
五右衛門と四郎が出てきた。2人とも、のんびりとした調子である。となると、『9』のアルカナルームはそんなに難しくなかった、ということだろう。
「無事でよかったです!おかえりなさい!」
「ただいま……って言うのはなんか変な気がするわねぇー……」
タヌキが元気にぽんぽこぽん!とお出迎えして、五右衛門と四郎は何とも言えない顔になってしまった。が、タヌキはそれでも特にめげない!
「9番のアルカナルームはどんなかんじでしたか!?こっちは交通事故でしたよ!」
「こうつ……は?」
「樺島さんが!馬に乗った骸骨の騎士を!巴投げで!一本!」
「……何も分かんねえ」
こちらの説明は大分端折られているように聞こえるが、実際、これが事実なのだから仕方がない。デュオも海斗も、『あー、まあ、その通りなんだけど』という顔である。仕方ない。
「……こっちは、暗がりの中を、明かりを頼りに進んでいくようなゲームだったな」
「そうそう。ただし、落とし穴だらけっていうか……道以外は全部穴なのよねぇー。下手したら転落死じゃない?アレ」
「高所作業ってことかぁ!?命綱、あったかぁ!?」
「あるわけねえだろデスゲームだぞ」
バカは四郎と五右衛門の話を聞いて、『ご安全にぃ!』と叫んでしまった。バカにとっての高所作業は『飛べばヨシ!』なのだが、人間が作業に従事する時にはちゃんと命綱などの安全装置が必要なのである!じゃなきゃ、危険が危ないのである!
「ところで、ヤエちゃんとむつちゃんは……」
が、慌ててばかりもいられない。何せ、むつとヤエがまだ、戻ってきていないのだ。
「ええと……14番の部屋に行ったんだよなあ……?」
バカは必死に思い出す。思い出して、思い出して……『そういえば、むつとヤエが2人きりでアルカナルームに入った時、あったなあ』と思い出した。多分、前回だ。
そしてその時、2人とも無事に出てきた。何故なら……むつとヤエが2人で入る部屋、つまり、『14』のアルカナルームは、水のパズルの部屋だからである!
「……多分、大丈夫だよぉ」
「た、多分って何よぉ……」
どう説明することもできないが、ひとまず、命の危険は無いだろう。バカは落ち着いたものなのだが、五右衛門はそわそわしている。まあ、持っている情報が違うので、当然なのだが……。
「なんでアンタ、そんな落ち着いてられるのよ」
「えええ……だ、だって、むつとヤエならきっと大丈夫だって……俺みてえにバカじゃねえもん……」
終いには、五右衛門に何やら詰め寄られておろおろすることになるバカなのだが……しかし、これ以上に何か言えることなど無いのである!バカは、『むつぅ!ヤエぇ!早く戻ってきてぇー!』と嘆いた!
……そうしてバカの嘆きが通じたのであろうか。ごうん、と低く音が聞こえて、そして、するする、と個室がまた、上がってくる。……むつとヤエが、帰ってきたのだ!
バカとタヌキと五右衛門が、上がってくる個室の前でそわそわと待っていると……ドアが開き、そして、中から仲良く、むつとヤエが降りてきた!
「あっ……私達、最後だった?ご、ごめん!」
「お待たせしました……」
むつとヤエが『大変だ大変だ、お待たせしてしまった』とばかり、慌てているのを見て……バカもタヌキも五右衛門も、ついつい、満面の笑みになってしまうのであった。
「無事でよかったわぁー!」
「お帰りなさい!ささ、こちらへこちらへ!そっちのお部屋はどんな具合でしたか!?こっちは樺島さんが骸骨の騎士を馬ごと巴投げしました!」
「えっ!?巴投げ!?馬を!?」
……そうして、むつとヤエも迎え入れて、大広間は賑やかになっていくのであった!
「……さて。そろそろいい加減、次の部屋に行きてえが」
が、情報交換をしていた一同の中、早速動いたのは四郎であった。
「チンタラしてたら、発表の時間に間に合わねえぞ」
四郎が顎で示した方にあるモニターには、残り時間20分、とある。部屋によっては十分にタイムオーバーしそうであるが……。
「あ、じゃあいいかしら」
そんな中、五右衛門が手を挙げた。
「アタシ、次は1人で『5』に入るわ」
……そして、なんと、そんなことを言い出したのである!




