ゲームフェイズ1:『13』死神1
バカは迷った。『またタックルしたら駄目だよなあ』と思った。
前回の記憶は今も新しい。こっちに向かって突っ込んできた馬と骸骨の騎士にびっくりしたバカはタックルで迎え撃ってしまって、そして、交通事故が起きた。そういうかんじであった。
あの時、骸骨の騎士が骨折してしまっているのをバカはよく覚えている。同時に、骸骨の騎士が、『話せばわかる相手』であることもまた、バカはよく覚えている。
……だが、そんなことを考えるバカとは違って、骸骨の騎士はバカのようにやり直しているわけではない。突っ込んでいったらタックルし返されると知らない骸骨の騎士は、バカを見て、そして、その手の槍を構え直し、馬をこちらへ向けて……。
「ごめぇえええん!」
「うわっ巴投げだ」
……バカは、馬ごと骸骨の騎士を投げた!一本!
「あの、ごめんな……投げちゃって、ごめんな……。馬ってこういう時、咄嗟に着地、できねえもんな……」
そしてバカは、骸骨の騎士と膝を突き合わせて互いに正座でお話し中である。示談交渉だ。交通事故の、示談交渉だ。
何せ……今回は、タックルの時よりも、馬へのダメージが大きい!一方、バカは無傷である!被害状況からすると、10:0なのである!
「でも、その、俺、急に突っ込んでこられちゃったら、びっくりするからぁ……。声掛けしてから、突っ込んで来てもらえれば、受け止めるとか、できるからぁ……」
バカはしょんぼりしながら、骸骨の騎士にお話しを試みる。骸骨の騎士は、愛馬に多大なる被害が出ているのでご立腹な一方、自分もぶん投げられているのでバカに対して畏怖の思いもあるらしく、結果、ただおろおろしている。
「……その、俺、どうしたらよかったかなあ」
なので、バカは一応、聞いてみる。何度でもやり直す所存のバカとしては、『きっと、まだまだ俺、やり直すことになるだろうしなあ……』と予測が立っている。そして、やり直していたらきっと、また骸骨の騎士と戦うことがあるのだ。その時には、次こそ、平和に終わらせたいのだが……。
「……ん?」
そんなバカに、骸骨の騎士は困惑しながらも、槍を掲げてみせてくれた。
……そして、槍を脇に置いて、自分の人差し指(骨であるが)同士を、交差させてぶつけて、それからまた、組み替えて、ぶつけて見せてくれた。
「……んんん?」
バカはバカなので、骸骨の騎士のジェスチャーの意味するところが分からない。が、やる気はあるので、一生懸命、骸骨の騎士を見つめて、その意図を汲み取ろうとするのだが……。
「槍の試合に持ち込んで、試合で勝ってくれ、ということか?」
そこへ、ひょこ、とやってきた海斗が、そう助け船を出してくれた。すると、骸骨の騎士は、ぱっ、とその表情(骨であるのだが)を明るくして、こくこくと頷いた。
「試合……?」
「ああ。その……ほら、あるだろう。馬上槍試合」
「えっ、わかんねえ!」
「……そうか。そうだろうな。ええと……馬に乗って、互いに武器をぶつけ合い、落馬した方が負けだ。……つまり、スポーツで決着をつけることが可能だろう、という提案だな」
海斗の解説を聞いて、バカは『そっかぁ!そういうのあるんだぁ!』とにこにこした。骸骨の騎士も、心なしか嬉しそうにうんうんと頷いている。やっぱりこいつは話の分かるやつ!
「分かった!俺、もし次にまたお前と戦うことがあったら、勝負じゃなくて試合で勝つよ!」
「その言い方だと、『試合に勝って勝負に負けた』の類に聞こえるぞ、樺島……」
バカは骸骨の騎士に『よろしくな!』と握手を求めた。骸骨の騎士は困惑していたが、ひとまず、バカの巴投げの力量自体は認めているらしい。握手に応じてくれて、両者は握り合った手を、ふり、ふり、とやることになったのであった!
ということで。
「……で、ええと、これでこの部屋は終わりかな」
「おう!カード貰ってきた!」
「樺島君は……その、本当に規格外だね」
……骸骨の騎士は馬をなんとか連れてお家へ帰り、バカは意気揚々とカードを手に戻ってきた。デュオと七香は何とも言えない顔をしており、タヌキは、『わあ……巴投げ……わああ……』と震えている。
「では戻りましょうか?」
そして、この部屋のお仕事が終わってしまったので、バカ達はもう、大広間へ戻ってもいいのだ。いい、のだが……。
「あの、ちょっと、お話ししたいことが、ございましてぇ……」
……タヌキが、恐る恐る、といった調子で声を上げていた。
そう。今回のこのアルカナルームでの目的は、骸骨の騎士との闘いではない。カードの取得ですらない。
タヌキとデュオの、話し合いなのだ。
「ええと、何かな」
デュオがタヌキの視線に近くなるようにその場に座ったので、バカも、タヌキとデュオの間あたりにそっと体育座りした。すると、バカの隣に海斗がそっと正座した。
……七香は何とも言えない顔をしていたが、少ししてから、デュオの隣に、そっと腰を下ろした。なのでバカは、七香が座る直前、サッ!と、七香が座るあたりにハンカチを置いた!
「あ、ええとですね……では、皆さん、ちょっとお時間を頂戴してしまい、申し訳ありませんが……その、とっても大事な……大事な、話でしてぇ……」
タヌキはそんな皆に囲まれながら、もじもじしていたが……やがて、意を決したように、デュオの方を見て、言った。
「あの、デュオさん。その体は、どのようにして手に入れられましたか?」
「……ということは、この体、もしかして……君のもの、なのかな」
デュオがそう答えると、タヌキは『あっ!?そういうかんじですか!?』という顔をした。そして。
「体?一体、何の……」
この中で唯一、何の情報も持たない七香が、困惑している。バカは、『七香って、こういう風に慌てることもあるんだなあ』とちょっぴり意外に思った。
「……さっきの質問に答えよう。この体は、俺が前回参加したデスゲームで、悪魔から商品としてもらった体だ」
デュオは七香の方はひとまず置いておくことにしたらしい。タヌキに向けて、そう説明する。
「ただ……健康状態については、特段指定しなかった。ただ、『別人に成りすませるように、他人の体を1つくれ』と言っただけだ。……だから、君の体を貰うことになっちゃったんだろうな」
デュオが苦笑すると、タヌキは『ああ……』と、なんとも悲しげな顔をした。
「……やっぱり、病はそのままなんですね?」
「そうだね。まあ、悪魔のすることだから……」
「それは……あああああー、じゃ、じゃあ、デュオさん、あなた、今、かなりしんどいのでは……?」
「……まあ、うん。そうかもね。あははは……」
タヌキがおろおろしながら、そっとデュオに近付いていって、その膝に、ぽふ、と手を置く。デュオはその手をそっと握った。タヌキの小さなフカフカの手は、きっと温かいのだろう。
が、そうしてタヌキとデュオが、言葉も説明も色々と少ないままに分かり合っている雰囲気を醸し出している中……当然、『全く納得がいかない』人が、ここに居る。
「彰さん」
デュオのことをそう呼んで、七香は、デュオを睨んだ。
「説明を。……私、何も、聞いていません」
「……そうだね。何も、言っていなかった」
七香の少し青ざめた顔を見つめ返しながら、デュオは少し、申し訳なさそうに笑った。
そして。
「……小百合さん。俺の本当の名前は、『宇佐美光』。あなたが知っている名前は……恐らく、こちらのタヌキのものだ」
「名前……あっ!えーと……七香さん、私、『洞田貫彰』と申します。どうぞよろしくお願いします」
……デュオとタヌキの自己紹介を聞いて、七香は絶句した。
「たぬき!?タヌキの名前って、たぬきなのぉ!?」
また、バカは別方向に驚いていた!日本レア苗字との邂逅は、驚きの塊であった!
バカは、『タヌキがたぬきだった!』と騒いでいたが、海斗に『お前はちょっと黙ってろ』と小突かれたので、そのまま大人しくお口チャックしておくことにした。きちんとした姿勢で、できるだけコンパクトに体育座りしておく。それでもデカいのがこのバカなのだが。
「……ええと、色々と説明することが、多いな。うーん……」
「あ、じゃあ私の話からしましょうか?」
「いや……俺の話を先にするよ。その方が、タヌキが俺のことを悪魔か人間か判断しやすいだろうし」
「わぁあ、親切ぅ……!」
タヌキはデュオの気遣いに、『デュオさん……!』と心打たれた様子である。もう信じ始めちゃってる気がする。このタヌキ、騙されやすそうである。今回については大正解なのだが。
「……ええと、まず、俺についてだけれど……過去5回、悪魔のデスゲームに参加してる」
「5回!?5回!?5回!?」
「うん。5回。……それで、前回参加したデスゲームの賞品としてもらったのが、この体だ」
タヌキは『5回もデスゲームに参加して生き残ってるってすごくないですか!?すごい!あとこわい!』と慄いている。バカも、『そういえば、5回もデスゲームに参加してるのってすごいよなあ』としみじみ思った。……それだけ、死ぬ可能性があったということだろうに、よく生き残ったものだ。
「……『別人になりすませる体を』と望んだんだけれどね。その結果、貰ってしまったのがこの……『洞田貫彰』の体だった、ということだ。つまり……タヌキ。君の体、ということだよね?」
「はい。そういうこと、なんだと思います。私の体は悪魔に没収されていましたので」
そして、話の続きはタヌキが引き取る。
「私も、過去に一度、悪魔のデスゲームに参加したことがあります。そして、そこで『健康な体』を望みましたところ、まあ、この通り、タヌキになっちゃったんです」
「ああ、やっぱりそういう……」
どうも、デュオの予想はかなり真実に近いものであったようだ。バカは心底びっくりした!
「……健康な体?では、今、彰さん……いえ、宇佐美、さん、の、体は……」
一方、七香はこれを聞いて、只々青ざめている。……そして。
「あ、癌です。膵臓のステージ2です。……ん?でした、になるんですかね……?」
タヌキがそうさらりと言うものだから、バカは『すいぞうってどこ……?』と頭の上に『?』マークをいっぱい浮かべながら、しかし、お腹の中のどこが痛くても辛いことには変わりない、と考えるのを止めた。
「いやー、見ての通り、私のボディ、別に肥満じゃありませんし、飲酒はまあそれなりでしたけれど、喫煙もしませんでしたしぃ……人並な生活は送ってたはずなんですけどねえ。人生、分からないもので……」
「遺伝的な要因が大きいみたいだからね。膵臓癌」
デュオとタヌキは何やら分かり合えたような顔で頷き合っている。……同じ病を味わう者として、大いに思うところがあるのだろう。
「ええと……デュオさんが私のボディに入っている状態でこういうこと言うのもアレなんですが、その、膵臓癌、結構、痛くてですね……それで、私は悪魔に魂を売る覚悟で、デスゲームに参加しちゃったんです」
タヌキはそう、デュオに、そして七香に説明する。七香は先程から、絶句しっぱなしである。
流石に、自分が恋した人がタヌキと入れ替わっている全くの別人で、更にその体が癌に侵されている、となると、理解が追い付いても心が追い付かないのだろう。
「で、『健康な体をください!』と言ったら、『なら健康な体に入れてやろう。ほい』と……健康優良な、タヌキのボディに!タヌキのボディに魂を入れられてしまいましてぇ!」
「悪魔だからね。できるだけ、人間の願いを捻じ曲げて、『こんなつもりじゃなかった』っていう結果を出そうとしてくるんだよね……」
タヌキとデュオは大いに頷き合っている。もうタヌキはデュオを信用しきっている様子である。やっぱりこのタヌキ、騙されやすいのかもしれない。まあ、今回は本当に大正解なので、いいのだが……。
「……俺の方は、まあ……デスゲームに5回も参加するとなると、流石にちょっと、ね。顔見知りの参加者ができかねない。ああ、ほら、悪魔のデスゲームって、2回以上参加する人がそれなりに居るんだよね。タヌキみたいに、『願いを叶えられた結果、また酷い状態になってしまった』っていう人が一定数居る訳だから」
一方のデュオも、話し始める。バカはデュオの話を聞いて、『悪魔のデスゲームってリピート率高いのかぁ……』と、分かっているようないないような感想を抱いた。
「それで……ええと、そもそも、俺がデスゲームに参加する理由は、恩人を救うためだ。……その人は、悪魔に魂を奪われている。『生き返らせろ』と悪魔に願ったんだが、魂までは戻してもらえなかったみたいで……体だけ生きているような状態になってる」
バカは、『たまのことだな』と理解した。
……同時に、七香はどう思っているだろうか、と七香の様子をちらりと見てみたら、やはり、ものすごく複雑そうな顔をしていた。バカはちょっと怖かったので、七香から視線を外した!
「……その生命維持と治療のためにお金が色々と必要になって、動く必要があった。デスゲームも、そう頻繁に参加できるものじゃないし。……まあ、そういうのも含めて、別人の体があると便利だな、って思ったんだ。だから悪魔に、『別人の体』を要求した。……ところが、その体が膵臓癌だった」
「ああー……なんというか、その、心中お察ししますぅ……」
デュオが力無く笑うのを見て、タヌキも、ぺしょ……と元気を失った状態になってしまった。元々の体を使っていた身として、その辛さはよく分かるのだろう。
「成程……分かりました。分かりましたよ、デュオさん!」
そうして、タヌキは少し考えていたが、いきなりしゃんとした。しゃんとしたタヌキは、尻尾もふわふわにしながら、勇ましくデュオの膝の上に乗っかった。
「どうやらあなたは私の敵ではなさそうです!ある種、悪魔にしてやられた被害者同士、とも言えるでしょう!」
「そう、だね。まあ、そう思ってもらえると、嬉しいな。その、俺は、君の体を奪ってしまったようなものだけれど……」
「いえ!被害者です!その体に入れられたら辛いに決まっていますし!分かります!分かりますよ、その辛さ!」
デュオは少しばかり及び腰だったが、それ以上にタヌキが勇ましかった。
……なので。
「その、そういうことで、なんとか協力、できませんかね……?その、互いに、健康な、かつ人間の体を取り戻す、ということで……」
……どうやら、タヌキは協力してくれそうである!
バカは、タヌキとの共同戦線を大いに喜んだ。デュオとタヌキが『よろしく』と握手し合うのを見て、とても嬉しい。
……だが。
七香は、只々、自身の困惑を鎮めるように、沈黙しているばかりだ。
「……小百合さん」
そんな七香に、デュオがそっと、声を掛ける。
デュオに真正面から見つめられた七香は、少し怯んだような様子を見せた。
「そういう訳だ。俺は、善人じゃない。目的のために、誰だって踏み躙れる人間だ。……あなたのことだって」
少しだけ、デュオは痛みを堪えるような顔をした。病を抱えた腹が痛むのか……それとも、もっと奥の、別のところが、痛むのか。
「……俺は、あなたを騙していた」
……七香は、何も言わない。ただ、デュオを見つめ返しながら、目の前に居る者が何者なのかを、考えている。
そして、自分がどうすべきなのかを考えているのだろう。




