ゲームフェイズ2:ダァトの部屋
あれ、とバカは不思議に思う。
もう、ゲームフェイズが終わったのだろうか、と。……だが、どうも、まだゲームフェイズが終わるほどの時間は経っていないように思われるのだ。
おかしいなあ、何の鐘かなあ、と思いながら、バカはエレベーターが到着してすぐ、大広間へと出て……。
「……あれ?」
大広間を見回して、バカは首を傾げる。
……大広間は、随分と様変わりしていた。
「お花、生えてる……」
具体的には……お花が生えていた!
バカは、そっとしゃがんで、お花を見てみる。バカはバカなので、それが何の花なのかはよく分からなかったが……とりあえず、お花が生えているのである!
つん、とつついてみると、ふるん、と揺れる。ごくごく普通の、花だ。それが、何故か、床から生えており……非常に元気!
バカは『いつの間にか誰かが植えたのかなあ』と首を傾げ、頭の上に『?』マークをいっぱい浮かべ……そこで、はた、と気づく。
「七香とヤエは……?」
……そこに居るはずだった、七香とヤエ。
その2人が、居ない。
七香とヤエが座って休憩するためにバカが出してきたベッドは、ある。2人分、座っていた形跡もある。
だが、2人が居ない。
……バカは、大広間の片隅、草がふさふさしていて柔らかそうなそこに四郎と五右衛門をそっと寝かせて、そして、周囲を見回す。七香もヤエも、どこへ行ってしまったのだろう、と。
そうしていると、海斗とデュオとむつを乗せたエレベーターも無事に上がってきて、そして、やはり3人とも、この光景に驚いている。
「樺島。七香さんとヤエさんは?」
「わかんない……。俺が到着した時にはもう、居なかった……」
駆け寄ってきた海斗にバカがそう告げると、海斗は『そうか』とだけ言って、難しい顔をする。
「……腕輪は、全部あるね」
「個室も変化なし、だけれど……」
デュオもむつも確認していくが、個室に変化は無い。そして、腕輪にも変化が無い。外しちゃった腕輪は、ちゃんと、大広間の一角に置いてあった。
「……もしかして」
が、その時、むつの視線が、ふっ、と上向いた。
そこには、天井がある。そして……。
「……天井裏、か?」
天井の先には、『ゲーム開始前』の、あの空間があるはずなのだ。
『ダァト』の個室も、また。
「……そうか、天井裏か!」
そして、海斗も気づく。デュオも天井を見上げ、『そういうことか』と顔を顰めた。
「成程ね。使用中の個室の上に居れば、その個室が大広間に戻ってきた時に合わせて、天井裏に行ける、と……!」
「な、七香、とヤエ、天井裏に行ったのか!?」
「……そうだろうな。腕輪はこのまま、個室も使用中のものが増えているわけじゃない、となると……それしか考えられない」
海斗も『参ったな』と天井を見上げて呟く。ということはやはり、七香とヤエは天井裏に行ってしまった、ということなのだろう!彼女らの行動力に、バカはちょっとばかり、尊敬の念を抱いた!
「俺達も行こう。だが、ええと……」
そうしてデュオも動き出す。動き出すが……同時に、ちら、と全員を見回した。
「……誰が残る?」
……そう。
個室の昇降を利用して天井裏に行くのならば……その個室を動かす者が1名、別途、必要なのだ。
バカは考えた。考えて……そして、どうしても分からなかったので、聞くことにする。
「……残ると何かまずいのか?」
すると、海斗もデュオも、何とも言えない顔をする。
「……まあ、出口がある可能性が今、一番高いのは天井裏、もしくは『ダァト』の個室だろうからな……」
「そうなのぉ!?」
バカは新鮮な驚きによって慄いた。むつにも『そっかぁ、樺島さんってこういうタイプ……』となんだか呆れられている!
「とはいえ、七香さんは今、カードを3枚しか持っていないはずだ。ヤエさんは1枚。俺達が『4』や『5』の部屋を探索している間に彼女がどこにも入っていないなら、それは変わらない。ルールによれば、それでは脱出できないはずだから……」
「……そういう訳だ。すぐに脱出云々の話にはならない」
「そっかぁ……。じゃあ大丈夫ってことかぁ……」
バカは、『とりあえず、問題はないらしい!』とほっとした。
だが。
「……だが、『すぐに』ならない、というだけだ」
海斗は、緊張した面持ちである。
……流石に、バカにも分かった。
「……ここに居る全員のカードを合わせれば、それだけでも、誰かは脱出できることになる」
これは最後の局面なんだな、と。
「そういうことなら、僕が残ろう」
が、そこで海斗がそんなことを言い出したので、バカはびっくりした!
「えっ、あ、あの、海斗」
「僕はいい。ただし……樺島。ちょっと」
海斗は緊張した面持ちで、バカをちょいちょいと手招きする。なのでバカは、海斗の傍へとテッテケ駆けていき……。
「いいか?この状況……お前から聞いた、『8』のアルカナルームに酷似している」
海斗の言葉に、バカは首を傾げることになったのだった。
「こくじ……?」
「とても似ている、っていうことだ。……確か、『8』のアルカナルームでは、七香さんがヤエさんと戦って、ヤエさんが、その……亡くなった、んだったな?」
バカは思い出す。
ヒマワリの花に囲まれて倒れて動かない、ヤエの姿を。
必死の形相で、デュオを守ろうとした七香の姿を。
「……ここの植物が、ヤエさんの異能によるものだとしたら?」
……バカは、思い出す。
あの、植物まみれの部屋。あれは……てっきり、『8』のアルカナルームが、植物いっぱいの部屋なのだとばかり、思っていたが……あれこそが、ヤエの異能なのだとしたら。
「その場合はまず間違いなく、ヤエさんは……七香さんと戦ったんだろう。そして、その場合はきっと……七香さんが、勝った」
バカは、ひゅ、と息を呑む。
……否定できない。何も。
ここで七香とヤエが戦ったとして、きっと、勝つのは七香だ。だって、少なくとも前回は、そうだった。
「だから、樺島。お前は……見届けたら、すぐさま『やり直し』をしろ」
……海斗の言葉を、バカは確かに受け止めた。
「七香さんの願いを見届けて、すぐに……『やり直し』するんだ。お前が、危害を加えられる前に!」
……そうして。
「じゃあ、後のことはよろしく頼んだ」
「ああ。行ってくるよ」
海斗はデュオとも何やら話して、それから、1人で個室へと入っていく。エレベーターを起動させて、バカ達を天井裏へ送り届けるために。
「海斗さん……その、ごめん……」
「いや、いいんだ。気にしないでくれ。僕は、樺島さえ脱出できればそれでいい」
海斗はむつにもそう言って笑って……そして、バカを見つめて、ちょっと笑う。
「……じゃあな、『相棒』」
「うん……また『後』で!」
海斗が小さく手を振って、個室のドアが閉まる。そして、個室はするする、と床に沈んでいき……そのまま、個室のてっぺんだった部分が、すっかり床と同じ高さになる。
「じゃあ、ここで待機、だね」
沈んだ個室の上にデュオが進み出たので、バカもそこに並ぶ。むつも、おっかなびっくり、やってきた。
……そうしていると、床が、動き出す。
海斗がまた、エレベーターを動かしたのだ。
「よし、動くぞ。転ばないように、気を付けて……」
デュオが天井を見上げ、むつも同じように天井を見上げ……バカ達を乗せた床は、再び天井の高さまで持ち上がっていく。
……そして。
床にはぼんやりと、光の線が走っている。
個室があった場所同士を結んで、床に『セフィロト』の模様を描いているのだ。
……バカがゲーム開始前に見た光景である。
「『ダァト』はこっちだね」
そしてそこを、デュオが進んでいく。むつとバカもそれについていき……遂に、この部屋に唯一残った個室へと辿り着いた。
「……開けるよ」
デュオは、持ってきたらしい腕輪を、ドアの一部にかざした。……すると、ドアが『かちり』と音を立て、僅かに開く。デュオはそこに指を突っ込んで、がらり、とドアを開けて……。
「……ヤエちゃん」
そこにあったのは、ヤエの死体である。前回そうであったように、首を折られているようだ。
だが、やはり七香の姿は見当たらない。
「……七香はこの先、か」
そこから続く上りの螺旋階段を見て、そっと、息を呑むのだった。
バカは、先頭を行く。ドアを開けるところまではデュオが先行していたが、ここから先はきっと、いよいよ危ない。だから、ここはバカの出番だ。
バカは、螺旋階段を駆け上がっていく。ただし、デュオとむつが付いてこられるくらいのスピードで。
……そうして螺旋階段の終わりが見える。
「七香……!」
螺旋階段を上り切って、ぼんやりと薄明るい広い空間に出て……そして。
「っ……!?」
むつが、くぐもった悲鳴を上げた。
はっとしてバカが振り向くと……むつの足先が、浮いていた。
完全な不意打ちだった。
だから、一瞬、理解が遅れた。『七香が異能でむつの首を絞め上げ、宙吊りにしている』と理解するまでに、一秒以上の時間を有した。
……そしてそのたった一秒で、七香は十分に、やり遂げることができてしまった。
「ありがたい人選でしたね」
七香はそう言って微笑みながら、握っていた手を緩めた。
どさり、と重い音がして、むつの体が、床に落ちる。
……動かない。
むつは、動かない。
「……むつ」
バカが茫然としている前で、七香は倒れたむつの傍らにしゃがみ、むつのポケットからカードを抜き取る。カードは2枚、あった。
……そして。
「では悪魔よ。私の願いを叶えてもらいましょう」
七香はそう言うと、部屋の奥へ進み……『7枚の』カードを祭壇の上の台座に載せた。
「7枚。確かに!」
悪魔の声が聞こえる。そして、ぶわり、と黒い霧が噴き上がる。
黒い霧は宙で固まって、悪魔の姿へと変わる。それは、今、キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部の社食で働いている悪魔にも似ていて、しかし、また別の姿だ。
「……7枚?」
そんな悪魔の言葉を聞いて、デュオが茫然と呟く。……だが、その呟きに七香は微笑んで、それから、更に2枚カードを取り出した。
バカは、『あれっ!?七香ってこんなにカード持ってたのか!?』とびっくりした!七香は元々、3枚しかカードを持っていなかったはずで、それで、今、むつから2枚奪って、ヤエから1枚奪っていたとしても……それでも、6枚のはずなのに!
「勝者よ、まずはその栄光を称えよう。さあ、これを。この先へ抜けるための鍵だ」
そして、七香の右手首に、金色の細い腕輪が生じる。……あれが『鍵』らしいが……。
「では悪魔よ。カードはあと2枚あります。願いを叶えて頂きましょう」
七香は悪魔に微笑んで、カードを2枚差し出す。
そして。
「……そこの彼も一緒に脱出させてくださいな」
「うむ、引き受けた」
七香がデュオを示せば、デュオは悪魔にそっと引っ張られて、七香の隣に立たされる。また、デュオの手首にも、七香の手首にあるのと同じ、金の腕輪が生じた。
七香はそんなデュオに微笑みかけて……。
「……して、もう1つは?」
悪魔に問われて……七香は、はっきりと答えたのだ。
「彼の一番大切な人の記憶を消して、その心を私へ向けて」
デュオが、はっとして七香から距離を取ろうとした。だが、遅い。
悪魔はにやりと笑って、デュオへと手を伸ばし……。
……そこで、デュオは、倒れた。
倒れて……そして。
デュオが起き上がる。起き上がったデュオは、ぼんやりとした目で辺りを見回し、そして、七香を見つけ……。
「あれ?俺……今、異能を使った、のかな」
「ええ。そうかも」
七香は、そっと、デュオの手を握る。
「でも……もう、出られますから。一緒に」
少しばかり緊張したように震える七香の手を、デュオが握り返す。
「うん……そうだね、小百合」
デュオは、七香に微笑みかけた。それはそれは、陽がたまに微笑みかけるのによく似た笑顔で。
……その笑みを向けられた七香が、笑う。
幸せそうで、でも、泣きそうで……その笑顔が、デュオに抱き寄せられて、胸にうずめられる。
そうして、デュオの背に腕を回して、より強く、強くデュオを抱きしめる七香の唇が、デュオから見えないところで小さく動くのだ。
『やっぱり私じゃなかったのね』と。
何か、とても怖くて悲しいものを見てしまったような気がして、バカは小さく息を呑む。
だが……そう思うのは、バカだけだ。目の前の2人は只々、幸せそうに微笑み合うばかりなのだから。
「……デュオ」
バカが声を掛けると、デュオは不思議そうにバカの方を見る。
「ああ、樺島君。君が持ってるカードがあれば、君と海斗君も脱出できるよ」
デュオは特に何も起こらなかったかのように振る舞う。だが、バカは……七香を抱きしめて幸せそうにしているデュオを見て……どうしようもない焦燥に駆られるのだ。
「……デュオは?願い、叶えなくていいのか?」
「俺の願い?」
……デュオは、ただ不思議そうにしていた。
『駒井つぐみを取り戻す』という、自らの願いを忘れてしまったかのように。
「たまは?……つぐみは、いいのかよ、デュオ」
たまらなくなって、バカはそう、尋ねてみる。だが……。
「……ええと、それは、誰のこと?」
デュオは、もう、デュオでは……『宇佐美光』では、なかった。彼は、『一番大切な人の記憶』を失ってしまったのだ。
そう思ったバカは、はっ、と気づく。
「……そ、っか、あ……七香、その……」
……デュオは、『一番大切な人の記憶』を失った。当たり前に、それはたまの……『駒井つぐみ』の記憶を失ったのだろう。
七香の記憶じゃ、なかった。
デュオにとって、七香は、一番大切な人じゃなかった。
「……樺島さん」
そんなバカにむけて、ゆるり、と七香が顔を向ける。
さらりとした黒い前髪の奥、黒い黒い瞳が、涙の膜を厚く湛えて、きらり、と光っていた。
「私、幸せよ」
……そう言う七香を見て、バカはもう、何も言えない。只々、なんともやるせない気持ちで、デュオと七香を見つめることしかできない。
……2人は、幸せそうだった。
只々、幸せそうだった。
あたたかな日だまりのような、そんな幸せが2人を包んでいて……それでいて、日だまりに照らされて、長い影が、落ちている。そんな風に見えた。
七香の目的は、これだったのだ。
七香はこうするために……『宇佐美光』の心を捻じ曲げて手に入れるために、悪魔のデスゲームに参加したのだろう。
……正しいことではない、と、バカは思う。だって、デュオは……陽は、『つぐみ』を失ってしまった。だから、これは正しいことでは、ない。ないの、だが……。
それでも、七香にはこれしかなかったんだろうなあ、ということだけは、ぼんやりと、なんとなく、理解できる。
今、デュオの胸に頬を寄せて幸せそうに微笑む七香を見ていたら、『七香には、これしかなかったんだな』ということは、なんとなく分かるのだ。
だが……七香は、本当に幸せなのだろうか。
願いを叶えて……本当に、幸せなのだろうか。
……バカには、分からない。女心はバカには複雑すぎる。
「樺島君。脱出するなら、一緒に……」
「……ううん、いい」
そうして、バカに手を差し伸べてくれるデュオに、バカは首を横に振って答えた。
「その……」
そうして、バカはぽやぽやと光りはじめる。『やり直し』をするために。
「……『次』は、一緒に脱出、しような」
……最後に見た七香とデュオの姿は、とても幸せそうだった。それこそ、『やり直し』なんて、必要としないくらいに。
だからか、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになる。
……バカは強く発光し、そして……ふつり、と意識が途切れた。
「うー……」
……そうして、樺島剛は目覚めた。
なんだかとっても、夢見が悪かった。そんな気分である。
「……次、こそは……」
だが、ベッドの上で体を起こして、バカは、ぺちぺち!と自分の頬を叩いて気合を入れた。
「今度こそは!陽も居るんだし!きっと!上手くいくぞぉおおお!」
うおおおおおお!とバカは叫ぶ。叫び声をあげていれば、やがて、元気が付いてくる。
……そうして元気を補充したバカは気持ちを切り替え……タックル!
「海斗ぉおおおお!陽ぅうううう!」
タックルで個室のドアを吹っ飛ばし、バカは元気に駆けていくのであった!
「海斗ぉおおおお!」
どどどどどど、と走っていって、バカは海斗の個室をタックルで開けた。
「うわあああああ!静かに開けろバカ!」
……そしていつもの如く、海斗に怒られつつもバカは海斗の顔を確認して……。
「海斗ぉお!海斗ぉおおお!」
なんだか安心してしまったバカは、海斗に思い切り抱き着いて、海斗に『うわっ……』という顔をされた!だがどんな顔をされてもいい!もういいのである!こわかった!こわかった!
「……その様子だと、『前回』は碌でもない結果に終わったらしいな……?」
「うん……。俺達とデュオと七香以外、全員、死んじゃって……デュオ、あ、陽なんだけど、そいつが七香に、心を変えられちゃって……でも、七香も、なんか、幸せなのかよく分かんなくてぇ……陽もなんか、分かんないけど、なんか、なんかぁ……」
「待て。何も分からないが何か、聞き捨てならないことを聞いた気がするぞ?陽?陽が居るのか?居る訳無いだろう来てないんだから。来てない、よな……?」
海斗は混乱のままに頭を抱えていたが、バカとしても頭を抱えたい気分である。
何せバカは、『デュオは陽と天城の間!』としか理解できていないのだ!具体的なところなど、全く、理解していないのだ!
「えーと……説明難しい……」
「頼むからなんとかして説明してくれ」
バカが頭を抱える一方で、海斗もまた、頭を抱えている。当然である。
……そうしてバカは考えて、考えて……思いついた!
「えーと、じゃあ連れてくる!」
なので、こうなる。
百聞は一見に如かず。百の言葉を重ねることが難しくとも……一の実物を見せて納得してもらうことは、可能なのだ!
ということで。
「えーと、こっちだな。よーし!陽ー!」
「うわっ……!?」
バカが容赦なくタックルをかましてデュオの個室を開けると、デュオが居た。
……なのでバカは、にっ、と笑って、挨拶するのだ。
「助けに来たぜ!一緒にたまとたまの弟、助けような!」
「……は?え、ええと……君、『たま』のことを、知ってる、のか……?」
……『一番大切な人』の名前を聞いたデュオは只々、ぽかん、としていたのだった!
<バカカウンター>
この章の中に出てきた『バカ』の数:約900回




