ゲームフェイズ2:『3』女帝3
「……え?」
バカは、頭が真っ白になるような、そんな感覚であった。
『人を殺すのを止めてほしい』ということは……デュオは、既に。
「ああ、やっぱり気づいてなかったのか」
デュオは苦笑して、言う。
「……俺は、もう参加者を殺してるよ」
随分と、残酷なことを。
「そ、っかぁ……」
バカは、しゅん、とした。
……まだ、実感が湧いていない。だから、しゅんとするだけだ。その内、怒りや何やら、湧いてくるのかもしれない。でも、今はその元気も無い。
ただ……誰が殺されてしまったのかも分からないが、大方、四郎か五右衛門かタヌキかであろう、その誰かを思って……そして、その誰かを殺してでも願いを叶えようとしているデュオを思って、悲しくなるだけだ。
「待て。一体、誰を?どのタイミングで?やり方は?」
一方の海斗は、冷静だった。海斗は海斗で、感情が追い付くより先に、こっちが出てきてしまう性質であるので。
「それは明かさない。……悪いが、君達が『やり直し』をできるのだとしたら、明かしてしまっては俺のアドバンテージが何もなくなる。俺はまだ、君達の全てを信用できたわけじゃない。どうしても気になるなら、次に『やり直し』した後の俺に聞けばいいんじゃないかな」
デュオは冷静で、冷酷だ。だが……何も思わずに居られる人でも、ないのだ。声がほんの少し上擦っただけで、至って平静を装えてはいるが……その手を握ってみたら、すっかり冷え切っていた。
「……全ては信用してないけど、でも、半分くらいは信用してくれてる、ってこと、だよな?」
デュオの手を握ったまま、バカはそう、尋ねてみた。『つまりそういうことだろ?』と。
「まあ、そうだね。……少なくとも、つぐみを元に戻すために一番の近道は、君達と手を組むことじゃないか、とは思ってるよ。尤も、君達にとって、俺と組むことが最適なことかどうかは、また別だと思っているけれど……」
デュオの、ちょっと自信の無さそうな言葉を聞いて、バカは『まあ、どう考えてもデュオとも組んだ方がいい!』と即断即決する。
「いや!仲間は多い方がいいし!ほら、お前だってたまの弟、助けたいだろ?なら、りがいのいっち、ってやつはするんだろ!?」
「それは勿論」
デュオも、そこについては異論が無いらしい。『ほらやっぱり仲間じゃん!』とバカはにこにこである。
「……だが、その『つぐみの弟』は、今回は居ない、と?そういうことなのかな?」
「あ、うん。なんか、多分燕なんだろうなあ、って奴が前回は居たんだけど、今回は居なくってぇ……」
が、にこにこしてばかりも居られない。そう。何せ、今回はとんでもない謎がある。
……そう!孔雀が、今回は何故か、開始時点から居ないのだ!
「……まさか、デュオ。お前、ゲーム開始前に……」
海斗が、はっ、として尋ねれば、デュオは『いやいやいや』と手を顔の前で振った。
「いや、そこは明確に否定させてもらう。俺はゲーム開始前に誰かを殺したことは無い。それに、つぐみの弟がこのゲームに参加している、なんてことも知らなかった」
「そっかぁ……よかったぁ……」
バカは、『デュオが孔雀を殺しちゃったとか、そういうことが無くってよかった!』とほっとした。
……が、ほっとすると同時に、『あれ?じゃあ、なんで孔雀は居ないんだ……?』という疑問が生じてしまった。バカはちょっと考えて……『駄目だ、考えても分かんねえやぁ』と諦めた。賢明である。
「つぐみの弟……燕君、だっけ。名前は聞いたことがあるよ。つぐみが、『私と気の合う弟。きっと光とも気が合うと思うよ』って言ってたことも、覚えてる。……もう、亡くなった、ってことも」
「会ったことはないのか?」
「無い。だから申し訳ないけれど、実際に会ったとして、分かるかどうかは……」
「そっかぁ……」
バカは、『じゃあ、孔雀が燕かどうかもわかんねえよなあ……そもそも、今回は何故か、孔雀、居ねえけど……』としょんぼりしつつ……ふと、思った。
「……その、『陽』は、さ。会ったことも無い奴のために、デスゲームに参加したんだろ?すげえよなあ」
そういえば、元々の『陽』のデスゲーム参加の動機は、『たまと一緒に燕の手掛かりを探すため』であった。ついでにデスゲームを破壊していった訳だが。
「つぐみが居たからだよ。燕君のことは……まあ、会ったことも無いからね。つぐみが居なかったら、助けようなんて思わない」
「そっかぁ。やっぱお前、いい奴だよなぁ」
「……今のを聞いて、そう思うのか?俺は、そうは思わないけれどね」
「そうかぁ?俺はいい奴だと思う!」
バカは、『いい奴!』と、デュオの背中を叩いた。デュオはなんとも複雑そうな顔をしていたし、海斗も、『利己的……である、だけではないとは、思う、が、うーん……?』と首を傾げていたが……だが、このバカにとって、デュオは悪い奴じゃないのだ。仮に悪い奴だったとしても、これからいい奴になってもらうのだ。
だから何も問題無し!ヨシ!
「さて……じゃあ、そろそろ部屋を出ようか。タヌキは見つかっていないが……その、いつまでもこんな部屋に居るものじゃないだろうし……」
それから、海斗がそう申し出たことによって、バカ達は、はた、と今の状況を思い出した。
「……そうだった!ちょっとえっちな部屋なんだった!」
バカが『きゃー!』と辺りを駆け回り始めたのを見て、海斗は『都合よく色々忘れていられるのだからこいつは便利な奴だ……』と、呆れた顔をしていた。
「ええと……出る、というと、その……どうするつもりかな」
一方、デュオは『まさか俺に何かするんじゃないだろうな』というような顔をしている。
……が、海斗は『やれやれ』とばかり、首をゆったり振って……そして。
「よし、バカ。ドアにタックルだ」
そう、命令を出したのだった!
「タックル……で、ドアを開けるつもりか!?」
「おう!頑張る!」
デュオは慄いていたが、『がんばる!』で済むのがバカである。バカが頑張ると、ドアは開く。そういうものである。
「ああ、樺島、頑張ってくれ。もし駄目だったらデュオが恥ずかしい目に遭うから」
「どういうことぉ!?」
一方、バカの肩に圧し掛かる責任はなんだか重い。バカは『なんでぇ!?』と混乱しているが、そもそもここはそういう部屋である!
「え、ええと、じゃあタックル、する……がんばる……」
バカは『デュオが恥ずかしい目に遭ったら大変だ!』と慌ててタックルの構えを取り……そこで、はた、と首を傾げた。
「あの、どっちのドアにタックルするんだ?」
……そう。
この部屋、ドアが2つあるのだ。
ドアは2つある。そう。この部屋に限らず、全てのアルカナルームは、そうだ。
何故なら、1つのアルカナルームには2つの個室から入れるようになっているからである。だから、1つのアルカナルームには2つのドアがあって、それぞれの先に、エレベーターが来る場所があるはずなのだ。
「え?それは勿論、元来た方の……」
海斗は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが……やがて、はっ、と気づいたような、そんな顔になる。
「……デュオ。意見を聞かせてもらいたい」
そして、海斗はデュオの目を見上げた。
「『反対側』のドアを開けることについて、どう思う?」
「……賢いなあ、と、思うね」
デュオは苦い顔で、そう言った。
そうしてドアは吹き飛んだ。梱包済みのおねーちゃんが『ドアが!』と悲鳴を上げていたが、まあ、バカのタックルの前には無力なドアであった。
……バカは、『俺のタックルじゃなくても、ここの部屋、破壊できそうな気がする!』と思った。多分、七香が本気出したらいける。まあ、こういう部屋なので、それくらいの頑丈さで丁度良いのだろう。ただし、海斗やデュオには破壊できない部屋ではある。やっぱり、この2人を一緒に入れたらダメな部屋であった。
が、ドアを吹き飛ばしたバカは……そこで、立ち尽くすことになった。
「……タヌキ」
バカ達が乗ってきたのとは反対側。そこにあったエレベーターの中には、タヌキの死体があった。
「た、たぬき……ああ……」
バカはタヌキの傍にそっと膝をついて、タヌキの体を、そっと、持ち上げてみた。
……まだ、体は冷え切っていない。ほんのりとぬくくて、毛はふさふさで、でも、タヌキは動かない。
「骨が……折れてるのか……」
タヌキの首が、だらり、と力無く曲がっている。首の骨が折れているのだ。
血が出てしまっているわけではないし、タヌキは元々がぬいぐるみか何かのような生き物であったから、こうなってしまっても、見た目に違和感が大きいわけではない。
だが、良く喋るタヌキが、こうして何も喋らず、動かず、段々と冷たくなっていくのを膝に抱いて、バカは、『ああ、死んじゃったんだ……』と、じわじわ実感を強めていく。
「これを……デュオ、君が?」
「……まあ、『そうだ』と答えておこうかな」
海斗が冷静に尋ねれば、デュオもまた、それなりに冷静にそう答えた。だが海斗は、『成程、七香さんがやったのか』などと言っている。それに対して、デュオは何も返さなかったが、目が、すっ、と泳いでいた。
「……こういう場合って、どうなるんだ?その、魂とか、体とか……」
海斗の手が、そっ、とタヌキの背を撫でていく。前回のデスゲームのことを思い出すと、動かないタヌキの体の中には、もう魂は無いのだろうが……。
「ああ……魂はもう、回収されたんじゃないかな。悪魔のデスゲーム、だからね。体の方は、まあ、回収すると何かと支障があるからこうしてあるんだろうし」
デュオはそう答えて、それから、ふ、と苦笑した。
「……冷静だね、海斗君。『前回』とは大違いだ」
「え?」
バカは、『何のことだ?』と思って……それから、『ああ、そっか、デュオが経験した『前回』と、俺達が経験した『前回』って、全然違うんだった』と思い出す。
バカにとって、海斗は『前回』も、冷静な奴だった。ちゃんと、『初対面』のバカを見極めようとしていたし、頭はいいし、ちゃんとしていたし……。
……だが。
「まあ、そうだろうな。きっと、あなたの『前回』の僕は、酷く取り乱して……怯えて、碌に何もできないまま死んだんだろう?きっとそうに決まってる」
海斗はそう言って、自嘲するように、ちょっとだけ口元を歪めた。
「実際、僕はそういう人間だ。多少、考えが回るくらいしか取り柄が無いのに、臆病すぎる。すぐ気が動転して、まともにものを考えられなくなる」
「今の君は、そうは見えないけれどな」
デュオが言うのを聞いて、バカは『その通り!』と大いに頷いた。ぶんぶんぶん、と縦に振られるバカの首によって、ぷわ、と風が巻き起こってタヌキの毛を揺らした。
「……まあ、場数を踏んだ、ということだと思う。後は……」
「バカ踏んだ!?えっ!?海斗、俺踏んじゃったの!?」
バカが『いつの間にぃ!?』とびっくりしていると、海斗は呆れた顔でバカを『違うぞこのバカ』と小突いて……苦笑した。
「……まあ、こいつが居るから」
話についていけていないバカは、頭の上に『?』マークを浮かべていたが……そんなバカと海斗とを見たデュオは、くしゃ、と顔を歪めて笑った。
「……そうか」
ふ、と背けられたデュオの顔を目で追って、バカは、なんだかデュオが泣きそうな顔をしているような、そんな気がした。
「いい相棒が居て、羨ましいよ。嫌味じゃなくて、その、心から」
「……うん」
海斗も同じように思ったのか、ちょっと俯いて、小さく頷いて返した。
それから、海斗はちょっと、言おうか言うまいか、迷うように口をもごもごさせて……。
「その……あなたにも、『相棒』が戻ってくるよう、心から祈っている。僕も協力する、から……」
尻すぼみな、消えてしまいそうな言葉が、そっ、と海斗の口から出てくる。
「……ありがとう」
デュオの返事も、なんだか消えてしまいそうで、バカは何も言えないまま、ただ、段々と冷たくなっていくタヌキの背中を撫でていた。
「しかし、このデスゲームの続き……どうするつもりかな?」
そうして、ふと、デュオが話しかけてきた。
「俺は、もう人を殺している。こうして、タヌキが死んでるんだから、まあ、つまり、君達の目的はもう、達成できない、ということになる」
「うん……」
そうだ。デュオの言う通りである。
こうしてタヌキが死んでしまっているのだから……もう、バカは『やり直し』するしかないのだ。
だが……前回の海斗にも、言われたことだが……『情報』も、大事なのだ。
「……だが、情報は欲しいな」
が、バカが言うより先に、海斗がそう言い出した。
「樺島には悪いが……折角の状況だ。もう少し、この周を確かめておきたい。……いいか?」
海斗は気づかわしげにバカを見つめてくる。なのでバカは、こくん、と頷いて、笑ってみせた。
「俺もそうしようと思ってた!」
……バカは、ちょっぴり嬉しくなった。
海斗はやっぱり、バカの相棒なのである!




