ゲームフェイズ1:『17』星2
「えっ、えええええええ!?」
バカは困惑のあまり、悲鳴を上げた。それはそうである!
何故かここに居ないはずのデュオが居て!
何故か、七香のことを『小百合』と呼んでいて!
何故かそのデュオが『恋人だ』なんて言いながら、謎の影を紹介してきて!
そして!七香が今!その謎の影を!攻撃している!
急である!あまりにも急すぎる展開に、バカは理解が追い付かない!バカはもう、その場で走り回りたいような気分なのだが、流石にそういう訳にもいかないということだけは分かっているのでただ立ち竦むばかりである!
が、その間にも七香は動く。
恐らく、異能を使ったのだろう。七香は女性の影の顔面を吹っ飛ばした直後に振り返り、背後にぶわりと沸き上がった黒い霧の方へ手刀を振り抜いた。
振り返りざま、七香の長く艶やかな黒髪が、ばっ、と流れる。
……そして、やはり七香の異能によるものであろう不可視の力によって、黒い霧が人間の女性のような形になると同時、その首がスパン、と切り飛ばされた。
「こ、こいつなんだ!?敵か!?」
鮮やかに戦う七香の周囲には、また、別の影が湧き上がっている。それを前に、バカはただまごまごとしていたのだが……。
「敵です。私が殺すべき、敵です!」
が、バカが困惑しながら七香に問いかけてみても、七香の答えはまるで揺るがない。凛としてきっぱりと、七香はそう叫んで、再び身構える。
そして次の瞬間には、また、女性の影が首を捻じ切られ、胸を貫かれ、顔を失って、霧散していくのである。
「……俺、手出ししない方がいいかぁ!?」
……しかし、ここで何もしないのは、バカの矜持に反する。一応聞いとこ!と、バカがそう申し出ると、七香は特に何も答えなかった。
何も言われない、ということは……まあ、よいのだろう!
「してもいいよな!?よーし!」
ということでバカも早速、謎の影に向かっていくのであった!
「でぇえりゃあああああ!」
バカ名物のタックルが火を吹く。バカが猛烈な速度で一直線に突き進み、進路上に居た影を数体分……轢いた!
バカのタックルの前には、並大抵の人間程度、敵ではない。ましてや、相手が影だというのなら猶更だ。バカのタックルが通った後には、まるで吹かれたタンポポの綿毛が舞うように、影が散り散りになってふわふわ舞い上がり、そのまま消えていった。
「どぉりゃああああああ!」
更に、バカはタックルする。また、数体分の影を轢いた。
「だぁああああああああ!」
またしても、バカはタックルする。また数体分の影を轢き……そして。
「あっ」
勢いよく、バカは突っ込みすぎた。
全体的に靄で視界が悪い中で、うっかりスピードを出し過ぎた。頭の中で親方が『だぁから安全第一にっつってんだろうが!』と怒鳴っている。
……まあ、つまり。
「うわああああ!デュオおおおおお!ごめぇえええん!轢いちゃった!デュオ、轢いちゃったぁああああああ!」
事故である!
……バカはただ、影を吹っ飛ばすだけのつもりだったのだ。そのために、タックルしていたのだ。
だが……うっかり、デュオまでタックルで吹っ飛ばしてしまった!タックルされたデュオは、哀れ、まるでタンポポの綿毛が散るようにその姿を霧散させ……。
「……あれっ?」
そう。霧散した。これにはバカも、首を傾げる。
普通、人間は霧散しない。それくらいはバカにも分かる。
「あのデュオ……本物じゃ、なかったのかぁ……」
バカが『本物じゃなかった……よかった、俺、人、轢いちゃったかと思った……労災かと思った……』と心臓バクバク呼吸ぜーぜーの状態で呟くと、七香がため息を吐くのが聞こえた。
「当然でしょう。何を言っているの……」
「あ、うん、ごめん……」
呆れた様子の七香は、座り込んだバカに近づいてきて……そして、バカの傍らに落ちていたそれを拾い上げる。
「……そう。これでゲームクリアなのね」
……七香の手には、『The Star』と書かれたカードがあった。
そうしていると、ふっ、と辺りが暗くなる。……そして、周囲の様子が最初に部屋に入った時の状態に戻った。泉の水は清らかで、木々は爽やかで、星空は高く澄んで美しい。そんな具合に。
バカは、『ああ、ゲームは終わりなんだなあ』と理解しつつも、『何がどうなって今の、クリアしたことになったんだ……?』とまるで理解できていない。
もう、何から何まで、全く理解できていない!
「な、なあ、あれ、何だったんだ……?」
なのでバカは、七香に聞くしかないのである!
「……さあ」
とはいえ、七香も教えてくれるつもりは無いようである。何か、思いつめたような表情のまま、泉のほとりに立ち尽くしている。
「え、えええ……七香も分かんねえのかぁ、そっかぁ……」
バカは困ってしまって、おろおろしながら考え……しかし、考えたところでやっぱり何も分からない!
「じゃあ、戻ったら海斗に聞いてみる……」
「……え?」
なのでバカは、こういう選択を採るしかないのである。
分からなかったら、聞く。分かりそうな、頭のいい人に、聞く。それがバカの、バカなりの処世術であり、皆に迷惑をかけずに上手くやる方法なのだ!報告と連絡と相談は大事なのだ!特に、前向きで元気で真っ直ぐなこういうバカには!
……そう。このバカは、何の罪も無いことに……無駄に前向きで、無駄に元気で、無駄に真っ直ぐなのである!
「あっ、海斗も分かんなかったらどうしよぉ……あ、でもその時はデュオにも聞いたら分かるかなあ、デュオの形のやつ、居たもんなあ……」
「……えっ」
バカの言葉に、七香が目を見開く。少しばかり青ざめて……しかし、その変化にも、バカは気づかない!バカだから!
「……脅すつもり、ですか?」
「え?えっ……?おど……えっ?」
結局、七香にそう言われて、バカは『なんで!?』とますます混乱する。バカの思考力はもうゼロである。
「あ、あの、俺、七香のこと怖がらせるつもりはなくって……あの、タックル、怖かったか?」
「タックルではなく」
「じゃ、じゃあ何だよぉ……わ、わかんねぇよぉ……俺、バカだから、なんもわかんなくてぇ……あの、あの、俺、何かまずいこと言ったか……?」
おろおろ、としながら、バカは一生懸命、考える。だが、考えても考えても、何が問題なのか分からないのだ!結果、ますますおろおろすることしかできない!
七香を何か、怖がらせてしまっていることは分かった。だが、それが何故なのかは分からず……そして。
「……成程、よく分かりました。あなたは……それが演技だとしても本性だとしても、悪意を持っているのだとしても、そうではなかったとしても……ここで私が説明しなかったら、ここで知り得た情報を、言いふらしかねない、と。そういうことですね?」
七香は、じと、とバカを見つめた。無表情とは程遠い表情に、バカは『あっ、七香ってこういう顔もするんだなあ……』と思った。尚、七香の言葉の意味は理解できていない。バカだから!
「……分かりました。私が分かる限りのことを説明します」
「ほんとかぁ!?ありがとう!ありがとう!」
が、七香が、先に折れてくれたことだけはなんとなく理解した!なのでバカは大いに感謝した!お礼を言うのは、大事!なんだかよく分かっていなかったとしても!
「ただし、絶対に他言しないで」
「うん!分かった!ありがとう!ありが……あっ」
が、七香の手を握ってぶんぶんと握手していたバカだったが、ふと、気づいてしまった。
「……あの、それ、海斗にも言っちゃだめか……?」
……海斗にも言っちゃ駄目なやつだったら困る!と!
それから七香は、数秒考えた。考えて……結局、諦めたらしい。
「……海斗さん以外の誰かにここでの話が伝わったなら、その時は、あなたを……いえ、海斗さんを、殺します」
「えっ!?」
「つまり、海斗さん以外には言うな、ということです。これが破られた時、私は海斗さんを殺す。分かりましたか?」
七香は、『これでこのバカにも伝わるだろうか』と少々不安そうな顔でバカを睨んでいたが、流石のバカにも、これは伝わった!
「うん、それでいい。約束な!」
バカは、『海斗には相談してもいい!』とちゃんと理解した。そして、『他の人には言っちゃ駄目!特にデュオは駄目!多分!』とも、理解できた。……こういうところは、ちゃんと分かるバカなのである。
ということで、バカは、七香のために椅子を用意することにした。多分、ちょっと長話になるだろうと思ったのだ。
「でぇりゃあ!よっこいしょ!てぇい!」
「……木が」
椅子は、丸太で作る。そう。そこらへんに生えていたぶっとい木にタックルを仕掛け、バキィ!と圧し折ったやつを手刀と気合で縦真っ二つに割って、ごろん、と地面に倒したものだ。これは、バカが最近、先輩に倣ったDIYである。Do it yourselfというよりは、Do it BAKAselfであるので、DIBが正しい。
「そして、仕上げに……ハンカチを敷く!はい!どうぞ!」
「……あなた、ハンカチなんて持ち歩くんですね」
「あ、うん!海斗が『ハンカチくらい持ち歩け!』って、これくれたんだ!」
タオル地のハンカチは、海斗が『手を洗った後にズボンで手を拭くな!』と言うので持ち歩くようになった代物だ。だが、こういう時に役に立つのだから、やっぱりハンカチって大事なのである。バカは、ちゃんとハンカチを持ち歩いていた自分がちょっぴり誇らしい!
「あ、反対側のポッケにもう1枚入ってた!じゃあ俺もハンカチ敷ーこうっと!」
「何故2枚も……」
「あ、でもこれカッチカチだぁ……あの、多分、ズボンのポッケにこれ入れたまんま洗濯して乾かしちゃったんだと思う……。そうするとな、こういうカッチカチのハンカチのお団子ができちゃうんだ……」
バカがカチカチのお団子になってしまっているハンカチを出してもみもみパタパタやって伸ばしているのを、七香はまるで宇宙人か何かを見るような目で見ていた。恐らく、七香はポッケにハンカチ入れたまま洗濯しちゃうことなど無いのであろう……。
そうして、七香は『何故私はこんな奴に話をしなければならないのかしら……』というような顔になりつつも、ちゃんと丸太のベンチに腰掛けて、話し始めてくれた。
「デュオさんは私の婚約者候補です」
「こんにゃくしゃ……?やわらかいってことか……?」
「……結婚相手の候補、という意味です」
バカは、『そっかぁ!』と頷きながら、ごくごく真剣に聞く。七香は『こいつはふざけているのか』という顔だが、これが全くふざけていないのだから恐ろしいものである。
「彼、会社を経営していて、父の会社とも関係があって……それをきっかけに、会うようになって1年ね」
「ほええ……」
バカは、『つまり、お付き合いし始めて1年、ってかんじなのかぁ……?』と納得した。
生憎、男女のお付き合いに関しては全く知見が無いバカではあるが、『1年会い続けてるんだから、多分、好きなんだよなあ……?』と思う。
……だが。
「……でも、あの人、他に好きな人が居るのよ。きっとね」
七香がそう言ったので、バカは絶句した。
……そして、バカは悟る。
これ、バカには難しすぎる話だ、と!




