ゲームフェイズ1:大広間2
「悪魔、が……?えっ?居るのか?」
バカはひとまず、すぐに理解できた部分に反応して、きょろきょろと周囲を見回した。
……だが、全員が全員、警戒や不安を表情に滲ませながら、互いをちらちらと見ているばかりである。誰が悪魔か、など、全く分からない。
「ほー。やっぱり悪魔が居やがるんだな?」
が、その中で唯一、にんまりと笑って目をぎらつかせている者が居る。そう。四郎だ。
「つまり悪魔殺しのチャンスって訳だ」
……四郎はさっき、自己紹介の時に『悪魔殺しが目的だ』と言っていた。余程、悪魔に対して何か思うところがあるのだろうが……バカは、食堂で働く悪魔や現場で一緒に働く悪魔、全国のミニストップ巡りを趣味にしている悪魔などを知っているので、『悪魔なら悪いやつ、って訳でもないんだよなあ……』とおろおろする。
「四郎さんにとっては朗報なんですね!?頼もしいです!」
そして、そんな四郎にたぬきが元気に尻尾を振っている。ふわふわの尻尾がぶんぶんと振られているのを見て、四郎は『気が抜ける……』とでも言うような顔をしている。
「……そういうことを言っておきながら、お前が悪魔かもしれないな」
「えっ!?そんなぁ!私は悪魔じゃないですよ!?むしろ私は、悪魔の被害者でぇ!」
四郎に懐疑の目を向けられたタヌキは、しっぽを『ぶわわっ』と膨らませながら弁明している。哀れ、タヌキ。
「……誰が悪魔か、っていうのは、今探りを入れても無駄だろ。それより、ルール、読んだ?」
タヌキが『タヌキは悪魔じゃないです!』とやっている横で、孔雀がモニターに冷たい目を向けている。
「読んだ!全然わかんねえ!」
なので、誰にともなく言われた言葉にバカが反応しておいた。誰にも無反応で流されてしまうのは寂しいので!
「分からない、って……え?」
が、そんなバカのバカっぷりが、孔雀には物珍しいようである。他の参加者も数名、『嘘でしょお?分からないってこと、あるぅ?』『そ、そっか、分からないんだ……』といった反応を示してくれた。バカはしょんぼりした!
だがバカには海斗が居る。真剣にモニターへ視線を向けていた海斗であったが……。
「……成程な」
やがて、ルールをしっかり読んだらしい海斗が、呟いた。
「このデスゲーム、脱出できるのは最大で3人、ということか。まあ、それはあくまでも理論上は、ということになるんだろうが……」
「えっ、えっ、どういうことだ?」
解説してもらえる、となって、バカは全力で海斗に意識を向ける。ここで聞き逃したら、とっても困ることになるだろうということはバカにも分かるのだ。
「……計算しろ。脱出するには7枚のカードが必要で、カードは1部屋につき1枚。部屋は22部屋だからカードは22枚だ。つまり4人以上脱出するためのカードは無い、ということになる」
海斗の言葉に、バカは一生懸命ついていく。バカも一応、22÷7が3あまり1になることくらいはなんとか分かった!
「しかも、3人が脱出するとなると、カードが1枚しか余らない。つまり、3人の内、願いを叶えられるのは1人だけだ。……その上、そもそも3人がカード22枚全てを独占する状況になるとしたら、まあ……それがどういう状況かは、分かるだろう?」
「分かんない……」
バカがおろおろしながら答えると、海斗は呆れたような……それでいて、緊張した面持ちで、教えてくれた。
「……他7人が1枚もカードを持っていない状況、ということだ。まあ……他7人が殺されない限りは、そんなことにはならないだろうな」
「……成程ねェ。確かにこれは、悪魔のデスゲーム、ってワケだわ。あーあ……アタシ、なんでこんなのに参加しちゃったのかしら」
あーあ、と五右衛門がため息を吐く。本当に、なんで参加しちゃったんだろうなあ、とバカは首を傾げた。……まあ、五右衛門もここに参加している以上は、何か、叶えたい願いがあるということなのだろうが……。
「え、ええと……その、しかし、私はこのルールの穴を見つけましたよ!」
が、そこでタヌキが元気に声を上げた。
「1人の人が16枚カードを持って外に出れば、『海斗さんを脱出させてください!』『デュオさんを脱出させてください!』とお願いして全員を外に出すことができます!」
タヌキの堂々たる発表に、バカは『おおー!』と拍手をした。……ヤエとむつも拍手していた。ぱちぱち、と、控えめに。バカは『ヤエとむつはいい奴!』と覚えた!
だが。
「……まあ、俺はそれでもいいけどね。ただ、その場合、16枚のカードを持って外に出る役目は俺がやらせてもらうよ。9枚持ち逃げされるリスクを考えたら、ね……他人には任せられないな。まあ、皆同じだろうけれど」
デュオがそう苦笑しながら言うのを聞いて、バカは『そっかー、なんかよく分かんねえけど上手くいかねえんだなあ……』としょんぼりした。
「16枚持っていかれたら、7枚残らない。つまり、他の誰もが脱出できない、ってことになる。……俺はその案には反対」
更に、孔雀も呆れたように反対を表明したので、タヌキも『そうですかぁ……』としょんぼりした。
どうやらこのゲーム、中々にままならないルールであるらしい。だが当然である。だってこれは、『悪魔のデスゲーム』なのだから……。
「ねえ!個室のモニター、見た!?」
そんな折、むつの声が聞こえてきて、それから、ひょこ、とむつの姿が円柱形の個室から覗く。それを見て、全員、ぞろぞろとむつの個室へ集まっていき……。
「部屋を出る時はこの表示、無かったよね?」
……そこで、むつの部屋のモニターに表示されたものを全員が見る。
むつの部屋のモニターには、『Tiphereth』と表示されており、その下には『2』『5』『6』『9』『11』『13』『14』『15』と数字が表示されていた。
バカは、頭の上に『?』マークをいっぱい浮かべながら首を傾げる。
バカにはまず、『Thiphereth』が読めない。『てひぷへれてふ……?』などと呟きつつ、ますます頭の上の『?』マークを増やすばかりである。
「成程ね……『ティファレト』か。それで『アルカナ』が関係してくる、っていう……」
一方、デュオは何か、この文字を見て意味が分かるらしい。バカは、『後で海斗に聞いてみよう!』と心に決めた。
「下の数字は、この個室から繋がってるアルカナルームの番号かな」
「だとすると、それぞれの個室からはそれぞれ違うアルカナルームに行ける、ってことよねェ……?」
バカが決意している間にも、話は進んでいく。が、デュオと五右衛門が話しているのを聞いて、バカは『着いていけねえ!』と諦めた。すっぱりさっぱり、諦めが早い。
……そうして、参加者達がそれぞれに何か話したり、自分の個室を確認したりしている内に……。
「……で、誰がどう組む?」
孔雀がそう言って、周囲を見回す。
「俺はむつと組んで15以上の部屋に入りたい。誰か、一緒に組む奴が居たら手を挙げて」
……そう。
いよいよ、チーム分けが始まるのだ。
バカはバカだが、ルールはちゃんと覚えている。
『アルカナルームの番号と同じになるように、バカ達の腕輪の番号を合計する』のだ。
つまり、足し算だ。バカはバカだが、流石に四則計算はできるので、内容は理解できる。
……そして。
「じゃあ俺が一緒に行く!」
孔雀の呼びかけに、バカは真っ先に手を挙げた。天を突かんばかりの挙手はとても元気がよい。
それもそのはず、バカは孔雀のことが非常に気になっている!
なんとなく、『たま』に似ている孔雀のことだ。もしかしたら彼こそが、『駒井燕』なのかもしれないのだ!だったら、できるだけ同じチームで一緒に行動したい!
……と、思ったのだが。
「……あんた、本当にバカなんだな」
「えっ!?うん!俺、バカ!よろしくな!」
孔雀には呆れた顔をされたし、五右衛門には『あちゃあ』とため息を吐かれている。タヌキにさえも、『あわわわわ……』と何とも言えない顔をされてしまった!
「……俺とむつは9と6だから、15。あんたは10。合計したら25。アルカナルームは21番まで。……分かった?」
「……多分分かった!」
バカは計算してみて、納得した。
部屋の番号に合わせた数字を作らなきゃいけないのだ。つまり、部屋の数字の合計を超えちゃいけないのである。それはバカにも分かる!
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。アルカナルームって22部屋あるんじゃなかったの?」
が、そこに横槍を入れてきたのは五右衛門である。バカも、『ん!?よく考えたらそうだ!』とそこには気づいた。
ルールにはちゃんと、『アルカナルームは22部屋』と書いてあるのだ。だが……。
「『22部屋』だけど、番号は21番までだね。俺の個室に行くと見られるよ。『0』の部屋がある。つまり実質、俺達の番号だけで入れるのは『1~21までの21部屋』ってことになる」
デュオがそう言うのを聞いて、バカは『なんで!?』と混乱した!
そして、一生懸命考えてみたのだが……1から10までの数字を足したら、どう足しても『0』にはならないのである!
「……まあ、『0』の部屋については、今はいいだろ。で、誰か一緒に来るのか、来ないのか……」
「じゃあ、俺が一緒に行こうかな。いい?」
……結局、孔雀の呼びかけにはデュオが応えた。これで彼らの数字は、9と6と2。合計で17である。
「17番のアルカナルームへは、俺の個室から行ける。行こう」
そして、孔雀とむつとデュオは、3人で行ってしまった。行動が早い!
取り残された残り7人は、さてどうしたものか、と頭を悩ませていたが……。
「えーと……じゃあ、俺達、一緒でいいか?」
バカは悩みつつ、そう聞いてみた。海斗とは一緒に居たいのだが、そうなると11番の部屋に入ればいい、ということだろうか。
……すると。
「……できればあと1人か2人、同行してもらいたいな」
海斗もまた、そう言ったのである。バカは『ほぇ?なんで?』と首を傾げたが……。
「あっ!あっ!でしたら、私が!タヌキが参ります!よろしいですか!?」
そこへ、ぴょこぴょこ、と飛び跳ねるようにタヌキがやってきた。それを見てバカは、満面の笑みである!
ルールについて、よく分かっていない部分も多いが……仲間が増えるのは、良いことだ!バカは笑顔でタヌキを出迎えた!よろしく!よろしく!
「俺もいいか」
「四郎のおっさんもぉ!?うん、いいぜいいぜ!一緒に行こう!な!」
……更に、四郎までもがそう言い出した。バカはこちらも笑顔で出迎えた。尤も、四郎は特に表情を変えるでもなく、口数も少ないのだが……。
「えーと……アタシ達、余っちゃったわね?ってことで、七香ちゃん、ヤエちゃん。折角だし、一緒に行かない?」
そして、残った五右衛門が、同じく残った七香とヤエにそう、声を掛ける。
「あ……じゃあ、よろしく、お願いします」
ヤエは、ぺこ、とお辞儀しながら、少し気まずそうに五右衛門の誘いに乗った。五右衛門は『ちょっと女子会っぽくなるわねえ!』などとキャイキャイしていたが……。
「私はまた別の機会に。では」
……なんと!七香は誘いに乗らないらしい!びっくりしている五右衛門と、ちょっとびっくりしているヤエの目の前をするりと通り抜けて、七香は1人で行ってしまったのだった!
バカは、『七香、大丈夫かなあ……』と少し心配になったのだが、まあ、仕方がない。七香はもう行ってしまったし、1人で居たいのかもしれないし……。
……バカとしては、前回のデスゲームの記憶があるので、『最初から1人で行動すると死んじゃったりするんだぞ……』と、とても、とても心配なのだが……。
「……あー、つまり、まとめるとこうなるか」
そうして、チーム分けが決まったところで海斗が咳払いしながらまとめてくれた。
「まず、デュオ、むつ、孔雀のチーム。彼らの数の合計は『17』だ。次に、僕と樺島とタヌキと四郎さんのチーム。僕らの合計は『18』だ。そして、五右衛門さんとヤエさんの2人組は『13』で……七香さんが、1人で『7』の部屋に入った、ということになる」
バカはバカだが、一生懸命覚えておくことにする。……もし、バカが今後『やり直し』をすることになったら、こういうのを覚えていないと大変なことになるのだ……。
……そうしてバカ達も、出発することになった。
「じゃ、行くぞー!」
バカは、自分が最初に居た個室に戻ってきた。海斗とタヌキと四郎と一緒に個室に入ると、そこでモニターの上の『18』の数字が輝く。
バカが元気にその数字に触れると……ドアが閉まり、そして個室が揺れ始める。
恐らく、エレベーターのように個室が動いているのだろう。なんとなく、上昇しているような感覚があり……そして。
「……到着したみたいだな」
海斗が緊張しながら呟く。
個室のドアが開くと、すぐ目の前に『18』と書かれたドアがある。……どうやら、エレベーターからこの18番のアルカナルームまでは、このように直通であるらしい。
「よし、行くぞ……!」
バカは意を決して、ドアに手を掛けた。
「……ん?ここは……?」
……そうしてドアの先を見たバカは、びっくりした。
「宇宙ーッ!?」
部屋の中は、星空であったのだ。




