ゲームフェイズ1:『17』星1
「あああああああああ!」
バカは叫んだ。それはそれは、叫んだ。七香が、びくっ、としていたが、そんなことを気にする余裕も無い程に気が動転している!
「ど、どうしよ、どうしよう……わあ、あああああ……」
とはいえ、あんまり叫び回ってはうるさい、ということは職場で常々言われているバカである。バカはバカなりに学習する生き物なので、叫ぶのではなく、『わああああ……』とごく静かに悲鳴を上げながら、うろうろそわそわそわ、とその場をぐるぐる歩き回るだけになった。
「……樺島さん?」
流石にこれは、と思ったらしい七香が、不審者を見る目でバカを見てきた。実際、今のバカは不審者でしかないので正しい。
「あ、あああ……七香ぁ……その、えーと……」
自分が不審者であるということは重々承知の上のバカは、七香を見つめ返し、もう一度、海斗とデュオが消えていった方を見つめ、そしてまた七香を見つめて……。
「……5分だけ、待っても、いい……?」
「……は?」
そう、提案したのだった!
「もし、海斗が……その、ゲームちょっと見て、すぐ帰ってくるようなことがあった時、作戦会議できるように、5分だけここで待ってからでも、いいか……?」
バカは、『お願い……』と手を合わせつつおろおろ頼む。
本当なら、今すぐ海斗とデュオを止めに行きたいくらいなのだが、残念ながら10と7は何をどう組み合わせても3にならないので助けに行けないのである!今、ここで海斗とデュオを助けに行ける奴が居たとしたらそれはタヌキだけなのだが、バカも七香もタヌキではないのである!
……なので、バカは待つことにした。もし駄目そうだったら、海斗はすぐに戻ってくることだろう。デュオも頭がいいみたいだし、もしかしたら、『これは駄目だ』と早々に引き上げてくるかも。
と、バカがおろおろしていると。
「……分かりました。では、5分後に出発しましょう」
七香はため息を吐いて、了承してくれたのであった!
バカは、『もしかしたら七香って悪い奴じゃないのかなあ……』とぼんやり思いつつ、5分間、体育座りで待ち続けた。
……だが、海斗とデュオは戻ってこない。
ということは、『ちょっとえっちな部屋』でも大丈夫そうだ、と判断したということだろうか。流石に、まだ到着していない、ということは無いだろうが……。
「5分経ちましたが」
「うん……」
……約束の5分が経って、七香に呼び掛けられて、バカは自分の両頬をぺちんと叩いて立ち上がる。
「よし、行くか……」
「……ええ」
バカは、『しっかりしろ、樺島剛!』と自分自身に気合を入れる。
海斗ならきっと、大丈夫だ。だって海斗は、バカよりずっと頭がいい。機転が利く。そんな海斗なのだから、きっと、大丈夫だ。……そう信じずして、何が相棒か!
海斗は海斗で、そして自分は自分で頑張るのだ。海斗を心配し過ぎるのは、海斗に失礼である。……と、バカは改めて、七香の個室へと向かう。
すると。
「……何か、見えたのですか?」
「へ?」
すっ、と後ろから付いてきた七香が、そんなことを言い出した。
何のことだろう、とバカが首を傾げていると、七香もまた、『おや?』というように首を傾げた。
「樺島さんは、海斗さんの居る場所が分かる、のでしたね?」
「あ、うん……?」
「……その異能で、何か、あちらの様子が分かったのかと思ったのですが」
……そしてバカはようやく、『あっ!そういえば俺、自分の異能についてそういう風に、ぎそー中なんだった!』と思い出す!
「あ、あの、えーと、あんまり詳しくは言えないんだ。でも……えーと……」
あわわわわ、と慌てながら、バカは海斗と打ち合わせた通り、『異能なので詳しく話せません!』という態度を取ることにした。大根役者だが、困惑しているところは嘘でもなんでもない真実なのである。下手に流暢に嘘を喋るよりも誤魔化しやすいだろう、と海斗も言っていたし、バカは遠慮なく慌てて困惑する!
「……ちょっと、やな予感がしただけなんだ。でも海斗だったら、大丈夫だと思う……うん、大丈夫だよ」
「……そう、ですか」
七香はまだ何か思うところはあるのだろうが、それ以上特に言及してこなかった。
「え、えーと、じゃあ行こうぜ。えっと、『17』だよな?」
「はい」
バカは、『17!確認よし!』と指差し確認の勢いのまま、ずびし、とタッチパネルに触れる。
……向かう先は17番アルカナルーム。バカがまだ一度も、入ったことのない部屋である。
尤も……バカは、自分がどこに入ったことがあって、どこに入ったことがないのか、番号があやふやなのだが……。
エレベーターが到着し、ドアが開く。その先にある『17』と書かれたドアは、バカが開けることにした。こういう時はレディーファーストしちゃいけないのである。バカが矢面に立つのである!それが誇り高きキューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部の社員というものなのだ!
「……わあ」
が、ドアを開けて、中に入って……そこでバカは、『ほわあ』と感嘆のため息を吐き出し、そして、うっとり目を輝かせることになる。
「すげー綺麗な場所だなあ!」
……そこは、まるで物語の中に出てくるような、美しい場所だったのである!
清浄な森の中、澄み渡る水が滾々と湧き出る泉があり、夜空には星が輝いている。そんな景色に、バカは見とれた。
「『星』……ですか」
「ん?そうだな!星だな!きれーだなあ!」
七香は何か、思い当たるものがあったようなのだが、バカはバカなのでそれに気づかない。ただ、『確かに綺麗な夜空だ!』とにこにこするばかりである。
「……で、カード、どこだぁ……?」
「さあ……」
バカは、きょろきょろ、と辺りを見回してみるが、それらしいものは見つからない。『まさか、あの夜空のお星様の一つがカードだったりするか!?』と自慢の視力で見つめてもみたのだが、それら全て、ごくごく普通にお星様に見える。
「……上ではなく、下ですね」
「へ?」
が、そんなバカの横で、七香がそんなことを言うと、すっ、と歩いていって、泉に近付く。
バカも後からひょこひょこ追いかけていって、七香と一緒に、ひょこ、と泉を覗き込むと……。
「……あっ!カードだ!」
なんと!カードが、水面にぽつんと浮いているのである!
バカは、『カードって水濡れ厳禁じゃねえのか!?大丈夫なのか!?』と心配したが、それでもカードはごくごく普通に、水面に浮いているばかりである。
そんなカードは、七香が近づいてすぐ、すすす、と岸部の方へ流れてきた。七香はそれに手を伸ばし……。
「え」
ざば、と水が伸び上がる。
透明な水は、星明かりに煌めいてきらきらと美しく……まるで現実味がない程に美しいそれが、七香を飲み込んでいく。
「七香ぁ!」
そして、バカはそこへ躊躇なく飛び込んだ。持ち前の筋肉を生かした跳躍は、見事、水に飲まれる寸前の七香へと届き……そして。
ざばっ、と水の中から顔を出したバカは、ぷはあ!と息を吸って、それから……。
「……あれっ!?ここ、どこだぁ!?」
周囲を見て、驚く。
そこは、いつのまにやら夜ではなく昼の景色になっており、そして遠くには靄がかかっており……先程までとは大分、様子が違うのだ。
ひとまず、泉から出よう、とバカは七香を抱えて泉の外へとのしのし歩く。
「……これは、一体」
泉のほとりに七香をおろしてやると、七香も周囲を見回して警戒する。……だが、麗らかな日和である。夜ではなく、昼になって、周囲がもやもやしているくらいなもので……。
……その時だった。
「あれ?誰か居る?」
靄の向こうから、何かが来る。それは、バカより身長が低く、七香よりは高い、くらいの人影だ。
近付いてくるにつれ、姿かたちがはっきりとわかるようになる。男性だ。緩く癖のある髪、穏やかな顔つき、その割に、鋭く冷たい視線……。
「デュオ……か?」
デュオが、そこに立っていた。
「デュオ?どうしたんだ?」
バカが近づくも、デュオは少し困ったように笑い……その視線を、ただ、七香だけに向けている。
異様なかんじがする。まるで、バカのことがまるで目に入っていないかのような、そんな具合なのだ。
そして。
「小百合。来てくれたんだね」
デュオは、そう言って微笑んだ。
……視線の先に居るのは、静かに驚愕している七香である。
「……さゆり?」
バカが小さく呟くも、やはり、デュオは反応しない。そして、『小百合』と呼ばれた七香もまた、バカの呟きなど耳に入っていないようだった。
「来てくれて、嬉しいよ。実は、君に紹介したい人がいて」
バカが胸の奥のざわつきを覚えながら立ち竦んでいる間に、デュオは振り返って、『おいで』と靄の中へ声を掛ける。
……すると、デュオより小柄な影がそっと、出てくる。
そう。『影』だ。
「……え?なんだよ、これ……」
人間の女性の形をしているようなのだが、細かなところがまるで判然としないのだ。髪の長さはぼんやりと常に変わって見えるし、身長すらも揺らいでいるような、そんな有様。顔があるのであろう位置には、暗く、闇が凝っているばかりだ。
そして、そんな女性の影の肩のあたりを抱き寄せて、デュオが笑う。
「僕の恋人なんだ」
……そして、七香はただ、静かに目を見開いて、血の気の失せた顔で、デュオを見つめている。
バカは、ぽかん、としていた。
これは一体何なのか、と考えてみても、全く答えが見えてこない。……しかし。
「……成程」
……先程まで驚愕に目を見開いていた七香は、くすくすと声を上げて笑っていた。
「そういうこと。そうよね。『星』だものね……」
しかし、その顔は……デュオに向けていたと思しき、あの柔らかな微笑みではない。
まるで、獲物を狙う猛禽のような。強敵を前にした武者のような。
「願いを叶えろ、と。……そういうことなら!」
……そして七香は、即座に両手を前に突き出し……直後、ぐわっ、と空気が震え、影の顔面に風穴が開いたのだった!




