ゲームフェイズ2:『8』力2
誰がどう動いたのか、バカにはよく分からない。
ただ、バカはデュオに向かってタックルしにいった。デュオはバカから逃れるべく、足を踏み出そうとしたが……その時突然、デュオの足の上にダンベルが落ちてきた!
どこからともなく現れたダンベルに、デュオが足を止める。そしてその一瞬の隙を、バカは見逃さない。
バカはただ、デュオを狙う。絶対にタックルする、と心に決めて、デュオ目指して走り……だが、そのバカの胸のあたりに、何かが強くぶつかったような感覚があった。
……先程も食らった、七香の異能だ。それも、先程よりずっと強い。
七香の異能は、強かった。バカのタックルが止められるほどに。
更に、タヌキがその余波に吹き飛ばされて、ゴム毬か何かのように床で弾んだ。血の線が床を彩ったのは、デュオに切りつけられていたからか。
……だが、バカは諦めない。異能を使ったのであろう七香の方など全く省みず、吹き飛ばされたタヌキにすら視線をやらず……ただ、己の役割を果たすために動く。
「うぉおおおらぁああああああ!」
七香の異能がバカを拘束しようとしてきたのを弾き飛ばし、バカは床を蹴る。
予定よりずっと短くなってしまった助走に、それでも全力で体重を乗せて……。
「でゃあああああああああああ!」
今度こそ、バカのタックルは、しかと、デュオを捉えていた。
デュオは一応、ナイフを構えていた。しかし、そんなものはバカのタックルの前には無力である。
床に倒れたデュオには、バカが馬乗りになった。バカはそのまま、『とりあえずデュオの確保!とりあえずデュオの確保!』と、ひたすらデュオに意識を集中させた。
相手には異能がある。何をしてくるか分からない。だから、油断してはいけない。タヌキの覚悟を、無駄にしてはいけない。バカは必死に、デュオに組み付いて……寝技に、持ち込んでいく!
しっかり極める。緩めない。キューティーラブリーエンジェル建設の先輩達直伝の寝技は、ガッチリミッチリ、デュオを押さえ込んだ。デュオはしばらくバカの腕をタップしていたが、バカは全くその腕を緩めなかったため、そのタップもじきに、静かになった。
……そして、そんなバカの横では、七香と四郎と五右衛門による戦いが進行していた。
七香はバカのタックルであちこちの骨を粉砕されているであろうにもかかわらず、尚、戦っていた。
ごぷ、と血を吐きながら、異能で四郎を弾き飛ばす。見えない手が凄まじい力で、四郎を払う。
更に、七香へ襲い掛かろうとした五右衛門もまた弾き飛ばして……しかし、その七香も、無傷ではない。
……先程、四郎が用意していた巨大な氷柱。あれは確実に、七香にぶつかったのだろう。頭部や胸部は氷柱の直撃を避けたらしいものの……七香の左肘のやや上から先が潰れて、なくなってしまっている。
骨が飛び出した腕の、その残酷な光景を見て、バカは、ひゅ、と息を呑んだ。
七香の周囲には、吹き飛んで砕けた氷の欠片が散らばって輝いて、七香のものであろう血がてらてらと輝いて、どこか現実味が無い。
……そして、七香の目が、こちらを見た。
その目に宿る執念を……そこに宿る、強い強い感情を見たバカは、『ああ、俺、この人の話も聞かなきゃいけない』と、ただそれだけ思った。
次の瞬間、氷の刃を多分に孕んだ吹雪が、七香を襲った。更に、弾き飛ばされていた五右衛門が、七香へと走る。
……そうして。
七香の異能がバカに、そしてデュオに届くことは、無かった。
「……ぶっ殺してやった。ぶっ殺して、やったわよ、ヤエちゃん……」
五右衛門が、その手を血に染めて、首を切断された七香を見下ろしていた。
「アタシ……また……」
五右衛門の呟きは、バカにまでは届かない。だがバカは、ただ茫然と、この光景を見ていた。
バカは茫然としていた。自分の心臓の音だけが耳に届いているような、そんな薄らと現実味の無い感覚。
タヌキは床に倒れたまま動かない。五右衛門は力無くヤエの傍で項垂れている。四郎は疲れたように座っていて、七香は、もう、死んでしまっている。
……そして。
「……樺島。デュオを離すなよ」
海斗は、酷く疲れた顔で、それでも、前を向いている。
「デュオから話を聞くべきだ。……そうじゃなきゃ、あまりにも……」
「うん……」
だから、バカも前を向いていなければならない。デュオを離さず、ちゃんと話を聞いて……『次』のために、頑張らなければならないのだ。
「まずはデュオを起こすか……いや、その前に、こっちの状況の、把握を……ええと、タヌキは……」
そうして、海斗が、きょろ、と周囲を見回した、その時だった。
海斗が、まるで何かに引かれるかのように立ち上がった。そして、バカの少し後ろに向かって駆けていく。
……そして。
どっ、と、重く、鈍い音が、バカのすぐ後ろで、した。
バカが振り返ると、そこには海斗が転がっていて……。
……海斗と揉み合いになって転がっている孔雀の姿も、あった。
なんで孔雀がここに?と、バカは唖然とする。だが……唖然としても、いられない。
何故なら、海斗と孔雀が揉み合って重なり合ったそこに……赤く、赤く、血だまりが広がっていくからだ。
海斗は孔雀の上に圧し掛かったまま、動かない。……そして、その背に見えたのは、赤黒く染まった刃。
海斗の腹を貫いて背まで届いた、短剣の刃だった。
「……海斗?」
名前を呼べば、肩越しに、海斗と目が合う。
興奮に、或いは恐怖に瞳孔が開いた海斗の目が、一瞬でバカの脳裏に焼き付いた。
「樺島……!やり、直せ……今、すぐ……!」
浅い呼吸と弱い声が、いやにはっきりとバカの耳へ届く。
「え、あ、うん……わ、分かった……!」
戸惑いながらも、バカはすぐさま、異能を使って光り始めた。
……『やり直し』の異能は、バカが光りはじめて90秒後に『やり直し』になる。だからバカは、その90秒の間に何か、何かできることを、と思ったのだが……。
孔雀が、必死の形相でバカを睨んでいた。
そして孔雀の口が、何か、動いて……。
海斗が動く。
腹を刺されて血が溢れて、碌に力が入っていないはずなのに、海斗はそれでも動いた。
海斗は、床に落ちたままだったナイフ……デュオが持っていて、タヌキを切りつけるのに使っていたそれを拾い上げると、自分が下敷きにしている孔雀に向かって、振り下ろし……。
「……海斗、なん、で……?」
バカの目の前で、孔雀の喉をナイフで突いて、海斗は力無く笑った。
口が、『がんばれよ』と、動いた。
その目が、ふっ、と光を失って、閉じられる。
……そうして、バカは何もかも分からないまま、あまりにも唐突に起きた悲しいことを受け止めることもできないまま、光に包まれ……そして、何も見えなくなった。
+++++++++
「っ!」
樺島剛は目を覚ました。
そして辺りを見回し……ばくばくと鳴る心臓と、背を伝う冷たい汗を感じ……そして、ついさっきまで見ていた凄惨な場面を、1つ1つ、じわじわと思い出していく。
ヒマワリ畑でぐったりと動かないヤエ。
床に血の線を描いて吹き飛ばされたタヌキ。
片腕を失い、血を吐いて、氷と血が輝く中に居た七香。
……そして、刺された海斗と、海斗が刺した、孔雀。
それらを思い出していけば、じわじわと鼓動は早まり、そして、冷や汗のみならず、涙までもが滲んでくる。
……全く、意味が分からなかった。
何故、ヤエが死んでいたのか分からない。七香が何かしたのだろうが、何故、七香がヤエを殺そうとしたのかが分からない。
五右衛門が七香を殺そうとしていたのも、分からない。取り乱して、まるきり冷静でなくて……ヤエに何か思うところがあったのかもしれないが、バカはそれを知らないままだった。
四郎は結局、誰が悪魔だったのか分かっていたのだろうか。だが、それも聞けずじまいだった。
そして……デュオは、どうして、タヌキにあんなひどいことができたのだろう。ああ、タヌキも、どうして、あんなふうに……自分を犠牲にしてでもバカにタックルするように、勧めたのだろう!
「……海斗」
そして一番分からなかったのは、海斗だ。
海斗は、どうして刺されてしまったのか。孔雀はあの部屋に居なかったはずで、なのに何故か、孔雀が居て……そして、海斗は何故か孔雀に刺されて、そして、そして、海斗自身もまた、孔雀を、刺した。
……あの時の海斗の表情が、忘れられない。
ぎらりと光る目が、孔雀を見据えて振り下ろされるナイフの刃にも似ていて、バカは、ああ、俺、海斗のことあんまりよく知らないのかもしれない、と思ったのだ。
だって、だって……バカが『やり直し』するのに、わざわざ、人を殺す意味なんて、無かったはずで……だというのに、海斗は、孔雀をわざわざ、その手で……。
「……ううう」
バカは、唸る。
歯を食いしばって、不安や恐怖を漏らさぬよう、ただ、唸る。
分からないことだらけだ。
途中まで、上手くいっていたのに。『もしかしたら今回、一回もやり直さずにいけるかも!』と、思っていたのに。
だというのに、何故だか、上手くやれなかった。
……そして生まれてしまったあの凄惨な光景が、今もはっきりと、思い出せてしまう。
海斗の、こちらを振り返った時の目が、バカの脳裏に焼き付いている。
「うう……」
分からない。バカはバカだから、全然分からない。
あの状況になってしまった訳も分からない。どうやったら回避できるのかも分からない。
それに……一番よく知っているはずの、海斗のことさえも、分からないのだ。
「うー……」
不安だ。分からないことだらけで、不安だ。
不安で、不安で、バカはもう、どうしようもなくなって……。
「うわあああああああああ!」
個室のドアにタックルをかましたのだった!これだからバカは!
そうしてバカは、個室から飛び出してしまった。もうバカを止めるものは何も無い。世も末である。
が、自ら飛び出しておいて、バカは困惑した。何せ、個室の外は真っ暗なのだ。
……しかし、完全なる真っ暗闇ではない。床には光のラインがあって、それがあちこちに伸びている。
光のラインの先には個室があり、その個室からまた、光のラインが伸びていて……それを見たバカはようやく、『あっ、これ、ドアの内側にあった模様……せふぃろと、って奴だ!』と、理解した。
……そして、思い出す。海斗が、『ドアの内側の模様は、セフィロト、つまり個室とアルカナルームの繋がりを表す図だ』と教えてくれたことを。
そして、思い出す。
バカの腕輪は10番だ。つまり、一番はしっこだ。
海斗の腕輪は1番だ。つまり、もう片っぽのはしっこだ。
「海斗ぉおおおお!海斗ぉおおおおおおお!」
「うわぁああああ!?樺島ぁああああああ!?」
つまり一番遠くの個室にタックルすることで海斗に会えるのだ!バカにしては賢い!
「……ど、どうしたんだ、樺島……」
「海斗ぉ……海斗ぉお……」
ぶち破った個室の中に居た海斗を見つけたバカは、ぐずぐずぴーぴー泣きながら、海斗をぎゅっと抱きしめた。海斗は『うわっ……』という顔をしていたが、ふう、とため息を一つ吐いて、バカの背中を、ぽふ、ぽふ、と叩いて落ち着かせてくれる。
「……当ててやろう。『前回』の僕は、あー……死んだ……とか?」
バカは、こくん、と頷いて、尚も海斗をぎゅうぎゅうやる。海斗が『僕の骨を折る気か!?』と騒いだため、ちょっと腕を緩めた。でもぎゅうぎゅうやる。
そうして海斗の心臓がちゃんと動いているのを確かめていると、バカはちょっとずつ、落ち着いてきた。ぐす、ずぴ、とやりながら落ち着いて……同時に少しずつ、やる気が出てきたのである。
「海斗ぉ……俺、頑張るよぉ……」
「……ん。まあ、頑張ってくれ。僕も付き合うから」
海斗をもう一度、むぎゅ、とやってから、少し呆れた海斗をようやく放して、バカは決意する。
……二度と。
二度と、海斗を傷つけない。そして、海斗に『傷つけさせない』。
決意を新たにしたバカは、ぺちん!と自分の両頬を叩いて気合を入れる。そうすればいよいよ、キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部社員に相応しい、やる気に燃える元気なバカの出来上がりだ!
「うっし……やるぞぉ!」
「まあ、よく分からないがその意気だぞ、樺島。全く、やれやれ……」
海斗は呆れた様子だったが、少し笑ってバカの肩を少し強めにぽふんと叩いてくれた。バカはそれでいよいよ元気になって、元気に社歌を歌い始めるのであった。
やる気を出したい時にはこれに限る!ただし、うるさいので開始5秒で海斗から『止めろ!』と怒られてストップしてしまった!おお、キューティーラブリーエンジェル建設!ああ、キューティーラブリーエンジェル建設!
……ということで。
「やる気十分なのは分かったが、やる気だけじゃどうにもならないだろ。早く、『今まで』の話をしてくれ。そもそも今、お前がやり直し何回目なのかも僕は知らないんだぞ」
海斗が『ところでそのドア、直しておけよ』と言ったため、バカはタックルで吹っ飛ばしたドアを拾って、『めきょ……』と元の位置に戻した。そして、海斗の隣、ベッドに腰掛けて、さて、話す準備は整った。
「で、今のお前は『何回目』だ?」
「えーと、さっき1回目が終わったとこ……。だから2回目……」
「そうか。それがよっぽど上手くいかなかったんだな?」
「途中までは上手くいってたんだよぉ……。全然、誰も死ななかったしぃ……最後の最後まで、本当に、本当に上手くいってたんだよぉ……」
バカはしょんぼりしながら、『本当に、なんでうまくいかなかったんだろうなあ……』と考える。まあ、考えても何も分からない。バカなので。
「じゃあ順を追って説明してくれ」
……そして。
「……いや、それが、全然わかんねえんだけど……俺、何をどこから話せばいいんだ……?」
「……は?」
「あの、俺、そもそも、今回のゲーム、ルール、よく分かってなくてぇ……」
……個室の中には『このバカ!』という海斗の怒声が響いたのであった。
おお!前途多難である!
<章末バカカウンター>
1章中に出てきた『バカ』という単語の数:大体1060回ぐらい。既に4桁!
ところで、本日『頭脳と異能に筋肉で勝利するデスゲーム』の2巻が発売しております。よしなに。




