ゲームフェイズ2:『9』隠者2
彼が何者なのか。それは、彼自身の鋭い視線が、何よりも雄弁に物語っている。
「燕……やっぱり、君が、か」
横からデュオが顔を覗かせて、燕を見て……ちょっと、笑った。
「……そうだね。ちょっとだけ、つぐみに似てるかもしれない」
デュオの寂しそうな笑みを見て、燕は確かに、『つぐみ……!?』と、小さく呟いた。それを見逃さなかったデュオは、じっ、と燕を見つめる。
「そうだ。君のお姉さんで……俺の恋人。『駒井つぐみ』の話」
燕は、俯いてじっと何かを考え始めた。……だが、何も言わない。否定の言葉すらも、何も。
「どうやら、認めてくれるようだな。『駒井燕』」
海斗がそう言っても、燕は何も、言わなかった。
「ちょ、ちょっとぉ……どういうことよぉ。何が起きてんの?燕、って、誰?」
沈黙を破ったのは五右衛門である。当然、彼は今の今までほとんど蚊帳の外なので、色々と知らないのだ!
「むつちゃん……の、本名?」
「あー……どこから説明したものかな……えーと、そもそも彼は『むつちゃん』じゃないと思われる、っていうところから始まるんだけれど……」
「え……?」
また、ヤエも当然、蚊帳の外なのでぽかんとしている!今の今まで、むつと女子高生同士きゃいきゃいやっていたところでコレなので、心配なのだろう。そんなヤエに、五右衛門がそっと寄り添った。
「……確認させてもらうよ。君は『駒井燕』。『むつ』さんの体を乗っ取って使っている。それは間違いない?」
デュオは質問するが、燕は何も答えない。否定もしない。
なので、五右衛門やヤエにも、デュオが話した事情は『成程、どうやら真実か、それに近いものであるらしい』と伝わったようだ。
「彼……っていうのは、今、むつさんの体の中に入っている魂のことを指してるんだけれど、えーと、まあ、彼は、俺の恋人の弟でね。それから多分、『むつ』さんの友達でもある、んだと思うんだけれど……生憎、俺自身は彼のことをあまり詳しく知らないんだ」
デュオが話すのを、ヤエと五右衛門は興味深そうに聞いていた。また、燕自身も、『デュオが何処まで知っているのか』は気になるらしく、デュオの様子を窺う視線は相変わらずである。
「だが、彼がどうやらこのゲームのことを色々と事前に知っていた、っていうことは確かなようだ」
デュオの言葉は続くが、燕は全く喋らない。ただ、デュオの、そして周りの皆の様子を観察しているばかりだ。
……だが。
「俺、つぐみから、君については『悪魔のデスゲームで死んだ』って聞いてたんだけどな」
「違う」
そこで始めて、燕は陽の言葉をはっきりと否定した。
バカは、『燕が喋った!』とにこにこした。やっぱり、喋ってくれないことには話が進まない!特に、バカはバカなので、喋ってもらわないと全然状況が分からない!なので、どんどん喋ってほしい!
……と、喜ぶバカの横で、燕は、じろり、と陽を睨み上げる。
「……死ななかった。死ぬわけないだろ。あんなのに殺されるとでも?」
燕の視線を受けた陽は、ちょっと驚いて……それから、ちょっと嬉しそうに笑った。それはそうだろう。だって、むつの体を使っているというのに、燕の鋭い視線は……あんまりにもたまにそっくりなのだ!
「……まあ、壁抜けって初見殺しだからね。1件も事前に見ていなかったら、流石の『駒井』でも殺されるだろう、って思ったけどな」
「あんなのすぐ看破できるよ」
今までむつのふりをしていた時とは大分違う、ぶっきらぼうな返事の仕方にヤエやタヌキが大いに戸惑っている。バカも、ちょっと戸惑っているが……バカは『孔雀』を知っているので、まだ、そこまで困惑は大きくない。
……ただ。
「あー……君、本当に、つぐみそっくりだな……」
「え……」
……デュオとしては、思うところが大いにあったらしい。デュオはその場にずるずると座り込んで、俯いたまま動かなくなってしまった。
「弟だ。君、確実に……つぐみの……」
デュオの顔は見えないが、ちょっと潤んだ声から、デュオが今どんな顔をしているのかはなんとなく分かる。だから、燕もちょっと、おろおろしていた。
「あー、その、すまない。もう、僕としては君を『駒井燕』だと確信しているから、燕、と呼ばせてもらうが……」
なので代わりに、海斗が燕に話しかける。燕は瞬時に海斗を警戒したようだったが……横でちょっとぐすぐすやっているデュオのことは気がかりらしく、燕もあんまり警戒に力が入っていない!
「君が死ななかった、となると、駒井つぐみさんが手に入れた情報は間違っていた、ということになる。どうして間違っていたのか、心当たりはあるか?」
海斗がそう尋ねると、燕は『答えてやる義理は無いはずだ』と思ったらしい。思ったらしいのだが……それ以上に、困惑が勝っちゃっている!
「……そもそも、どこから情報を得た?デスゲームの結果なんて、『生き残った奴』にしか証言できない。そいつが嘘を吐くか、勘違いしていたか……いくらでも、証言が狂う可能性は考えられるだろ」
「それもそうだな。やれやれ……僕としては、つぐみさんがそういう情報に踊らされるとは思いにくいんだが……」
海斗は『どういうことなんだろうな』と、ちょっと迷うように視線を彷徨わせて……そして。
「……だから僕は、考えたんだ。君が、『悪魔』なんじゃないか、と」
……海斗がそう言ってみても、燕は何も、喋らなかった。
「おい、そいつはどういうことだ?」
が、ここで黙っていられない人も居る。
……そう。四郎である。
「こいつが、悪魔だと?」
「……実は、僕達は既に、『天井裏』で、彼の遺体と思しきものを見つけている」
海斗が説明すると、燕は『ああ、やっぱりな』という顔をし、そして四郎は、『マジかよ』と顔を顰めた。
「まあ、それが『死体』なのかは分からない。現に、彼の魂はこうやってここに居るわけだし……しかし、死体の手首には『9』の腕輪がついていた。となると、彼が本来、このゲームの参加者だったことは間違いない。そしてこのゲームには、『悪魔が参加している』のだというから……まあ、そうなんだろう」
「……状況だけ見るなら、確かに、そうだな」
「それに加えて、むつさんの体を使っているなら『そういう異能』か、はたまた、『悪魔が魂を操作した』かのどちらかしか無い、と判断できる。そして、異能だとするには……『氷の異能』を使っていたからな。『コピー』系統の異能だとしても、異能も姿も別々でコピーできる、というのは出来すぎに思える」
海斗の話を聞きながら、四郎は燕の眼前に立って、燕を見下ろしている。その目が暗い。バカは、『四郎、大丈夫かなあ……』と心配になってきた。
「魂を操作すれば、元々の体ではない体に魂を入れて、別人になりすますこともできる。……デュオとタヌキの例のように、な」
「……こいつも、『むつ』の体の中に入った、別人の魂、ってことだったな?それを、自分でやった、と?」
「あー……ただ『別人の体に入っている』というだけなら、それこそデュオとタヌキのように、今回のデスゲームとは関係のないところで悪魔に魂を操作されただけの被害者だと考えられる。だが、彼は……あまりにも、『知りすぎて』いるから」
燕としても、海斗の言葉に思い当たるところが大いにあるのだろう。ただ、何かを考えるように視線を彷徨わせて、じっとしているばかりだ。
「何故、『9』の部屋の中に光源があることを知っていた?それから……何故、『ダァト』の個室から続く隠し部屋を知っていた?」
燕は喋らない。喋らないが……。
「……説明はいい。こいつが悪魔だっていうんなら、それで十分だ」
……四郎は、喋る。そして、動く。
四郎の手が、燕の胸倉を掴んで、ぐ、と持ち上げた。
「お、おい、四郎……」
バカは止めに入ろうとも思ったが、四郎が動く方が早い。四郎は燕を持ち上げて……穴の上で、宙づりにした。
「答えろ。お前が、俺の妻を殺し、俺の娘を奪ったんだな?」
燕は喋らない。ただ、苦しそうにしながらも、四郎を睨むばかりだ。
そんな燕を、四郎は、今にも穴の底へ叩き落しそうに見える。……なので。
「し、四郎!他にも悪魔、居るんだ!」
バカは、そう言って四郎の眼前に飛び出した。
「……なんだと?」
四郎は、バカの言葉に反応した。なのでバカは、必死に言い募る。
「そ、その、四郎のおっさんが探してる悪魔って、ほんとに、燕なのか?他の悪魔じゃ、ないのか?他の悪魔なら、さっき居たぞ!ゴールのところに!」
「は?」
「そもそも、他にも悪魔、いるだろ!?皇帝とか、きょーこーとか、骸骨のかっこいいのとか、宇宙飛行士のでっかいのとか……ほ、ほら、さっき七香がお尻叩いてたやつだって、悪魔じゃないのか!?悪魔だよなあ!?」
バカの言葉を横で聞いていた七香が、『あれはただの痴女かと……』とぼやき、タヌキが『ただの痴女がデスゲームに居たら怖いじゃないですか七香さぁん!』と悲鳴を上げた。仲良しである。
「その、燕……燕って、ほんとに悪魔なのか!?で、悪魔だとして、悪い悪魔か!?悪くない悪魔じゃないのか!?なあ!」
四郎には伝えたいことは全部伝えた。だから後は、燕だ。
四郎に何を言ったって……燕が何か言ってくれなければ、結局、どうしようもない。
バカは、『どうか』という思いで燕を見つめる。
……だが。
「っ!」
四郎の手が、凍り付く。……燕が、異能を使ったのだ。
四郎が燕の胸倉から手を離すと、自由になった燕は真っ直ぐ、デュオに向かっていった。
「えっ」
戸惑うデュオに、燕が飛び掛かる。走った勢いのままに、デュオにぶつかって……デュオの手のカンテラが光の尾を引いて、揺れた。
その光に照らされて、デュオの困惑しきった顔がよく見え……また、燕の目が、如何にも意思の強そうなはっきりとした光を宿しているのも、見えた。
……そして、燕の手が、倒れたデュオの手へ、伸びて……。
「……こういう時に、容赦しちまうようじゃ、駄目だろ」
四郎の声が、冷たく響く。
……燕の首が、氷の刃に切断されて転がった。




