ゲームフェイズ2:天井裏
「孔雀……」
バカは、茫然と孔雀を見下ろした。
目を閉じて倒れたまま動かない孔雀は、生きて喋っている時よりも少しばかり、幼く見える。
だからこそ、彼が生きていないことは一目で分かった。
「……まあ、死んでいる状態、だな。これは……」
更に、後から来た海斗も確認して、項垂れる。
「一応確認しておくが、『無敵時間』ではないな?」
「うん。違うと思うよ。……ほら。彼の肌に爪を立てられる」
デュオも確認して、孔雀が確かに死んでいる状態だということがはっきりしてしまう。バカは、またしょんぼりした……。
「ただ……そうなると、彼の死因が気になるところだね」
が、デュオはどうやら、バカとは異なる視点を持っているらしい。
「見たところ、外傷が無い。……ただ、魂を抜き取られたみたいな死に方だ」
……デュオの言葉を聞いて、バカはなんだか、何かに気付きそうな、気づきたくないような、そんな気分になるのだった。
「……確認だが。孔雀は恐らく、ここへは自力で来た、と考えていいな?」
「そうだね。俺もそう思う。……彼の腕輪はちゃんとあるようだし。となると、セフィロトの模様の壁の隠し扉も開けられる訳だし。何より、ここへ来るだけなら、『ゲーム開始前』なら誰でも、1人で可能だから」
そうしてデュオと海斗が考え始める。バカは考えても無駄なので、体育座りで姿勢を正し、待機する!
「誰かに無理矢理連れてこられたとしたら、『むつ』さんしかありえないと思う。だが、彼女は一応、女性だろう?とてもじゃないが、同い年くらいの孔雀を引きずってこられるとは思えない」
「まあ、そうだよね。樺島君を見ていると忘れそうになるけれど、人間が1人で人間を運ぶのって、結構無理があることだから」
海斗とデュオの会話を聞いて、バカは『そっか、人間って人間を運ぶの、大変なんだ……』と学んだ。当然であるが、バカにとっては新鮮な情報であった。
「つまり、彼は自力でここに来て、そして、死んでいる、と……。まあ、不審な状況であることに変わりはないけれど、自然に考えるなら『誰かと一緒にここに来た』んだろうな」
「……むつさんか」
「まあ……そうだろうね。先入観に囚われすぎかもしれないけれど、正直、それ以外に考えるとしたら『悪魔』くらいしか残ってない」
「そうだな。だが、ゲーム中に悪魔が接触してくるとは思えないから……やっぱり、むつさんなんだろうな」
デュオは一つため息を吐くと、少し迷ってから、言葉を口にした。
「となると、『どうやって』むつさんが孔雀を殺したのか、という問題と、『何故』孔雀を殺したのか、という問題が出てくるね。……困ったな。答えが見えてるんだけど、正直、そこに到達したくない。……孔雀は、つぐみの弟かもしれないんだろ?」
……デュオが、狼狽している。あのデュオが、だ。
バカはなんだか新鮮な気持ちで、デュオを見守る。……苦悩している様子のデュオは、なんだかやっぱり、天城に似ている。
「そう、だな……うーん……少し待ってくれ。僕も考える」
海斗もそう言って、何やら考え始めた。
……そうなってしまうとバカは非常にヒマなので、ただ、ぼんやりと蝋燭の火を見つめるくらいしかやることがない。
バカの視線の先で、蝋燭の火はちらちらと揺れながら、一生懸命燃えている。
とはいえ、蝋燭の火というものは、案外小さいのだ。光量もそれなりでしかないし、蝋燭自体も、随分と短くなってしまっていて、じきに燃え尽きてしまうだろう。
元々、それぞれの個室に置いてあったこれらはきっと、『異能の説明の紙』を燃やすために置いてあったものなのだろうから、最初の待ち時間の間だけ保てばそれでよい、という程度のものだったのだろう。ましてや周りを照らす用途では考えられていないに違いない。
「あの、海斗、デュオ……これ、そろそろ燃え尽きちゃうぞ」
「ん?ああ、本当だな……」
「……一旦、大広間に戻ろうか。うーん……考えをもう少し、まとめたいけれど、それは追々、ってかんじかな……」
バカは、『こいつらがもうちょっと明るければなあ……燃え尽きるのも、もうちょっと遅ければ……』と、キャンドルランタンをちょっぴり恨めしく思いつつも、海斗とデュオと共に、大広間へ戻ることにするのだった。
考えは纏まらないが……バカはなんとなく、答えが見えたような、そんな気がする。
だが。
「……ところで、どうやって戻ろうか」
ふと、デュオがそう言った。
「ん?どうやって、って……」
バカが首を傾げていると、海斗も、『あ』と言って、固まる。
「……樺島。思い出せ。僕らはここへ、『エレベーターの上』に乗ってやってきた。そうだな?」
「え?うん」
バカはバカだが、流石に覚えている。上ってくるエレベーターのてっぺんに乗っかっておくと、こうして天井裏へ来られるのだ!
「……つまり、またエレベーターがアルカナルームへ戻るようなことがなければ、『帰りのエレベーター』が無いことになる」
……そう。
天井裏の探索は、誰かの助けがないと成り立たないのである!
「え、あ、ど、どうしよう!?どうしよう!?俺達、ずっと天井裏に居るしかないのかぁ!?」
「あー……いや、樺島、落ち着け。いざとなったらデュオを振り回して床を破壊しろ。そこから僕とデュオを抱えて飛び降りろ。それで多分なんとかなるだろ、お前なら」
「あっ!そっか!大丈夫だった!」
「ちょっと待って。俺を振り回すって、何?」
……そうして、バカ達は元気にやいのやいのと相談し合い、『まあ、いざとなったら全部破壊しよう』という結論で落ち着いた。落ち着いちゃってよかったのかはバカには分からないことだが、頭のいい2人が落ち着いたのだからこれでよいのだろう!
「けれど……えーと、ちょっと待って。俺を振り回すより先に、検討すべきことがありそうだけれど」
「ん?」
が、デュオがそう声を上げたので、バカと海斗は揃って首を傾げ……。
「ほら。あそこ。……多分、七香さん達のチームだ。まだ、エレベーターが大広間に戻ってきていないんだと思う。だから今ならまだ、あそこから飛び降りれば天井を破壊せずに大広間へ戻れそうだよ」
……なんと!色々と破壊せずに大広間へ戻る方法があったらしい!バカは驚きつつ、『よかった!』とにっこりした!バカはバカだが、ものを大切にするバカである。特に、誰かが一生懸命建設したはずのものを破壊しちゃうのはちょっと申し訳が無いので……破壊せずに済むならそれに越したことは無いのだ!
ということで、バカは海斗とデュオを小脇に抱え、てけてけてけ、と床の穴……七香達のチームのエレベーターがまだ戻ってきていないが故に開いているその穴へと向かっていき……ぴょい、と、元気に飛び降りた。
……海斗は高いところが苦手なはずなので、飛び降りるのはちょっと申し訳なかったのだが……しょうがない!海斗が『きゅっ……』と身を固くしている様子を腕に感じつつ、バカは『ごめんなぁ……その分、着地はソフトにやるよぉ……』と心の中で謝った!
「着地っ!」
そうして、心の中で海斗に謝った通り、バカは大広間の床の上に、ふわっ、とソフトに着地した。バカほどの筋肉ともなれば、この程度の着地はお手の物なのである!
「し、死ぬかと思った……」
「……もしかして、高いところ、苦手だった?だとしたら悪いことしたな……」
海斗はすっかり青ざめてふるふる震えているし、デュオはなんだか気の毒そうな顔をしている。バカは『海斗ぉ!ごめんなぁ!』と謝りつつ、そっと、海斗を床の上に降ろしてやった。そうすると海斗はちょっと落ち着いて来たらしく、床の上で座り込んで、幾分顔色が良くなってきた顔でため息を吐くのだった。
「あ、あの、樺島さん達……大丈夫、ですか?」
が、そこへやってきたのはヤエである。
ヤエの後ろには五右衛門とむつも居る。……むつは、心配と同時に警戒の色が強い目を向けてきているが……バカは、『どうしようかなあ』と、ちょっと困ってしまう。今すぐ、むつに『孔雀の死体が上にあったんだけれど』などと話しても、余計に警戒されてしまうだけのような気がする。
「ああ、ごめん。こっちの『2』の部屋が秒殺だったから、空いた時間で天井裏の探索に出てたんだ。ゲーム開始直後からずっと気になってたからさ」
が、そこはサラリとこなしてくれるのがデュオである。デュオは説明役を買って出ると同時に、むつの疑いの目をバカではなく、デュオ自身に向けさせようとしてくれているらしい。やはり、頼れる男である!
「そう、なんだ……」
むつは何か、探るような目をデュオに向けていたが、そこはデュオの方が上手だ。堂々として、何も動じずにいる!バカは、『すげえ!面の皮が厚い、ってこういうことかあ!』とにこにこした。バカなので!
「んもお!心配したんだから!アタシ達が戻ってきたら、まだタヌキちゃん達のチームは戻ってきてないし!樺島君達のチームは戻ってきた形跡があるのに、姿が見えないし!」
「ごめんよぉ……」
そして、むつが更なる追求をしようとしたところで、先に五右衛門が割って入ってきてしまった。おかげでバカ達は助かったが、申し訳ない気持ちでいっぱいなのは確かである!
「……その、タヌキチームは、まだなのか?」
「あー……そうなの。まだ、戻ってこないのよねえ……」
……更に、申し訳なさよりも心配が勝り始めてきた。
何せ……『3』の部屋だ。ちょっとえっちな部屋だ。そこから戻ってこない七香とタヌキと四郎のチーム……となると、やはり、パワーでは解決できなかった、ということだろうか!
……ということで、バカと海斗とデュオの3人で『3』の部屋へ向かうことにした。タヌキチームの救助に向かうのだ!
緊張しながらも、バカはエレベーターの中で準備体操を念入りにしておいた。エレベーターが到着し次第、すぐさま救助に駆け付ける所存であるので。
「大丈夫……かな。うーん、先に樺島君に聞いておくべきだったか……」
「……その、僕だって、事前に部屋の内容を知っていたら、七香さんを止めたさ。その、タヌキと……というのは難しいだろうし、かといって、四郎さんと、というのはお互い、抵抗があるだろうしな。ああ……」
……バカが『3』の部屋の内容について、『ちょっとえっちな部屋、だった!なんか、閉じ込められるんだよぉ!で、海斗が二度と入らないって言ってた!』と教えたところ、賢い2人は何故か、『あー……』とぼやきつつ、何やら部屋の内容を察したらしい。賢いと言うべきか、特定の知識に富むと言うべきか……。
「……その、ドアを開けた瞬間、刺激の強い光景が広がっている可能性もある……というか、その、ほら、七香さんって、強い異能で、しかもかなり苛烈な性格をしているから……」
「な、七香がなんかやっちゃってるのか!?」
「まあ、その可能性は割と高そうだな……。その場合は、四郎さんが死んでるかも……」
「なんでぇえええ!?」
バカはバカなので色々と分からないが、デュオと海斗は『ああなってるかも』『こうなってるかも』と、頭を抱える勢いである!バカは益々心配になってきた!
……そんな心配はさておき、バカ達のエレベーターは無事、『3』の部屋の前へ到着した。
のだが。
「……なんか聞こえるぞ?」
すぱーん。ぺしーん。
……ドアの向こうからは、なんとも景気のいい音が響いている。それと同時に、ぐすぐすとすすり泣く声も聞こえてくるので、バカは大慌てで、『じゃあタックルいくぞぉ!』と叫び、ドアへ無意味にタックルをかました!
「……こっちは想定外だったな」
「……そうだな」
デュオと海斗が遠い目をする中……部屋の中では、四郎がそっぽを向いて座りつつタヌキを撫でており、タヌキは撫でられつつ、部屋のベッドの方を見て『わ、わああ、わああああ……』と声を漏らしており……そして!ベッドの上では!『女帝』が!
……憮然とした表情の七香にお尻を叩かれて、泣いていた!
かわいそう!




