ゲームフェイズ2:『2』女教皇2
……そうして、バカ達は女教皇からカツアゲしてしまった物品を検分していた。
女教皇がくれたものは、『女教皇』のカード。その他に、ナイフ、赤い液体が入った小瓶、上等なものであろうワインやウイスキー、本、フルーツが詰まったバスケット、焼き菓子が詰まったバスケット……といった代物である。
タヌキのポケットの中身ほどではないが、中々に雑多だ。バカは、『この赤いのもワインか?』と首を傾げ、デュオに『血糊だね』と訂正された。成程。血糊らしい。……バカにはこれの使い方が全く分からないが!
「へー。ナイフに血糊、か。何か、派手に演技する役に立ちそうだけれど……」
デュオはその2つをしげしげと見つめて、何やら考え始めている。バカには分からない何かを考えているのだろう。
「本は……すごいな、中身、ラテン語だ」
「……ラテン語が読めるのか?」
「少しだけね。単語が読めるくらいで、文法はあまり自信が無い。……うん。あー……すごいな、これ。多分、ラテン語で肉じゃがのレシピが書いてある」
「肉じゃがのレシピ!?」
デュオはぺらぺらと本のページを捲っては、何とも言えない顔をする。それはそうだろう。バカには読めない謎の言語で、何故か全く関係のない肉じゃがのレシピが書いてあるのだというのならば……。
「あー……すまない。これは本来、何をしたら貰えるものだったんだ?」
「も、問答を……。あなた方の知性が切り開く未来にこれが必要なのであれば、これをさし上げるつもり、でした……。無論、問答1回ごとに、あなた方の覚悟を賭けていただくことにはなりましたが……」
そして海斗は、女教皇がすっかりしょんぼりしているところに尋ねて、『そ、そうか……』と、何とも言えない顔をした。
「……うん。言いたいことは分かるよ。俺達にはナイフはあまり必要無かったかもしれないね。樺島君が居るからね」
「タックル!?タックルか!?」
「ああ、お前のタックルの出番は終わったぞ」
「タックルー!?」
バカは、『知らない間に俺のタックルチャンスは終わったらしい!』ということだけ理解して、愕然とした!バカは『俺、役に立てなかった!』と嘆いたが、大いに役に立ってはいる。バカにその自覚は無いが……。
「まあ、最速クリアであることは間違いないね。おかげで沢山話す時間が手に入りそうだ。ありがとう、樺島君。それに、女教皇さんも」
「あ、はい。では、私はこれで……」
そうして、デュオがにっこり笑ってお礼を言うと、女教皇はしょんぼりすごすご、と奥へ引っ込んでいった。バカは、『ちょっと悪いことしたなあ』という気分になってきたが、まあ、これはこれでよしとするしかない。
「じゃあ、早速聞こうか。樺島君は、むつさんの嘘を見つけた、んだったね?」
「お、おう」
そう。今は女教皇どころではない。
……むつのことを、考えなければならないのだ。
否。
もしかしたら、『むつじゃない何か』のことを考えることになる、のかもしれない。
バカは、先程まで女教皇が使っていたらしいそこら辺のソファやローテーブルやティーセットをひょいひょいと持ってきて、勝手に談話スペースを設けた。そして、勝手にお茶を淹れて、勝手に焼き菓子をつまむことにした。おいしい!
「さて……樺島。もう一度整理すると、『むつさんはチューリップが好きであるはずなのに、氷細工の花を作るとなった時、チューリップではなくガーベラを作ったからおかしいと思った』ということだったな?」
「うん」
バカは、サクサク齧っていたクッキーを飲み込むと、大きく頷いた。
……バカが感じ取った違和感は、大きい。
むつがチューリップを作らなかったこと自体は、ほんの小さな違和感に過ぎない。ただ……その後のやり取りが、余計にその違和感を大きくしたのだ。
「……チューリップ、何とも思ってないみたいで、変だったから……うーん……」
……むつと最初に話した時、むつは、孔雀のことを庇うように色々と話してくれた。案外優しい奴なのだ、と。その話の1つが、チューリップの話だったのだが……。
「……えーと、ちょっと俺、混乱してるんだけれど……まず、樺島君が『むつさんはチューリップが好き』って知ったのは、いつ?このゲームが始まる前?」
「ん?ゲームの中だ。えっと……孔雀が居た時。最初の時だぞ」
バカは思い返して、『やっぱりそう!』と自信を持って頷いた。
……孔雀の姿は、最初の1周目以外では一度も見ていない。だから、しっかり印象に残っている。
あの周は、全員がバラバラに動いていたし、途中で消えてしまう人も居たし、なんだかんだ、よく分からない周だったのだが……その中で、むつと話したことはよく覚えているのだ。
ついでに……孔雀について話すむつの、ちょっと嬉しそうな顔も。よく、覚えている。
だからこそ、バカは今、大きな違和感を抱えて首を傾げているわけなのだが……。
「うーん、成程ね……。となると、樺島君の感覚を頼りにすることになるけれど……『一周目のむつさんと、今のむつさんは別人』ってことになるのか」
「うん!多分、そう!」
さて。デュオがそう仮定してくれたことで、バカは元気になる。
バカには何が何やらサッパリだが、デュオと海斗が考えてくれたら、何が何なのかちょっと分かる気がする!
「樺島。他の周ではどうだった?今回は……えーと、5周目、か?なら、最初と今回以外の3周は、どうだった?」
「ええー……ごめんなあ、今回と最初以外、あんまりむつと喋ってないんだよぉ……」
バカは必死に思い出してみるが、残念ながら、思い出そうにもそもそも記憶がないのである。他の周は、むつとお喋りするよりも優先しなければならないことが沢山あったので……。
……だが。
「……あ、でも、なんか……むつが、たまっぽいな、ちょっと変だな、って思ったことは、あった」
「え?」
ふと、思い出されるものも、ある。それは……視線だ。
「むつ、たまに似てる時があったんだよぉ。なんか、目が……?」
「目?」
「うん。鋭いかんじがしたんだ」
むつが、ふとした時に見せた視線。鋭くて、ちょっと険のあるかんじの……あの視線は、妙に印象に残っている。『むつらしくないなあ』と。
「最初に会ったむつは、そういうかんじ、全然なかったんだけどな?その、どっちかっていうと、孔雀の方が、たまに似てた……」
バカは首を傾げながら、『でも、むつと孔雀は友達だっていうことだったし、似てることもあるかぁ……。それで、孔雀は燕で、たまの弟なんだし……やっぱり似てることもあるよなあ……』と考えた。
……すると。
「……樺島君。一応、確認なんだけど」
「うん」
「今回のデスゲーム、『陽』と『天城』と『たま』は参加できない、んだった、よね?」
「え?うん」
デュオが確認してくるのを聞いて、バカはきょとん、として首を傾げた。
「……たまが、『むつ』または『孔雀』として参加してる、ってことは、無い……か?」
……デュオは、緊張と期待に満ちた目でバカを見つめてくる。だが、これについてバカの意見は変わらない。
「うん……違うと思う。だって、たまだったら、デュオのこと見て、すぐに分かるだろ?」
「……そうか」
そう。むつは、たまではない。ついでに、孔雀もたまではない、と思う。だって……目の前に、デュオの姿になったとはいえ、ちゃんと魂が『宇佐美光』である人物が居たのに気づかないのだから!
「すごいんだぞ、たまは。かにたまになっても、天城になった光のこと、すぐ分かったんだから」
「えっ?なんて?」
バカは、自分のことのように誇らしげに胸を張った。だって、たまはすごいのである!
「かにたまはな、暴走してない時、すぐに天城の爺さんのこと見つけて、かにかに懐いたんだぞ!」
「……蟹?」
「うん。あ、言ってなかったか?たまはな、将来、蟹になる!」
「蟹に!?」
一方、デュオは混乱の渦中に叩き落された。それはそうである。自分の生涯をかけて取り戻そうとしている恋人が『将来、蟹になる!』と言われてしまっては混乱も已む無し!
「あー……かにたまさんのことは一旦置いておくが……僕としても、『駒井つぐみ』がここに居るとは思えない。何せ、あなたは僕に気付いたんだ。なら、同じ条件であるはずの『駒井つぐみ』さんが僕に気付かないのはおかしいだろう?」
「……そうだね。そうだった」
そして、たまがデュオに気付かなかったとしても、海斗にも気づかないのはおかしいのだ!だって海斗は海斗で、一応、『駒井つぐみ』と面識があるはずなのだ!その海斗がここに居るのだから、もしむつや孔雀が本当にたまだったら、すぐ海斗を警戒するだろう!
「ということで、僕も『たま』が居るとは思わないんだが……」
そうして、海斗はそう言いつつ、お茶を自分で勝手に注いで勝手に飲みながら考え……そして。
「……僕は、今の『むつ』さんが『駒井燕』だという説を提唱する」
……そんなことを言うものだから、バカはまた、びっくりした!
「……むつが、燕?」
「ああ」
「……むつが!?燕ぇ!?」
「うん、そんなに驚くことか……?」
海斗は何とも言えない顔をしているが、バカは、ぽかん、としたままだ。衝撃が、まだ抜けない!
「……その、『むつさんがコピーに似た異能を使っているように見える』『むつさんは中身が別人の可能性がある』『このゲームには駒井燕が参加しているらしい』という情報を統合したら、『コピーに似た異能を持っている駒井燕が、むつさんのふりをしている』ということにならないか……?」
海斗が更に説明してくれたのだが、バカは『どういうこと!?』と混乱するばかりである!
……だが、まあ、分かる。バカも一応、分かりはするのだ。
勿論、理屈は分からないのだが……感覚で、『ああ、確かに、むつの中身が燕だったら、ああいうかんじなのかぁ……』と、思ってしまうのだ。『本当のむつ』のことなどほとんど分からず、『駒井燕』のことだってほとんど知らないバカであるというのに、なんとなく、海斗の言うことが正解のような気がするのだ。
「……ただ、その場合、『What』と『Why』と『Where』が不明なままだな」
「へ?」
が、海斗の説明はより一層、バカには難しすぎる方に向かって加速していくのだった!
何せ、バカは中学英語もよく分からないタイプのバカなのである!困った!困った!
「『どのようにして』燕がむつさんのふりをしているのか。これについて、まずは考えるぞ」
さて。バカが『What』の意味もよく分からないまま悩んでいる横で、海斗はまた別の悩みを抱えているらしい。
「……まあ、僕の仮説では、彼の異能が『人の姿形もコピーできる』から、ということになっているんだが……」
「どういうことぉ!?何!?燕、人の見た目もコピーできるのか!?」
海斗の悩みは高度すぎる。バカは慄いた。慄いた拍子にちょっと浮いてしまったが、海斗にもすん、と引っ張られて無事、ソファの上に戻ってきた!
「そんなに驚くな。十分にあり得る話だろう?姉であるつぐみさんの異能は、『異能のコピー』だ。なら、弟である燕の異能も、『何らかのコピー』である可能性は十分に高い。姉のように異能のコピーの系列であるか、はたまた、姿諸共のコピーであるか……どちらだって考えられる」
バカは『俺、分かんねえ!ごめん!』と謝った。海斗は『ああ、いい。気にするな。僕もお前が理解できるとは思っていないが……何故か、お前に話しかける体で話すと、考えがまとまるものだから……』と、ちょっと申し訳なさそうな顔をした!
「まあ、『What』の部分は分からなくても、今回は問題無いだろう、とは、思う。どうせ異能を使っているのは確かだろうし……デュオ、どう思う?」
「そう、だね……俺としては、異能以外の要素もあるとは思う。ついでに、そこが分かれば追随して分かることがありそうだから、気にはなるけどね。まあ、他の要素から考えた方がいいだろうとは思ってるよ」
「異能以外の……ああ、そういうことか。うん、そうだな……確かに、そこを詰めるのは難しいか。少なくとも、今ここで安楽椅子探偵、という訳にはいかないだろうな」
……海斗とデュオの会話はなんだか頭が良さそうだ。バカは『2人が頭いい分、俺がバカでちょうどよかったなあ……』と至極どうでもいいことを考えるのだった!
「……やはり、考えるべきは『Why』と『Where』の方……『何故』と『どこで』の部分だな」
そうして、海斗は顎に手をやりつつ、考え始めた。その仕草を見て、バカは『なんか探偵っぽい!』と思った。
「何故、燕はむつさんのふりをしている?そして、もし本当に燕がむつさんのふりをしているなら、本物のむつさんはどこにいるんだ?」
「もう死んでる、って可能性も無いわけじゃないけどね。難しいところだな……」
海斗に続いて、デュオも脚を組んで考え始めた。
……そうして2人が考えていることが何なのか、バカにはよく分からない。バカなので。
だが、バカにも分かったことはある。
2人が、『本物のむつはどこにいるんだろう』と考えているらしい、ということだ。
「あ、じゃあ、天井裏、探してみるかぁ?」
そういう訳で、バカは2人に提案した。
「は?」
「え?いや、だって、本物のむつがどっかに隠れてるとしたら、天井裏じゃ、ないのかぁ……?」
……そうして続いたバカの言葉に、海斗もデュオも、目を瞬かせるのであった。




