第八話 帰還
芽は、もう芽ではなかった。
人の顔を咲かせた茎が、夜の庭から路地へ、路地から通りへと這い出していく。
アスファルトを割り、排水溝を抜け、電柱を巻き込みながら、静かに、しかし確実に広がっていった。
直志の足元にも、緑の線が絡みつく。
それはまるで“縄”のようで、逃げようとすればするほど強く締まる。
呼吸のたびに、その縄が自分の肺の奥まで入り込む感覚があった。
もう外と内の境界がない。
通りの先で、人影が立ち止まった。
あの、昼間に西を向いて歩いていた者たちだ。
彼らの頭皮の下からも、同じ芽が伸びている。
そして、その芽の先端には、それぞれ別の“誰か”の顔が揺れていた。
「みんな、帰ってきたんだ」
その言葉が、頭の中に直接流れ込む。
誰が言ったのか分からない。
だが、同時に複数の声が重なっているのを感じた。
母の声、地中の自分の声、そしてまだ聞いたことのない声。
芽の群れがゆっくりと町の中心へ向かって進む。
街灯が途切れた暗がりの中、その動きは波のようで、飲み込まれた建物や車が一瞬で緑の塊に変わっていく。
そこからまた新たな顔が咲き、さらに広がる。
直志の視界が揺れた。
まぶたの裏に、土の中の映像が広がる。
数えきれない骨、眠っていた記憶、そしてまだ芽吹いていない“種”たち。
それらが一斉に目を覚まそうとしている。
自分の口が勝手に動いた。
「……冬は、もう来ない」
その言葉と同時に、足元の芽が腰まで這い上がり、背骨に沿って侵入してくる。
冷たくも温かいその感触に、恐怖は薄れ、代わりに甘い安心感が満ちていく。
——ああ、これでやっと、全員がそろう。
そして直志は、最後の一息を吸い込むように、土の匂いを胸いっぱいに満たした。