第七話 侵食
朝、目覚めると喉の奥がざらついていた。
唾を飲み込むと、舌の裏に小さな突起が触れる。
鏡の前で口を開けて覗き込むと、薄緑色の芽が二本、舌の付け根から伸びていた。
細く柔らかいが、先端には小さな葉がついている。
——もう、体の中に入り込んでいる。
その事実を飲み込むより先に、芽がひとりでに喉の奥へと引っ込み、皮膚の下に潜っていった。
どこに行ったのか分からない。
ただ、肩や背中の皮膚の下で、何かが“這っている”感覚だけが残る。
会社に向かう途中、妙なことに気づいた。
すれ違う人の中に、同じように肩が落ちている者が何人かいた。
彼らは一様に、無表情で同じ方向——西の空を見て歩いている。
直志が立ち止まると、彼らも同時に立ち止まった。
ほんの一瞬、全員の視線がこちらに集まる。
その目の奥には黒い土が詰まっているように見えた。
夜、自宅の庭に立つと、土から細い芽が無数に突き出していた。
昼間にはなかったはずだ。
それらは風もないのに揺れ、まるで体温を持っているかのように温かい空気を放っている。
「おかえり」
声が重なって響く。
一つではない。無数。
芽一本一本が、別々の声で囁いている。
その声はやがて、自分の心臓の鼓動と同じリズムに揃っていった。
背後で、玄関のドアが軋む音がした。
振り向くと、そこに母が立っていた。
だが、その母は数年前に亡くなったはずだ。
彼女の右肩も、やはり深く落ちている。
「ほら、夏はもうすぐだよ」
母がそう言った瞬間、庭中の芽が一斉に開き、花のように形を変えていった。
それは花ではなく——人の顔だった。
老いた顔、若い顔、子供の顔。
その中に、自分とまったく同じ顔も混ざっている。
そして直志は理解した。
これは芽ではなく、“戻ってきた人間”なのだ。
土の底から、順番に。