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第五話 奪い芽



地上の“直志”が、庭の中央でシャベルを握り直した。

その視線は、真下——土の中の自分を見据えているように感じる。

土越しに伝わるその視線は、熱ではなく、冷たい金属のようだった。


土中の直志は根を深く絡ませた。

もしこの“もうひとり”に根を断たれれば、自分は完全に消える。

芽はただの草に戻り、記憶も形も土に溶けていくだろう。


だが、逆に——こちらからも奪える。


根を地表へ伸ばし、相手の足首を探る。

一筋が触れた瞬間、地上の直志の記憶が流れ込んできた。


・この数日間、何事もなかったように会社へ通い、同僚と笑っている。

・冷蔵庫を開け、何気なくビールを飲む。

・そして夜、窓辺で庭を見下ろし、にやりと笑う。


——こいつは俺じゃない。

俺の形をしているだけだ。


地上の直志は、足に絡みつく根に気づいたらしい。

シャベルを振り上げ、その先端を土へ突き立てた。

一撃目は外れたが、二撃目は根のすぐ脇を抉った。

痛みが走る。土中にいるのに、まるで脚を斬られたような衝撃。


「やめろ……!」


声は届かない。

代わりに根をさらに絡ませ、地上の“直志”の膝まで絡みつけた。

その瞬間、意識がつながる。


——互いに互いを覗き込むような感覚。

記憶が入り乱れ、どちらが本物か、もはや区別がつかない。


地上の直志が呟いた。

「本物は……俺だ」


土中の直志は即座に返す。

「違う、本物は——俺だ」


そして同時に、両者の口元が笑った。

まったく同じ笑い方で。


庭の上と下で、二つの“俺”が、互いの存在を引き裂こうと根と腕を絡ませる。

月明かりの下、庭は静かに揺れていた。


やがて、一方が一気に引きずり込まれた。

土が大きく盛り上がり、静かになる。


庭にはただ、一人の“直志”だけが立っていた。

その右肩は、以前よりも深く落ちている。





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