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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

語られ話

作者: 猫鷹

「どうも島崎マサトです。始まりました島崎の怪談語り。本日もご視聴ありがとうございます…早速ですが、ゲストを紹介します。今回はまたすごい方が来てくれましたよ。怪談師と言えばこの人あり。色々な方からの怪談を収集し、それをまるで実はご自身がその場で体験したのではないかと思わせるような、そんな臨場感ある怪談を語ってくださる恐怖の夜と書いて、恐夜千きょうやせんさんです。」


「はーい恐夜でーす。…って島崎さん!この人ありとか言わないでくださいよ!僕とかまだまだというか、そんなこと言われたら他の先輩に怒られる可能性あるんですから。」


「何を言ってるんですか。デビューしてからまだそんなに月日が経たずに人気上昇、開設したチャンネルの登録者数も最初目標にしていた数字なんてすぐに達成したって聞いてますよ。

 そんな恐夜さん、今回また新しく面白い怪談話が手に入り、ぜひウチのチャンネルで語らせてくれと連絡がありまして、急遽撮影が決まり生配信となったわけですが、早速お話聞いてもいいですか?」


「はい。今回はですね、僕のチャンネルをよく見てくれてる視聴者さんからもらったお話です。タイトルをつけるとしたら、そうですね…私なら『語られ話』と名付けます。」


「『語られ話』ですか?それは意味を聞いてもいいですか?」


「先に説明をしても大丈夫なんですが、ここはまずお話を聞いてもらった後の方が伝わりやすいと思うので、先に語らせてもらいますね。


…これは先程話した通り僕のチャンネル登録者さんから頂いた話。名前は…そうですね、仮名で加藤さんとしておきましょう。その加藤さんは田舎の病院でお医者さんをしてまして、話は仕事中に起こったことです…」


ーーーーー


 私は、田舎で小さな個人病院を営んでいるのですが、それは午後12時を過ぎた頃に起こった話です。


 その日は、朝から珍しく受診される方が多かった日でした。まぁ多いと言っても、そこまで忙しいということはないんですがね。なにせ田舎の個人病院ですから。

 受診をしに来られる患者はご高齢の方ばかり、健康診断とは名ばかりで、大体の方が友人の顔を見にきた、話し相手が欲しかったと言ったような集会所代わりに利用される方がほとんどなんです。

 なので私は血圧を測ったりなどの簡単に健康チェックをして終わるといった感じなんですが、それでもその日は珍しくいつもより多いなと頭をよぎる程度には患者の数が多かったです。


「ふぅ…残りは後1人みたら午前は終わりかな…。」


 壁にかけてある時計を見ると午後1時前…。普段は受付を早めに閉めて12時に休憩、1時半にまた開く流れだったのですが。随分時間がかかったなという疲労からのため息をついたのを覚えています。

 少し時間をズラして今日は1時から休憩をもらって2時からにしようかと考えていると…


(コンコン)


 部屋の扉がノックされる音が響きました。私は「どうぞ。」とうながしながら、午前最後の患者なのだから気を引き締めるかと襟を正しました。


「……○○さんこんにちは。お久しぶりですね。最近、体調などはお変わりないですか?」


 開いた扉から入ってきた高齢女性。その人はゆっくり、ゆっくりとこちらに歩を進め、ゆっくりと椅子に腰掛けました。

 今思えばこの時からすでに部屋全体の空気がどこかいつもとは違っていたような気がします。


 えっと…○○さんのカルテは…血圧などは、待合室で待ってもらってる間に受付の看護師に前もって測ってもらっているので私は書かれたものを確認しながら…。


「えぇ…えぇ…体調は毎日かわりなく元気ですよ。昔と違って食べ物に困る事はないですし、色々便利なものが増えてきましたからねぇ…至れり尽くせりです。しかし昔と違ってこの辺りも随分変わりましたねぇ…。」


 ○○さんはニコニコとした笑みを浮かべこちらを見ている。

 私はなぜか、その笑顔に少し違和感を感じていました。


「それは何よりです。確かに世の中色々進歩してますからね。良い事です。確かに昔と違って田んぼ等も減ってきてる気がしますね。」


「…そうですか…そうですか…えぇ…えぇ…変わりましたよ。昔は木々に囲まれた立派な森が広がっていました。」


「森ですか?」


 その言葉に疑問が浮かびました。私の祖父が小さい頃からこの辺りは田んぼや畑などが一面にあったときいてましたから。

 ○○さんはどう見てもその祖父よりは年齢が若いはず…。○○さんの勘違い?それとも少し痴呆が出てきているのだろうか…。


 …あれ?そもそも○○さんって年齢いくつだったか…。


「はい森です。昔は子供達を連れて森を歩いて食事をとりに行ってました…でもねぇ…。」


 私は看護師に渡された、カルテを見直し…。


「ある日、猟師の銃に撃たれて死んじゃいました…。」




 …。




「…あっ!血圧などの数値は得に変わりもありませんから、またいつも通りお薬を追加しておきますね。」


 その時、直感と言いますか私はこれ以上話を聞いてはいけない気がして、診断を早々に済ませようと思いました。


「食べるために殺したならね…いいと思うんですよ…それも自然の摂理だと諦めもつくんですよぉ…。

 でもね…あの猟師、奴はただの趣味で私の子供達を撃ち殺したんですよ…ただの趣味で…

 獲物を拾いせず…仕留めたことを目で確認すると満足したのか、何処かに歩いて行きました。



 わたしゃそれがね…もう悔しゅうて、くやしゅうて…くやしゅうて、くやしゅうて…」


 さっき、私は○○さんの笑顔に違和感を覚えたって言いましたよね?カルテを見るために目を離した瞬間分かったんです。○○さんの顔が高齢の女性とはなんとなく分かるんですが、それでも認識しにくいんです。まるで顔だけに霞がかかった様な、モザイクがかかったような…さっきまでの私がなぜ老婆の顔が笑顔だと言えるかも今となっては分かりません。

 そもそもカルテを見て気づきました。書かれているはずの名前さえも分からないのです。私がさっきから仮名もつけず、○○と言ってるのもそれが理由です。


「くやしゅうて、くやしゅうて、くやしゅうて…だからねぇ…その日の晩、わたしゃね…奴が寝ている時を見計らってね…






やつの喉笛にむかって牙を突き立ててね…噛み殺してやったんですよ。」



……




 この時私は、言葉が出ないとは、まさにこの事だと身をもって感じました。

 部屋の温度もまた一段と下がった気がします。

 私は目の前の患者の顔を見るのが怖かった…話を聞きながすためカルテを眺めるフリをしました。


「食うてみて分かったんですよぉ…やつから噴き出る血が濃厚で、まるで花の蜜の様にあみゃーて、あみゃーてねぇ…こりゃ一滴たりとも残しちゃならんと無心で舐めまわしました。


ほんで次は肉ですがね。あれもまた良かったぁー。

 一噛み、一噛みと噛んでいくとぶちぶち…ぶちぶちとね、肉が引き千切れ、歯に伝わる程よい食感がねぇ…ぐにぐに、ぐにぐにと…普段食ってた鼠とかの小物と全然違いましてな。花の蜜の様な血と合わさりましてなぁー…


もうそれが…




うみゃーて、うみゃーて、うみゃーて、うみゃーてうみゃーてうみゃーて、うみゃーて、うみゃーて、うみゃーてうみゃーてうみゃーて、うみゃーて、うみゃーて、うみゃーてうみゃーてうみゃーて、うみゃーて、うみゃーて、うみゃーてうみゃーてうみゃーて、うみゃーて、うみゃーて、うみゃーてうみゃーてうみゃーて、うみゃーて、うみゃーて、うみゃーてうみゃーて」




 その間、私はカルテに目を離せませんでした。でも言葉の雰囲気でわかります。今の彼女は恍惚な表情を浮かべて昔を懐かしんでいると。





「…よかったら先生もいかがです?」


 何度も同じ単語を壊れたレコードの様に言い続けていた彼女が、急にピタっと止まると私にそう尋ねてきました。


「い…いや…結構です。」


 声の震えを抑えながら、肺から搾り出す様にお断りの返事だけを伝えました。すると


「…そうですか…そりゃ残念じゃ……残念じゃぁ…」


 私の返事に、落胆したかのように呟くとゆっくりと立ち上がり、彼女は入ってきた時の様にまた歩を進め、ゆっくり…ゆっくりと部屋を退室していきました。



 ぎぃいいぃ……パタン…。


 彼女が出て行ったのでしょう。部屋全体の空気が元に戻っていったのを感じました。背中からドッと流れる冷や汗の不快感など気にしていられないほど安堵と恐怖が混ざり合った思いでした。


「今のは何だったんだ…幽霊?…絶対…人間とは思えな…」


「先生、入りますね。」


 また開いたドアに、一瞬心臓が飛び出るかと思いましたが、入ってきたのは病院に勤める女性看護師でした。


「午前の患者も終わりましたから、そろそろ休憩に入りませんか?」


「…あぁそうだね、今日は時間も1時を過ぎてしまったし、午後2時過ぎてから開けることにしようか。」


 彼女に幽霊みたいなのが出たとも言えず、私は平静を保ちつつそう伝えると、そんな私の言葉に彼女は訝しむ様な目でこちらを見ると言いました。


「何を言ってるんですか?今日も早めに受付を終えて今12時前ですよ?」


 その言葉にハッとして時計を見ると彼女の言う通り、時計は12時前を表示しています。


 私は、一体いつから変な体験をしていたのでしょうか…あと余談ではありますが、私が見ていたカルテですが…鉛筆で殴り書きをする様に真っ黒に塗り潰されていました…。

 あれは幽霊だったのか、もしかすると狐や狸にでも化かされたのか、あれ以降何かに遭遇や体験などはありません。これが私が唯一体験した話です。


ーーーーー




「…と以上が、加藤さんが体験したお話です。」


「うわっ!何ですかそれ!怖い…というか不気味な話ですね!何なんでしょう。その加藤さんが言う通り狐に化かされた話と言いますか、もし最後断らずに『はい』と言ったら…とか考えちゃいますね。」


「そうなんですよ。ちなみにですね…これ、僕がこの話を聞いた後の後日談って言うのがあるんですよ。まぁ最初に島崎さんが聞いた『なぜこのタイトルなのか?』という疑問にも繋がるのですが…聞かれますか?」


「えぇ!まだ続きがあるんですか?そりゃもうぜひ聞かせてください!」


「…分かりました。こういう視聴者さんから聞いた体験話って、今回の様に配信で語る時は、まずその方に一度、話していいのか、相手の名前などはちゃんと伏せますなどを伝えますよね。」


「えっと…そうですね。お手紙とか募集かけた時でも事前にお伝えしてから読み上げます。」


「ですよね。私も島崎さんのチャンネル配信でOK貰えたから、連絡のあったその日に加藤さんに確認のための連絡をとったんですよ。そしたらですね…。」


 恐夜さんは一拍、間をとってから答えます…。


「加藤さんね…『なんですかそれ?私は知りませんよ?』って答えたんです。」


「…えっ?」


「僕はですね、体験者さんからお話を聞く時、話をちゃんと語るため、言葉に抜けとかがでない様に毎回ボイスレコーダーに録音しながら体験談を聞いてるんです。

 加藤さんの時もその音声データはもちろんありますから、知らないという本人にその音声データを聞かせてみたんです。

 ですが返ってきた言葉は『確かに私の声ですが…えっ!ちょっとやだなぁ恐夜さんイタズラですか?驚かさないで下さいよ。』とやはり本人は覚えていませんでした。」


「そんな…えっそれ本当なんですか?実は加藤さんご本人がイタズラで…とかじゃないですか?」


「確かに、怪談好きな人だと、たまに怖がらせようと演出を入れる人もいますよね。だからね、そこで僕は思ったんですよ。

 今回、生配信じゃないですか。音声配信ではなく動画映像として残ります。

 それで日を改めて島崎さんが僕に聞くんです…その時、僕はこの話を覚えているのか…。ってね。

 この話は語ったものは語ったこと自体を覚えておらず、ただただ聞いた話だけが一方通行で…聞いた者、聞いた者へと歩きまわるだけのお話。

 なので僕はこのタイトルにしたのです。以上、『語られ話』でした。ありがとうございます。」


 恐夜さんは話を終えると、ゆっくりお辞儀をしました。


「…ありがとうございます。…いや恐夜さん!やめてくださいよぉ。なんでうちのチャンネルで実験してるんですかぁ。」


「はははっ。それの方が面白いかなって。」


「面白いかな?じゃないですよぉ。もし私が後日にそれを恐夜さんに尋ねて覚えてなかったらどうするんですかぁ?

映像残ってるんですから、それを見せた時絶対に変な感じになりますよ。自分と同じ顔の人間が知らない怪談を語ってるって、それ『ドッペルゲンガー』みたいになるじゃないですか!」


「…あぁ!確かにそうなりますよね!さすが島崎さん!違う視点を持ってますね!」


「いやいや視点を持ってますね!じゃないんですよ!怖いなぁー。」


「ちなみにこの話を聞いた後で、あえて島崎さんにお聞きしたい…




後日、私にこの話のことを聞いてみますか?」


 恐夜さんはニコッと笑顔で聞いてきました。




 ーーその後、10分ほどの雑談が続きこの配信を終えました。


 ゲストの恐夜さんは、この後また別の収録があるからと、挨拶を済ませ早々とその場を去って行きました。


 私も、スタッフに挨拶を終えると楽屋に戻り、机に用意させていたお茶を飲んで一息つきます。


 恐夜さんは分かっているのだろうか…よくある『ドッペルゲンガー』の話は大体良くない結果になっている事。


 最後に恐夜さんの質問たいして、私はあえて別の話題に切り替えその質問を流しました。怪談が好きでもそこの責任は持ちたくなかったから。


「話の真偽はともかくとして、これってもしかしたら自己責任系の話じゃないの?お蔵入りパターンもあるか?」


 ただ今回は生配信でやってる分、視聴者の誰かが切り抜き動画を上げたりするかもしれない。完全なお蔵入りにはならなそうだと思う。




「…まぁそこの判断は、プロデューサー次第かな?」




 お茶の隣に置いてあった煙草から一本を取り出し火をつける。




 煙を肺に取り込んでゆっくりと吐きだす。




 狐に化かされた時は、煙草の煙が有効だとよくある怪談を思い出しながら…。

 

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