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02.予定外イベント(2)

 ***


 ようやくアーディがいる研究室に辿り着いた。

 ここまで急に気まずい沈黙が訪れたり、全く捕まらないエレベーターにエリアスが全身でイラつきを表明したりと散々だった。心が休まる隙が無い。


「おはようございます」


 目の前におわす研究室の主に挨拶しつつ、寧子は失礼にならない程度に室内を見回した。

 研究室、と言うからさぞや恐ろしい器具がゴロゴロ転がり訳の分からない液体の入った試験管やらが放置されていたりと想像したが、そんな事はなかった。

 理路整然と片付き、稀に見た事のない機器類がある以外はオフィスというイメージの方が近い。ただし中にいる職員が皆、白衣を着用しているなど、普通のオフィスでは見られなさそうな光景もチラホラ視界に入って来るが。

 ――あっ、いやでも、この奥にもまだ部屋がありそう。この先が危険な感じの部屋なのかな。

 厳重に注意書きが施された厚い鉄製の扉を横目に、やはりここは研究室だと再認識した。


 たっぷり十数秒の間を置いたアーディが、ややあって重々しく口を開いた。


「おはよう」

「それで先生、さっさとやる事をやって俺達を開放してくれ。朝食もまだだ」


 既に寧子の送迎で疲れ切っている様相のエリアスがうんざりしたように医者を急かす。溜息を吐いたアーディが何事かを言い掛けたところで、その言葉が遮られた。


「あー! おはようおはよう! 君が寧子ちゃん?」


 朝であるにも関わらず腹から出たような挨拶に驚いてそちらを見る。

 セラフの制服に身を包んだ女性が、まるで友人にでもするかのようにぶんぶんと両手を振っていた。感情表現を全身で醸し出してくるかのようだ。

 そもそも彼女は誰なのか? 困惑しつつも、異様に相手がフレンドリーであった為、寧子もまた引き攣った笑みを浮かべながら挨拶を返した。


「あ、お、おはようございます」

「おはようというか、初めましてだね。私はイデリナ。アーディ先生の専属護衛だよ! ちなみに双子の弟もいるけれど、まだ休暇中だね! そのうち戻って来るからよろしく。私達がいない間に色々あってご愁傷様って感じだけど、私達がいるから遠慮なく相談してね」

「やっと普通に会話が出来そうな人が! 私、幸野屋寧子です。どうぞよろしくお願いします」


 信じがたい程にコミュニケーションが円滑に出来そうな人物に涙が零れそうだ。今までが可笑しかった。今をときめく女子高生に宛がう人選として、アーディとエリアスはあまりにも厳し過ぎる。

 一方でまともにコミュニケーションも取れないと遠回しにそう言われたエリアスは、やはりまともに会話が出来ないアーディへと皮肉を垂れ流していた。


「久々にアンタの所の専属護衛を見たが、相変わらず喧しいな。先生はノイジーな人間は嫌いかと思っていたが」

「異能の相性が良ければ何でもいい。護衛なのだから」

「太っ腹~。それで、もう片方はいつ戻るんだよ」

「今日の夕方か明日だが……戻ろうが戻るまいが、君にはあまり関係が無いだろうな。双子の護衛先は私で固定なのだから、寧子に専属で着ける訳にはいかない」

「ハァ……。片方くらい寧子に貸せよ……」


 幸野屋寧子、と唐突なフルネーム呼びにより、イデリナと会話を弾ませていた寧子は我に返った。端末を操作していたアーディが体温のない冷えた瞳で淡々と用件を切り出す。専属護衛との温度差に風邪を引きそうだ。


「本題に入ろう。本当は採血をしたくて呼んだが……別の用事が入ってしまった」

「用事というのは私にですか?」

「そうだ。先日言ったように、君を一度1区へ帰す約束をしていたな。その件だが、シールドが丁度1区の住人に事情聴取を行っている。是非、君からも話を聞きたいとの事だから本日の午後から1区へ出掛けてくれ」


 途端、エリアスが渋い表情を浮かべる。言いはしないが面倒臭いと思っているのは明白だ。

 とはいえ、願ってもない申し出である。

 鉢に水をやらなければならないし、戻れるのは早ければ早い方がいい。


「早く戻れて有難いですね。私、運が良いや」


 何かいけないことでも言ってしまったのだろうか。

 アーディの目がどこか遠くへ泳ぎ、同タイミングでエリアスの眉間に嫌な皺が寄ったのを視認した。

 表情の変化を自身でも感じ取ったのか、アーディがわざとらしく咳払いする。


「午後から行くようにとは言ったが、大体何時頃に1区へ到着する予定だ? シールドの職員を待ち惚けさせる訳にはいかない」


 問いは寧子にではなく、どちらかと言えばエリアスに向けられたもののようだ。

 帰宅時は彼を付けると言っていたので、エリアスその人の計画で帰宅作業が進められるのだろう。

 袖の下に隠れていたデバイスで時間を確認したエリアスが即座に回答を寄越す。


「14時着にしようか。時間にゆとりを持ちたい」

「承知した。ではそのように伝えておこう」


 話が途切れたタイミングでイデリナが手を打った。

 その視線は寧子へと向けられている。


「寧子ちゃん、今の内に何か聞いておきたい事はある? あ、ちょっと待ってよ、連絡先を交換しておこう! 何かあったら遠慮なく連絡してね」

「忘れていたが、寧子の緊急連絡先をどこかに保管しておくべきじゃないか。先生? 職員ではないとはいえ、何かあった時に連絡先が分からないのは問題だ」


 エリアスの指摘を受けてアーディは差ほど興味も無さそうに護衛に仕事を割り振った。


「イデリナ。今得たその連絡先を、職員の連絡先一覧に入力しておいてくれ。……あ。いやちょっと待て。全職員が見られる名簿は……良くないな」

「新しい名簿を作りますか? そもそも寧子ちゃんって――」


 何とも言えない微妙な空気が漂い始めたところで、鼻を鳴らしたエリアスに背を押された。


「行くぞ。連絡先の名簿なんて、お前が気にするような話じゃない」

「ええ? それならいいんですけど……」


 釈然としないながらも、組織内部の情報を見聞きするのもよくないと思い促されるまま研究室を後にする。

 連絡先名簿の事は忘れるとしよう。それよりも、1区から持ち帰られなければならない私物を精査しなければ。


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